第20話 才能(1)

「・・黙っていたわけじゃないわ。 お兄さまがオケを作りたいっておっしゃるから・・母に話を通して協力をしてもらおうとしただけ、」



「おれの話も出たんだろ? なんで言わねーんだよ、」



真尋は機嫌が悪そうにウイーンの絵梨沙に国際電話をした。



「真尋はプロになるべきよ。 あたしはずっと前から思ってた。 パパもそう思ってる。」


絵梨沙は神妙にそう言った。



「だから! なんでウチのタレントにならないといけねーんだってことじゃん・・」



「そんなの関係ないわ。 真尋はとにかく、もっともっとたくさんの人にピアノを聴いてもらうべきなのよ。それには、・・あなたのことを一番よくわかっている家族にお願いするのが一番いい、」


絵梨沙はきっぱりと言った。



みんなして・・。



真尋はちょっといじけた。



そして、ポケットからタバコを取り出して、それに火をつけた。



真太郎とゆうこは取材の仕事を終えたフェルナンド氏を待った。




「ごぶさたしております。 その節はお世話になりました、」


出てきた彼に頭を下げた。



絵梨沙との契約でウイーンを訪れて以来だった。



「こちらこそ。 絵梨沙のことではいろいろお世話になっています。」



流暢な日本語で


温和な笑顔の紳士だった。




「そうですか。 承知しませんでしたか。」


フェルナンドはソレを予測したようにふっと笑った。



「弟は・・変わっていますから。 普通の人間を説得するようにはいかないと思いました、」


真太郎も苦笑いをした。



「先生は・・真尋さんがプロになったほうがいいとお思いですか?」


ゆうこは思い切って言った。



するとフェルナンドは笑顔で




「もちろん、」




と頷いた。




その言葉は


二人を安心させた。



「マサはコンクールの枠にはまるような演奏家じゃないんです。」


フェルナンドは目の前のコーヒーに目を落とした。




「え・・」



「型にはまった演奏ができない。 いや、そんな演奏は私もさせたくない。 マサはね、今ウイーンの小さなピアノバーでアルバイトをしています。 そこで、ピアノを弾いています。」



「ピアノ・・バー・・」



真尋が


ウイーンに行く前に言っていた。


まさに


それを彼はしていた。



「それがね、 すっごい人気で。 彼が弾く日は小さなバーが満員になる。」


フェルナンドはにっこりと微笑んだ。



一瞬。


その光景が目に浮かんだ。



「どっかの東洋人がすっごくいいピアノを弾くって、いつの間にか口コミで広まって。 実は私の友人の店なんだが、私もたまに寄って彼のピアノを聴く。 それが本当に・・・心地よくて。 ああ、彼はこうやってみんなにピアノを聴かせて・・お金を取れるって。 そういうピアノだと思いました。 娘の絵梨沙も、いい演奏家ですが。 正直、彼は彼女以上だと思っています、」


フェルナンドはしっかりと真太郎を見た。



「そ・・そんなに・・?」



ウイーンの権威あるコンクールで優勝するような演奏家よりも・・?



真太郎は信じられなかった。



「ただ。 彼はピアノを弾くことしかできない。 彼がこれからどこまで大きな演奏家になるかは、プロデュース次第です。」



真尋の


才能を開花させるのも


自分たち次第。




真太郎はゾッと寒気がするような気持ちだった。




そして




「・・きっと。 弟を説得してウチに来てもらいます。 そして、世界に羽ばたくピアニストにしてみせます、」




こんな


彼の顔は見たことがなかった。



怖いほどの


表情と


押し殺すような声。



ゆうこは


膝の上で握った拳にぎゅっと力を入れた。



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