第90話 謎の人物
歳は50近いだろうか…整えられていない、黒い髭や髪。虚ろな黒い瞳が俺達を見ている。
「……グラン…様…?」
謎の人物の正体は、俺だった。正確に言えば、歳を取った俺だが…間違いなく、自分自身だ。
「なにが…どうなって…?」
「質問には答えない。それは今答えるべきでは無いからな。混乱も甚だしいかもしれないが、最後の記憶を取り出す作業は俺がやる。」
「……」
「俺に会ったことはここにいる全員から切り取って一つの箱に入れる。残った記憶を二つに分けて、凛……いや。ティーシャの中に預ける。」
「なんでそんな事を?」
「……俺が…いや。お前が強くなる為に、帰ってきたら最小限の記憶で旅をする必要がある。知っていると甘えが出るからな。」
「何が何だか…」
「今は分からなくていい。いつか絶対に最後の箱をお前は開く。その時に全て話そう。切り取る記憶が増えると負担が増える。そろそろ始めるぞ。」
「……」
「大丈夫だ。悪い様にはしない。安心しろ。」
何が起こっているのか分からないが、自分に言われている事だ…
それに、パラちゃんではなくとも分かる。勝てる気が微塵もしない。従うしか無いだろう。
「いくぞ。」
恐ろしい程の魔力が溢れ出し、俺達の中から記憶が切り取られていく。三つ現れた箱の中に記憶が入っていき、その中の一つに、知らない魔法が掛けられる。
俺の意識はそこで途絶え、全てを忘れた。
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
「真琴…様……?!」
記憶から戻ってきた俺は、星空に浮かぶ凛の、目を見開く顔を目の前にしていた。
「あれは……俺…?」
「という事は……龍脈山で助けて下さったのも…」
「……そういう事か…」
「真琴様?」
異世界に渡る前に会った時、俺は時魔法についての知識が一切無かった。だから思い至ることは無かった。だが、今は違う。あれは恐らく、未来の俺だ。
何を目的としているのかは分からないが、行動を考えるに、俺達を助けようとしている事は間違いなさそうだ。これはただの勘でしかないが、龍王を脅した太い奴は、恐らく未来の俺だと思う。他にそんな不遜な態度を取れる奴に心当たりが無い。
「凛にはどうなっているのか理解が難しいかもしれないが……一つ言える事は、多分心配いらないって事だ。」
「元々あまり心配はしていませんよ。」
「そうなのか?」
「あれが本当に真琴様なのかは分かりませんが……あの人の目は、いつも真琴様が私に向けるものと同じでしたから。」
「目?」
「はい。とても優しい目です。」
「……そうか。」
「はい。」
凛はきっと、俺よりも俺の事をよく知っているのだろう。
バンッ!
「真琴様?!」
目下の扉を開けて飛び出してきたのは健。未来の俺に出会った事を思い出したのだろう。
「健。上だ上。」
「お?なんでそんな所に?」
「最後の記憶を取り戻す時、人目に触れないようにしたかったんだ。」
説明しながら地面に降りる。
「…なんでだ?」
「少し特殊な魔法が掛けられていてな。」
「んー……よく分からん!必要な事だったって事だな!」
「その通りだ。」
「それより、今思い出したんだが…」
「俺も凛も思い出した。多分パラちゃんも思い出したと思うぞ。」
「あのボロボロマントの人は誰なんだ?真琴様に瓜二つに見えたが……もしかして、ガーラン様か?」
「いや。父では無い。」
「そうなのか…」
「父では無いが、敵というわけでもない。むしろ、俺達を助けてくれている人だと思う。あまり警戒しなくても良いぞ。」
「それは気にして無ぇよ。あの人が俺達を攻撃する事は絶対に有り得ねぇからな。」
「なんで分かるんだ?」
「それは…」
「…健?」
「…………」
「凛?」
「…………」
「これは…」
「時魔法だ。」
「っ?!」
突然聞こえた後ろからの声に驚いて振り返る。
「最後の記憶を取り戻したな。」
「あぁ。」
「あの時の約束通り、全てを話そう。」
「……」
「どこから話すべきか……俺がお前である事は理解しているか?」
「時魔法を使って過去へ来た、未来の俺。だと思っている。」
「半分正解だ。」
「半分?」
「確かに俺は未来の真琴だが、今この世界に存在する真琴の未来の姿では無い。」
「…別の未来から来た…つまり平行世界の未来から来たってことか?」
「お前から見ればそうなるな。」
「なんでそんな事を…?」
「その話をしよう。
俺はこの世界に来て、今のお前と同じ様に記憶を集めて回った。」
「そうだろうな。」
「そして、まず……リーシャが死んだ。」
「っ?!」
「双子山の戦い。あの時、リーシャは俺の直ぐ近くに居た。健とアンバーが戦っている最中。アンバーは自分へ危機が迫っていると知り、土魔法を用いてリーシャを人質に取った。
当然俺達はアンバーからリーシャを助け出そうとしたが、人質として捕まえられている以上、下手な事は出来なかった。そこで、なんとか被害を最小限に留めようとしたリーシャが、無茶をしてな……アンバーと共に死んでしまったのだ。」
「……静風護か…」
「そうだ。あれはずっと過去に戻り、ソーリャの祖先と親交を深め渡した物だ。ある程度の魔法を防ぐが、それよりも必要な効果は、認識阻害の魔法だ。」
「あの中に居た俺と凛、そしてリーシャはアンバーには見えていなかったのか?」
「通常時なら見えていたかもしれないが、あの時は健との戦闘中だった。目を凝らしている暇は無かっただろうな。」
「……」
「次に死んだのは、シャル。」
「……」
「龍脈山で雪女と対峙した時………俺がこの手で殺した…」
「そんな……」
「暴走した俺が…炎鬼を使って……塵一つ残らなかったよ……」
「だからあの時…?」
「そうだ。炎鬼を止めるには魔道具では無理だからな。
次はプリネラ。」
「ボーンドラゴンとの戦いでな……腹の中へ……」
「……」
「次は健……既に三人しかいなかった俺達は、手が足りず……最上級吸血鬼のジャグリに殺された……
そして、最後は……凛。」
「っ……」
「ギュヒュトによって吸血鬼に変わってしまった凛は、その場で俺に懇願した。殺してくれと……」
「まさか……」
「あぁ……俺は涙を流して微笑む凛を……殺した……」
「……」
「俺にとっては過ぎた事だ。だが、諦めきれなかった俺は、一人で龍王の箱を取りに行き時魔法を習得した。俺の世界ではそれが最後の箱だったからな。そして、長い年月を掛けて魔力と魔法を磨き、魔道具を作った。過去に戻って皆を助ける為にな。」
「そういう事か……
いくつか聞いても良いか?」
「なんでも聞いてくれ。」
「魔道具…あの模様が入った魔道具は自分で作ったのか?」
「そうだ。模様を見れば分かるだろ。M、W。つまり、
「盲点だったな…この世界に英語があるとは思っていなかった…凛に渡したブローチもだな?」
「長い研究の中で、吸血鬼の毒を抜き取る方法が分かったんだ。それを魔道具に組み込んだ。」
「見たところ、二つの魔法が掛けられていたが?」
「それが研究の成果だ。あれは二つの魔法ではなく、合成魔法。複数の魔法が完全に融合した魔法だ。」
「そんな事が可能なのか?!」
「お前も俺なら分かっているだろ。凛の虚構魔法を見た時からずっと考えているはずだ。」
「確かに考えているが…不可能だと思っていた…」
「分解魔法を使え。」
「分解魔法……そうか!」
「分解魔法は魔法の元になる粒を引き剥がす魔法だ。一度分解し、再度収束する粒に二つの属性を混ぜ込む。」
「出来上がる魔法は二つの属性が混在…いや、融合した魔法になるのか!」
「考えれば簡単な話だ。それに気が付くまで随分と掛かってしまったがな。」
「待てよ…それならシャルも!」
「無理だ。シャルの吸血鬼の能力は彼女の生命そのものと融合している。取り除く事は出来ない。分かっているだろ?」
「くそっ!」
「……他に聞くことは?」
「……そうだな…悪魔種がドラゴンに無謀な突撃を行ったのは魔道具のせいか?」
「そうだ。あれは、テイキビでネフリテス達が使おうとしていた、悪魔の手。あれの完全なものを魔道具に込めて悪魔種のリーダーに渡した。」
「何故そんな事を?」
「そもそも俺達の世界では、悪魔種は猛威を振るっていた。なんとか各種族が耐え忍んでいたが、ギュヒュトの画策によってその均衡が崩されたのだ。ギュヒュトとこれから戦争になるだろ。その時に悪魔種が大勢いる事で、戦争に負けるからだ。」
「っ?!」
「悪魔種に支配された北半球は荒廃の一途を辿る。」
「悪魔種を早々に片付けておく必要があったわけか…」
「そうだ。」
「龍王を脅したのも?」
「…あれも俺だ。」
「何故そんな事を?悪魔種に支配された世界ならドラゴンとの抗争は起きないだろ。」
「悪魔種を早々に退場させ、順調に箱を全て集める。だが、戦争にドラゴンが出てくる事で、ドラゴンとその他の種族による戦争が起き、この世界は違う滅びを迎えるからだ。」
「待てよ……一体何回過去に戻ったんだ…?」
「忘れたよ。百を越えた所から数えるのはやめた。」
今この未来を作り上げる為に、何度も過去に戻り、試行錯誤を繰り返したのだろう。あらゆる可能性を探り、結果を見てはもう一度試行錯誤する。未来の俺はそれを延々と続けてきたのだ。たった一つ。全員が生き残り、世界が滅ぶことの無い未来を作る為に。
「途方も無いことを…」
「皆を救う為ならこれくらい大した事は無い。それは分かるだろ?」
「……凛の箱に掛けられていた時魔法は、どうやって持続していたんだ?」
「魔道具だよ。時魔法を維持する魔力を、あの箱に流し続ける魔道具を作った。それだけだ。」
「俺達に姿を見せなかったのも、この未来を作る為か?」
「そうだ。俺が早くに姿を見せると、時魔法の存在に気が付いて、その力を得ようとする。自分達の力を磨く前にな。」
「強力な力だからな。それを防ぐ為に存在を隠していたのか。」
「そうだ。」
「なるほどな…全てが繋がったよ。今思えば、異空間収納の魔法を知った時点で、時魔法の存在に気付くべきだったな。」
「あの中は時が止まるからな。」
「最初から目の前に答えがあったってのに…情けない話だ。」
「記憶の切り取りで気が付かない様になっていたから仕方ないさ。」
「……助かったよ。本当に色々とな。」
「…この先については聞かないのか?」
「聞いて何か変わるのか?」
「いや。」
「それに、聞いてしまえばそれがどんな結果だとしても気が抜ける。その方が俺は怖い。」
「……そうだな。俺のいる未来には、もう皆は居ない…だが、この世界では皆が生きている未来となる事を願っている。」
「一緒に戦ってはくれないのか?」
「あまり深く干渉しすぎると、世界がそれを排斥しようとして動く。これ以上の干渉は無理だ。」
「タイムパラドックスか。」
「結果を見るくらいなら出来るがな。………ゴホッ!ゴホッゴホッ!」
「おい!大丈夫か?!」
「……大丈夫だ。」
「血が…」
「無理な研究を行い続けてきた代償だ。気にする事は無い。」
「気にするだろ?!」
「俺の命はもうそんなに長くはない。それはずっと前から分かっていた事だ。既に受け入れている。」
「……」
「だが、俺もそろそろ疲れた。これで最後にしたい。必ず皆と生き残って滅ばない世界を俺に見せてくれ。」
「………分かった。約束する。」
「はは。慎重な俺にしては、なかなか言い切るじゃないか。」
「こんな時でさえ言い切れない男になる気は無い。だろ?」
「……あぁ。」
「見ててくれ。必ず成功させる。」
「楽しみにしているよ。」
そう言うと、その姿が掻き消える。それと同時に時魔法が解除され、世界に時間が戻る。
「……なんとなくだな!」
「……何の話だったっけ?」
「謎の人物に対しての話だよ!?何?!突然のイジメ?!」
「そうだったな。悪い悪い。わざとではないんだ。」
「…真琴様?何かあったのですか?」
「どうしてだ?」
「先程までより、少し表情が違っていましたので…」
「何も無いよ。謎の人物についてはもう気にするな。それより、アライサル達が待ってるぞ。」
家の窓や扉の隙間からこちらを覗いているドラゴン達。リーシャ達も何事かと心配そうな顔をしている。
「真琴様がそう言うなら心配はいらねぇか!よーし!飲むぞー!食うぞー!」
「真琴様も行きましょう。」
「そうだな。」
中に入ると、中座した責任と言われてガバガバ飲まされた。こっそり浄化でアルコールを抜いたのは秘密だ。
翌日。アライサルの背に乗り、出発の時となった。
「気を付けて行けよー。」
「後のことは頼みましたよ。」
「あぁ。皆も後のことは頼んだぞ。」
「こっちは心配いらねぇよ。さっさと行って、ちゃちゃっと終わらせちまえ。」
「そんな簡単にはいかないだろうけど、最善を尽くすよ。」
「それでは、行ってくる。」
「おう!」
アライサルが力強く羽ばたくと、空へと飛び上がり、北へと向かう。羽ばたく度にデュロキの街が遠ざかっていく。
「猶予は後どれくらいでしょうか?」
「ギュヒュトがここでモンスターとドラゴンを捕まえていたとなると、まだ兵力を集めている最中だろう。
だが、モンスターやドラゴンを捕まえて、長く置いておく事も出来ないはずだ。猶予は…長くて一ヶ月程度だろうな。」
「殆ど準備は整ってるって事か…」
「悪魔種とまで手を組んだのですから、想像以上の戦力になりそうですね…」
「悪魔種と戦える奴らなんてそんなに居ないだろ?」
「そうだな…その辺の話も含めてフィルリア達と話し合おう。残りの時間を有効に使わないとな。」
「時間が少ない事は理解した。なら、もっと速く飛ぶ?」
「疲れないか?」
「この程度の距離で私が疲れるとでも?」
「愚問だったな。頼む。」
「ふふ。いくぞ。しっかり掴まっているのだぞ。」
背中に捕まって衝撃に備えると、アライサルが翼を強く羽ばたかせる。
「ぬおっ?!」
「っ?!!!」
「あははー!はやーい!!」
「まるで戦闘機並の速さだな…」
「この速度なら数時間で着きますね。」
「アライサルには驚かされてばかりだな。」
「いけー!」
「プリネラは楽しんでいるみたいだが……リーシャを一度ジェットコースターに乗せてみたいな。」
固く目を結ぶリーシャを横目に、ジゼトルスまで一気に飛んでいくアライサル。結局、休憩を挟んでも昼前にはジゼトルスに着いてしまった。
「アライサル。あれがジゼトルスだ。」
「大きな街だな。どれくらい人が住んでいるんだ?」
「総人口は分からないが……ってちょっと待て!そのまま行くと!」
言い終わる前にジゼトルスの上空に辿り着いてしまった。
「ド……ドラゴンだぁぁーー!!」
「逃げろぉ!」
「うむ。騒がしいな。」
「そりゃドラゴンが突然上空に現れたらこうなるわな。」
「ドラゴンが現れたって?!」
「こんな時にドラゴンとはの…厄介極まりないのじゃ…」
「私達が引き付けている間に皆は早く逃げて下さい!」
「おーい!」
「??」
「どこかからか愛しのマコトの声が聞こえてくるわ…恐怖で幻聴が聞こえてくるのかしら?」
「フィルリアー!上だ上ー!」
「上…?……………マコト?!」
「驚かせてすまん!」
「くくく…マコトは本当に規格外じゃの。」
「まさかドラゴンの背に乗って戻ってくるとは…」
地上に降りると、アライサルが人型に変わる。
「変身した?!」
「アライサルは人型に変わる事が可能なんだ。」
「アライサルだと?!」
「水のドラゴン最強の個体だったわよね…?」
「うむ!アライサルだ!よろしくな!」
「とんでもない奴を連れてきたの。」
「色々あってな。アライサルが今回の戦争に参加してくれる事になった。」
「端折り過ぎて理解不能じゃが…助けてくれるならこれ程心強い味方もおらんの。」
「アライサル。先に紹介しておくよ。フィルリア、シャーリー、シェア、ポーチュニカ、ボボドルだ。」
「よろしく頼む。」
「こちらこそ最強と謳われしドラゴンに出会えて光栄じゃよ。」
「うむ。色々とマコトから話を聞いていたが、皆人型とは思えない程の強さを秘めているな。」
「お主やマコト達に比べたら微々たるものじゃ。」
「また強くなったのね。マコト。」
「そうか?あまり変わっていない気がするけどな…」
「それより、一度戻った方が良くないか?」
ボボドルの言葉に周りを見ると、住民達が不安そうな顔でアライサルを見ている。
「あー…そうだな。」
「それならば、自警団の本部に行こう。」
「私にはこの街を案内してくれないのか?」
「皆が怖がってるからな。少し間を置いてからにしよう。」
「うむ…そう言うことならば仕方ないか。別に怖がらせるつもりは無かったのだが…」
「そう落ち込むな。最初だけだ。」
「うむ。マコトの言う事なら間違いは無さそうだな!」
「ドラゴンの信用まで勝ち取っているとは…流石は私のマコトだわ。」
「勝手に自分のものにはしないで下さい。」
「現れたわね凛!ぐぬぬぬ!」
「ふぬぬぬ!」
「行くぞー。」
「あっ!待ってよマコト!」
「お待ちください!」
いつものじゃれ合いを無視して自警団本部へと向かう。
「マコト様?!」
「ギャレット。久しぶりだな。」
本部前に辿り着くと、ギャレットが険しい顔で立っていた。
「いつお戻りに?!」
「たった今さ。」
「今は危険です!直ぐにお逃げになってください!」
「なんでだ?」
「天災級ドラゴンが……ん?ちょっと待てよ……もしかして…」
「紹介するよ。水のドラゴン最強のアライサルだ。」
「よろしくな!」
「ほえぇぇぇぇ?!」
「なかなか面白い反応を見せてくれる人種だな!」
「大抵の人は同じ様な反応になりますよ!?」
「くくく。」
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