第48話 噂の彼女(3)

「ま~~~、いらっしゃい。 どうぞ、どうぞ!」



母・ゆかりはいつものように陽気に出迎えた。



「あのっ・・初めまして。 沢藤絵梨沙です・・・」


絵梨沙はペコリと挨拶をした。



「ほんっと! キレイな子よね~~~。 お人形さんみたいに! 真尋が自慢するだけのことあるわ~~~。」



「は?」



「あの子、全然電話とかもよこさないし、この前来たときもウチに寄らないし。 ぜんぜん寄り付かないんだけど、たまに電話するとね~。 あなたの話が出て。」



「あ、あたしの?」


絵梨沙は戸惑った。



「とにかく、腰抜かすくらいの美人だからって。 あんなサルだか人間だかわかんない子に、まさかねって思ったんだけど!」



サル・・



ゆうこは笑っちゃ悪いと思いながらも、うつむいて必死に笑いを堪えてしまった。



「でも、真太郎があなたの契約に行ったときね。 ほんっとにキレイな子だったって言うから。 ウソじゃなかったんだーって。」



まちがいなく


真尋は父ではなく


この母の血を色濃く受け継いでいる・・



絵梨沙はそんな風に思ってしまった。



「ゆうこちゃんも。 さ、どうぞ。 お手伝いのワカちゃんがいっぱいご馳走作ってくれたから。」



「お母さんが作ったんじゃないなら、安心だよ。」


真太郎は笑いながら靴を脱いだ。



「あ。 真太郎もいたのね。 ま、あがんなさいよ。」


母は仕返しのようにそんな風に言って、笑わせた。




本当にたくさんご馳走が用意してあって、絵梨沙は驚いた。



「真尋が面倒かけてるんでしょうねえ。 ほんとごめんなさいね、」


ゆかりは絵梨沙に言った。



「いえ・・。 ほんと彼はピアノばっかりの人なので。 部屋も1日ですっごく汚くなったりしてびっくりしますけど。ピアノを弾いてると、何も見えなくなってしまうみたいで・・・。」


絵梨沙はクスっと笑った。




「だけど。 彼のピアノをそばで聴いているだけで。 幸せって言うか・・」




顔を赤らめて嬉しそうにつぶやいた。



『絵梨沙も変人だから、』



前に彼女の母・真理子がそんなことを言っていたのを真太郎は思い出してしまった。



あの


真尋の感性についていけるってのは


やっぱり


普通の神経じゃ無理だし。


彼女も


『変人』なのかなあ。



などと


思ってしまう。



「でも。 よかったです。 お兄さんが彼と契約してくださって。 ホッとしました、」


絵梨沙は真太郎に言った。



「え?」



「もー、あの人こそピアノだけで自分じゃなんにもできないし。 これから彼のピアノを世界中の人に聴いてもらうためにも絶対に契約をしてもらうべきだと思いました。 ウイーンのほかのプロダクションからもオファーはあったようですが、できればお父さまのところでってあたしは思っていましたし。 真尋はまだまだ世間では無名ですけど、いつかきっと一流のピアニストになって世界中を巡る人だってあたしは思ってるし、」



今は彼女のほうが


世間的にも認められているピアニストだ。


それなのに


真尋のことをそれほど・・



沢藤先生もフェルナンド先生もそんな風に言っていた。


その道の人にしかわからない


真尋の才能が眠っているのだとしたら


それを花開かせるか、枯らせてしまうかは


今後のプロデュース次第だ。




真太郎は


ゴクっとツバを飲み込んだ。


責任感を感じて


ブルっと震えた。




真太郎は食事のあと、絵梨沙とゆうこに真尋が使っていた部屋を案内した。




ベッドがあって


壁にはメジャーリーガーの選手のポスターがあって。


アップライトのピアノがカバーを掛けられて。



「なにも・・ないですね。」


絵梨沙はクスっと笑った。



「本も読まないし。 きったねーから全部処分してけって、言ったから。 ウイーンに行く前に。 そしたらなんもなくなっちゃって。」


真太郎は笑った。



この部屋で


彼は育ったんだ。



絵梨沙は少し感動した。

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