04.10 「大丈夫。お姉ちゃんが教えてあげるから」

 年内のイベントは殆ど終わり、あとは実家への帰省を残すだけとなっていた。

 実家っていうのはとおるの実家の方で、私の祖父母はもう亡くなってるし、実家と呼べる所も残ってなかった。


 とおるの実家に行くのはこれが初めて。お母さんは結婚前に挨拶に行ったみたいなんだけどね。

 どんな所か楽しみだな。とおるが小学生まで過ごした所なんだから。


 「ただいまー、じいちゃん」

 「おう、とおるか?」

 「綺麗になりすぎちゃって判らなくなっちゃった?」

 「親父、詳しいことは酒でも呑みながら」

 「ん?」

 「こっちは伊織いおり

 「始めまして」

 「よく来たな。さあ、入って入って」


 事件の事はとおるがお風呂に入ってる間にお義父とうさんが説明してくれたから、とおるの記憶に関しては問題ないかな。


 そうそう、お風呂といえば、実家のお風呂は別棟になってるんだ。寒いのに、一回外に出ないといけないんだよ。それに、薪と灯油のハイブリッドとか、びっくりだよね。

 びっくりと言えば他にもあって、このお家、部屋がいっぱいあるの。ダイニングとキッチンは別れてて、リビングというか居間って言って方がいい感じの掘り炬燵の部屋が有って、これ以外に7つも部屋がある。

 更には、別棟になってる建物が4つもあって、1つはさっきも言ったお風呂でしょ、それに、トイレも別棟。あとは、“はなれ”って呼ばれてる来客用の建物と、もう1つ同じような部屋なのに物置みたいに成ってる建物もあった。

 物置といえば、とおるとおじいちゃんが建てたっていう木造の物置が3つも有ったかな。

 兎に角、部屋がいっぱいあるのに、ご近所さんは私道を挟んだ西側に1軒のみで、東側は全部おじいちゃんちの土地なんだとか。

 とおるなんか「お風呂上がりは裸で庭を歩き回ってたかな」って言ってたけど、止めようね、女の子なんだから。


    ◇◇◇


 翌30日はお餅つき。

 朝から仮設の竈で餅米を蒸かして、臼と杵でつくんだけど、全部で3斗って言ってたかな。3回に分けてつくんだって。雨が降ろうが雪が降ろうが、ブルーシートを貼って仮設の屋根を作ってでも、何がなんでも30日と決まっているみたい。

 今年は好天に恵まれたんだけどね。去年は大雨で大変だったんだとか。


 「伊織いおりもやってみるか?」

 「えっ、私?」

 「じゃあ合いの手はとおるかしら?」


 餅米が潰れてきたところでお義父とうさんから杵を手渡された。


 「大丈夫だって。真ん中狙ってつけばいいだけだから」

 「うん、じゃあ」


 杵は重たいけど、意外と何とかなるんだ。

 それに比べて……


 「あっちい、こんなの触れないよ、ばあちゃん」

 「ほらほら、ちゃんとやらないといつまで経ってもつけないよぅ」


 と、とおるは何の役にもたたなかったけど。


 そして、次の餅米が準備出来るまでの空き時間。


 「そうだ。スケートしようよ」

 「スケート?」

 「うん。そこの田圃で出来るんだよ。靴も用意してきたし」


 そう言えば、車に何か詰め込んでたけど、スケート靴だったんだ。

 そこの田圃っていうのは、もう稲作はやめちゃったんだけど、鯉とかメダカとか居るからずっと水を張りっぱなしなんだとかで、冬になると凍って乗っても平気なんだとか。


 「でも、私、やった事無いから」

 「大丈夫。お姉ちゃんが教えてあげるから」

 「うん」


 お姉ちゃんか……

 でも、とおると2人きりで何かするなんて久しぶりだな。


 「えっ、ちょっと、手、離さないで」

 「大丈夫だって。近くに居るから」

 「無理無理、転んじゃう、うわあっ……、ほっ」


 とおるが受け止めてくれた。こんなのも久しぶりだな。


 「もう、そんなにしがみついてたら何時まで経っても滑れるようにならないよ?」

 「だって……」


 くっついてたいんだもん。滑れるようになんてなりたくないもん。


 「ダメだって、私まで転んじゃうよ」

 「「うわあっ」」

 「……いたたた。ほら、言ったでしょ?」


    ミシミシ


 「とおる、今の音って……」

 「ああ、衝撃でヒビが入ったのかな。ちょっと離れよっか」

 「やだ。割れたらどうすればいいの?」

 「私にしがみついてても割れる時は割れるし、荷重を分散させた方が割れないから」


    ミシ


 「またっ」

 「ゆっくり離れて。ここ、意外と深いんだよ?」


 とおるに言われた通り、ゆっくりと、這うようにしてとおるから離れる。


 「何か動いたっ! とおる、こっちに来てよ」

 「鯉かな。氷も薄いみたいだし、泳ぎ回ってるんじゃないの? 今日は止めとこうか。今年は温かかったみたいだからね」

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