04.09 「急がないとフォアグラ丼無くなっちゃうよ?」

 両親の会社では、年末にパーティーが開催される。

 高校生にもなって親の会社のパーティーなんてって思ったんだけど、伊織いおりがどうしてもって言うから来てみたんだけど。


 「伊織いおり、怒ってる?」

 「別に、そういうわけじゃ」

 「怒ってるようにしか見えないんだけど。確かに伊織いおりに断りもなく武神たけがみさんとデートしたのは悪かったけどさあ」

 「私に断る必要なんてないってこと判ったよね? クリスマス・イブだったけど」

 「そんなこと言ったら伊織いおりだって水無みなとデートしてたじゃない?」

 「あれは……、そんなんじゃないって言ったはず。偶々会っただけなんだから。でもとおるは前から約束してたでしょ? かなり強引だったけど」

 「まあそうなんだけど、それは伊織いおりの事を思って――」

 「どさくさ紛れに告白してたけど?」


 うっ、そうなんだけどさ。そもそも、何で弟の君がその事で怒ってるのよ。そんなにお姉ちゃんのこと好きなの? もう、シスコンなんだから、伊織いおりは。


 「ほんと、ごめんって。また一緒に寝てあげるからさあ、許して?」

 「いらない」

 「ほらほら、そんなにプンプンしてたら、折角の……、折角の……、折角……」

 「とおる?」


 折角の……何だっけ。何言おうとしたんだっけ。

 違う、忘れちゃいけないことが……

 何処だっけ、ここ。大切な場所だったような……

 思い出せない……


 「とおる、大丈夫?」


 とおる

 誰だっけ……

 違う、私の名前だ。

 私がとおるで、伊織いおりは……


 「どうした、とおる。しっかりしろ」

 「あっ……、父さん」

 「何か思い出したの?」

 「母さん……」


 何か思い出したか……、ううん、何も思い出せない。

 思い出せないけど、何かが違う。だけど、何が違うのか……


 「とおる、無理しないで。ドクターも無理しちゃダメだって」

 「ドクター……、ミニスカの」

 「うん。だから落ち着いて」

 「落ち着いて……、うん。ありがと、伊織いおり。もう大丈夫。伊織いおり、怒ってない?」

 「うん。怒ってなんかないよ。だから、楽しもうよ、パーティー」


 楽しむ……、パーティー……


 「とおる?」

 「うん、もう大丈夫」


 また目眩が……

 思い出せそうなのに……、思い出せない……


 「伊織いおり、済まないがとおるの側に居てやってくれるか」

 「もちろん。一緒にいるからね、とおる


 一緒に……


 「伊織いおりが一緒に?」

 「うん、そうだよ」

 「ずーっと?」


 ずっと一緒に……

 そんな事思ったことが有ったような……

 私、ブラコンだったのかな……


 「少し静な所に行こうか?」

 「えっ、いや、大丈夫。もう大丈夫だから」

 「ほんとに?」


 大丈夫。伊織いおりが居てくれれば大丈夫……な気がする。


 「うん。そうだ、急がないとフォアグラ丼無くなっちゃうよ?」

 「そういうのは覚えてるんだ」


 ほんと、どうでも良いことは覚えてるんだけどな。肝心なことは何も思い出せないのに。


 「あははは、そうみたい。でも、手、握っててもらえる?」

 「うん」

 「綺麗な手だね、伊織いおりは。女の子……みたい……」


 女の子……

 伊織いおりは女の子?

 伊織いおり……


 「そうかなあ。そういえば、どっちかなあ、赤ちゃん」

 「えっ、赤ちゃん……。そうか。でも性別はまだ判らないんじゃない?」

 「とおるはどっちがいい?」

 「可愛い弟はもういるから、妹がいいかな。伊織いおりは?」

 「私はどっちでもいいかな」

 「何よ、それ」


 妹……

 私の……妹……

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