第21話 才能(2)

「先生もグルだな、」


真尋はフェルナンドと車に乗りながら、ボソっと言った。



「なんのこと?」


フェルナンドはとぼけた。



「ほんっと。 カンタンに言わないでほしい。 おれがどんな気持ちでウイーンまで行ったか、」


真尋は坊主頭を掻いた。



「大事なのはね。 きみがこれから一生ピアノを弾いていくこと。 それだけ、」



フェルナンドは真尋に無理に北都と契約するようには勧めなかった。


それからは


その話は一切しなかった。



「・・なるほど。」


北都は真太郎からこれまでの報告を受けた。



「真尋のことはあいつが日本にいる間になんとか契約を、と思っています。 難しいでしょうが、なんとか。」


真太郎は神妙な顔をして言った。



「・・クラシック部門設立と、オーケストラの創設に関しては。 企画がよくできている。 これは取締役会議にかける。」


資料を最後まで読んだ北都は真太郎に言った。



「・・ありがとう、ございます・・」




真太郎はぱあっと明るい顔になった。




これで


真尋の契約も


頑張れそうだった。



「ウチで契約した沢藤絵梨沙さんのお母さんの沢藤真理子さんに専門的なことを相談させていただいて。 もっと具体的なことも詰められると思います。 ただ・・・」



「ただ?」



「やっぱり、部署には専門の方が必要でしょう。 沢藤先生に相談してみようかと思っていたんですが。」



すると


北都はタバコの煙をふうっと吐き出して、



「まあ・・それはまだ待て。 この話が通ったら・・おれに心当たりあるから、」



と落ち着いて言った。



「え、」



「話は・・決まってからだ。 おまえは真尋のほうに今は全力でかかりなさい。」



「はい、」




真尋は日本に戻ってきても、家には戻らず


ホテルに滞在をしていた。



「あ、北都さま。 メッセージをお預かりしています。」


フロントで手紙を渡された。



「メッセージ?」


開いて見ると、




『明日、夜そこの最上階のバーで話をしよう。 待っている。』




真太郎だった。


真尋はそれを見て、いきなりくしゃくしゃにしてそこのゴミ箱に投げ捨てた。





真太郎に


おれの気持ちがわかって


たまるか・・。




長い脚で


大股で


ずんずんと歩いて行った。





真太郎はさすがにイラついていた。


真尋と連絡が一向に取れなくなった。


この仕事ばかりにかかっているわけにもいかず、彼が日本にいれる日数だけが減っていった。




ゆうこは仕事で北都について車で移動していた。


雨がポツポツと降ってきて、窓ガラスにツブがつく。



「・・あのう、」



ゆうこは遠慮がちに北都に声をかけた。



「ん?」


新聞に目を通しながら小さく返事をされた。



「真尋さんと連絡が取れなくなって。 真太郎さん、焦っているようです。」



「・・そうか、」



「でも・・びっくりしました。 兄弟でも全く性格が違うんですね、」


ゆうこはふっと笑った。



「あれはね。 自由人だから、」


北都も笑った。



「え?」



「人に何かを押し付けられるとか、決められた道を行ったりするのが、全くできない。 子供のころから集団行動も苦手で、妻はいつも先生から呼び出されて困っていたらしい。 真太郎は優等生だったから・・比べられてわざとしていた行為かもしれないけれど、」


新聞を折りたたんだ。



「好きなことを好きなだけやっているだけかと思ったけど。 ウイーンに行く前はあれでも悩んだようだし。」


北都は窓の外を見た。



「高校の3年間、ピアノから遠ざかっていた人間が。 いきなりウイーンの音楽院に留学するなんて無謀にもほどがある。 みんな反対したけれど、もうあいつは行くってきかなかった。 絶対に合格して見せるからって。 そしたら・・本当に通ってしまって。 ウチを出たかったのかもしれないけど、」



「ウチを出たい・・?」



「あいつは自分が北都の息子であることを投げ出したくて仕方ないんだ。 何の後ろ盾もなく『北都真尋』として生きていきたいって気持ちをずっと持っていた。 それなのに、ウチと契約をしてウチのタレントになるなんて。 あいつにとっては、とんでもない話だろう。 ようやく自分のピアノでやっていける目途がつきそうだってのに。」




父親として


真尋の気持ちはお見通しだった。


真太郎が彼を説得するのも


非常に困難であることも承知で。



「出すぎたことを・・申し上げますが。 社長からお口添えできませんでしょうか、」



ゆうこは思い切って北都に切り出した。



「え?」



「真尋さんに・・契約をしてもらえるように。」



縋るような思いで訴えた。


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