第171話 方向(2)

ホテルの一室―。




間接照明の灯りだけの中で


彼はスーツを脱ぎ始めた。



「白川さんも。 脱いで下さい。」



真太郎はそう言った。



「え・・」



あっという間に彼に抱きしめられて、


服を脱がされる。




「し、真太郎さん・・ダメです、」


と、言うか言わないかでキスをされて口を塞がれた。



そして傍らのベッドに押し倒される。



「ん・・」



首筋にキスをされて


思わず声が漏れる。



「・・真太郎さん、」


彼を抱きしめようとすると、



何故か


志藤に変わっている。




「えっ!!」



ゆうこは激しく驚いた。



「し、志藤さん!? え? なんで!?」



驚く彼女に構わず


彼の手は身体をまさぐってくる。



「あ・・」




いつの間に


その快感に身を委ねて・・。





遠くでハッピーの鳴き声が聞こえる。




ハッピー・・?





「ウソっ!!!」




ゆうこはガバっと飛び起きた。


ハッピーが自分のベッドの傍らでクンクン鳴いている。



「・・夢・・」


しばし呆然とした。



そして、頭をかきむしってしまった。



「なんちゅう・・エロい夢・・」




ものすごい自己嫌悪に陥った。




しかも


今日は忘年会当日。



『夢の出演者』二人に社外で会わなくてはならない


この気まずさ。




「白川さん、なんでそんなトコ座ってるの? こっちにおいでよ。」


忘年会の席でゆうこは出入り口に近いところで、ぽつんと正座をしていたので、課長が呼んだ。



「いえ。 幹事ですから。 何でも言ってください、」



真太郎も志藤もいるこの席で、とても平常心で入られない気がした。




そのくらい


今朝の夢はインパクト大、だった。




「もう、志藤さんも飲んで下さいよ~、」


志藤は女子社員から、モテモテだった。



「ありがと。 あんま飲ませないで。 飲ませてどーするつもり?」


なんて言って笑わせていた。



「この前の~。 飲み会の時みたく、お持ち帰りしないで下さいよ~、」



ゆうこはそんな会話を隅っこで聞きながら



お持ち帰りなんかして・・。




何だか不快であった。




今までこういう席では、女子はみな真太郎に群がっていたが、結婚してしまったこともあり今は志藤のほうがこういう場の中心になっている。




真太郎が席を立つ。



「あ、なにか?」


ゆうこが声をかけた。



「ああ、ビールの追加を、」



「あたしが、」


ゆうこが立ち上がる。



「白川さんも飲んでください。 こんなトコにいないで、」




と、優しく言われて



瞬間的に今朝の夢を思い出す。



「いっ・・いえ!!」



ひとり赤面してしまった。




『白川さんも脱いでください』




夢で勝手に言わせたくせして、また思い出してボッと顔を赤くした。



「あたしが・・頼んでおきますから・・座ってて下さい、」


ゆうこは座敷を出て行く。



そんな彼女の様子に真太郎はふうっとため息をついた。



ゆうこにとってはあまり楽しくない忘年会となった。

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