第9話 動く(3)
「え? 遅いの?」
「ちょっと話長引いたし・・んで、これから接待になっちゃうから。」
「しゃーないやん。 社長のお供やもん。」
「せっかく南がこっち戻ってきてるってゆーのに、」
「大丈夫。 1日くらい。 真太郎がそこまで出世したかな~って嬉しいよ。」
「アホなこと、」
南は休憩室で携帯を切った。
そして
ふうっと息をついた。
そこに
「あ、まだいらしたんですか?」
ゆうこが帰りがけに通りかかった。
「ん。 もう帰るけど。 ね、一緒に帰らない?」
「はあ・・でも、ウチ・・ちょっと遠いんで、」
「遠い? どこ?」
「・・浅草です。」
「浅草? ぜんっぜん遠くないやん。 都内やし。 へ~、浅草に住んでるんや。 なんか、すごーい。」
「スゴくないです。 やかましいばっかりで、」
「え~、行ってみたーい。 浅草って行ったことないから。」
「全然、おもしろくないですって・・」
「住んでるからわからへんねんって! 実家?」
「え、ええ・・」
「ね、行ってもいい?」
「はあ?」
あまりに
強引で
あまりに
人懐っこい南にゆうこはタジタジだった。
「ほんっと。 もー、お招きするような家じゃないんですけど、」
ゆうこはずうっと帰り道にそれを繰り返した。
「だから! あたしも大阪の堺出身で。 めっちゃ下町住んでたし。 お母ちゃん、食堂やっててな。 近所の人もごちゃごちゃよう来てたし。 ぜんぜん上品やん、この辺。」
南はアハハと笑った。
「ここです。」
ゆうこに言われて立ち止まる。
そこは
古いが格子戸なんかもあって、すごく風情のある家だった。
「え・・。 すごい、なんか・・めっちゃ情緒あるし、」
「古いだけです。 父が大工の棟梁をしていて。 趣味でこんな家になってて。」
と、ゆうこは格子戸を開けた。
玄関も昔ながらの引き戸だった。
「ただいま~。」
ゆうこが入っていくと、
「ああ、お帰り。」
すぐに隣の台所からゆうこの母が出てきた。
「さっき電話したけど、今NY支社で仕事されてる高原南さん。 1週間ほどこっちに来ていて。」
ゆうこは母に南を紹介した。
「初めまして。 高原南です! 突然おじゃましてしまってすみません!」
南は元気よく笑顔で挨拶をした。
「いらっしゃい。 ウチ、ほんっといつも人の出入りがあって来る人はいっくらでもって感じだし。 どーぞ。」
ゆうこの母は明るく言った。
「すっごいステキなお家ですね。 も、めっちゃいい感じで。 趣味がいいって言うか。」
「そんなことないわよ。 ごちゃごちゃしてて。 さ、おあがりくださいな。 ゴハンできてるから。」
「ちゃんとしたゴハンなの? いつもみたいな大皿料理じゃ恥ずかしい・・」
ゆうこが言う。
「え、いつもどおりだよ。」
母にあっさり言われて、
「ちょっとぉ~~。 少しはさあ・・」
ゆうこははあっとため息をついた。
「もー! 急に来たあたしが悪いんやから。 ぜんっぜんOKですから!」
南は彼女の背中をぽんと叩いた。
居間は今では見られないほど、正しい『昭和風』だった。
ちゃぶ台があって、箪笥も和たんすで。
ゆうこの父が胡坐を書いて新聞を読んでいる姿も
本当にレトロちっくで。
「あ、お父さんですか? 初めまして、高原です!」
南は嬉しくなって大きな声で挨拶をした。
「ああ・・。 ゆっくりしていきな、」
初対面だというのに、ぶっきらぼうにそう言う父に
「ちょっと。 お父ちゃん、失礼よ。」
ゆうこは顔をしかめた。
「ぜんっぜん失礼ちゃうやん。 すみませんねえ、突然おじゃましちゃって。」
南はワクワクしてしまった。
そこに
「腹減った・・」
襖が開いて、成年男子がおなかを掻きながら入ってきた。
「ちょっと!! お客さん来てるのにっ!」
ゆうこは慌てて彼を襖の向こうに押し返した。
「あ?」
彼は南に気づいた。
「あっ・・あ~~~っと、すんません。 友達?」
「あたしの先輩にあたる人だよ。 高原さん・・」
ゆうこはため息をついた。
「誰?」
南が言うと、
「兄で・。 兄が二人いるんですけど、コレは二番目の兄の拓馬です、」
ゆうこが恥ずかしそうに紹介した。
「お兄さん? へーっ、」
南は嬉しそうに目を輝かせた。
「何だよ・・美人連れてくるんなら前もって断れよ、」
拓馬はゆうこにコソっと言った。
「ほんっとにも~~~。 恥ずかしいったら・・」
ゆうこは手で顔を覆った。
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