・人物/アリバイ


  葦原璃音/皆との食事、歓談を終えた後、香薫

       を引き連れ宛てがわれた自室にて就

       寝。

  橘香薫/上記と変わらないが、璃音に抱き枕の

      ように扱われ暫くそのまま起きてい

      た。

  篠倉良平/解散時に諸々の食器を片付けたり等

       のことを一人で行っていたため、立

       証する人物は無し。

  名淵政三/歓談後、宛てがわれた自室に入り、

       一人、晩酌をした後に就寝。これも

       また立証する人物は無し。

  邑上春樹/食事を終えたすぐに自室に向かう。

       その姿を皆は目撃しているが、その

       後の行動を立証する人物は無し。聞

       くところによると、軽く読書をした

       後に深夜一時頃に就寝。

  矢張悟史/食事、歓談後も一人黙々と読書をし

       ながら自室に向かう。深夜三時に就

       寝。

  藤澤朱理/歓談後、垣原悠華氏と自室前まで会

       話した後に別れ、そのまま就寝。

 

 「ほぼほぼ全員怪しいですよねこれ」


 香薫のメモにそれぞれ各人が記したそれぞれのアリバイを二人で見ながらも香薫が苦笑した。


 「というより、寝付けなかったんだね香薫は」

 「し、仕方ないでしょう!?あなたに抱きつかれて直ぐに寝付けれると思ってるんですか!?」


 ボクの言葉に顔を紅くして声を上げる香薫を見ては可愛いなぁと思った。


 「はいはい、悪かったよ」

 「ぜ、絶対思ってないですよねそれ……」


 香薫は溜息と共に消沈する。アリバイを聞いた後に警察が到着し、垣原は検死解剖されるようだ。ボク達は警察に従い聞き取りをされたが、何故かボクと香薫の時にはヤケに柔らかな対応だったと覚えている。


 「それで?何か聞いてきたんじゃなかったのかい?」

 「…………それでって。はぁ。聞いてきましたよ。まず、垣原さんですが、死因は頭部を殴打されたことによる外傷ショック死のようです。検視官の死亡推定時刻によると、昨夜の十一時から深夜の零時過ぎだそうです。胃の中の飲食物が溶けかかっていたのが有力のようですね」

 「なるほど。他には?」

 「あの文字なんですが、右利きの人物が書いたものとされています。それとなんですが」


 と、香薫は招待状を取り出した。それでボクは理解する。


 「招待状に書かれた文字と壁に書かれた文字が同一人物によるもの……かな?」


 ボクの言葉に香薫は頷く。となると。


 「手掛かりは皆のアリバイとコレだけか」

 「そうなりますね。あ、あと、強姦などはされなかったようです。垣原さんの体内には男性の体液は発見されなかったみたいです」


 つまりはあぁ言ったはいいものの、手詰まりか。


 「……でもさ、垣原さんの隣り合わせの部屋のはずの藤澤さんも矢張さんも物音を聞いてないなんて有り得るのかな?」

 「どうなんでしょうね。悲鳴……は眠らされていたようですから上げようもありませんか」


 香薫の言葉を半ば聞き流し、考え込む。


 「お、早速やってるじゃないか葦原の嬢ちゃん」

 「…………ん?来ていたの?西村警部」


 かなり低い声で半ば堂々巡りしていた思考を吹き消した人物、グレーの髪をオールバックにしたあと一年で定年退職らしい西村警部が入ってきていた。


 「おう。嬢ちゃんが居るって聞いてな。駆けつけたのさ。一応、ここも区域だしな」

 「そうなんだ。というより、その呼び方やめて欲しいんだけど?」


 ボクのジト目を涼しい顔つきで受け流す西村警部。


 「孫と変わらんような歳なんだから嬢ちゃんで構わんだろ」


 なんという暴論。


 「……はぁ。まぁいいや。うん。とはいえ、ここまで手掛かりが無いとは思わなかったよ」


 ボクは柔らかな一人用────とはいえ、サイズが少し大きいため、余裕で香薫とも座れる────ソファーに背中を預ける。


 「そんな嬢ちゃんにマル被の情報なんだがな。垣原悠華は、昔やんちゃしてたらしいと調べがあってな」

 「……やんちゃ?あんな人が?」

 「どんなふうに見えていたのか少しばかり想像つくが……まぁ、援助交際やら補導やらあったらしい」


 手帳を開いて、そう言う西村警部の声を聞いて、ボクは意外にも驚愕していた。それは香薫も同じようだ。


 「…………とてもそんな風には見えなかったですよね璃音」

 「うん。本当に優しげなお姉さんみたいな人だったよ。もしかして、そういった過去があるから。なのかもしれないね」

 「つまりは、心を改めたと?」


 頷く。そしてボクは無意識で鼻の下辺りに両手の人差し指を三角形の形のようにさせて付けて。


 「…………じゃあ、垣原さんは無警戒で殺された……?でも、それじゃあ薬を飲むということは……ううん。水を出されたとしたなら……けど、なんの確証も出てこない。後頭部を殴打されたとしても打ち所による……」


 ブツブツと独り言を呟く姿はいっそ不気味だろうなと思うのだけれど、それでも止まることは無い。


 「……西村警部。垣原さんの口許くちもとまたは顔の下半分の辺りに何か発見は?」


 虚空を見つめながら言う。


 「あぁ、それは何やら白い繊維状のものが検出されたと聞いたぞ」

 「…………つまり、ハンカチかタオル。まぁそれで足取りなんて掴めるはずもない。それは上質な繊維?それとも」

 「普通のだな。綿とポリエステル?が配合されたものだ」

 「市販ですか」

 「うん」


 つまり、誰にでも手に入るもので垣原さんを眠らせた後に血を抜き取った。


 「死因は殴打じゃないよ。多量の血の流出によるショック死だよ。後頭部を殴打された垣原さんは一度気を失った。けれど、目覚めた垣原さんは睡眠薬を嗅がされたためまた気を失った。生きたまま血を抜かれたんだ」

 「そんな……」

 「…………そいつは悪趣味だな」

 「……本家本元のブラック・ダリア事件よりかはマシだよ。あれは強姦された後に殺されたんだからね」


 ボクは考え過ぎで少し疲れたため、ソファーに身をさらに深く預ける。


 「…………甘いものが欲しい」


 そう零す。


 「そう言うとおもって、ほらよ」


 西村警部は笑みを浮かべながらも目の前に小さいコンビニ袋に入れられた何かを置いた。


 「これ、期間限定のプリンじゃないか。しかも少しばかり高いから買うの諦めてたんだよね〜。後で払うよ」


 袋から出しながらもそう言って、二つ分あったものを一つ香薫に渡す。


 「良いってことよ。嬢ちゃんにゃあ世話なってるしな。これくらいどうってことねぇよ」

 「で、でもこれ、合計すれば1000円は楽に超えるんじゃ……」


 香薫はそのパッケージを見て、頬が引き攣っていた。


 「……ん!?うんまぁ〜……!さすがうちCafeスイーツ。程よい甘さが身に染みるよぉー」


 パクパクもぐもぐと食べる手を進めながらも香薫のメモを見る。


 「…………そんでよ嬢ちゃん」

 「ん〜?なんだい西村警部」


 ボクの前のソファーにどっかりと座る西村警部を見る。


 「この事件解けるか?」

 「……解いてみせるよ。なんてったって、この事件のモデルはあの未解決事件をモデルとしたCDの見立て殺人。つまりはあの未解決事件に挑む挑戦権を得られたようなもの。探偵たるもの、あの未解決事件に唆られないわけが無い。だろ?」


 ボクはニヤッと笑う。その顔を見た西村警部は苦笑する。


 「そうかい。んじゃあオレ達も情報が分かり次第教えるさ」

 「うん。感謝するよ」

 「おう。ところでよ。口許、クリーム着いてるぜ?」

 「んなっ!?」


 香薫に拭われ、なんとも締まらない空気になった会議なのだった。


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