第111話 優しい罪(3)

「きみだけが立ち止まって。 ジュニアも彼の奥さんも歩いてっているんだよ? 不毛じゃない、そんなの。」



志藤はゆうこに思わず力を込めて言ってしまった。



「不毛?」



「彼の奥さんと仲良くしたりするのは、一生懸命に自分を奮い立たせているの?」



「・・それは、」



ゆうこは黙ってしまった。



「あたしは南さんという人に触れて。 ああいう人に初めて会ったし。 女のあたしでもすごく惹かれていくものを持ってる人で。 真太郎さんの奥さんであるとか、そういうことは関係なく『友人』として一緒にいたいって思っています。 あたしが真太郎さんのことで南さんから離れてしまったら・・南さんだってきっと嫌な思いをします、」



そして、精一杯自分の気持ちを言った。



「なぜきみだけが犠牲になってつらい思いをしないといけないの?」



「犠牲だなんて!」





「思ってない?」



志藤の目を真っ直ぐに見た。




これ以上。


自分の心の中を


探られたくない。




ゆうこはぎゅっと目を瞑った後に、



「お願いします。 そっとしておいてください・・」


泣きそうな声でうな垂れるように部屋を出て行ってしまった。



志藤は一人残されて




『どうして前に出ようとしないの?』




さっき自分が言ってしまった言葉を思い出す。




よく言うよ。


このおれが。



おれだって『7年間』


全く歩こうとしてなかったやん。



だけど


あの子を見ていると言い様のない


苛立ちを感じる。




それは彼女をバカにしているとかそういうことではなくて


まるで


どこかに自分と同じ気持ちが


彼女の心の中に潜んでいる気がして。




どうして


こんなに胸がしめつけられるんだろう。






つらくないわけ


ないじゃない




ゆうこは家に帰って、ひとり風呂に浸かりながら


やっぱり泣いてしまった。




もう二人は結婚して家族になっているのに。


披露宴をしたら


世間にも認められる夫婦となって。




あたしの居場所なんかもう


どこにもないって


わかってるけど。




『その日』が来なければいいって


本当は思ってる。




『なぜきみだけが犠牲になってつらい思いをしないといけないの?』




あの人の言葉が胸に突き刺さる。


本当のことを言われるのが嫌で、耳を塞ぎたい。



どうして


あの人はあたしの心の中を見透かしたように



全て


図星ばっかり・・。




涙なのか


湯気で濡れたのかわからない


顔の水滴を拭った。






「え、ほんと? そりゃすごいなあ。 今度、行ってみない?」



「行く、行く~。」



志藤は秘書課の他の女子社員と


楽しそうに談笑中だった。




ゆうこはそんな彼らの横をすーっと通り過ぎる。


「あ、白川さん。 おはよ。」



志藤が声をかけるが、振り向きもせずに


暗く



「・・おはようございます・・」




小さな声で言うだけだった。


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