05.10 「あのね、お母さん、これには色々と訳があってね」

 「で、何で僕は“シズカちゃん”って呼ばれてたのかなあ」


 とどろきさんに詰め寄るとおる。全く躊躇してないみたいなんだけど、ボッチだったんだよね、中学の時。いい方向に変わったって事でいいのかな。


 「えっと……」


 一方のとどろきさんは、顔を真赤にして俯いている。


 「とおるとどろきさん困ってるじゃない。だいたいから、そんなこととどろきさんに訊いても解らないんじゃないの? それに、今更そんなこと知ってどうするの?」

 「うーん、確かにね」


 知った所で今更どうにもならないじゃない。それに、嫌な予感がするんだもん。そもそも、なんでうちの高校に転校してきたんだろう。蔦原つたはらさんは学校紹介のパンフレットでとおるを見つけたみたいなんだけど、とどろきさんも何かでとおるを見つけて追いかけてきたのかもしれない。怪しいのは高天原たかまがはら祭あたりかな。ミス高天原たかまがはらなんかになっちゃってるわけだし。


 「あの……、私の所為、なんです」


 か細い声でとどろきさんが話し始めた。緊張してるのか、声が震えている。ううん、声だけじゃなくて。体も、かな。


 「訊かせてもらおうじゃないか」

 「えっと、入学して直ぐに告白されて……、好きな人がいるからって断ったんですけど……、誰が好きか言えって……。それで……、姫神ひめがみくんの名前を……」

 「んー、つまりはそいつが逆恨みして僕にあんなことを?」

 「こめんなさい……」

 「それはとどろきさんの所為じゃ無いんじゃ?」

 「そうだね。でも何で僕の名前を?」


 もう、余計なこと訊かなくていいのに。適当に言ってみただけとか、たまたま通りかかったからとか、あとは、うーん……


 「本当に好きでしたので……」


 そう、本当に好き……、か。はあ、やっぱりな。それで態々転校してきちゃったわけかぁ。


 「あらあら、聞き捨てなりませんわね。過去形でおっしゃてますけど、転校までしてきたということは現在進行形では無いのかしら?」


 水無みなさんも余計な事訊かなくていいのに。


 「それは……、はい。その通りです……」

 「えーっと、どう反応していいのか悩ましいんだけど……、ほら、僕って男だったんだけど、知ってるんだよね」

 「はい」

 「ってことはさ――」

 「私も女の子だったので……」


 だよね、やっぱり。


 「そう、なんだ。でも、過去がどう有れ男には興味無いかな……」

 「あら、凜愛姫りあらさんとはお付き合いしていましたわよね、今の姿に戻る前から」

 「凜愛姫りあらは特別というか、うん、そうだよねっ、僕、凜愛姫りあらと付き合ってるんだよ。だからそんなこと言われても――」

 「私は愛人でも構いませんけど?」

 「ええっ?」

 「私も……、愛人でも……」

 「愛……人……」


 もう、鼻の下伸ばしちゃって。


 「とおるっ!」

 「う、うん。ダメだよ、そういうの」

 「あら、そうかしら。今の反応からするとあとひと押しのように見えましたけど? 頑張りましょうね、しずかさん」

 「は、はい。私、頑張って治療受けますね。そしたら……」


 もう、何でそうなるのよ。治療しようがしまいが、駄目なんだから。水無みなさんも、後輩も、転校生も、妹も。私のとおるなんだから。とおるは――


 「とおるは誰にも渡さないんだからっ」

 「はい。ですから私は愛人で構わないと」

 「私も……」

 「愛人でもダメなんだってば」

 「まあ、怖い。見つからないようにしましょうね、しずかさん」

 「はいっ!」


 もうっ。

 私も、お風呂ぐらい入っておいたほうがいいのかな、とおると……

 お母さんたち遅くなるって言ってたから、誘ってみようかな、今夜。


    ◇◇◇


 「ねえ、とおる、一緒に……入ろうか」

 「入る? 何処に?」

 「お風呂……」

 「いいの?」

 「うん。今ならお母さんたちも居ないし」


 とは言ったものの、緊張するなぁ。とおるの前で裸になるとか、やっぱ無理かも。どうしよう……


 「凜愛姫りあら? 無理しなくても――」

 「無理なんかしてないっ。さあ、入るわよ。とおるも服脱いじゃってっ!」

 「う、うん」


 もう此処まで来たら今更引けない。そうよ、水無みなさんの記憶を上書きしなきゃっ。あとは下着を脱ぐだけだ。下着を……


 「あっ」


 躊躇していると、とおるが優しく抱きしめてくれた。


 「とおる、ドキドキしてる」

 「凜愛姫りあらだって」

 「うん……。ねえ、水無みなさんとしたこと、私にも……して」

 「……」

 「して?」


 どうしよう、変な気分になってきちゃう。とおるとこんな事……

 女の子同士なのに……


 「凜愛姫りあら


 じっと見つめてくるとおる。キス、したいのかなあ。うん、私もキスしたい。目の前にとおるが、少し近づけば唇が触れ合う距離にとおるが居て私を見つめてる。目を閉じて後はとおるに任せればきっと……


 「ただいまー」


 えっ? 何で? お母さん帰ってきちゃった。今日は遅くなるんじゃ……


 「凜愛姫りあらー、とおるちゃーん、居ないのー。お風呂かな?」


 帰宅したらうがいと手洗いだよね……

 どうしよう、こっちに来ちゃう。見つかっちゃうよ……


 「居ないのかな? 入るわよ」


    ガチャッ


 洗面所兼脱衣所のドアが開き、お母さんが現れる。その表情は……、ニヤニヤが止まらないみたいだ。下着姿で抱き合ってるんだもんね、私達……


 「……あのね、お母さん、これには色々と訳があってね。そういうのじゃ無いというか……」

 「別にいいわよ、女の子同士なんだから。でも、とおるちゃんが元に戻るまでよ。元に戻ったらちゃんと責任取れるようになってからにしてね、そういう事は」

 「だから、そういうのじゃ無いって……」

 「はいはい」


 流石にそのままお風呂に入るわけにもいかず、リビングで夕食を囲んでるんだけど……

 ううっ、気まずい。お母さんがニヤニヤしながらこっち見てる。


 「な、何?」

 「べっつに?」

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