第95話 挑発(3)

「な・・なんですか?」



ゆうこはその視線に怪訝な顔をした。



「いや。 別に。」



志藤は再び資料に目を落とした。




「それで。 コンチェルトなんですが。 沢藤絵梨沙さんはどうなんでしょうか、」



真太郎が言った。



「・・沢藤絵梨沙、」



志藤はボソっと言った。



「ウイーンのコンクールで優勝もしていますし。 この前、日本で小さいコンサートを開いたら、反響がすごくて。 仕事がけっこう入ってるんです。 雑誌にカラーで写真を載せたら、そっちも評判が良くて。」



「その時のVはありますか?」


志藤は顔を上げた。



資料用に撮っておいた絵梨沙のコンサートのビデオが会議室のモニターに映し出される。



志藤は


ものすごい集中力でそれを聴いていた。


ちょっと声がかけられないほどに。




1時間ほどのVTRを一気に見て、



「・・めちゃくちゃ、いい女ですねえ、」



志藤の口から開口一番出たのがこのセリフだった。




「はあ?」



真太郎もゆうこも玉田も思わず声が出た。



「やっぱね。 ピアニストはビジュアルも大事。 こーゆー美女がピアノ弾いてるってだけで絵になるし。 彼女はもっともっとメデイアに出して売り出したほうがいい。 技量も文句ないし、」



「じゃあ、沢藤さんも候補に、」


と真太郎が言うと、



「いや。 彼女はダメだ。」



志藤はきっぱりと言ってタバコを口にした。



「え・・」



「彼女はコンチェルト向きの演奏家じゃない。 確かに巧いし、いいものも持ってるけど。 強すぎる。」



「強すぎる?」


「わりと派手な演奏をする子ですね。 そういう子はコンチェルトには向かない。 彼女はソロで売っていくほうがいいでしょう。 彼女ならテレビも雑誌もかなり仕事が取れますよ。」




絵梨沙のことをいきなり


『いい女』と言い出したり


きっぱりと


コンチェルトの候補から外したり。



みんな志藤の本音が見えずにいた。




「すまないが、ホールの建設現場に白川くんが行って責任者と会ってくれないか。 もう指示はしてあるから、確認だけなんだが。」


いきなり北都から資料を手渡された。



「あ、あたしがですか?」



「おれはホテル関係の仕事で急に出かけなくてはならなくなった。 真太郎と一緒に行くから。 志藤と一緒に行ってくれ。」


と言われて。




志藤さんと・・?




ゆうこはあからさまに嫌な顔をしてしまい、


「どうした?」


北都から言われて



「い、いえ。」


社長の前でそんな顔をしてしまった自分を反省した。



志藤が運転する車に乗り込んだ。


特に話すこともなく黙っていると、



「ごめんね。 おれとで。」



志藤はニヤっと笑って、ゆうこに言った。



「はあ??」



「おれとじゃ不満だろうけど~。 ま、我慢して。」



見透かされたように言われると


悔しくなる。




「いえ。」


ゆうこはわざと冷静になって言った。



「白川さんは社長とジュニアの秘書なの?」



「ジュニア・・?」



「真太郎さんのこと。」



ジュニアって


なれなれしい。




ゆうこはまたも不機嫌になった。



「あたしは北都社長の秘書です。 真太郎さんも社長の秘書的仕事をしています。 学生だった頃は二人で分担してやってきましたが、もう正式に入社されたので仕事は分けてやっています。」


事務的に答えた。



「ふうん。 女性に囲まれてぬくぬくと仕事をする王子さまですねえ・・」



「は?」



「そんな感じがする、」


志藤は笑った。



ゆうこはまたも怒りの導火線に火がつきそうだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る