第172話 方向(3)

ほとんど飲めない真太郎はいつも一次会で帰ってしまう。



「おつかれさまでした、」


ゆうこはタクシーに乗り込む彼に頭を下げた。



「白川さんも、おつかれさまでした。」


いつものように笑顔で去っていく。



はあっと


息をついた。



すると後ろからぽんと肩を叩かれた。



振り向くと志藤が立っていたので、ものすごくびっくりして思わず避けてしまった。




「なに・・?」


怪訝そうな顔をしてしまった。



「な、なんですか?」


ゆうこはものすごく警戒するような目で言った。



「何って。 二次会行かないの?」



「あー・・すみません。 なんだか疲れてしまって。 二次会は志藤さんにお願いします、」


よろっと帰ろうとすると、



「ちょっと、勝手に一人で帰るなよ、」



志藤はゆうこの腕を捕まえた。




「・・へ・・」



たったそれだけのことなのに、ゆうこは心臓が口から飛び出るほど驚いて、


その手を振り払ってしまった。



「どうしたの?」


ゆうこは彼に背を向けた。



どーしよ・・


すんごい顔・・赤くなってる、あたし。




彼に自分の心の動揺を見られたくなかった。




「すみません・・あたし、ちょっと今・・色んなことで頭がおかしくなりそうで・・」



うな垂れて自分が混乱していることを正直に話した。



「心配だろ。 そんなんじゃ、」



その言葉に大きなため息をついた。




何でこの人って


時々、こうやって


人の心をぎゅううっと掴むようなセリフを言うんだろう。



ゆうこはゆっくりと振り向いた。







「え・・。 あの、阿川社長の息子に??」



ゆうこは翔太のことを志藤に話してしまった。



他に話せるような人がいなくて、ずっと悶々となやみ続けていた。




「結婚を前提にして・・つきあって欲しいって・・」



彼女の言葉は


少なからず志藤にショックを与えた。




みんなは二次会に流れて行った。


ゆうこと志藤は一時会の店を出たところの広場のベンチで何となく座り込んでいた。



「迷ってるの?」



志藤はタバコを取り出しながら言った。



「お断りするつもりでした。 すぐに。 でも。 翔太さんは本当にいい方ですし。 友達でいてくださいって言ったあたしのことも本当に今までどおりに接してくださって。 話も楽しいし・・気も遣われる方だし・・」


ゆうこはボソボソと話し始めた。




「真太郎さんのことをずうっと好きでいて。 他の人のことを好きになるとか、絶対なかったし。 だけど・・もう今は彼を選ぶことも、考えていいのか、とか。」




胸が


ズキンと痛んだ。




「そしたらもうどうしていいかわからなくて。 真太郎さんのことは・・もう、諦めてはいますけど。」




志藤はタバコに火をつけた。



「結婚って。 断る理由がないからするもんじゃ、ないんだよ・・」



そう言ってゆうこを見た。



「え・・」


ゆうこは静かに彼を見た。



「きみの話を聞いていると、そんな感じがするから。 いい人だから、自分のことを思ってくれてるから・・とかそんな理由でするもんじゃないよ、」



また


優しい彼になって


ゆっくりとそう話した。



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