第97話 敵対(2)

北都はそんなゆうこに微笑んで、



「真太郎よりもずっとずっと前に。 ホクトにクラシック事業を作りたいって言ってたのが・・志藤なんだ。」



と言った。



「え・・」



「たまたま大阪の入社試験のときに居合わせたんで、彼の面接をした。 そのときまだ大学の3年生だったけど。私の前ではっきりとそう言った。」




『社長のぼんぼんの思いつきで始めた企画になんでおれが乗らないとならないんだって。』




そう言っていた彼の言葉を思い出した。



「ああ、今どき珍しい学生だなって。 こういうやる気に満ちてる人材が欲しいって思っていたし。」



「で、でも。 今の志藤さんはそういうやる気があるとは思えません・・・。 そんなにやりたいことだったら、もっとみんなと協力して・・」


ゆうこは戸惑いながら言った。



「まあ、いろいろあって。 あいつの考えも変わってきて。 だけど、真太郎からこの話をされた時にまっさきに志藤のことが頭に浮かんでね。 もうあいつしかいないって思っていたから。」




やっぱり


あたしにはわからない。




ゆうこは小さなため息をついた。



「きみも大変だろうけど。 頑張ってやってくれ、」



そんなことを社長から言われたら


やっぱり、なんとかやっていかないと


と、思うしかなかった。




真太郎と志藤はオーケストラのスポンサー獲得に奔走していた。



「あんまり成果なかったですね・・」


とある企業にあっさりと断られた後に、真太郎は思わず言った。



「一回断られたくらいで諦めちゃだめです。 5回も6回も足を運んで。 しつこいくらいに。 スポンサーになって絶対に後悔させないオケを作ればいいんです、」


志藤はいつものようにきっぱりと言った。



すごい


自信だなあ・・




真太郎は志藤に感心さえ覚える。



「あなたは人が良すぎます。 少しくらい条件出されたって、つっぱねればいい。 ビジネスなんですから。」



「はあ・・」



「あんまり腰が低いと、向こうが足元を見てくる。 ある程度上からものを言わないと。 横柄というのではなく、自信を持って話をすればいいんです。」



強引だけど


言っていることは


いちいち正しい。




4年間会社で仕事をしてきたけど、あくまで父の補佐をしていただけで


こうして自分で仕事を取ってくることは、ほとんどなかった。



自分よりも8つも年上のこの人は


今までいろんな経験を積んできているんだろう。



真太郎は自分の力のなさを痛感した。



「あ、そっちの仕事は後回しにしてください。 効率が悪い。 返事待ちの時間がもったいない、」



志藤は真太郎にズケズケと指図をする。


周囲がヒヤヒヤするほどだった。




「あまり真太郎くんに厳しく当たらないように、」


秘書課の課長はこっそりと志藤に注意をしたが、



「当然のことを言っているだけです。 そんなことで自分の立場がどうにかなってしまうような部署なら、ぼくはいつでも辞めますから。 ちやほやしているだけでは彼のためにはなりませんよ。 なんせ、今はまだ『新入社員』なんですから。」


全くとりつくしまもなかった。



「ほんとに。 厳しすぎるっていうか・・いじわるって言うか、」


ゆうこは休憩室で真太郎と話をしていた。


自然と志藤のことが話題になる。



「でも。 志藤さんの言うことは正しいし。 それに一緒にスポンサー獲得に回ってる時もね、すごいなあって思うんですよ。 話の進め方とか。 まだまだ自分にはできないなあって、」



「ここではこんなに厳しいくせに。 よく他の部署の女の子に囲まれて、ニヤついて話してますけど~。」


ゆうこがちょっと嫌味を言うと、



「まあ、それも志藤さんなんじゃないですか? 女の子にモテるのだって・・人をひきつける才能みたいなもんですから、」


真太郎は笑った。





そして


学校の夏休みを利用して絵梨沙が仕事のために日本にやって来た。




「エリちゃーん!」


空港に出迎えた南が手を振る。



「南さん、」


絵梨沙も嬉しそうに駆け寄った。



「元気~? 髪、またちょっと伸びたな~。」



「なかなか美容院に行く時間がなくて。」



「また一緒に買い物とか行こうね、」


嬉しそうに彼女の背中に手をやった。



「はい、」



絵梨沙も頷いた。

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