06.05 「お帰りなさいませぇ、ご主人様ぁ」

 「はい、これ着けて」


 凜愛姫りあらに渡されたのはあの時のウィッグ。初めてあったあの時の。昨年の高天原たかまがはらでも凜愛姫りあらが着けてたあのウィッグだ。


 「うん、似合ってる」


 僕の手を取ってキラキラした瞳で見つめてくる凜愛姫りあら。僕は今、メイド風エプロンドレスを身に着け、メイド姿で指圧をする事になっている。何故かこんな時だけ発言力のある得利稼えりかの提案で、今年もメイド指圧をやることになってしまったのだ。


    ❝ミス高天原たかまがはらによるプレミアム指圧❞


 とかいって、10分で5,000円もふんだくるつもりらしい。流石にこんなボッタクリ価格じゃ誰も来ないんじゃないかと思ったんだけど……


 「はぁ……。お、お帰りなさいませぇ、ご主人様ぁ」

 「よ、宜しくお願いします……、姫神ひめがみさん」


 って感じで、既に待ち行列が出来始めてしまっている。これじゃ昨年と変わらない……、いや、相手が女の子だったから昨年の方がましだったかも。

 そもそも、今は姫神ひめがみじゃないし、男なんだよ? いいの、君たち。5,000円も払っちゃってさ……


 「頑張ってね、とおる


 相手が男だからなんだろうな、凜愛姫りあらは余裕の表情だ。昨年なんて『変なとこマッサージしちゃダメなんだからね』なんて言ってたのにさ。


 「男に戻ってもまだまだこの人気。ナイスだぜ、姫ちゃん。この調子で馬鹿な男どもからじゃんじゃん巻き上げちまおうぜっ!」

 「勝手にやってろ。今回はしっかり休憩入れさせてもらうからな」

 「そんなわけに行くかよ。10分で5,000円なんだぞ? 1時間でいくらになると思ってんだよ。60,000円だぞ、60,000円。まだまだ待ってる奴らだって居るのに、休憩なんか取ってる場合じゃねえだろう」

 「労基署に訴えてやる」

 「まあ、うちは法人じゃ無いから関係ないけどな」


 と、休憩を取る、取らないで得利稼えりかと揉めていると、


 「せんぱ~い。透子とおるこのお店にも遊びに来て欲しいのです~」


 などと言いながら、厄介なのが現れた。いや、今日に限っては救世主に見えてしまうかも。うん、メイド姿の救世主だ。


 「こら、蔦原つたはら。うちのNo.1をどうする気だ。その姿、まさか、引き抜きかっ!」

 「はあ? 馬鹿なのですか? 死んでしまったほうがいいのではないですか? 透子とおるこは先輩にご奉仕したいだけなのです! さあ、先輩♪」

 「うん、行こうっ!」

 「こら、待てー!!」


    ◇◇◇


 やってきたのは1年1組の教室。昨年、といってもつい数ヶ月前まで僕たちが居た懐かしい教室なんだけど、今は蔦原つたはらさんたちの教室だ。


 「お帰りなさいませ~、お嬢様~」


 彼女のクラスは……、メイドカフェ、でいいのかな? エプロンドレスでそのまま来ちゃったからお嬢様って事なんだろうけど、まあそこは仕方ない。

 うちのクラスは男子がメイド、女子が執事に扮してるんだけど、ここは女子がそのままメイド姿で接客してるってことでいいのかな?


 「ご注文は何になさいますのですか? オムライスなのですか? 天婦羅饅頭なのですか? それとも……、わ・た」

 「天婦羅饅頭でっ」

 「もう~、先輩ったら照れちゃって。可愛いのです」


 いやいや、そういう店じゃないよね。しかし、勢いで天婦羅饅頭とやらを頼んじゃったけど、何? 饅頭の天婦羅? 美味いの?


 「「「「「お待たせいたしました~」」」」」

 「それでは、美味しくなる魔法をかけますね♪」

 「「「「「おいしくな~れ、おいしくな~れ、萌え萌えキュン」」」」」


 ううう、こんなに大勢で……


 「お嬢様もご一緒に♪」


 一緒にって、ちょっと……


 「「「「「おいしくな~れ、おいしくな~れ、はいっ」」」」」

 「萌え、萌え、キュン……」


 あっ、つい……


 「キャー、可愛い~」

 「姫様が『萌え萌えキュン』だなんて。私、もう死んでもいいかも~」


 姫様? 僕の事?

 天婦羅饅頭は……、なんか斬新。結構いけるかも。


 「父の実家でお盆とかに良く出されるのです。ただの饅頭ではなくて天婦羅専用の饅頭なのですよ。特別に取り寄せてみたのですが、いかがでしかた?」


 さり気なく僕の腕にしがみついて来る蔦原つたはらさん。普段なら振りほどいてるところなんだけど、今日は得利稼えりかのブラック企業から救い出してくれたからな。まあ、これぐらいはいいか。


 「うん、美味しいけど、不思議な感じだね。それに手が汚れちゃうからフォークとか楊枝とかあったほうがいいんじゃないかな」

 「それは心配いらないのです。こうしてー」


    チュパッ


 「ちょっと、いきなり何するのっ!」

 「ほら、きれいになったのです」


 確かに油はとれたけどさ……、蔦原つたはらさんの唾液でテカテカしてるじゃん……


 「こんな所に居たのね、と、とおるさん」

 「会長?」

 「神楽かぐらよ」

 「か……、会長」

 「まあいいわ。それより、許嫁が居るにも係わらず他の女の所にしけ込むというのはどうなのかしら?」


 許嫁だったっけ……


 「現場を押さえられて反論の余地も無いみたいね。今回だけは見逃してあげるから、さっさと行くわよ」

 「行くって何処にですか?」

 「決まってるじゃないの。3年1組のブースよ。饗してあげるわ、つ――」

 「うわー、わー、わー。行きます、行きます。急ぎましょう、会長」


 今、妻って言おうとしてたでしょ、会長。もう、変な噂を広めないでほしい。凜愛姫りあらが気にしてるんだから。


 「ちょっと、先輩、もう行ってしまうのですか?」

 「一緒に居たければコンテストで勝利することね。その時は潔く身を引いてあげるわ」

 「(身を引く? 会長、今、身を引くって……)」

 「(確かに言ってました。三角関係? 痴情の縺れ? キャ~♪)」


 ダメだ。ここに居たら変な噂が広がっちゃう。


 「じゃあ、またね、蔦原つたはらさん」

 「あっ、せんぱーい」


 はぁ、何とか逃げ出した。もう、会長、何言い出すかわかんないんだから……

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