第3話 始まりは(3)
「では、明日の会合にはぼくが行きます。」
真太郎は父である北都社長にそう言った。
「いや。 白川くんに一緒に行ってもらうから。 おまえは午後からの取締役会議の進行をまとめておいてくれ。」
「あ・・ハイ。」
正直。
息子である自分よりも
父がゆうこのことを信頼して側におきたがることは
前々から気になっていた。
彼女は
女性らしくて
とにかく
お茶を淹れるのが上手で。
手先が器用なこともあって、簡単な電化製品の配線などは
お手のものだった。
控えめで
笑顔が
すっごくかわいくて。
年上だけど
いつまでも頼りなげな感じが
放っておけない
雰囲気を持っていた。
秘書は
社長の片腕になる重要な役割だ。
申し訳ないけれど
彼女には
そういうことは全く感じない。
一流の私大を出ているけれど
少々のんびりしていて、『仕事のデキる女』とは
言い切れない女性だった。
「・・キンモクセイか、」
北都はゆうこの淹れて来たアールグレイの紅茶を飲んで、目の前の小さな透明なガラス容器に浮かべられたキンモクセイの小枝を見た。
「この香りが漂いはじめると、秋だなあ、と思います。」
ゆうこはニッコリ笑った。
こういう
細やかな心遣いのできるひとだ。
真太郎はふと思ったりする。
母は元女優だが
全く、そんな感じのない人で。
きれいに芸能界から引退した後は、まったく普通の主婦として生活をしている。
天下の北都グループの社長夫人とは思えぬほど
まったりと
毎日を過ごして。
根っからののんびり屋で
天然で。
よくもまあ
この『仕事の鬼』の父親と長年夫婦をやってこれるな、と思える。
父の忙しさは子供のころから目の当たりにしていて。
学校の行事なんかに顔を出すことは一度たりともなかった。
家庭を顧みない
典型的な仕事人間だった。
だからこそ。
毎日殺伐とした空気の中で過ごして
疲れた心を癒していたのは
母の
そのゆるい空気感だったりするのか、と。
同じ
空気を
ゆうこにも感じる気がしていた。
大学生になったと同時にここで仕事をするようになって
戸惑わなかったと言ったらウソになる。
同じように慣れない仕事で戸惑ってばかりだったゆうこを励まし、お互いに助け合い
ようやく
落ち着いて仕事ができるようになった。
今では
彼女も
かけがえのない
仕事のパートナーだ。
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