05.17 「充電、しよっか」

 この場所は再現しただけだけど、実際にカラオケ店で起きたことは良い思い出でも何でも無い。寧ろ嫌な記憶だ。

 ただ、ここに来ると記憶を失ってた間も凜愛姫りあらは僕の側に居てくれたって事が思い起こされて、片付けられずにいた。とはいえ、ここで暮らすとなるとこのままってわけにもいかないから撤去は進めないといけないんだけど。


 凜愛姫りあらが掃除を手伝ってくれて荷物の搬入も予定通りに行われた。引越し業者の人たち、リビング見てびっくりしてたけどね。


 「よし、大体片付いたかな。私、そろそろ帰るね」


 ここにはリビング以外に部屋が2つある。それも壁を挟んで隣り合う部屋が。今朝までは壁の向こうに凜愛姫りあらが居たのに……


 「うん……、ありがとね、凜愛姫りあら

 「大丈夫? とおる

 「何が?」

 「何がって……、泊まっていこうか?」


 そんな顔してたのかな……

 してたんだろうな、きっと……


 「凜愛姫りあら義母かあさんの所に……。僕は平気だから。少し暗くなってきたから送ってくね」

 「いいよ、一人で帰れるから。たったの10分よ?」

 「お願い……、送らせて」


 もう少し一緒に居たい。凜愛姫りあらの存在を再認識して、不安な気持ちは少し和らいでいた。壁の向こうとはいえ、隣に彼女が居ることで。

 でも、今日からは違う。もう隣には凜愛姫りあらが居ない……


 「じゃあ、行こっか」

 「その前に……」


 不安だからってのはダメなんだろうけど……

 でも、このままだと……


 「いいよ」


 凜愛姫りあらがキスしてくれた。


 「ここならお母さんも邪魔できないもんね。明日も、明後日も、その次も、次の次も。とおるが寂しくないように私がいっぱい充電してあげる」

 「充電……」

 「そう、充電。だから、元気出してね」


    ◇◇◇


 凜愛姫りあらを送り、一人、帰路に着く。別れ際にもキスしたのに、家に着くまで持ちそうにない。


 「戻ろっかな……」


 迷惑だよね、そんなの。


    ◇◇◇


 「朝か……」


 結局、一睡もできなかった。一人になると考えたくもないのに頭の中に色んな事が思い浮かんできて、それを否定するために必死になって、やっと見つけた答えも本当にそうなのかって頭の中でグルグル回ってる。最後は凜愛姫りあらが居るからって……

 でも、そう思えば思うほど会いたくて、でも隣に居ないという現実を受け入れたくなくて……


 「凜愛姫りあら……」


 シャワーを浴びてもすっきりしない。


 「あれ……、髪、洗ったっけ……。もう一回洗えばいいか」


 朝食は……、食欲がない。弁当を作ろうにも食材の匂いで嘔吐感が……

 仕事も手に付かないし、テレビをつけても何も入ってこない……


 「まだこんな時間……」


 時計が全然進まない。凜愛姫りあらに会える時間がやってこない……


 凜愛姫りあらの家まではのんびり歩いても10分程度。走ったらあっと言うまだ。凜愛姫りあらに会いたい。


 「玄関……、閉めたっけ……」


 思い出せない。凜愛姫りあらに会いたい一心で何をしてたのか全然思い出せない。

 鍵なんていいか……

 ……やっぱ、良くない。全速力で家に戻る。


 「なんだ……」


 鍵は掛かっていた。


 「はあ。凜愛姫りあらの所に急がなきゃ」


 再び全速力で凜愛姫りあらの家へと向かう。


 「電気、消してきたっけ。シャワーは止めた?」


 まただ。もうすぐそこなのに。そんなことどうでもいいのに。多分電気も消してるし、シャワーも止めてる。でも、確信できない……

 そんな風に、凜愛姫りあらの家との間を何往復かし、何度目かの玄関。


 「シャワーよし。電気よし。エアコンは使ってない。コンロも使ってない」


 今まで気になった所を指差し確認して、最後に玄関の鍵を締める。


 「戸締まりよし……、何やってるんだろ……」


 疲れた……

 ちゃんと出来てるのに不安になって、無駄に走って……


 「おはよう、とおる


 この笑顔に全てを癒やされる。


 「おはよう、凜愛姫りあら

 「眠れなかった……、かな?」

 「えっ、うん。なんかね」

 「もう、燃費悪いなぁ、とおるは。充電、しよっか」


 この口づけに……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る