第25話 恋心(3)


どうしよう・・


あたしが余計なことをしたばっかりに


怒らせちゃった・・




ゆうこは事の成り行きにオロオロした。




すると


真太郎はぎゅっと唇をかみ締め


真尋を刺すような目でジッと見た後、いきなり


そこでガバッと土下座をした。




「どうか!! ウチと契約をしてくださいっ!!!」





兄の


突然の行動に


真尋は



「へ・・・」




後ずさりするほど驚いた。




そして


ゆうこも口が開きっぱなしになるほど、


驚いた。



「どうしても・・どうしても! おまえのピアノが必要なんだ! おれがクラシックの部署を立ち上げたいって思えたのも、おまえのNYの公演をDVDで見て! もう・・このピアノを世に出して、それと共に、音楽を・・クラシックをやっていきたいって!」



真太郎は必死に弟に頭を下げた。



呆然としていた真尋は


「・・バカ・・・なにやってんだよ、」


震える声で言った。



「おまえがどんな気持ちでウイーンに行ったか。 それはわかってる! 今になってまたオヤジやおれのもとで仕事なんかとんでもないって思うだろうけど。 おれは、おまえが弟であるというよりも、ピアニスト『北都真尋』として会社のために契約をして欲しいんだ!!」



尚も


土下座をし続ける真太郎に



「も・・やめろって!!」


真尋はたまらなくなって大きな声を出した。



「おれにそんなんするなっ!」



「真尋・・」



真太郎はゆっくりと顔を上げた。



「そんな・・こと、するな。」



真尋はふいっと背を向けてしまった。



ゆうこはようやくハッとしたように



「・・お、お願いします! まだ何もできてはいませんが・・きっと、すごい音楽を造りだしていく場所になります・・!」


真尋の背中に声をかけた。



真太郎はゆっくりと立ち上がり、ゆうこを優しく制するように



「・・白川さんは・・もう帰ってください。 あとは・・ぼくが。」



と言った。



「え・・でも、」



「もう、遅いですから。」


真太郎はゆうこを連れて一旦部屋を出た。




そして、


ホテルの前で




「・・ほんと・・すみませんでした!」



真太郎はゆうこに頭を下げた。



「え・・」




「真尋が・・ほんっととんでもないこと、」



真太郎の土下座が衝撃的で


もっと衝撃的なことがあったのに忘れていた。



「い・・いえ! あたしが、出すぎたマネを。」


「あいつ・・ほんっと。 女の子、大好きだから。 高校くらいのときもしょっちゅう女の子をウチに連れてきて。 それも毎回違う子を。 自分の部屋に泊めちゃったり。 あんなキレイな彼女がいても相変わらずで、」


「・・ほんと真太郎さんと全然、違うんですね、」



ゆうこはふっと笑った。



「でも。 白川さんに何もなくて、良かった・・」



真太郎の笑顔に


また


胸がときめく。




あたしのために


あんなに必死で。


あの時、この人が現れてくれなかったら


ひょっとして


どうにかなっちゃったかもしれない。



まるで


正義の味方みたいに


助けてくれて。




そう思うだけで


じんじんと胸の奥が熱くなってくる。





「これで。 お願いします。」


ゆうこをタクシーに乗せて、真太郎は運転手に先に1万円札を支払った。



「い、いいです! そんな・・」



いちおうまだ学生である彼にそんなに支払わせるのもためらう。



「いいえ。 迷惑をかけましたから。 気をつけて・・」



さりげなく


相手に気を遣うところも


また


きゅんとなる。

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