第88話 危険な魔法
複雑な魔法が組み上がっていく。
魔力がごっそりと持っていかれる感覚が視界を揺らす。
「……くふふ。成功だね。」
「あぁ。」
世界から全ての音が消える。
瞬いていた空の星はその瞬きを止める。
凛、健、プリネラの寝息も、上下していた胸も、全てが止まった世界。
「くふふ。時間までをも操れるなんてねー。」
時魔法。
それがこの魔法の属性だ。
今は時を止めることしか出来ないが、魔力が増大すれば、もっと色々な事が出来るだろう。
「パラちゃん。行こう。」
「本当に良いの?」
「……あぁ。これは誰にも知られてはいけない魔法だから。」
「…分かったよ。」
パラちゃんが俺の目を見た後、ゆっくりと頷く。
三人を置いて向かったのは、未開の地。この先に居るはずの龍王に会いに行く。それが目的だ。
見ての通りこの時魔法というのはかなり強力な魔法で、時を止めてしまえば、あらゆる事が簡単に出来てしまう。
この魔法に気が付いたのは、パラちゃんとの研究を行っている最中の事だ。異世界への渡り方を探っていくうちに辿り着いたのだ。最初は喜んだが、この魔法の恐ろしさにも直ぐに気が付いた。そこで、俺達はこの魔法を封印する事にしたのだ。この時魔法を知られても、とても複雑で、大量の魔力を必要とする魔法であるが故に、簡単には使用出来ない。パラちゃんにさえ使えない程だ。だが、存在を誰かに知られるだけでも危険な為、時魔法については、一切口外しないと誓い合ったのだ。
龍王の居る場所まではかなり距離がある。時を止めて進んだとしても、数日は掛かる距離だ。だが、俺が眠ってしまえば、時魔法が解除されてしまう。即時龍王の元へと移動する必要がある。
実は、これについても既に解決している。
パラちゃんが取り出したのは、透明な魔石を用いて作った魔道具だ。異世界にある、地球儀という物の様な形をしていて、真ん中に特大で超高濃度の無色魔石が埋め込まれている。
「二つしか無いからねー。慎重に行くよ。」
この魔道具は、一言で言えばテレポート出来る魔道具だ。異世界へと渡る方法を偶然ではあるが作った俺達にとって、同じ世界の違う地点への移動はそれ程難しい事ではない。方法を考え出すのはそれ程難しい事ではないが、それを実行するのは想像以上に難しい。空間に穴を開けてある場所と、別の場所を繋げるのだ。説明しなくても大量の魔力を必要とする事は容易に予想できるだろう。どれ程の魔力が必要となるかというと、俺にも、パラちゃんにも、自前の魔力では再現出来ない程の魔力が必要なのだ。
そこで、パラちゃんに頼んで、それを再現出来るだけの魔石と魔道具を作ってもらっていたのだ。それがこの地球儀の様な魔道具。
「この魔石でも足りなかったから、空気中からも無理矢理取り込んで発動させるから、一度使えば魔石は弾け飛ぶよ。つまり、二回しか飛べない。」
「……」
「ここは運だよ。
…………何処に飛ぶ?」
この時の俺達は、龍王が何処に居るかを全くもって知らなかった。当然だ。未開の地の表層部分しか知らないのだから。この広い星の上で龍王が何処に居るかを当てずっぽうで探すのだ。帰りの事を考えれば実質一回で龍王の居る所を当てなければならない。
「………最南端だな。」
「良いの?」
「未開の地は奥に行くにつれてモンスターの強さが上がっていく。それは、奥に行く程強くなければ生きられないからだ。つまり、その極地にこの世界で最も強い生物が居るはずだ。」
「くふふ…グラちゃんの思い切りの良さは美点だねー。」
「間違っていたら、また一年逃げ回るさ。」
「……行くよ。」
「頼む。」
パラちゃんが魔道具を発動させる。魔石の周りに取り付けられた輪がクルクルと周りだし、魔石が淡く光り出す。
輪が回転の速度を速めていき、目では追えない速度へと到達すると、魔石が
バキィィィン!
魔道具が粉々に砕け散り、光で視界が埋め尽くされると同時に、地面が無くなり、浮遊感に襲われる。
目を開けて眼下を見ると、特大のクレーターの中に、白い木で作られた建物が立ち並び、その周りを色々な地域が取り囲む場所が見える。
「パラちゃん?!」
「くふふー!地上何メートルか分からないねー!」
「笑い事じゃねぇーー!!」
特大クレーターの半分は見える程の高さ。下まで辿り着く頃にはどれだけの速度になっているか想像も出来ない。
グングンと落下速度が上昇していく。パラちゃんと手を繋いで離れない様にはしているものの、何か手を打たなければ、仲良く文字通り弾けて終わる。
地上が見るからに迫ってきている。既に落下速度は最大に到達しているだろう。
「どうするよ?!パラちゃん?!」
「僕に任せて!」
地上が間近に迫ってきたタイミングで、パラちゃんに魔力が集中していく。
「はぁぁぁ!!」
パラちゃんが魔力を集中させると、今まで下から受けていた風が、勢いを増す。パラちゃんの持っている膨大な魔力が、風魔法へと変換されていく。
徐々に速度が減少していくが、地面はすぐそこまで迫っている。
「はああぁぁぁ!!」
一層の魔力を込めると、白い建物が立ち並ぶ街の端。白い木が生い茂る場所に風のクッションを作り出す。おかげでそこに生えていた白い木は半円状に吹き飛んだが………後にここでカナサイス達と大闘技大会を開く事になる場所だ。
全身を押し返す強烈な風魔法によって地面まで残り2mという所で完全に落下速度がゼロになる。
風が消えると、もう一度落下して地面に落ちる。
「いてててて…くふふ。なんとかなったねー。」
「いつの間に無属性魔法をこんなに使いこなせる様になったんだ?」
「グラちゃん達が出ていってから毎日練習していたからねー。」
「幸せの魔法は?」
「当然練習してるよ。でも、まだまだかな。これが上手くいって、また帰ってきたら、必ず見せるよ。」
「…そっか。」
「ほら、立って。行くよ。」
「あぁ。」
差し出された手を握って立ち上がる。
「落下に夢中で反応出来なかったが、こんな所に街があるなんてな…?」
「ここがドラゴンの楽園かな?」
「そう願うよ。何も無い所じゃなくて取り敢えず安心だよ。」
「中に行ってみようよ!」
「分かったから引っ張るなって。」
俺の手を引いて街の中へと入っていく。街の中は白い家のみが立ち並んでいて、他に何かがある様には見えない。人種の街とは随分と異なる作りだ。店等は一切無い。
「あれって……ドラゴン?」
パラちゃんの目線の先に見えるのは、角と尻尾と翼の生えた人型の生き物。時が止まっているから動いてはいないが…
「ドラゴン…というか羽の生えた龍人種って感じだな?」
「もしかしたら、ドラゴンの中には人化出来る者がいるのかも。」
「それだけでも新事実だが…今はそれが目的では無いからな。」
「うん。グラちゃんの魔力が切れちゃう前に、さっさと龍王とやらを探そうか。」
街中を歩いてそれらしい場所を探していく。と言っても…上から見た時、街の中心にあった一際敷地の大きな建物が一番怪しいと思っていたのは俺もパラちゃんも同じだ。ほとんど直線的にその建物に向かっていく。
「……間違いなくここだね。」
「あぁ。時を止めているのに、恐ろしい程の圧力を感じるよ…」
「ここまでなんてねー……悪魔種が滅ぼされかけたって話も頷けるよ。」
パラちゃんと共に建物の内部へと入る。
白い木で作り出された廊下や扉。人種の王城の様に兵士の様な者はいない。それはそうだろう。この圧力を放つ龍王とやらを傷付けられる存在など、この世界には存在しない。守る必要性が皆無なのだ。
圧力の元を辿っていくと、一つの扉の前に辿り着く。
「……この中だな。」
「うん。」
全身が勝手に強ばってしまう。毛が逆立ち、背筋がゾクゾクとする。
扉に手を置いてゆっくりと開く。
木製の扉が音もなくスーッと開き、その奥に圧力の大元が見える。白と青の入り交じった長い髪に、翼。左目は青、右目は白の瞳。枝分かれした角に、太く長い尻尾。
他のどの生物にも感じる事が出来ない絶対的な力。
「これが……」
「龍王…」
数秒、龍王の姿を見ていたが、ここからが本題だ。
「パラちゃん。」
「…うん。」
「いきなり侵入者だと吹き飛ばされるかもしれない。」
「くふふ。こんなのに攻撃されたら塵一つ残らないだろうねー。でも、僕はグラちゃんと共に死ねるならそれでも構わないよ。」
「……ありがとう。」
「…時魔法を解除して。」
「あぁ…」
止め続けていた時魔法が解除される。ゆっくりと戻ってくる時の流れ。龍王の瞼がゆっくりと閉じて、もう一度開く。
「………」
「………」
「誰だ?」
龍王が俺達に向かって一言だけ発する。
「俺はグラン。グラン-フルカルト。」
「僕はパライルソ-シュルバル。」
「………どうやって入った?」
「時を止めた。」
「………嘘では無さそうだな。」
「あんたに向かって嘘を吐く勇気は無いさ…龍王。」
「俺を龍王と知ってここに居るのか。」
「……」
「面白い奴だな。人種がここに来る事自体有り得ない話だと言うのに、こんな子供が来るとはな。魔力は人種のそれとは思えない物だが。
興味深い。何をしに来た?俺を殺そうという気は無さそうだが。」
「殺すどころか傷一つ付けられる気がしない。俺達がここに来たのはそんな理由じゃない。龍王に頼みがあってきたんだ。」
「頼み…?」
「俺の記憶を預かって欲しい。」
「……ふむ。記憶か。詳しく話してみろ。」
「俺はこの魔力のせいで、色々な奴らに狙われていてな。ここには来ていないが、仲間と共に逃げ回って生きてきた。
だが、それにも疲れてな。異世界へと渡り、身を隠す事にした。」
「異世界だと?」
「ここにいるパラちゃんと研究を重ねた結果、一度だけ異世界へと渡る事が可能な魔道具を完成させたんだ。」
「面白い話だ。続けろ。」
「異世界に隠れたいが、その世界には魔法が無い。魔力という概念の無い世界でな。
そんな世界に、特大の魔力を持った俺が渡った場合、追ってきている奴らに魔力を感知される恐れがある。だから魔力はこっちに置いていく必要がある。」
「ふむ。それは理解出来る。だが、お前は先程記憶と言ったであろう?」
「あぁ。向こうに渡った後、体が成長するまでには時間が掛かる。その間に追ってきている奴らが何者かを送り込んで来る可能性は大きい。魔法の知識が有ると、何処かでボロが出る可能性が高くなる。一片でもこちらの世界の事を覚えていれば、その可能性はその分大きくなる。」
「記憶を抹消すれば、ボロの出し用が無くなる。という事か。」
「知らない事を喋る事は出来ないからな。」
「面白い事を考える人種だな。それに、切羽詰まった状況とは言え、思い切りが良いのも面白い。記憶や魔力を切り離し預けた後、取り戻せる保証は無いのだろう?」
「無い。短期的な保存には成功しているが、数年後に同じ様に取り戻せるかは謎だ。」
「くくく。自殺行為かもしれんぞ?」
「ここに来た事でさえ自殺行為なんだ。そんな事を気にして尻込みするならここには来ていない。」
「くくく……気に入った!グランとやら。お前の要望を受けてやろう!」
「…自分で言うのもなんだが…こんなに簡単に決めて良いのか?」
「こういう事は嫌いではない。
それに、ここに来た初めての人種という事と、その豪気が気に入った。それに免じて受けてやる。」
「…助かるよ。」
「但し。一つ条件がある。」
「……」
「俺に預けるという事は、俺が守るという事だ。
俺でなければ安心出来ない程の魔法の知識なのだろう?」
「……その通りだ。」
「俺が考えるに、先程言っていた時を止める魔法の知識。それを守って欲しいのだろう?」
「くふふ。勘が良すぎるねー。」
「この時魔法は、見ての通りかなり危険だ。この知識を、誰かが間違って手に入れたなら、簡単に世界が覆る程にな。それは避けたい。」
「北半球の事などどうでも良いが、その魔法が危険だと言うことには同意する。それを守る事にも同意しよう。
だが、それを返すという事には同意しない。」
「……」
「案ずるな。返さないという意味ではない。
もう一度グランがここに来た時、ドラゴンの試練を受け、その知識を守る事が出来るという証明をしてもらう。それを乗り越え、俺が認めたならば返そう。」
「それが条件か…」
「グラちゃんなら余裕だと思うよ?」
「簡単に言うなよ…」
「見たところ、その時魔法が使えずとも、それなりの強さを持っている。体と魔力が成長すれば、ドラゴンと比較しても、遜色ない程のものになるだろう。取り返さずとも生きていくには困らん。」
「……」
「それに、俺は期待しているのだ。こんなに面白い人種は見た事がない。私をもっと楽しませてくれるのではないかとな。」
「……分かった。その条件を飲もう。」
「くくく…やはり面白い奴だ。交渉成立だ。」
「なかなかに高くついたねー。」
「龍王に頼み事したんだ。これくらいで済んで良かったよ。」
「記憶を預けた後、俺達は直ぐに戻る。次に会う時はその記憶を取り戻しに来る時だ。それまで頼む。」
「誰に向かって言っている。」
「はは。そうだったな。」
「それじゃあ、始めるよ。」
パラちゃんが魔力を右手に集中させる。そのまま俺の胸の前に
その白い糸こそ、俺の記憶である。糸が体から出ていくと、冷たい風が体の中を通り抜ける様な感覚がして、何かを忘れていく。何を忘れたかは分からない。
糸がスルスルと魔力で出来た箱に仕舞われていく。その口が閉じた瞬間。俺の意識も途切れ、その事さえも忘れてしまう。
「………うっ……」
「おはよう。」
「パラちゃん。おはよう。」
目が覚めた俺はパラちゃんの家のベッドの上。いつの間にかベッドに潜り込んで寝てしまったらしい。
「グラン様。おはようございます。」
「ティーシャ。おはよう。昨日はよく眠れたか?」
「はい。自分でもビックリするくらいぐっすり眠れました。」
「それは良かった。ジャイルは…まだ寝てるのか?」
「せぃ!」
「ぬぐぉふ?!」
「何時まで寝ているつもりですか。グラン様より寝ているとは、とても従者とは思えないですね。」
「ぐぉ……だからって
「ティーシャ。許してやってくれ。皆疲れていたんだ。」
「あれ…?俺いつの間に寝たんだ…?」
「プリネラは?」
「既に起きていますよ。外で見張りをしてくれています。」
「そうか……パラちゃん。今日から記憶と魔力を預けに行く。よろしく頼む。」
「うん。任せて。」
その日から俺達の、魔力と記憶を預ける旅が始まった。
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
「………ふぅ…」
「記憶は戻ったか?」
「…あぁ。我ながら、とんでもない魔法を組み立てていたんだな。」
「くくく…時魔法とはな。」
「確かにこれは危険過ぎる魔法だな。」
「俺も同意見だ。」
「…これを使えば今直ぐにでもギュヒュトを殺せるが……」
「使えば、何人かはその時魔法という存在に気が付くかもしれんな。」
「……結局使い所が無さそうだ。」
「分不相応とも言える力だ。使わぬなら使わぬ方が良い魔法だろう。」
「だよな。」
「本当に必要な時以外は使うな。」
「あぁ。分かっている。」
「…さて。返す物も返した。これで約束は果たしたぞ。」
「あぁ。助かったよ。」
「グラン…いや。マコト。」
「なんだ?」
「今度は俺から一つ頼みがある。」
「なんでも言ってくれ。楽しませただけで今回の恩が返せたとは思っていないからな。」
「くくく…相変わらず面白い奴だ。俺と対等に喋ろうとするのは世界広しといえどお前くらいのものだ。」
「性分でね。嫌いじゃないだろ?」
「くはは!言いおる!だが、そこが面白い!」
「それで?頼みってのは?」
「……アライサルの事だ。」
「アライサル?」
「詳しくは知らんが、何か大きな事を考えている様に見える。それをマコトに手伝って欲しい。」
「…内容を知らないのにそんな事を言って良いのか?」
「俺の娘だ。大体の事は分かる。それに、俺達ドラゴンにとって害悪となるような事はしないと信じている。」
「なんだかんだ言って、あんたも親か。」
「悪いか?」
「いや。好ましいよ。
分かった。俺の出来る限りを持ってアライサルをサポートするよ。」
「ふむ。それが聞けて安心した。今回の戦争が片付いた後、帰ってくる必要は無いと伝えてくれ。自分のやりたい事を成すまでは帰ってくるなとな。」
「…分かった。後のことは任せてくれ。」
「ふむ。その前に戦争を上手く収める方が先だがな。しくじるなよ?」
「善処するさ。」
「大胆な時は大胆過ぎるくらいなのに、こういう事は慎重なのだな。変な奴だ。」
「その言葉も言われ飽きたよ。」
「くくく。」
「さてと、そろそろ行くよ。」
「ふむ。また会おう。」
「あぁ。」
記憶を取り戻し、龍王の部屋を後にする。
廊下を通り、アライサル達が待つ部屋へと戻る。
「真琴様。」
「皆。龍王に預けていたものは返してもらってきた。これでやっと戻れる。明日の朝出発しよう。」
「はい!」
「アライサル。今日も泊めてくれないか?」
「任せておけ。」
「俺達も行くぞ!」
「………全員か?」
「早く行く。」
「行きましょう。」
「私の意見は無視か?!」
「くはははは!」
戸惑うアライサルを置いて先に行ってしまう面々。ドラゴンってのは全員こんなのばかりなのだろうか…
「賑やかになったな?」
「賑やか過ぎるわ!」
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