第49話 噂の彼女(4)

「真尋はね。 子供のころは・・ほんっと『天才』って言われてたんだよ。 ピアノの先生に。」




真太郎はポツリとそう言った。




「え・・・」



絵梨沙は彼を見る。




「でも。 コンクールに出てもなかなか評価されなくて。 好きに弾きたいほうだったからね。 小学校6年生の時になんとか全日本ジュニアコンクールで優勝はしたけど。 そーゆーのが嫌になったみたい。 中学に上がった頃からは、レッスンをサボったりして。 しまいには野球やりたいからピアノやめたいって言ったときは。 ピアノの先生に泣かれて。 オフクロが間に入ってオロオロして大変だった・・」



真太郎は懐かしそうに言った。




ゆうこは真尋のあの破天荒な性格を見てしまったが


影にそんなことがあったのか、と驚く。





「でも。 結局、真尋にはピアノだったんだろーね。 高校3年の夏の予選が終わったあと、『ピアノやっていきたい。』って自分で言ったし。 いきなりウイーンに行きたいとか言うし。 また、先生も親も翻弄されちゃって、」



「そう、なんですか・・」




絵梨沙はポツリと言った。




「彼。 あんまり自分のことは話してくれないから。 知りませんでした。」



「今思えば。 いろいろ模索してたんだろーなって。 あいつなりに。 そして最後に選んだのがピアノだったんだと思うよ。 勉強はぜんっぜんできなかったけど。 おれはあいつの生き方がうらやましいってずっと思ってた。」




真太郎はアップライトのピアノのカバーを取り去って、ピアノのフタを開いた。




ポーンと


人差し指でピアノを鳴らす。





「勉強するしかなかったし。 おれなんか。 あいつのように、非凡な才能がある人間じゃあ・・なかったから。」




真太郎が


弟のことをそんな風に思っていたことを


ゆうこは初めて知った。




傍から見れば


東大生で父の跡取りとして申し分ないと思われているのに。




「真尋のコンチェルトのDVD見た時にね。 弟だからとかそういうんじゃなくて、ホクトエンターテイメントの社員として『離したくない』って思ったから。」


とニッコリと笑う。




「まだまだ・・真尋は素人っぽいところがあって。 父もそれを心配はしていますけど。 いつの日かお兄さんが期待するようなピアニストになるって・・あたしは思っていますから。」


絵梨沙は美しい笑みを浮かべた。





弟を想う


真太郎の一面を垣間見て


ゆうこはまたゆったりとした優しい気持ちになった。






翌日、絵梨沙の音楽祭の仕事に付き添ったゆうこは


彼女がピアノの前に座っただけで


昨日とは違う雰囲気を感じた。





華奢な身体なのに


その音は華麗で迫力があって。


なにより彼女のその美しさで会場を魅了する。


スポットライトを浴びる彼女の横顔は


この世のものとは思えぬほどの神々しさを感じた。



きれい・・



同性の自分から見ても


絵梨沙は本当に美しくて、ぼうっとしてしまう。




まだ二十歳だというのに


色香に満ち溢れ、大輪の花が咲いたような輝きだった。




「とってもステキでした、」


本番を終えて戻ってきた彼女にミネラルウオーターを差し出した。



「ありがとうございます、」


絵梨沙は嬉しそうに頷いた。



彼女が本格的に日本で売り出すようなことになったら


きっと美人ピアニストとして


すぐに注目されるだろう。



真尋だけではなく絵梨沙の可能性にもゆうこは胸を躍らせた。



「あのう、」


楽屋でゆうこは遠慮がちに絵梨沙に小さな箱を差し出した。



「え・・?」



「これ、よかったら。」



「あたしに・・ですか?」



「手作りのもので恥ずかしいんですけど、」



開けてみると


スワロフスキーのビーズで作られた髪留めだった。



「きれい、」


絵梨沙は目を輝かせた。



「これ、白川さんが作ったんですか?」



「・・ええ。」


「すごいです。 売っているものみたい。 いいんですか? うれしい・・ありがとうございます!」


彼女に喜んでもらえてゆうこも嬉しかった。


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