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翌日の朝の事だった。また起きてしまったのだ。警察がいながらも、まるで嘲笑うかのように。
雷鳴が遠くで鳴っていた。雨はしとしとと降り注ぎ、窓を濡らしていく。冬に近いというのに、外は格段と寒そうだ。
「今度は藤澤さんが……か」
そんな雨音を背景にボクの声は部屋に溶けていく。傍らの香薫の顔は陰鬱としていた。
「……済まねぇ嬢ちゃん」
「西村警部が謝ることじゃないよ。Black Dahlia Avengerが一枚上手だったことに過ぎないだけだよ」
ボクはバツが悪そうに顔を歪める西村警部に苦笑しながらもそう言う。
「状態は垣原さんと変わらず、マリア像だったんだね」
「あぁ。それとだな」
「煙草の煙とキツいシャネルの香り、音の消えた眩しいTV、そして音の飛んだレコード……だろう?」
「…………その通りだ。よく分かったな」
「言ったろう?この事件はあの未解決事件をモデルにしたCDの見立て殺人だって。垣原さんも藤澤さんもブロンドの髪では無いけれど、二人とも茶髪だからね。だとするならテーブルには英文の新聞かな?ロスの新聞だろうね。CDの方だとブラックマリアだけれど」
淀みなくスラスラ言うボクを呆気になりながら見る西村警部。
「全部当たってるな。じゃあ、これも分かるか?」
そう言いながらも証拠写真を手帳から取り出し、テーブルに置く。ボクと香薫はそれを覗き込んで、
「…………なんて書いてあるのか分かりませんけど、丸がついてますね」
「それぞれ『L』『O』『V』『E』『H』『A』『T』『E』だね。訳すとしたら『愛憎』……かな」
写真を見ながらもボクはそう言って、その写真を香薫のメモに模写していく。
「……つまりはホシは憎んでいたってのか?」
「それとは違うさ」
描き終え、ペンを置いては写真を返しながらも西村警部を見る。
「ブラックマリア事件の犯人は精神が異常だったのさ。皆既日食の年に生まれたその人は精神が二つあったのさ。温厚な方と残虐極まりないこのふたつが」
「調べたところによるとそういった仮説?というのがありますよね」
香薫の言葉に頷いて、スマホを取り出してはその情報を調べ、西村警部に見せる。
「……なるほどなぁ〜」
暫く見た後にそう呟きながらもスマホを返され、受け取っては画面を暗くして置いて。
「今回は別に精神異常者ってわけじゃないだろうね。皆既日食なんて起きてはいないし」
「やっぱホシは頭が良いんだよな?」
「そう考えて問題は無いね。ボクとしては、結構面白いけれど、不謹慎だから言わないだけさ」
「……嬢ちゃんはもう誰か分かっているのか?」
「………………それはノーコメントかな。まだ不明な点もあるし。でも、ただ一人だけアリバイを崩せる人はいる。さて、残った人達のアリバイをおさらいしようか」
被害者である藤澤は死亡推定時刻が深夜零時から深夜三時の間と検視官から発表されている。やり口は同じ。遺体はやはりマリア像を象られていた。
そして肝心のアリバイなのだが……。
証明出来るのがボクと香薫意外誰もいないというのだ。ただ、ボクと香薫はずっと部屋に篭もりっぱなしで、他の面々はリビングで捜査官達と一緒だった。何故返さなかったのか?それは犯人はこの中にいるということが確定し、且つ、この招待状の主が何があっても返してはならない。三日経つまではその場にいるよう篠倉さんに伝えられていたからだった。
まず、藤澤が眠気を覚えたので、部屋に帰宅。それが契機となり、名淵、邑上、矢張、篠倉の順に部屋に戻った。そこまでは捜査官達は見ていたという。そこの盲点を突かれた形だ。
「……これで残ったのは六人ってわけか」
「そのうち、女性はボクだけ。とはいえ、隣に香薫がいるからそこまで危険は無いだろうね」
「わからないですよ璃音。いつもというわけじゃありませんし」
それもそうか。
「必要かどうか分からねぇが、嬢ちゃん。言われてたもん渡しとくぜ」
そう言って西村警部はA4サイズの書類を鞄から取り出し、ボクの目の前に置いた。
「…………………………そう」
それを開け、中を確認した後、そう零す。
「…………璃音?」
「誰か分かったよ。ボクの推理は完璧だよ香薫、西村警部」
「で、ですがそのようには……」
「そりゃあそうだろう?だって、あの人が犯人なわけが……」
ボクはコトの
皆が寝静まった夜。ボクはラウンジに居た。それも独りで。危ないことだとは分かっているのだが、これもまた犯人を誘き出すことにほかならない。
コツっ。
控えめなのだけれど確かに靴音だった。
あぁ、来たのだと理解する。「ボクをマリア像にするため」に。
コツっ。コツっ。
そうだ。このままこっちに来るといい。ボクはここに居る。犯行を成し得るにはあと一人なのだから。
コツンっ。
ボクは目を閉じて夜風に当たって、軽く居眠りをしているように装う。すると……。
ガッ!
「……っ……!」
後頭部を何かで殴られた感覚が身体を通る。薄れゆく意識の中、後ろ向きで倒れ込み、その「誰か」に支えられる。細めた目で見上げる。
「…………やっぱり……きみ、だった、んだね……」
ボクの呟きはBlack Dahlia Avengerには届いたかは定かではないが、その人物の目はギラギラと照り付き、且つ、寂しげだった────。
【読者への挑戦状】
これにて、揃った証拠はすべて謎に足り得るものだとボクこと葦原璃音は皆さんに告げる。ボク自身、思ってもみなかったことだったのだ。だとしても、読者諸君は聡明たるものなのだから、もしかしなくても犯人が誰か分かったのだろうが。それでは犯人解明へと移ろう────
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