第8話 動く(2)

「ほんっまに早いね。」


南は8時には仕事をしているゆうこを見て、笑った。



「おはようございます。」


ゆうこも微笑んだ。



「今日、あたし世田谷まで出かけるから。車、借りれるかな?」



「総務に言っておきます。」


ゆうこは引き出しから書類を取り出した。


「高原さんはいつからNY勤務に?」


ゆうこは何気なく南に訊いた。



「ええっと、2年半くらい。 最初は1年間て話やったんやけど。 1年じゃなんもでけへんな~って。 社長にお願いして、もうちょっとって。」



「前は企画にいたってききましたけど。社長や真太郎さんとも・・お親しいような、」


ゆうこは疑問に思ったことを聞いてみた。


「親しいって・・恐れ多いけど。 元々、あたし社長に誘われて仕事し始めたし。」


「そうなんですか?」


ゆうこは驚いた。



「ウン。 あたしが・・21くらいのときやったかなあ。 最初、キャバ嬢してたの。」



あっけらかんと言われて、驚いた。



「は・・・」



「六本木の。 有名なお店やったけど。これでもNo.1やってん。」


と、若干胸を張って言われた。




「そこにね。 ウチのお客さんに誘われて、 北都社長が来たの。 普通、あんな大社長、キャバクラなんか来ないんやけど。 その常連のお客さんも、いっつもあたしのこと指名してくれはって。 気に入ってもらってたから、北都社長におもろい子がいるからぜひ、紹介したいって、」



「はあ・・」



「ほんで。 社長と・・まあ、どうでもいいことをくっちゃべってたんやけど。 翌日、社長ひとりで来はってん。」



「社長が・・」



あの


真面目で


カタブツな北都社長が


ひとりでキャバクラに行く図、も想像できない・・



ゆうこは驚きっぱなしだった。



「んで。 3日連続くらいで来てもらって。 3日目に『ウチで仕事してみない?』って。 びっくりした。」



「へえ・・」



「実際は、北都の関連の企画会社への就職やったんやけど。 おもしろそやなって。 もうキャバクラでは極めた感じしたし・・カタギの仕事もええかなって。 そのときね。 社長の息子の真太郎もそこでバイトしてたの。 高校生やった。」


南は笑った。



「・・真太郎さんが、」



「そこで1年半くらいかなあ。 仕事して。 その頃、あたしのお母ちゃんが急に死んで。 ウチ、母子家庭やったから、弟を養うことになってしまって。 社長がウチで仕事をするようにって言うてくれてん。 そーすれば、給料もボーナスもそれなりに出せるからって。」



「そう、だったんですか。」



「今は弟も大阪の大学に通えて。 ほんま社長には足向けて寝られへん、」


南はふっと微笑んだ。



「じゃあ真太郎さんとも長いお付き合いですね・・」


ゆうこの言葉に



「そやな。 高校生でかわいかったよ。 あんなにイケメンなのにさ、真面目で勉強ばっかしてて。 あんま楽しいことも夢もなさそうやったけど。」


南はアハハと笑った。


「え・・」



「その頃から、自分の将来について悩んでたみたい。 ほら、お父さんがあんだけの人やし。 自分が自動的にそこを継ぐようなことになっていいのかって。 付属の大学へ行くか・・東大へ行くかとか。 でも、社長がね。 継ぐにしろ継がないにしろ、とにかく学生の間は自分のやりたいことをやれって。 彼、理科系で機械工学とか好きやったから。 日本で一番のトコで勉強したいって頑張って東大に入ったし。 あんま会社経営とは関係ないけどな、」



「そうだったんですか・・」



「ほんま。 あたしの数倍しっかりしてる。 いつも・・えらいなって。 思ってる。」



南は遠くを見るように言った。




あれ・・



なんだろ。



胸がチクンとした。




ゆうこは胸の痛みとざわざわとざわつく何かを感じていた。



「この沢藤絵梨沙さんという方は・・」


ゆうこは資料を見ながら真太郎に訊いた。



「ああ。 彼女も真尋と同じウイーンの音楽院の学生で。 今年の春、ウイーンの有名なピアノコンクールで日本人で初めて優勝したんだ、」


真太郎は丁寧に説明をした。



「そういえば・・ニュースかなにかで見たような・・」


ゆうこは記憶を手繰り寄せた。



「彼女のお父さんがマーク・フェルナンドさんと言って、アメリカ人とオーストリア人のハーフのピアニストで、同時に彼らの音楽院の講師もしてる。 二人の先生に当たるんです。 彼女のお母さんは日本人で。 ずいぶん前に離婚をして離れ離れになっていたらしいけど、また彼女が留学をするに当たってお父さんのお世話になっているらしい。 そのお母さんて人が、渋谷にある『聖朋音楽大学』の教授をしてる人なんです。」


「へえ・・・音楽一家なんですねえ、」


「そのコンクールで優勝していろんな仕事が舞い込むようになったんで。 どこかプロダクションでマネジメントをしてもらえないかってことになって。 ウチで契約させてもらったんです。 来年の春ころから本格的に日本でも仕事をしてもらおうかって。」



「キレイな人ですよね・・」



「もう、彼女がピアノの前に座るだけで絵になる感じですよね。 でも。 理解できないことに彼女、弟の真尋とずっとつきあってるみたいで、」


真太郎は笑った。



「え、ホントですか?」



「ええ。 彼女のマネジメントの話も真尋を通じてきたし。 弟はね、ほんっと、野生児そのまんまの男だから。 『美女と野獣』そのまんまで。 契約をするときにぼくは初めて彼女と会ったんだけど・・実物はもう、びっくりするくらいキレイな子で。」



「はああ・・そうなんですかあ。」



ゆうこは徐々に動き出すプロジェクトに、まだ見ぬ彼らへも


胸がときめいた。


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