第70話 優しい嘘(1)

「明後日からの京都への出張は真太郎を連れて行くから、」



ゆうこは北都から言われた。


「あ、はい・・」



独身女性である彼女を泊りがけの出張に連れて行くことを


彼はしなかった。



きちんとそういうことを


気遣ってくれる。



「今日の夜は・・予定はあるか?」



「えっと・・特にありませんが、」


ゆうこは彼のスケジュール表を見た。



「おれのではなく。 きみのだ。」



ニッコリと微笑んだ。



「あ、あたし、ですか? いえ、別に・・」



「たまには食事でもしよう。 店は予約しておく、」



社長が???




今まで


プライベートで二人で食事なんか1度もなかった。



なんだろ・・。



ゆうこはその意味をいろいろと考えてしまった。





北都が予約した店は


接待以外では絶対に来ないような


高級料亭だった。



「こ、こんなところ・・よかったんでしょうか、」



ゆうこは慣れない雰囲気に戸惑う。


何度か接待では来た事はあるが、お客様をもてなすばかりで


食事なんかゆっくりしたことは一度もない。




「きみはやっぱり洋食より和食かなと思って。」


北都は優しい笑顔を見せた。




その笑顔は


ドキっとするほど


真太郎とソックリだった。



最初に会ったときから


すごく似ていると思ったけど



この頃は


ひとつひとつの仕草や笑い顔も


ものすごく似ている、と思うようになった。




「きみは飲めるんだろう?」


グラスにビールを注いでくれた。



「い、いえっ、ほんと! ・・飲んだら止まらないので、」


思わず本音を言ってしまって、


また北都に笑われた。



「帰りも車を出すから。 安心して飲みなさい。」



「そ、そんな飲みませんから・・」


ゆうこは恥ずかしそうにうつむいた。



箸の上げ下ろしも


食事のしかたも


申し分なく上品な所作のゆうこに



「ご両親がきちんと育ててくださったんだね。 きれいに食事をする、」


北都は感心した。




「いえ。 もう、うるさいばっかりで。 父は頑固職人を絵に描いたような人で。 母も下町育ちですし。 まあ、兄二人よりは女だからということで、いろいろ仕込まれましたが・・。 食事の仕方で人間性が出るっていつも母から言われています、」



「いいご両親だな、」



「どうでしょう・・」




「正直言うと。 きみよりも仕事ができる人は秘書課にはいるけれど。 きみ以上に細やかな心遣いができる人はいないと思っているから。」




「社長・・」



北都はゆうこを真っ直ぐに見た。




そして



「つらい思いをさせてしまったな、」



ポツリとそう言われて。




それが


真太郎のことだとすぐにわかったけれど




「・・なんの・・ことでしょう。」




ちょっと強がった。



「ありがとう、」



そんなに


温かい言葉をかけないで・・



ゆうこは胸の底がジンと熱くなった。

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