第71話 優しい嘘(2)

そう思ったら


もう


泣き虫のゆうこの涙腺は大変なことになってしまった。



「ぜっ・・全然、なんのことか・・わかりません。」



そう言いながら


ぼろっぼろと涙をこぼす。




そんな彼女の姿に


北都は


驚いたように目を見張った。



「お願いですから・・もう。 何も言わないで下さい。 あたしはこうして、社長のために仕事をすることが幸せなんです。 真太郎さんと一緒にがんばって行くことが幸せなんです。 それ以上も以下もないんです・・」



「白川くん、」



「もし、あたしのことを思ってくださるのなら。 かわいそうだとか、そういうことを・・考えないで下さい。 あたしはこのままでほんっとに幸せなんですから、」




思ってもないことを


彼女から言われた。




謝ったり


礼を言ったりすることは


彼女を傷つける。




「すみません・・気持ちが昂ぶると・・なっ・・涙が、」


ゆうこはハンカチで目を押さえた。



北都はふっと微笑んで


「食べなさい。 冷めてしまうから、」


目の前の料理を勧めた。



「はい、」


ゆうこは涙を拭きながら頷いた。






北都が食事を終えて会計を済ませて出てくると



「あの・・これ・・」


外で待っていたゆうこは小さな紙袋を取り出した。



「え、」



「さっきデザートに出た抹茶プリンが美味しかったので。 お土産に。 えっと、4つ入っています。 『ご家族』で。」




北都はやや


呆然としつつそれを受け取った。



「本当にごちそうさまでした。 こんなところで食事ができるなんて、今後・・ないかもしれません。 ありがとうございました。」


ゆうこは丁寧にお辞儀をした。




「いや・・」


小さく首を横に振った。



ゆうこをハイヤーに乗せて家まで送らせ、自分も車に乗り込んだ。



さっきの彼女が持たせてくれたデザートの箱を手にした。



いつの間に。


おれに気を遣わせないように


この分の支払いまでして。




4つって。




その数は


自分と妻と



そして


真太郎と南のことであると


理解した。




もし、真太郎が


彼女と


南よりも早く出会っていたら


どうしただろうか。



考えてはならないのだろうが


北都はそんなことをぼんやりと思ってしまった。




いや


たぶん


彼女と真太郎が一緒になることはなかっただろう。



根拠はないけれど


そんな気がする。




絶対に


あの子だけは


幸せにしてやらないと。



その紙袋の取っ手を


ぎゅっと


握り締めた。


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