第110話 優しい罪(2)

そして現在。 志藤は斯波を呼び出して・・




「は・・。」



斯波は一瞬口が開いたままになってしまった。



「・・本気、ですか?」



志藤はタバコを取り出しながら



「そんなに驚くなって、」


と苦笑いをした。



「な、なんか急だし、」


戸惑う彼に



「別に今も、もうおまえ中心で事業部回ってるし。 おれが関わらないようになってもそんなに影響ないやろ、」


と軽く笑い返したが。



斯波は不安そうな顔でうつむいた。



「自信もってやってってくれ。 おまえはおれよりも音楽に関しては詳しくて、プロやし。 南もいてくれる、」


志藤はニッコリ笑った。



「おれは・・志藤さんのようになれません、」



「おれになる必要なんかない。 おまえの思うように。 みんなと相談して・・」



「あなたの作った部署です。 いつまでも見守って欲しかった、」


斯波は本音を言った。



「作ったって。 別におれは社長に言われたとおり、長に収まっただけやん。 そんなエラそーなもんちゃうって。」


笑って手を振った。



「・・真尋には、」


気になることを聞いてみた。



「ん。 エリちゃんには言うたけど。 本人、今NYやし。 まだ言うてへん。」



「あいつだってきっと納得しないですよ・・」



「あんなの! 適当にアメとムチで頑張らせればええやんか。 もう、真尋も順調に仕事入るようになったし。 ひと安心やからな、」


志藤はニッコリと微笑む。




真尋は


志藤さんのことを


なんやかんや言いながら


すごく尊敬して信頼している。



それは


そばで見ていればわかる。


無名だった真尋を


大事に大事に育ててきた『親』みたいな人だから。



斯波は言葉にはしなかったが、真尋の気持ちを思う。




そして


志藤も


真尋のピアノと出会った時のことを思い出していた。



彼のピアノと出会えなかったら


今の自分はあるだろうか、と思う。



そのくらい


衝撃的だった・・。




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ゆうこは仕事の合間に


真太郎と南の披露宴の段取りに追われていた。



「別にきみがしなくてもいいのに。」



そんな彼女を見て志藤は思わず言った。




「会社の仕事と同じです。 真太郎さんの披露宴は。 大事なお客様もお見えになりますし、」


ゆうこは志藤の顔も見ずに事務的にそう答えた。



「そんなに自分をいじめて、」



志藤は半ば呆れたようにため息をついた。




ちくん、と


胸が痛んだ。



「彼らの結婚披露宴を見届けたら・・諦められるの? ジュニアのことは。」




触れられたくない部分を


言われると


また泣いてしまいそうになる。



「あたしは誰に言われてこの仕事をしているんじゃあありません。 あたしがしたいからしてるんです。 真太郎さんのことも諦めるとか・・そんなんじゃなくって。」



うつむいて言う彼女の前に回りこみ、ちょっと顔を覗き込んだ。



「なっ・・なんですか!?」


ゆうこはびっくりして引いてしまった。



「そんなんじゃなくって? このまま彼と仕事してたら。 きみはいつまでも諦め切れそうもないね。」



志藤はゆったりとした


それでいて厳しい言葉を投げかけた。



「ですから! あなたには関係ないですから!」


ゆうこはプイっと後ろを向いてしまった。



「なんでさあ。 前に出ようとしないの?」



そんなゆうこを見ていて、


志藤は思わずそんな言葉が出てしまった。



「え・・」



ゆうこはゆっくりと振り返った。

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