第50話 噂の彼女(5)

そしてお話は現在に戻ります・・・・



「こんちわ。」



志藤は絵梨沙を家まで訪ねた。



竜生と真鈴を連れて買い物に行っていたので、お手伝いさんに中で待たせてもらった。



もう、彼らの家に通って長いことになるので


留守でもお手伝いさんが中で待たせてくれる。



「こんにちわっ!」


竜生と真鈴が元気に走ってきた。



「竜生でっかくなったな~~。 もう抱っこなんかでけへん、」


志藤は彼の頭を撫でた。



「おれ、クラスでいちばんおっきいし~~。」


自慢げに言う竜生に



「真尋がでっけーからなァ、」


志藤は笑った。



真鈴が人懐っこく志藤の膝に座ってきた。



「もう、真鈴ってば。 ダメよ、」


絵梨沙は窘めるが



「いいって。 真鈴はエリちゃんにソックリやん。 めっちゃ美人になるって。」



真尋は昨日からNYへ仕事で行っている。



「ほんと。 志藤さんが来てくださるのは久しぶりですね、」



「もうほとんど。 斯波と八神に任せっきりやったし・・。」



「前は。 毎日のように来てましたよね。」


絵梨沙は懐かしそうに言った。




「真尋がサボってばっかやったからなァ。 めっちゃくちゃ怒ったし。 あいつも負けずに言い返すし・・」


志藤は苦笑いをした。





そう


最近は


真尋に怒ることなんかなくなった。




あいつなりに


今のステータスを確立して。


いい人たちに巡り会って、今は世界の有名オケからもオファーが来るようになった。



もう


立派な


『一流ピアニスト』だよな。




志藤は少しぼんやりとしてしまった。



「どうか、したんですか?」


絵梨沙は彼に紅茶を運んできた。



「ん? いや~~。 エリちゃんはほんっまに変わらず美しいなあって。」


頬杖をついてニッコリ笑った。



「そんなことばっかり。 もう32になります。 おばさんです、」



などと謙遜するけど


彼女は初めて出会ったときと変わらずに美しい。




志藤は絵梨沙が淹れて来てくれた紅茶に一口つけたあと、




「おれ。 事業部から一線を引こうと思って。」





と、いきなり言った。




「え・・」



絵梨沙は驚いた。




「斯波に本部長の座を譲って。 取締役の仕事1本にしよっかなって。」



「志藤さん、」




まだ


ゆうこにも言っていない


小さな決心だった。




「それは、いつかは志藤さんは事業部だけではなくホクトの中心になる方だと思っていましたけど。 でも、なんか、急にそんなことになると、」


絵梨沙は少し動揺するように言った。



「ま、でも。 会社辞めるわけやないし。 この頃はほとんどもう斯波に任せてたから。 事業部が手薄になったら誰か人、入れるし。 心配ない。」




この笑顔に


どれだけ救われてきただろうか。



「いつから・・」


絵梨沙は遠慮がちに訊いた。



「まあ・・もう来年度早々からは間に合わないだろうから。 社長に言って夏前くらいにはって。 」



「真尋が知ったら。 驚くでしょうね・・」



「驚かないって。 別に。 うるさい、おっさんがいなくなってせいせいするんとちゃうの?」


志藤はおかしそうに笑ったが、絵梨沙は笑えなかった。




「ずっと。 お義兄さんや南さんたちと一緒に頑張ってきて。 今、北都フィルも軌道に乗って。 真尋も順調で。


オーバーですけど。 ひとつの区切りがついて・・。 変わっていくのかなあって、」


絵梨沙はポツリポツリと言葉をこぼした。



「ウン。 おれもな~。 東京に来た時は。 こんなになると思ってなかったし。 赤字になっていつ事業部がなくなるかって思ったこともあったし。 いちおう真尋も、もう安心かなあって。」


志藤は感慨深くそう言った。



「それを・・わざわざ言いに来てくださったんですか?」




「え~? エリちゃんの顔見たくなって。 おれの『癒しの天使』やし、」




いつもそうやって


本気なのか冗談なのかわからないことばかり。




あたしたちを


いつも温かく見守ってくれて。


この人がいるだけで


安心できた。


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