性徴期性反転症候群の悪戯 - ある義兄妹の恋模様

六代目九郎右衛門

プロローグ

01.01 「折角のパーティーなんだから楽しまないと」

 「折角のパーティーなんだから楽しまないと」


 そう声を掛けて来たのはプラチナブロンドの女の子だった。


 父の会社では、年末にパーティーが開催される。転職したばかりの父もパーティに参加するのは初めてであり、何気なく僕を連れてきてみたのだろう。会場は都内の有名ホテル。立食パーティーで、社員とその家族が参加してる。子供も居るには居るんだけど、どう見ても小学生以下だ。僕と、今声を掛けてきた女の子を除いてはね。


 「……」

 「ああ、カラコンよ?」


 無意識に碧い瞳に吸い込まれていたようだ。


 「こっちもウィッグ。ほら、このパーティー、仮装歓迎って事だったでしょ?」


 ふわりとウェーブした髪先を指に絡めながらウィンクする彼女。確かに、不思議の国を思わせるエプロンドレスだ。


 「紅葉坂もみじざか 凜愛姫りあら。あなたは?」

 「ひ、姫神ひめがみ とおる、です」


 き、緊張して高い声に成ってるかも。そもそも誰かに話しかけられるのが嫌で隅っこの方に居たのに、こんな可愛い女の子に話しかけられるなんて、想定外だよ。


 「とおるさんかあ。ねえ、とおるって呼んでもいい? 多分、同じぐらいの歳よね?」

 「う、うん。中2ですけど」

 「同じだねっ。私のことも凜愛姫りあらでいいわよっ! 宜しくね、とおる。料理が美味しいって言うし、みんな家族で参加してるって言うから来てみたんだけどさぁ、中学生なんて私達だけじゃない。だいたい……」


 これが、彼女との出会いだった。

 よく喋る天使だけど、コミュ障の僕にはその方がいいのかもしれない。頷いてるだけで会話している気分になれるから。


 「ねえ、夏の旅行も行くの? 二日目のディズニーなんだけどね、一人で行ってもつまらないじゃない。良かったら一緒にどうかなあ?」

 「うん。僕で良かったら……」

 「やった~。約束だよ? じゃあ、ランドを選んでね」


 こうして、翌年の社員旅行で一緒にディズニーランドに行くことになったんだけど、いろいろ勘違いしてたんだろうな、きっと。直前に気付いて慌ててたみたいだけど、別に隠してたわけでもないから僕は悪くない……と思う。

 ディズニーランドは緊張し過ぎて余り記憶にない。ただ、ずっとドキドキしてたってこと以外は。


 最後に凜愛姫りあらに会ったのは、半年前の年末パーティーだった。

 父から会わせたい人が居ると言われ、紹介されたのは凜愛姫りあらのお母さん。

 凜愛姫りあらがそのまま成長したような可愛い女性で、つまりは、親子揃って同じ系統の女性に惹かれたということになるのだけれど、遺伝子、なんだろうか。


 「宜しくね、とおるちゃん。凜愛姫りあらは紹介するまでもないわね?」


 当然、会うのはこれで三回目となる凜愛姫りあらも一緒だ。


 「まさかとおると家族になるとはね。宜しくね、お義兄にいちゃん?」

 「う、うん。宜しくね、凜愛姫りあら


 おにいちゃん……。凜愛姫りあらが僕の義妹いもうと……。

 色々と期待してしまって良いんだろうか……


 こうして一緒に暮らすことになった家族の為に、父は新居を用意した。丘の上に建つ3階建の戸建で、僕と凜愛姫りあらの部屋は3階。隣同士だ。事前の家族会議で南東の一番日当たりの良い部屋が凜愛姫りあら、その隣が僕の部屋と決まっていた。

 そう、隣同士なんだ。壁の向こうには義妹いもうと凜愛姫りあらが居ることになる。

 2階にはLDKと夫婦の寝室があり、浴室は1階だ。3階にはもう一つ部屋があるけど、生まれてくる兄弟の為のものなんだろうな。


 凜愛姫りあらよりも一日早く入居した僕は、持ってきた荷物を解いていく。といっても、引っ越し直前に高熱で倒れ、気がついたら体に異変が起きていたので殆ど使い物にならないんだけど。着られないこともないけど、折角なので体に合ったものを用意したいかな。今は数日分の着替えしか持っていないので、凜愛姫りあらに付き合ってもらって買いに行けたらいいんだけどな。


 そして、いよいよ凜愛姫りあらとの再開の日。彼女との同居生活を想像して、ニマニマしてたに違いない。少なくとも、義母かあさんの陰に隠れるようにしてやって来た凜愛姫りあらを見るまでは。

 どうやら、彼女も感染してしまったようだ。

 そこに天使の微笑はなく、俯き加減の、そう、以前の僕のような存在がいた。髪も短くしてしまったようだし、服装も地味な感じだ。とはいえ、凜愛姫りあらの面影は残っているし、変わってしまったのは僕も同じなんだけど。


 「久しぶりだね、凜愛姫りあら。これから宜しくね!」

 「……」


 凜愛姫りあらは無言で僕から目を逸してしまう。


 「何か手伝うことあったら――」

 「必要ない。荷物はこれだけだから」


 ううっ、目が怖い……。何か気に障ることしちゃったかなぁ……


 「それから、今は伊織いおりだから」

 「う、うん。わかった。僕はとおるのままだけど……」

 「そう」


 そうか……名前も変えたんだ。

 この年の三月、首都圏を中心に奇病が大流行した。患者はいずれも思春期真っ只中の世代で、特に中3の発症率が50%と高かったようだ。程度の差はあれど、皆体に異変が生じたという。更には、それが原因で精神に異常を来す者も少なからず居たようだ。

 凜愛姫りあらが変わってしまったのも無理もないことなのかも知れない。


 僕は……今の所大丈夫だ。

 むしろ、過去の自分を捨てて新しい人生を歩み始めるには、ちょうど良かったのかも知れない。

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