第74話 土の試練
「見付けたぞ!突破口!」
「やはり真琴様ですね。信じておりました。」
「何も聞いていないのにか?」
「真琴様が見付けたと仰るのであれば、間違いなく見付けておりますから。どのような突破口でしたか?」
「俺達はずっと魔法の元の粒一つ一つに作用する魔法を考えていたが、それが間違っていたんだ。」
「と言いますと?」
「見えない物を見ようとしても無理な話だ。見ないままに作用する魔法を考えるべきだったんだよ。」
「…確かにそれならば可能だとは思いますが、具体的にはどのように…?」
「指定の範囲内に入った魔法の元の粒を一定の方向へ飛ばすだけだ。」
「え?一定の方向ですか?ランダムでは無くて?」
「ランダムでも可能だとは思うが、それは魔石には多分無理だ。ランダムとなると複雑過ぎる。」
「一定の方向だけで可能なのですか?」
「あぁ。一方向への力だけで良い。」
俺は自分の仮説が正しいかを実際に試してみる。自分で作り出したクリスタルランス。そして魔法を分解する魔法を作り出す。
「この世で最も安定的な形は何か知ってるか?」
「球。ですよね。」
「そうだ。細かい粒が球体に固っている所に、無理矢理一方向への力が加わる。離れていくだけの力が加わった粒のみが解けていく。だが、残る物もある。すると、一部を失った球体は元の形に戻ろうとして他の粒を集めようとする。」
「粒が動くわけですね。」
「動けば当然更に離れていく粒が現れる。それを連続で繰り返す事によって、まるで糸が解けていく様に魔法が分解されていく。」
魔法を分解する魔法の中にクリスタルランスを突っ込んでいくと、大岩に向けた時と同様に魔法が解けていく。
「こんな風にな。」
「……おめでとうございます。私達では一生を掛けても解くことの出来なかったであろう難解な問題をたった一ヶ月で解いてしまわれる……やはり真琴様は凄いです。」
「持ち上げ過ぎだろ。」
「いえ。ただの事実です。
その法則がお分かりになられたという事は…」
「当然逆方向に魔法を掛ければ分解されなくなる。」
「行きましょう。」
皆が待っている大岩の元に向かう。
「マコト。分かったの?」
「聞いてたのか?」
「ううん。顔見れば分かる。」
「え?そんなに顔に出てたか?」
「最近やっと分かるようになってきた。」
「それって…分かるようになって何か得する事でもあるのか?」
「するよ。得しかない。」
「……何か怖いと感じるのは気のせいだろうか…」
「気のせい。それより、分かったなら教えて欲しい。ハンマー振るのも大変。」
あれからシャルは少しでもと毎日鑿とハンマーを振り続けていた。削れるのはほんの僅かと知りつつ。毎日。
俺は皆を集めて詳しい話をした。実演も行いながら。
「なるほど。確かにそれなら可能。」
「俺にはよく分からん!けど上手くいったんだな!」
「マコト様ですから当然ですよ!」
「これが分かったなら、反対方向の力を加えれば良い。」
「魔法が無効化されなくなりますね!」
「早速やってみるとしよう。」
まだ慣れていない魔法。少し時間が掛かるが、何とか大岩全体に効果を持たせる事が出来た。
「これで大丈夫なはずだが…」
「やってみましょう!」
「そうだな。」
クリスタルランスを生成して勢い良く放ってみる。単純な素材としても硬い石だ。せめて欠けてくれると嬉しいが…
クリスタルランスは勢い良く大岩の中心へとぶつかる。ガキッと音がして刃先が数センチ大岩へ埋まり、止まる。
「刺さった!」
「…まさか刺さるとは…」
恐らくだが、魔法を分解する魔法を無効化する際に、素材を硬化させる魔法もある程度無効化出来たのだと思う。シャルの渾身の一撃より重い事は無いだろうから。
「シャル。今なら渾身の一撃が入るかもしれない。」
「今までの鬱憤を晴らす。」
シャルが手に持った大きなハンマーを強く握りしめる。
「豪快にやったれー!」
「粉々にしてやる。」
シャルがハンマーを大きく振り被る。
「やー。」
相変わらず気の抜けた掛け声。だが、あの掛け声であの威力を生み出すと、ギャップが凄い。
シャルの振ったハンマーは、大岩を強かに打ち付ける。
バガッ!!
子気味良い音と共に、表面は完全に粉々になり、大岩は四つに割れる。
ガラガラと落石の時に聞いたよりずっと大きな音がして大岩が崩れ去る。
「ほう。思ったより早く達成出来たか。」
久しぶりにバナビロが顔や手足を出して、崩れ去った大岩を見て言う。
「俺達からしたら、やっとだけどな。」
「私達名前持ちのドラゴンの鱗を傷付けられる様になったと考えれば早い方だろう。」
「??」
「その岩に掛けられた魔法は私の鱗とほぼ同じ硬さと、分解魔法を掛けてある。つまり、それを割れたという事は、私の鱗も傷付けられる力を示したと同義。」
言われてバナビロの体表を見ると、確かに同じ魔法を帯びている様に見える。こちらは一方向では無く、ランダムな方向へ力が働いている様だが…原理は同じだ。つまり、完全に分解魔法を無効化出来ないとしても、ある程度弱める事が出来るという事だ。バナビロが言ったように傷付けるくらいは出来るだろう。
「私達の鱗に傷を付けられる奴は早々居ない。誇ると良い。」
「素直に喜ばせてもらうよ。」
「さて。これで私の試練は終わりだ。認めた証拠として私の鱗を一枚渡そう。」
ゴトッ…
目の前に落ちてきたのは1m近いクリスタルの鱗。
「クリスタルの鱗…?」
「そうだったな。私の本当の姿を見せていなかったな。」
そう言うと、バナビロが目を閉じる。
ガラガラガラガラ…
全身を覆っていた岩にヒビが入ると、殻を割るように全てが剥がれ落ちる。その下から出てきたのは、全身を覆う美しいクリスタルの鱗。とてつもなく美しく、そして荘厳な姿。
短いと思っていた角はクリスタルの結晶で出来た長く太い角。尻尾は細く光を反射してキラキラと輝き、無いと思っていた翼は岩に隠れていただけ。広げられた翼の膜は向こう側が透けて見える程の透明度。ボテっとした印象は一変しスッキリとしたシルエットとなった。
「これが私本来の姿だ。」
「……はは…心底戦いを挑まなくて良かったと思ったよ…」
「素直なのは良い事だ。それより、人型にクリスタルを生成出来る者が居るとは知らなかった。正直最初見た時は驚いたぞ。」
「俺以外にももう一人居るぞ。」
「ほう。それは更なる驚きだな。良い事を聞いた。
時間が無いのだろう?その鱗を持って早く次に行くと良い。西回りで一周してこい。」
「分かった。ありがとう。バナビロ。」
「礼を言われるようなことは何もしていない。早く行け。」
そう言うと、バナビロはまた全身に岩を纏い直して物言わぬ岩になってしまった。
「行きましょう。」
「そうだな。」
動かなくなったバナビロにもう一度心の中で礼を言ってその場を後にする。バナビロに言われた通り、西に向かって弧を描く様に進んでいく。
バナビロの言い方からすると、壁沿いに八体の名前付きのドラゴンが縄張りを持っていて、一周すると全てのドラゴンに会えるのだろう。単純に考えれば、一体の縄張りは45度。この途方もない広さのクレーターの45度を歩くのはかなり大変だ。モンスターも見えないし、急ぎたいが限界は有る。結局次の地域へ辿り着いたのは数日後の事だった。
「岩場の次は森か。」
数日後に辿り着いたのは広大な森。
「特別おかしな森には見えませんが…」
「この地帯には小動物が居るみたいです。」
リーシャの目線の先には確かにイタチの様な小動物が見える。区域によって生態系も大きく変わるらしい。
「木々も、昆虫も普通の大きさだな。」
「昆虫は探さなくて良いです!」
「ここでまごついていても仕方ない。先を急ごう。」
「グギィィー!」
耳に残る様な鳴き声が聞こえると、俺達の真上を天災級のドラゴンが飛んでいく。進路からはズレた所だが、森の中に着地したらしい。
「今のは名前持ちのドラゴンでしょうか?」
「威圧感が全く違ったから、名前持ちでは無いと思う。」
「この森には名前持ち以外の天災級ドラゴンも住み着いているという事ですか?」
「そういう事になるな。一応バナビロの話では壁を越えた時点で、ある程度の力を示した事になっているはず。いきなり襲われるなんて事は無いと思うぞ。」
「そう言えばそんな事も言ってたな。」
「とはいえ、敢えて近付く必要も無い。避けながら先に進んでいこう。」
「分かりました。」
立派な広葉樹が立ち並ぶ森の中へと入っていく。
木々も、草花も特別おかしな所は無い。見た事の無いものも生えていたりはするが、危険を感じる様な植物は無い。
森に入る前にも小動物が見えたが、森の中へと足を踏み入れると、リーシャでなくても簡単に見つけられる程の数がいる。リスの様な生き物、キツネの様な生き物等、種類も豊富だ。
「これ程の小動物がいる森は初めて見ました。」
「外敵が居ないのか?」
「最強の外敵が居ると思うけど。」
「ドラゴンからしてみれば腹の足しにもならないから喰わないんじゃないか?」
「それはあるかも。」
「聞いてみたら分かるだろ。」
小動物達にとって外敵が居ないという事は、俺達にとっても外敵が居ない。という事になる。稼げる時に距離を稼いでおきたい俺達は数日でかなりの距離を移動した。今日も先を急ごうとしていた時。
「キュー…キュー…」
そんな俺達の耳にどこかからか苦しそうな動物の声が聞こえてくる。無視して行くことも出来なくは無いが…凛の顔がずっと鳴き声の方を向いている。ここで鳴き声の方へ行かなければ、俺が後悔しそうだ。
走り出そうとした足を止めて、鳴き声の方を向いている凛に話し掛ける。
「行くか。」
「えっ?!あっ!はい!行きましょう!」
「違う違う。鳴き声の主の所にだ。このまま進んでもずっと上の空なら、先に鳴き声の元に行こう。」
「ですが…時間が…」
「異議がある人は?」
「ありませーん!」
プリネラの声に皆が一様に頷く。
「分かったなら、行くぞ。」
「…はい!」
行くとなれば誰よりも速く走る凛。相当気になっていたらしい。
「居ました!」
リーシャより早く見付けるとはなかなかやりおる。
凛の見ている先には枯れた古木が倒れている。恐らく自然に倒れたものだろう。その下にはリスの様な生き物が挟まっている。
潰されていないとはかなり運が良い。地面と枯れ木の間に僅かな隙間が出来ているらしい。自力では抜け出せずにいる。
「今助けます!」
何かを思い出したのか、いつもよりずっと焦ったような…凛が取り乱すのは珍しい。
枯れ木だった為それほど重たいものでも無い。直ぐに退けてやると、ササッと枯れ木の下から這い出てくる。
「良かった…-」
「キュー!」
さっさと逃げれば良いのに、何故かそこに留まるリスの様な小動物。尻尾はリスそのもの。だが手足の間に皮膜が有り、モモンガの様にも見える。リスより一回り大きい所を見るに、リスとモモンガの合わさった様な生き物だろう。
「キュー!」
その小動物が、もう一声鳴くとあろう事かこちらへと寄ってこようとする。自分が助けられたという事を理解しているのだろうか…?
「足がっ?!」
その生き物はひょこひょことぎこちない歩き方をしている。どうやら足に怪我を負ったのだろう。
「直ぐに回復薬を…」
凛が回復薬を取り出すが、その生き物は見た事も無い液体に怯えてしまう。
「これは傷を治す薬です。」
「キュー……」
説得を試みる凛。相手が言葉を理解出来ない存在という事を忘れているらしい。当然どれだけ言葉を重ねようが、ジェスチャーを重ねようが、小動物には通じない。
「……」
回復薬では難しいと分かった凛はうるうるとした瞳で俺の方を見てくる。
「そんな目で見なくても治すから。」
「ありがとうございます!」
俺は小動物へ少しだけ近付いて治癒魔法を掛けてやる。下級回復薬でも治せる程度の怪我だ。治癒魔法でもそれ程魔力は必要ない。
微かな淡い光に包まれた小動物。キョロキョロと顔を動かして周りを見ているが、直ぐに光は消えてしまう。
「どうだ?」
「……キュー?」
「走ってみろよ。」
「………キュ?」
自分も言葉が通じない事を忘れていた。
俺は小動物から離れて後ろへと下がる。距離が離れた事で小動物は近寄ってこようと足を踏み出し、痛まないことに気が付いた。
「キュー!キュー!」
小動物はあっちにこっちにと駆け回り、喜びを表現してくれた。
「良かったですね。」
凛が嬉しそうに語りかけると、小動物が凛の元に走って行く。
「キュキュー!」
そのまま凛の足から服を伝って駆け上がり、右肩まで登っていく。野生の生き物にしてはかなり人懐っこい。
「ふふ。良かったですね。キューちゃん。」
「キュー!」
名前付けた。愛着が湧いて離れ難くなるから止めておけといつも言っているのに…
昔から傷付いた猫や鳥等の小動物を見つけて来ては傷が治るまで世話をしてやる癖があった。
世話をする度に名前を付けて、逃がす時に泣きながら放すというシーンを何度も見てきた。その度に名前を付けるなと言っているのだが…どうやら凛には難しいらしい。
「可愛いですね!」
「キュ?」
リーシャの笑顔に首を傾げて返すキューちゃん。
「確かに可愛い。マコトに迫る勢い。」
「えっ?!俺って可愛いキャラじゃないよね?!」
「可愛いですよ?」
「可愛いですね。」
「可愛い。」
「可愛いと思いますー!」
「健…?」
「その質問は俺に聞かれても分からないぞ。可愛いがよく分かっていないからな。」
「いつの間にこんな事に…」
カサッ
草を掻き分ける音がする。身構えて音の方を向くと、そこには小さな女の子が居る。エメラルドの様な美しい緑色の髪に深い緑色の瞳、そして淡い緑色の肌。布に首と手が出る穴を作っただけの様な黄緑色の服を着て、その下から細く長い尻尾が垂れている。頭には、それらと不釣り合いなしっかりとした二本の角。
その少女は俺達の方を見て立っている。
「………」
「……」
「………」
「え?無言?!」
「……なにしてる?」
「あー…こいつが倒れた枯れ木の下敷きになっていたから助けたんだ。」
「……なんで?」
「苦しそうだったから…ですかね?正直理由を聞かれても上手く答えられませんね。」
「……」
会話のテンポがゆっくりで、口数が極めて少ない。ただ、話さなくても分かる。この少女こそ、間違いなくこの森の支配者。名前を持ったドラゴンのうちの一体だと。
恐らくは……壁を登っていた時に凛と共に見上げたあの美しいドラゴンだろう。人型となっている状態でも、強者特有のピリピリとした空気を放っている。
「余計な事をしてしまった…でしょうか?」
「……そんな事は無い。その子も喜んでいる。」
「キュー!」
「……来る。」
そう言って振り向く女の子。
一瞬何を言っているのか分からなかったが、女の子が言いたいのは来いという事だと理解した。
スタスタと森の中を素足で歩いていく。人型でもドラゴンはドラゴンだから痛みなど無いだろうが、見ている方が痛々しい。
「着いた。」
暫く歩いていくと、少女が止まる。
「なんだこの木は…」
目の前に現れたのは、何本もの木が、渦を巻くようにグルグルと幹を絡ませた一つのオブジェ。
渦の中心には広いスペースがあり、来る時に見た緑色のドラゴンくらいならすっぽりと収まりそうだ。
「ここに寝ているのか?」
「うん。」
「世界に一つしかないベッドだろうな…」
「…こっちに来る。」
そう言ってまたスタスタと歩いていく少女。なんともマイペースなドラゴンさんだ。
「ここに暫く住む。」
渦巻いた木々の脇には、屋根の様に絡まりあって伸びた枝。その下を指差して女の子が言う。
「暫くここで寝泊まりしろってことだな。分かった。助かるよ。」
少しずつ女の子の言いたいことが分かるようになってきた気がする。
「……」
「えーっと……それで、試練は…?」
「……今。」
それだけ言うと、振り返りスタスタと歩いてく。
分かるようになってきた気がしたのは気のせいだったらしい。
「どういうことか分かったか?」
「…分からねぇな。」
「と、とりあえずここに居ろって事だよな?」
「それは間違いないかと思います。」
「……」
「………」
「よし。分からんな。」
「そうですね。」
「分からないのであれば分かる事から始めるとしよう。ここに居ろってことは野営の準備をしても怒られないだろう。かなり早いが、準備を済ませてしまうとしよう。」
「はい。」
やれる事から始める。どこかへ行ってしまった少女を探しに行くには、この森は広過ぎる。
「それにしても、キューちゃんには完全に懐かれたな。」
未だ凛の肩に乗っているキューちゃんは器用に肩に立って毛繕いをしている。
「離れる時が辛くなるぞ?」
「分かっているのですが…止められません。何故なら可愛いからです!」
「そうだな。凄く真剣なのは伝わったぞ。」
「……なにしてる?」
突然消えたと思ったら突然現れた少女。まさに神出鬼没。
「野営の準備を終えた所だ。」
「ヤエイ…?美味しい?」
「野営は美味しくないぞ。こうして寝る準備をすることをそう言うんだ。だが、そこで凛が作る飯は美味いぞ。最高だ。」
「ヤエイ…美味しい。」
「どこで間違えたんだ…」
「美味しい話をしたからだろ。」
「間違った事を教えた様な罪悪感が…」
「早く……ヤエイ。」
「食べたいのですか?」
「食べる。」
「でしたら、まずはお名前を教えて下さい。名前も知らない方と食を共にするわけにはいきません。
私は凛。このお方は真琴様。」
「リン。マコト。
私はトドロイ。」
これで、この言葉足らずの少女が名前を持ったドラゴンだと、しっかりと認識出来た。
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