02.09 「お友達で……お願いします」

 ここの夜空は綺麗だ。じいちゃんもそうだけど、星がいっぱい見える。こうして見てると気持ちが落ち着いて……


 「くしゅん」


 ううっ、ちょっと冷えてきた。でもなぁ、お風呂に行っても嫌がられるんだろうし、部屋に行っても同じこと。だったらこのまま星空でも眺めてたほうがいいかな。


 ぼーっと夜空を眺めていると、彼女は突然僕の腕を掴んできた。実際には突然現れたわけでもなく、抜け殻になった僕には気づけなかっただけなんだろうけど。


 「姫神ひめがみさん、お風呂に行きませんか?」

 「ん? えっ? 誰?」


 確か同じクラスの伊織いおりの隣の席の女の子だ。名前は知らないけど。


 「私は火神かがみ 水無みな水無みなでいいですわ」

 「えっと、水無みな……、そんな強引に腕を引っ張られても」

 「強引ですか。よく言われますわ」

 「えっと、なんか、ごめん」

 「そして、実際に容赦の無い女ですの。ということで、お風呂に行きますわよ」

 「えっ、ちょっと、僕は……」

 「抵抗しても無駄ですわ?」


 いや、抵抗というか、女の子と一緒にお風呂に入ったことなんてないもん。確かに体的には女の子同士なんだけど、いいのかなぁ、そんなの。そんな僕の気持ちなんかお構いなしに、水無みなはぐいぐいと腕を引っ張っていき、とうとう大浴場へと着いてしまった。


 「心配しなくても、他の皆んなはもう済ませたみたいですわよ? 残っているのは私達だけですから」


 確かに汚物扱いされるのは嫌なんだけど、そんな心配をしてるわけじゃない。


 「私の事なら心配いらなくてよ? 嫌がらせするような輩がいれば滅して差し上げますから。ですから、自分と一緒にいたら、なんて考える必要もありませんの」


 まあ、確かにそんな勢いのある女の子だけど、気にしてるのはそこでもないんだよね。こんな体だけど、僕は男だ。女の子と一緒にお風呂に入るのはダメだと思うんだよ。


 「ほら、早くぅ。何なら私が脱がせて差し上げましょうか?」

 「いや、ちょっ、やめ……」


 何とも手際よく身ぐるみを剥がされてしまう。


 「あら、思ってたよりも大きいのですね。体の線が細いからかしら?」

 「えっと、どうも……」


 まあ、自分でもそう思うことはある。鏡に映った自分の姿を見て……って、変なこと考えてる間に水無みなも全部脱いじゃってるしっ。初めてなんだけど……、自分以外のは。なんか顔が火照ってきちゃうよ。


 「えっと、同性とはいえ、そんなに見つめられたら恥ずかしいですわ」

 「ご、ごめん」

 「冗談です。可愛いですわね、とおるさんは。さて、お背中流しましょうか」

 「じ、自分で洗えるから大丈夫」

 「まあ、そう遠慮なさらずに」

 「う、うん、じゃあ背中だけね」

 「ええ」


 背中を洗ってもらったのなんていつ以来だろう。あー、なんか気持ちいいな……


 「ひゃん」

 「なるほど」

 「なるほどじゃないよ、流石に自分で洗うから、そこは」

 「あら、私は構いませんわよ?」

 「水無みなは良くても僕は良くないから」


 こうして、ほぼ全身隈無く洗われてしまった。侵略すること火の如しである。泡だけど。お陰で、体だけじゃなくて心のモヤモヤも洗い流されたような気がしてきたかな。密着してくる水無みなも柔らかくてって……、まあ、それは置いとこう。兎に角、一時的にではあれ、久しぶりに楽しい気分にさせてもらえたかな。いろんな意味でだけど。


 「じゃあ、交代ですわね。私も洗ってくださいます?」

 「うっ、流石にそれは……」

 「洗ってくださいますよね?」

 「はい。洗わせて頂きます」


 そうだ、こんなに僕のこと触ってくるって、実は男子だったんじゃないの? うん、男だったんだ、水無みな。男の背中だよ、男の。なんの問題もないじゃん。


 「それにしても、綺麗な指ですわね。折角ですのでその手で洗っていただけますかしら?」

 「仰せのままに……」


 本人が望んでるんだしね、いいことにしよう。仮に男じゃなかったとしても背中だけだ。背中だけなら問題ない。うん、背中だけなら。石鹸を泡立て、真っ白な背中に触れる。


 「わ〜、柔らか〜い」

 「あら、ありがとうございます。とおるさんのお背中には負けますけれど。それよりも、背中だけじゃなくて全身洗って下さいませんか?」

 「全身、なの?」

 「そう、全身。あーんなところや、こーんなところも、ね?」


 水無みなは男、水無みなは男、男だから問題ない。

 問題ない? 問題なくないっ! 男のあんなところや、こんなところを洗うなんて嫌すぎるっ。そうだよ、僕は女の子、水無みなも女の子。

 うん、僕は悪くない。女の子同士なんだから何の問題もない、よね?


 「早くしてくださいませ。体が冷えてしまいます」

 「う、うん……」


 結局、水無みなに押し切られる形で、彼女の体を堪能、じゃなかった隅々まで洗わせてもらったのだった。僕のよりも柔らかくて、スライムみたいに……って、うう、ダメだ。頭の中が水無みなの感触に侵食されてくよ。


 一人で悶えそうになってると、湯船に浸かった水無みなからこんな一言が。


 「これで私達はただならぬ関係になってしまいましたわね!」

 「えっと……、はい」

 「では、お友達になりましょう」

 「……」

 「なんでしたら体の関係も――」

 「お友達で……お願いします」

 「そう、辛かったですわよね。でも、もう安心して宜しいのですよ。私も武神たけがみさんも、そして伊織いおりさんも貴方の味方ですから」

 「伊織いおりも……」

 「ええ。ですから、無理して笑顔を振り撒く必要もありませんのよ?」

 「なんで……」

 「まあ、なんとなくなんですけれどね。無理してるんじゃないかしらって」


 水無みなに抱き寄せられ、その豊かな胸に顔を埋めていた。


 「あれっ」


 涙が溢れてくる。


 「涙と一緒に嫌なことは全部流してしまいましょう。私の胸でよければいつでもお貸ししますわ」

 「うっ、ううっ……」


 水無みなは僕の肩をそっと抱いていてくれた。

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