⒌
僕は目を覚ました。それと同時に思ったのだった。
────おかしい。いつもいるはずの璃音がいない……?
僕は身体を起こして、部屋中を見回す。でもいたのはソファーに寝転がり、眠っていた西村警部ただ一人。僕はなにかにはやし立てられるようにベッドから飛び降りた。
「に、西村警部!起きてください!璃音が……璃音が!」
西村警部の肩を揺らす。
「……んぁ?な、なんだ坊ちゃん。せっかくいい夢見てたんだが……」
「そ、そんなことはどうでもいいんです!璃音がいないんですよ!」
「嬢ちゃんが居ねぇ?そりゃあまぁ、アイツが早く起きたんだろう?」
頭をボシボシ掻きながらも身を起こす西村警部に舌打ちしたくなった。
「有り得ないんですよそれが。だって璃音は……「僕と一緒でなければ外出はおろか、人と話すことさえ出来ない舌無しの人」なんですから……!」
僕はついに言ってしまった。そう。璃音は文字通り言葉が話せない。それは生まれつき舌の発達が未熟で声帯も幼い。そのため、璃音の両親は有り余るツテを使い、璃音と「会話を出来るよう」に開発した擬似声帯と舌の
「……なん……だって?じ、じゃああれかい。嬢ちゃんは今まで腹話術でも使ってたってのかい?」
「いいえ。しっかりと唇を動かし、音を発していました。それを言語化させ、会話をするのが璃音の喉にあるものなんです。これがそのスイッチです。デメリットはこれをオンにすると駆動音がするのが疵ですけどね」
「そんで、それが今、入ってない……と?」
僕は頷く。緑色に点滅していない。ずっと消えたままだ。
「きっと璃音は犯人に捕まれに行ったんです。自分の推理に確証を感情的に理解出来ていなかったから」
僕は西村警部から目を外す。その時、テーブルに紙があったのを発見する。僕はそれを手に取り、目を通す。
『拝啓、愛しのきみ。なんてのは無しだよ。ボクはこれから犯人と対峙する。要はボク自身がデコイになるということだ。聡明なきみならボクがいない時点で理解していただろうけど。そうなったらボクを探して欲しい。きっと…………』
最後は何かで濡れて文字が消えていた。書きながらも怖かったのだ。そりゃあ璃音だって一人の人間だ。まだ高校生だ。璃音だって死が怖いはずだ。これを読んだ僕はぐしゃっと握り潰した。
「…………この……バカ……!」
歯を食いしばる。服なんか着替えている猶予はない。
「探しましょう西村警部」
そう言って、我先にと部屋を飛び出す。
「お、おい!坊ちゃん!?」
と遅れて西村警部が部屋に出てくる。その騒動に他の面々も顔を出してくる。
「璃音の行方が分からないんです!一緒に捜索をお願いします!!」
僕は止まって言うのももどかしく、声を張りながらも通路を抜ける。きっと璃音は待っているはずだ。自分が死ぬのが先か。それとも────。
「……絶対、死なせない……!今、迎えに行きますからね……」
思い出せ。あの時璃音はなんと言っていた。なんの言葉を発していた……?
頭の片隅で考えながらも使われていない部屋、もしくは居そうなところを探し回った。そして結局。
「…………リビングだけ?そんな、まさか……」
僕は急いでリビングの扉を開けた。けれど……。
「…………ここにいない……何処だ。何処なんですかあなたは……!」
「坊ちゃん。落ち着きな」
後ろから右肩を掴まれる。僕はばっと振り向く。
「こ、これが落ち着いて!」
「気持ちは分かるがな。そんな感じじゃあ見つけられるもんも見つけられんさ。まだ生きてる。そう思い込め。信じろ嬢ちゃんを。嬢ちゃんがなんて言ってたか思い出せ。良いか?今はお前が頼りなんだからよ」
震える目で西村警部を見つめる。
────あぁ、そうだ。璃音だっていっつも冷静に推理にあたっていたじゃないか。助手たる僕が。
「そうです、ね……すいません」
ゴッと自分の額を殴る。かなり痛い。けれど、璃音の今抱いてるだろう苦しみよりも遥かにマシだ。
「璃音は……『キツいシャネルの香り、音の消されたTV』……あ」
「なんだ?何か閃いたのか?」
西村警部の言葉を聞いて僕は首を横に振る。場所はわからない。だけど、それに導かせるものはあるんじゃないか?そう思ったのだ。僕はメモ帳を開く。
「……あった。璃音はあの新聞を模写した。なら、文字だって読めていたはず。丸文字を繋げれば『LOVEHATE』……愛憎……いや、違う。この事件は見立て殺人だと言った。なら……」
ブツブツ呟きながらスマホを取り出し、『LOVEHATE』で検索した。すると、璃音の言っていた言葉がなんとあったではないか!
「これだ……!これですよ!璃音はこれが曲の一部だって分かってたんです!」
「じゃあ、この中から場所を絞りこめるのか?」
僕は頷いた。歌詞検索して目を通す。それと同時に一度目と二度目の被害状況を確認する。そして分かったこと。
「『朝も夜もわかんない。潰れた黒いリップスティック』……朝も夜もわかんないとなればここじゃ何処ですか?」
僕は西村警部を見る。
「…………そうだな。多分窓が締め切られてて、カーテンとかで遮られてるとかか?」
「ありえないですね。僕はしっかりと探しました。もう空き部屋はありません。あとは……」
そう言った瞬間身体に電流が流れるような感覚がした。
「…………そうか」
僕はこれに賭けるしかない。どうやら西村警部も思い至ったようだ。
「「地下室!!」」
二人して顔を突き合わせ、頷き合う。ちょうど、捜査官達、名淵達も合流してきた。
「おい!地下室への扉は!?」
西村警部は近くの警官に声を上げる。
「はっ!こちらですっ!」
その警官は敬礼をした後、案内するように駆け足で向かっていく。僕達もその後を追った。
「ここから行けるんですね」
扉を開ければ、下へと続く階段があるではないか。少し薄暗い。スマホのライトを使って照らしだし、早歩きで降りていく。
もうそろそろだ。そう分かった。地下室の床を踏みしめた瞬間。
「危ねぇ!坊ちゃん!」
西村警部が後ろから飛びつき、僕を床に押し倒したのだ。そうだと分かった瞬間に僕が立っていたであろう場所に何かわからない物が通り過ぎ、壁に当たり落ちた音が響く。
「随分と物騒じゃねぇか。えぇ?」
「……っ……ありがとうございます西村警部」
僕は西村警部の肩を押しながらも起き上がる。その落ちたものにライトを向ければそれが投げナイフだと理解した。どうやら一瞬の光の反射で危ないものだと反射的に察して僕を庇ったのだろう。それから僕は地下室の先を照らし出す。そこには────。
「……璃音!!」
いま、現在進行形でマリア像になりかけていた璃音とその傍らに佇む誰かであった。
「……な、まじかよ……」
「嘘だろ……」
後ろで名淵さんと邑上さんの声が上がった。そして…………。
「……やっぱり、璃音の推理は当たっていたんですね。あなたが、この事件の犯人……Black Dahlia Avengerなんですね。篠倉さん……!」
僕は起き上がりながらも対峙する。璃音の傍に立っている篠倉さんを。
篠倉さんは振り向いた。その顔は笑みを浮かべていた。
「何を言っているんだい?私はたまたまここに行き着いただけ」
「それが嘘なんですよ。もし、僕達よりも先に来てたなら、璃音を救出していたはずです。そうですよね?」
「来るタイミングがきみ達よりも少し先なら救出は出来て……」
「いいえ。出来ます。ただ首に巻かれ、天井に伸びているピアノ線をハサミか何かで切れば終わることですから」
「……しつこいね香薫さん」
篠倉さんは笑みを浮かべてながらも少なからず雰囲気は変わった。そう感じた。
「理由を教えましょうか。まぁ、僕のこれから言う言葉はすべて璃音の推理に他なりませんけれど」
と、言葉を切る。
「まず、あなたは最初に間違いを犯した。それは、僕と璃音の名前を知っていることです。僕達からすれば初対面も良いとこ。なのにあなたは僕を香薫だと判断して、璃音のことも知っていた。それがおかしいんです」
「どうおかしいと言うのかな?」
僕は深呼吸してから言葉を続ける。
「だって、僕は「性同一性障害」なんですよ?女の顔なのもそりゃあ性別が女だからです。そして璃音と出かけ、人と会えば必ず名前を間違われます。僕の方が璃音だとね。更にもうひとつ言いましょうか。僕を香薫だと認識できたこと。それは「あなた自身が禅定寺之春でもあるから」なんですよ。西村警部。璃音にも見せた書類、一体なんでした?」
西村警部は僕の言葉に驚きつつも話を振られ、慌てずに言った。
「DNA鑑定と、戸籍、更には顔写真付きの履歴だ」
「そうです。それで璃音は勘づいてしまった。いいえ。既に出来上がっていた式を、解を万全なものとさせてしまったんです。何故ならば、あなたが篠倉さんでありながらも禅定寺さんなのだから……!」
この立場は本来は璃音の立場。でも今は助手たる僕が代わって篠倉さんに指を突きつける。
「だとしても、垣原さん、藤澤さんを殺した証拠はないだろう?」
「筆跡です」
「なんだって?」
篠倉さんは片眉を上げ、僕を見つめる。僕は見返す。真っ直ぐと。
「招待状。アレ、人が書いたものなのは見てもわかりました。それと、筆圧も。人はそれぞれ書く文字の力の入れ方が違うんです。それと同時に書き方も。これもまた、あなたが禅定寺さんでもある事だと証明でしたが、もうひとつ、最初の被害者の垣原さんの壁に書かれたもの、そして二人目の藤澤さんの傍らにあった米国の新聞にあった丸文字の筆圧と筆跡がほぼほぼ百パーセント同一人物だと示したそうです。これでもまだ、あなたは認めないつもりですか?」
静かに問い質す。
「参ったね。まさかそこまでミスがあったとは」
「他にもありますよ」
「へぇ?」
「僕はそれを聞いた時に気づきましたけれど、璃音はあなたに食堂兼リビングに朝行った時なんて言いました?こう言いましたよね。『垣原さんが見えないんだけど……』って。それであなたはなんとお答えになりましたか?」
「……『何処に行ってしまったのやら……』……なるほど。口走ったと?」
「えぇ。璃音はただ垣原さんの所在を聞きたかった。何処に居るのかではなく、なんでリビングに居なかったのかなんですよ。確かに僕達で最後でした。なら、僕達よりも前に来てなきゃおかしいと思いませんか?」
「その時、偶然離れていたなど思えるのではないかな?」
「いいえ。ありませんね。あなたも覚えてるでしょう?名淵さん達が「見ていない」と判断したんですよ?一番先に来てたのは名淵さんあなたですよね?」
篠倉さんを見据えながらも後ろの名淵さんに声をかける。
「え?あぁ、おう。確かそうだったはずだぞ。何分、眠りが浅くてな」
「これで分かりましたか?二番手は邑上さん。三番手は矢張さん。そして四番手は藤澤さんだった」
「それなら、名淵さんよりも先に……」
「有り得ません。女性の心理をご理解ではないようですけど、女性は朝は人によりますけど、バッチリ起きれないんですよ。名淵さんが来たのが朝六時周辺。それよりも先にとなるとかなり睡眠時間を削らなければ無理です。そしてその分、化粧にも時間がかかります。目のクマはメイクで隠せるのは女性なら誰でも知ってる事ですからね」
ボロボロと崩れていく篠倉さんの立ち位置。堅牢な位置が今では確実にクロへと。
「…………そこまで分かっていたとは。これならもっと早く……」
「出来ませんよね。何故ならば、璃音はあなたの理想像よりもかけ離れてるから。璃音の身長は僕よりも低く、百六十あるかないかですが、プロポーションはモデル並みでその体型が何気に気にしてるんです璃音は。ですがあなたの理想像は恐らく、垣原さんや藤澤さんの両名の方が背格好が「近かった」からですよね?そして、そのお二人と璃音との違いは過去に「犯罪」を行っていたかいなかったかの違い。垣原さんは援助交際などで補導に合い、藤澤さんは詐欺、窃盗、恐喝だと西村警部の調査により聞きました。でも、璃音には何も無い。それもそのはず、璃音は犯罪には巻き込まれど、その手の加害者へと回ったことが無いから。でも一番酷かったのは痴漢ですよ。因みに僕は痴漢にあったことはありません。このとおり、男勝りでしたから。それで、璃音は男性に対する恐怖心があった。けれど、それは僕がいればさしたる問題は無いんです。僕というストッパーがいるから」
長口上を言っては一息入れる。
「坊ちゃん。それは本当なのか?」
「それはって璃音が痴漢にあったことですか?」
「おう。それだ」
「本当ですよ。因みに通学中でしたね。電車の中でお尻を触られて、大切な場所を危うく穢されるところだったみたいです。ちょうど僕は人波に流されていて近くに入れなかったことが災いしました。詰まるところ、泣き寝入りしたんですよね。僕は訴えたら良いじゃないかと何度も言うけれど、璃音は苦しげながらも笑うだけでした。「ボクは大丈夫だから」ってね」
隣に立つ西村警部は驚愕した。そして苛立った顔をした。
「……馬鹿な嬢ちゃんだよまったく」
「えぇ、本当に。と、そんなことは良いんですよ。今は篠倉さんです。篠倉さん。いい加減認めませんか?これ以上抗ってる姿は惨めなんです。お願いですから璃音の抱いた印象を壊さないであげてください。お願いします」
僕は訴えるのではなく、懇願した。篠倉はそれに驚愕した。
「信じたくなかったと言ってました。だって、篠倉さんに似ている親戚が璃音に居たから。親近感……と言うんですかね。或いは」
僕は言葉を続けようとした瞬間。
「郷愁……とでも言いたいのかな香薫」
そんな声が聞こえたのだ。あぁ。久しく聞いていない感覚がした。それでも。
「見つけるのが遅くなりましたね璃音」
そう言うので精一杯だった。
「……ホントだよまったく」
そう言いながらも璃音は首に手を当てながらも姿を見せてくる。
「きみがそうして話していてくれなかったら、聞こえるところだったよ」
「そうでもしないと聞こえちゃいますもんね。あ、その格好意外と似合いますね。さすがにウエディングとまでは行きませんけど」
そう。僕が長々と話していたのは、こっそりと電源を入れていたのだ。駆動音が少し上がるからそれに合わせて聞こえないようにしなければならなかった。
「だとしてもだよ。ボクの過去を言い過ぎだよ香薫。確かにボクは痴漢されたけどさすがに純潔は守ってるよ。きみの方こそ、早くしてよねまったく」
やれやれといった感じで首を左右に振る姿も声もいつも通りだ。
「申し訳ありません璃音」
「ま、気を引き付けてくれなかったらピアノ線も切ること出来なかったからそこは感謝するけどさ」
とはにかみながら言われ、僕は苦笑した。
「さて、と。ねぇ、篠倉さん。ボクの推理、間違ってたかな?」
ゆっくりと篠倉さんに身体を向ける璃音。その目は真っ直ぐに篠倉さんを映していた。篠倉さんは苦笑しながらも左右に振った。
「間違ってはいないよ。璃音さんの推理は完璧だったよ。そしてそれを忘れず、一つ一つ上げていく香薫さんもね」
そう言ったのだった。
「璃音さん。あなたは何故、こうしたのかわかってるかい?」
「生憎、ホワイダニットは興味無いんだ。フーダニットなら話は別だけどね。ホワイダニットなんて人それぞれだし、それまで一々推察推測しろなんて面倒臭いに限るね」
ボクは肩を竦めながら言っては薄く笑う。
「動機なんて、犯罪を起こす上では付属でしかないからね」
「…………無責任……だね」
「探偵とはそういうものさ。篠倉さん。探偵はね。真実を明らかにする上で必ずしなきゃならないことがある。それが何か分かるかな?」
「………………教えてくれるかな?」
「人を殺すことだよ」
「なんだって?」
どうやら理解が及んでなかったようだ。西村警部は合点がいったようだが。
「璃音。詳しく言わないと皆に伝わりませんよ」
「それもそうか。なら、詳しく言うとしよう。殺人鬼と探偵は在り方が違えどやることは変わらない。殺人鬼はその手で人を殺し、探偵はその口でもって人を殺す。真実を明らかにするということはこういうことなのさ」
ボクと香薫、西村警部意外の面々は息を飲んだ。
「探偵は目の前の謎を解明しなくてはならない。真実がどうであれ、白日の元に晒さなければならないのが探偵なんだ。それが探偵のすべきことであり、「正義」なんだよ篠倉さん」
狭い地下室に璃音の言葉が響く。
「なるほどね。私はね……彼女達をどうしても殺さなくては行けなかった。だから」
「この場所を選んだ。この邸宅は普通の邸宅じゃない。だっておかしいだろう?ほぼほぼ「音が聞こえない」んだからね」
再び、場の空気が凍り出す。
「そう。ここはね、元は拷問をするためだけに造られた邸宅なんだよ」
「…………本当、なんですか?」
「本当だとも。一度目の殺人の後に気になってこの邸宅のことをネットで探したんだ。そうしたら気になる記事を見つけてね」
「気になる記事ってなんだ?」
ボクは深く息を吸っては言葉を紡ぐ。
「……『人が入ればその人物は二度と外には現れることはない奇怪な建物』だよ。またの名を『フリークス・ヴィラ』だ」
「……『フリークス・ヴィラ』……?あ、フリークスで奇怪、奇々怪々などでヴィラはドイツ語で……「邸宅」…………」
香薫も聡明な時があるじゃないか。人知れず感心した。
「その通りさ。だからこそ私はこの館を手に入れた!あの女共を裁くために!」
「…………理由を聞こうか」
「簡単な話さ。彼女達が私のことを騙したからだ。この私をだ。それが赦されざることだ。だから私は……!」
篠倉は目を鋭く輝かせながらもそう声を上げた。
「きみにはその権利はない。確かに正義なんてのは人それぞれさ。でもね、人を「殺した時点で、きみは正義の執行者じゃ無くなるんだ」よ」
ボクの言葉に篠倉は目を見開く。そんな篠倉をただ冷静に見つめ返す。
「きみのしたことは明らかに赦されない行為だ。何が赦されざることをしただ。そんなことを思っているのはきみだけだ。ボクは罪を犯したきみを赦さない。きみが手を染めなければ、ボクは真実とやらを明らかにはしなかっただろうね。何故ならば、ボクはきみを嫌という程にボクの叔父に重ねてしまっていたのだから」
そう。篠倉の態度そのものがどうにも叔父に重なった。そんな叔父はもうこの世にはいない。何故ならば叔父は犯罪に手を染めてしまい、ボクがそれを「暴いて」しまったからだ。真実を知った時ボクは涙した。叔父の優しさにボクは訳もなく泣いてしまったのだ。
「……黙れ」
「いいや。黙るもんか。篠倉さんは二人も手にかけた。ボクのことは躊躇したみたいだけれど、そんなものボクには関係ない。既に一人殺めた時点で篠倉さんは」
「黙れぇ……!!」
篠倉は声を上げて、ナイフを持ったまま向かってくる。そこから先はまるでスローモーションのようだった。ボクは後ろへと肩を掴まれ、ボクが居た場所には香薫が立ち、篠倉を這いつくばらせた。
「……僕の璃音にもう二度と触れさせない。あなたを殺人罪及び、暴行未遂で現行犯逮捕です」
香薫の言葉は冷静ながらも震えていた。ナイフを持っていた腕を捻りながらも上げ、確実にキメていた。そして何処からか取り出した手錠でその手首に片方の手錠を嵌めた。
「もうひとつ、言ってませんでしたね。僕の父は警官です。それもど偉い人だと聞いてます。そして僕は璃音を守るために、護身術含め格闘技をすべて網羅しています。すべては璃音を守るためですけど、父から特別捜査官としてどこにも配属されていない名前だけの警官でもあるんです僕は」
それにはボクも驚いた。だから、香薫を抱き枕に寝た時にやけに筋肉質だなと思ったのかと納得もした。そして西村警部も同じく目をぱちくりとしていた。
「…………参ったね、ほんと……」
既にナイフは香薫によって外され、こうまでしてしてやられば、篠倉は諦めざるを得なかったのだろう。
「……西村警部。お願いします」
香薫は動くことの無い篠倉にそう判断し、西村警部を呼んだ。西村警部は我に返り、香薫に代わり、篠倉を起こし、もう片手に手錠を嵌めたのだった。
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