第47話 噂の彼女(2)

ほどなくして北都がやってきた。


絵梨沙は慌てて立ち上がる。



「遠いところ。 ようこそ、」



北都はふっと微笑んだ。



その彼の様子が


本当にあまりにも真尋と結びつかずに絵梨沙は少し呆然としたあと、



「さ・・沢藤絵梨沙です。 初めまして。」


たどたどしく挨拶をした。



「北都です。 いつも真尋がお世話になって、」


「いえ・・。」


恥ずかしそうにうつむいた。



「きみのお母さまにも、今度のうちの新しく作るオケのことで相談に乗っていただいて。 本当に助かっています。」



「母も学生たちのいい刺激になると喜んでるようです。 こちらこそ、お世話になって・・」


ようやく絵梨沙に笑顔が浮かんだ。



「素晴らしい演奏家だと聞いています。 頑張ってください。」


優しい声でそう言われ、



「ありがとうございます、」


ホッと気持ちが緩んだように頷いた。




「沢藤さんがいらしているんですか。 じゃあ、ぼくも後で少し会社に行きます。」


真太郎が学校から電話をしてきた。



「わかりました。 仕事は明日ですが、あたしが付き添うことになりましたので。」


ゆうこはそう返事をした。




彼が来る。




そう思うだけで心が躍るが、それを押し隠すように平静を装った。



その後、芸能部のスタッフを交えて明日の打ち合わせをした。


彼女がホクトと契約をして初めての仕事なので、すごく緊張しているのがわかった。




「いつもと同じ気持ちで・・やってください。」


ゆうこは優しくそう言った。



「はい、」


小さな声で頷いた。




ほんっと


なんてか弱くて、頼りなさげで。



思わず守ってあげたくなるような気持ちになる。



「あ、どうも・・」


真太郎は夕方になり、私服のまま彼女のいる会議室にやって来た。



「ごぶさたしています。」


絵梨沙はお辞儀をした。



「着いたばかりなのに疲れたでしょう。」



「いえ。 大丈夫です。 みなさん気を遣ってくださって、」



彼女との契約でウイーンを訪れたのは1年ほど前だった。


真尋に連れてこられた彼女を見た時、


かなりの衝撃だった。



目が釘付けになって、逸らせないほどの美女で。


なんでこういう子が


弟の真尋とつきあっているのかが、不思議でたまらなかった。



その時に受けた印象と全く変わりなく


ドギマギする自分に気づいていた。




「すみません。 今、大学の卒試を控えてて。 会社にはあまり来ていないものですから。 今も学校の帰りで、」


真太郎はラフすぎる自分のいでたちを言い訳してしまった。



「いいえ。 大変ですね。 真尋はいっつもお兄さんのことを『勉強が好きで、おれと全然違うんだ。』って言ってます。 真尋は勉強は全然できなかったって言ってるし、」


絵梨沙は思い出してクスっと笑った。



「今だって漢字すらまともに書けるのか怪しいもんです。 いつも母が将来を心配してましたから、」


真太郎もふっと笑った。



「今日は夕食を一緒にと思っていたんです、」


ゆうこがにこやかに話しかけた。



「あ、そうだ。 母に話をしたらウチで食事をしたらどうかって言われていたので。 もし良かったら、」



真太郎の言葉に



「え・・」



絵梨沙は少し驚いた。



「賑やかなのが好きな人ですから。 遠慮なく。 どうぞ。 白川さんも、」



ゆうこも


少しドキドキした。




「どーしよ。 真尋のお家でゴハンご馳走していただくことになっちゃって、」


絵梨沙は部屋の隅から真尋に国際電話をしているようだった。



「え~~。 でも~。 なんか・・緊張する・・」



そんな彼女を見て


「かわいい、ですね。」


ゆうこは思わず真太郎に言った。



「ほんと。 信じられないなァ。 あんなきれいな子が、真尋とだなんて。」


真太郎は腕組をして言った。



「真尋さんの話をすると、赤くなっちゃって。 彼のことが大好きなんだなあって・・」




真尋と電話で話をしながら、嬉しそうに微笑む絵梨沙の横顔を見て


ゆうこは


少しうらやましく思えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る