第96話 敵対(1)

「真太郎さんはそんなに甘えた人じゃありません。 とても真面目でしっかりと仕事をしている方です。」


ゆうこは真太郎をかばった。



「東京で。 この仕事をしてくれって言われたときは・・ジョーダンじゃないって思ったよ。」



志藤はつぶやくように言った。



「社長のぼんぼんの思いつきで始めた企画になんでおれが乗らないとならないんだって。」


真っ直ぐに前を見たその目は怖いほどギラついていた。



「ま、でも。 いちおう自分のキャリアが生かせるかなと思って。 承知しましたけど。」



「思いつきなんかで真太郎さんは仕事をしていません。 志藤さんはどうしてそんな目で見るんですか?」



「どんなに真面目にやったって、所詮は社長の息子の道楽だろ。」



「それは僻みでしょう、」


ゆうこは思わず大きな声を出してしまった。




狭い車の中で


こんな声で言い争ったらものすごく気まずくなる。


そう思ったが、止められなかった。



「ま、そうかもね。 でも、みんなから守られて仕事してたらろくな経営者になれないよ。」


まるで自分が言われているように腹が立った。




「彼、あの若さで結婚してんだってねー。」


と言われてドキンとした。



「まだ大学卒業したばっかりなのに。 あんだけいい男なんだからさあ、まだまだ遊べるのに。 結婚なんか早まっちゃって。」



「ふ、二人は・・結婚する理由があったんです! それは・・」


ゆうこは思わずそのことに関しても庇ってしまった。



「あ、ひょっとしてデキちゃった結婚? しかないよね~。」


おかしそうに笑う志藤に



「真太郎さんはそんな人じゃありません!!」



ゆうこは必要以上の怒りで言ってしまった。



それには志藤も少し驚いた。




二人が結婚を決めた理由が


『できちゃった結婚』


の真反対のことであることを思うと


黙っていられなかった。




「何も知らないくせに! 偉そうなことを言わないでください!」




ゆうこはそれから


もう志藤とは口を利かなかった。




おとなしそうな子なのに。


こんなにムキになって怒るんだ・・



志藤は意外そうな目でゆうこを見た。




シツレイにもほどがある。


真太郎さんのことを


あんな風に



ゆうこはもうはらわたが煮えくり返る気持ちだった。




もう決定的に志藤とは口も利きたくなくなり


社内でも、彼のことをカンペキに避けていた。




「じゃあ、こっちは志藤さんにお願いしておいて下さい。」


わざわざ真太郎に彼への用事を頼んだりしていた。



「はあ・・」


真太郎も二人の間の空気の悪さにため息をついた。




ゆうこはいつものように社長室に花を活けていた。



「ああ、きれいだね。」


北都がやってきた。



「もう夏なので、花の種類も少ないんですけど。 ミニひまわりがきれいだったので。」



「夏らしいね、」


にこやかに言われて、


こうやって喜んでもらえることが、いつも嬉しくて社長室をとてもキレイにしている。




「・・志藤は、どうだ?」



彼が来てからもうすぐ2週間が経つ。



いきなりそう訊かれて



「どうって・・」


ゆうこはためらった。



「あんまり相性がよくないようだな、」


北都はクスっと笑った。



「し、志藤さんがあんまりにも失礼なことばかり言うんで。 ほんと、秘書課はチームワークもよくて今までみんなで仕事をしてきたのに・・それをぶち壊されるようで、」


ゆうこは本音を言った。



「そうか、」



「あの。 どうしてあの人を呼んだんですか?」



ゆうこは思い切って北都に聞いてみた。



「どうしてって・・」


北都はゆうこの勢いに少し押される。



「確かに。 仕事はテキパキすごいスピードでこなしてますけど。 ・・クラシックの専門知識のある人なら他にもいたんじゃないでしょうか。 あの人、もう根性が捻じ曲がってるって言うか人の気持ちとかぜんっぜん考えてなくて、」



ゆうこは溜まっていたものを一気に吐き出してしまった。


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