第73話 壁の中
緑色の美しいドラゴンを見てから、一ヶ月の時が過ぎた頃、やっと俺達は壁の頂上へと辿り着いた。
山登りが半分を超えた所から急激に酸素が薄くなり、何度も体を慣らす為に時間を取る必要があったからだ。しかし、やっと、辿り着いた。
「着いたーー!!」
「やっとですね……」
「おい!見ろよ!すげぇぞ!」
健が振り向いて目にしていたのは真っ白な雲海。
壁に当たった風が上昇気流となり雲を生み出し、壁の周りには常に雲が掛かっている。そして今日は曇り。その雲がずっと先まで続いている。
「うわぁ…凄いです…」
「こんな景色、初めて見た。」
頑張って登ってきたという事も、よりこの景色を美しく見せているのかもしれないが、出来ることならば写真に撮って額付きで飾っておきたい。それ程までに感動する景色。
「壁の上はこんな風になってたんだな。」
上から見てやっと壁がどうなっているかが分かった。ここは信じられない程に大きなクレーターだ。恐らくだが…
自信が無い理由は大きすぎてこの壁が本当に円形になっているかは見えないから。俺達が視認できるのはクレーターの一部だけ。僅かな弧を描いて続いている壁から勝手に補足して想像したのだ。外側と違い、内側は急勾配から、少しずつなだらかな坂道になっている。それがずっと先まで続いている所からもクレーターだと分かる。
大昔にこのクレーターの中心に隕石が当たり、地面が変形したのだろう。つまり、このクレーターの中は完全に外とは区別された区域になっているという事だ。
そしてこの壁の内側が、ドラゴンの楽園。デュロキ。
何故分かったかと言うと、答えは簡単だ。
上から見ただけで数匹の天災級ドラゴンが悠々と空を飛んでいる所が見えるのだ。
「ここが…デュロキ。」
「天災級ドラゴンが普通に飛び回っている場所とか…笑えねぇな…」
「ここを進むのか…」
「引き返すなら今だぞ?」
「その決断はジゼトルスを出る時に済ませたろ。」
「そうだな。」
「行きましょう。」
登り続けていた壁を、今度は降りていく。
最初こそきつい勾配が続いたが、数日掛けて降りていくと、かなり歩きやすくなる。そこからは一気に距離を稼いげるようになり、程なくして目下に広がる岩場地帯に到達した。
上から見えた範囲には、この岩場地帯や木々が生えた場所もあったが、ここの辺り一帯にはゴツゴツとした大岩しかなく。草木も生えておらず、本当に見る限り岩だけの地帯だ。
「モンスターは全く居ませんね…」
「静か過ぎて逆に怖いな…」
「壁の中全体がドラゴン達の縄張りとなれば、モンスター達も寄ってこないのかもな。」
「敢えて入ろうとするのは私達くらいのものですかね…」
「本来戦おうなんて考える相手じゃないからな。」
モンスターが居ないのであれば、進行は楽になる。どちらにしても行かねばならないのであれば、戦闘が少ないに越したことはない。
一応気にしながらも、数日掛けて岩場を一気に進んでいく。岩場地帯の半分程を進んだところで、俺達はこのデュロキという場所がどんな場所かを知る事になる。
「やっと来たか。」
「え?」
突然何処からか野太い声が聞こえてくる。
「待ちくたびれたぞ。」
目の前にあった一際大きな大岩が形を崩し、手足、頭、尻尾が生えてくる。どうやら擬態型のドラゴンだったらしい。
全てが完全に生え揃った姿は、ドラゴンというより亀に近い。一応頭には小さな角が二本。目は茶色で、手足、尻尾はゴツゴツとした形。亀で言う甲羅の部分が大きな岩になっていて、羽は無い。何より……外側に居たドラゴンが可愛く見える程の強者のオーラを感じる。湖で出会ったウォータードラゴンと同じ様な…いや、それ以上のオーラ。
「これは……」
「……」
全員が構えを取るが、いつもの様に軽口を叩いていられる余裕などどこにも無い。決死の覚悟で挑んでも相討ちさえ難しいかもしれない。
緊張で喉が一瞬にしてカラカラに乾く。
「龍王様からの言伝だ。」
「龍王からの…?」
「壁を越えられた時点で、お前達のある程度の力は証明された。しかし、まだ足りぬ。」
「足りない…ねぇ。」
「だが、私達名前を持ったドラゴンと戦えば確実に死ぬだろう。」
「やっぱり名前を持った…最強のドラゴンだったか…」
「そうだ。私は土のドラゴン。バナビロ。」
「バナビロ…」
「私達名前を持ったドラゴンは全部で八体。その八体から認められる事が龍王様に会うための唯一の道だと知れ。」
「八体全てに認められる…?」
「私達名前を持ったドラゴンがそれぞれ与える試練を見事乗り越えたならば、それが叶うであろう。」
「試練…」
「不服か?ならば我々と本気でやり合ってみるか?」
「自分達の力は理解している。そこまで
「……なるほど。龍王様が言っていた様に好感の持てる男の様だな。グラン-フルカルト。」
「何故俺の名を?」
「龍王様から聞いたのだ。そんな事より良いのか?時間が無いのであろう?」
「知っているのか?」
「北の世界に興味など無いが、知らぬという事ではない。ここから八つの試練を受けるのだ。もたもたしておれば時が過ぎ行くぞ。」
「そうだな。詳しい事は龍王に会った時に聞けば良い。始めてくれ。」
「良いだろう。私が与える試練は簡単だ。この大岩をどうやってでも良いから壊して見せよ。」
ズガガガガガ!
バナビロの横から地面を突き破って出てきたのは、30mはあるバナビロを越える大きさの大岩。長径50mはあるだろうか…既に一つの小山として見える程の大きさだ。しかも、この大岩はただの岩ではない。信じられない程の濃度で大岩の中に細かい魔石が含まれている。そして、その魔石が、通ってきた壁にあったような、魔法を不安定にさせる効果を生み出している。つまり、魔法が効きにくい。
ガンッ!
シャルが取り敢えずで殴ってみたらしいが…欠けることすら無い硬度。そもそもの硬度なのか、バナビロが魔法を掛けているのか判断できないが、とにかく硬いという事は分かる。
「この岩……弱点がほとんどありません…」
リーシャの心眼であれば、それが例え物質であっても弱点を見抜き矢を突き刺す事が出来る。フロストドラゴンとの一件で見せてくれたが、この大岩には通用しないらしい。
「精々頑張るが良い。」
そう言うと、バナビロは手足を引っ込めて大岩に戻ってしまう。時間が掛かると判断されたらしい。
「健の龍雲牙なら斬れるか?」
「いや…無理だな。」
「やってもいないのに分かるのですか?」
「分かる。どうしてかと言われても答えられねぇが。刀を振る前に斬れる斬れないってのはなんとなく分かるんだ。こいつは斬れない。」
「健でも無理となると…やっぱり魔法で無理矢理やるしかないか。」
まずは小手調べでクリスタルランスを生成してぶつけてみる。
大岩に向かってクリスタルランスを飛ばすと、槍の刃先が岩に当たる前に、結ばれた糸が解ける様に刃先から魔法が解けていく。
「嘘だろ…」
「真琴様の魔法が…解けた…?」
「大岩に魔法を当てる事さえ出来ないとは…」
第三位の魔法とはいえ、完全に無効化されるとは思っていなかった。
「大火力で一気に壊してみるか?」
「…多分そう言う類の物じゃない。」
「どういうことだ?」
「多分壁にあったような効果を何倍にもしたもの。火力を上げたところで全部無効化される。」
「どうせ時間が掛かるなら、なんでもやってみて糸口を見付けるしかない。」
「…そうだね。分かった。」
それから俺達は半月掛けてあらゆる事を試してみた。高火力の魔法はもちろん、最大まで身体強化してシャルが殴ってみたり、他の岩をぶつけてみたり。とにかく思いつく限りの事を試してみたが、破壊するどころか、欠けることさえなかった。
「腹立つー!!」
健が大岩に八つ当たりして蹴りを入れるが、ビクともしない。
「半月掛けてやれる事は全てやった。どうする?」
「……そもそも考え方が違うのかもな…」
「どういうこと?」
「俺達はバナビロにこの大岩を破壊しろと言われて、破壊しようとしてきたが…力技では全く歯が立たない。それだけは分かっただろ?」
「うん。」
「そうですね。」
「例えば、破壊するにも叩き割る以外の方法はあるだろ。例えば腐食させたり、溶かしてみたり。」
「溶かすのは無理だった。」
「それは魔法を使った場合だろ?」
「魔法じゃなくて普通に火を使って溶かすのか?何度必要なんだ…?」
「いや。溶かすのはあくまでも一例としてだ。そんな方法もあるだろってこと。観点の話だ。もっと頭を柔らかくして考えた方が良いのかもしれないって事だ。」
「俺の苦手なやつだ…」
「別に期待していませんから大丈夫ですよ。」
「分かっていることだが、なんか悔しいぜ…」
「別の角度から…なら中の魔石を取り除くとかは?」
「無理だな。魔法を掻き消すんだ。ライラーとしての魔力も同じ事だ。」
「燃やしてみるか?!」
「いつまでその案にしがみついているのですか?そのしつこさも嫌いです。」
「暗に嫌いな部分がそこだけじゃないと言われている?!」
こんな感じで、試練が始まって以来初めて、俺達は大岩に何もせず話し合いを続けた。
丸一日掛けて、いくつも案が出た。だが、有力そうな案は二つ。
一つ目はデカい
鑿というのは先端の尖った工具で、ハンマーを後ろから打ち付ける事で岩などを削る事が出来るものだ。
その鑿を硬い物を素材にしてライラーの能力で造形し、ハンマーで打ち付ける。魔法では無く物質であるため掻き消される事は無い。
「行くよー。」
同じくライラーの魔力で作り出した巨大なハンマーをシャルが抱えて鑿に向かって打ち付ける。
ガンッ!
地面が振動する程の力で打ち付けられた鑿だったが…
「おぉ…削れたぞ。これだけ。」
健が手にしていたのは5mmくらいの破片。
「そ…それだけですか?」
「これだけだな。」
「何年掛かる事やら…」
相手は長径50mの大岩。何万回振れば大岩が破壊出来たと言える大きさになるのやら……
だが、健の持っていた破片を手にした事で、分かったことが一つあった。
それは、この大岩の持っている魔法を無力化する力は、魔法の一種だと言うこと。
細かい魔石がそれぞれその魔法を発動していることによって、幾重にも重なった魔法となっているのだ。どれだけの数が含まれているのか分からないが、それだけの魔法を打ち砕こうとしても難しい。
そこで二つ目の案。魔石の効果をどうにかして無効化する。
かなりぼんやりした案だが、今のところは一番有力だ。鑿の発想は力技から抜け出した案でも無いし、こちらが本命だ。
「どうにかして無効化するって言ってもなぁ…」
「どうすれば良いのでしょうか…?」
「…まずはどうやって魔法を無力化しているかを調べる所からだな。」
「無力化は無力化だろ?」
「無力化と一口に言っても、方法は沢山ある。相反する属性で相殺したり、ブラックホールの様に完全に吸収して飲み込んだり。」
「この大岩はどっちでも無いよな?」
「そうだな。どちらでも無いのは確かだ。」
「魔法を解除している様なイメージですが…」
「どうやってやっているかが問題だ。」
「魔法陣に干渉しているのか、魔法に干渉しているのか、魔力に干渉しているのか。」
「魔法自体は発動しているから、魔法陣は無さそうですね。」
「魔法に干渉しているとなれば、あらゆる属性に対処可能な魔法って事になる。そんな複雑な魔法が魔石に組み込めるとは思えない。となると、残りは魔力に干渉している。もしくは魔法の元に干渉している。これだな。」
「次はどのように干渉しているのか、そしてどのように無効化しているのか、ですね。」
「干渉出来る範囲は大岩から大体1m未満。この範囲内に入った魔法は全て掻き消される。糸が解けていく様にな。」
「……逆行?」
「魔法を逆行させるのは原理的には難しいと思うぞ。木を燃やした灰を木に戻すと同じ様なものだ。魔力から魔法への移動は不可逆反応だからな。戻ることは無いはずだ。」
「ならば、分解でしょうか。」
「俺もそう考えている。この魔石は、魔法を元に戻しているのではなく、魔法を維持出来ない程に分解しているのではないかとな。」
「俺は魔法が使えないから分からないが…魔法って分解出来るものなのか?」
「分からない。やった事が無いからな。ただ、俺の考えてきた魔法に対する理論が正しいとしたら、可能だと思う。」
「あの粒の話か?」
「そうだ。何にでもなれる粒が集まり、指向性を持たせてやった後の現象を魔法と呼ぶのであれば、その集まった粒を逆にバラバラにしてやれば、原理上、魔法は消える。」
「でも、それってさっき言ってた魔法が魔力に戻ること…とは違うのか?」
「魔力と粒は別物だ。魔力は粒を動かして指向性を持たせる力の事だ。」
「あー。だから不可逆なのか。力を元に戻すって意味分からないもんな。」
「そういう事だ。」
「その粒ってのは簡単にバラバラに出来るものなのか?」
「それはやってみないと分からない。」
次は、毎日魔法を分解する方法を試し続けた。当然この『魔法を分解する魔法』というものについては何度も考えているし、試した事も何度かある。だが、今まで出来たことは一度も無い。出来ていたら迷わず使っている。当然の話だが。
普通に考えれば、粒同士が引き合う力と同等以上の力で引い剥がせば分解するはずなのだが、まず、その粒は目に見える大きさでは無いし、どこに魔法を掛ければ良いかなんて分からない。加えてそんな小さな物にこっちに動けと一つ一つに命じる魔法を構築するなど至難の業。頭を悩ませ続ける日々。
「本当に出来るのか?」
「出来ると信じてやってみるしかないだろ。それともあのバナビロと全滅覚悟で戦うか?」
「うっ…すまねぇ。なんかこう落ち着かなくてな。」
「落ち着かないのは真琴様の方です。そんなに何度も出来るかと聞かれていたら焦って出来るものも出来なくなってしまいます。黙って離れた所で遊んでいて下さい。」
「すまん……」
こうして考えているだけでも時間は刻々と過ぎていく。健の焦りも分からなくはないが、今は何か打開策を考える事でしか先には進めない。
「気持ちは分かりますが、焦ってしまえばその分頭が回らなくなります。少し息抜きしましょう。」
「…そうだな。」
俺の焦りを感じてか、凛が休憩を申し出てくれた。この場所に来てから既に一ヶ月の時が過ぎようとしている。
「はぁ…」
「マコト様が溜息を吐かれるとは、珍しいですね。」
「これだけ進展が無いと溜息も吐きたくなるさ。リーシャは弓の練習か?」
「はい。これだけは欠かさずにやらないと落ち着かないのです。」
「あのリーシャがこんな凶暴な子に育つとわなぁ…」
「マコト様!?言い方酷いですよ?!」
「あはは。冗談だよ冗談。
それにしても上手いもんだな。見えてなくても当たるとは、なんとも不思議だ。」
岩の裏にあるはずの的に的確に当てるリーシャ。
「ずっと練習してきましたからね。でも、動いている相手に当てるのはもっと難しいですよ。」
「だろうな。俺には最早理解不能な技術だからな。」
「マコト様のお役に立つにはこれくらい出来ないと駄目ですからね。」
「そんな事思った事も無いんだけどな。」
「私達自身がこれくらい出来ないと自分を許せないのですよ。」
「そんなもんかぁ…」
「はい!」
またしても矢を射ると的のど真ん中に命中する。
「リーシャ。」
「はい?」
「俺もやってみて良いか?弓って使った事無いんだよな。」
「使った事が無いのですか?!それでこんなにも素晴らしい弓をお作りになられたのですか?!」
「いや、まぁ…技術的な知識はあったからな。」
「な、なんと言えば良いのか…凄過ぎて言葉にならないですね…」
「え?そうなのか?」
「普通知識だけで簡単に作れるものでは無いですからね。常々思いますが、マコト様はもう少し自分の凄さというものをですね…」
「あははー…そんな事より教えてくれないか?」
「……分かりました。では
リーシャは自分の持っている弓を俺に持たせると、後ろに回り込んで弓の持ち方から教えてくれる。
「ここを…こうして……」
「お、思っていたより
矢を番えて撃ってみる。
上手くいくとは思っていなかったが、想像以上のヘロヘロな矢。2mくらい飛んで地面に刺さる。
「本当はもう少し小さな弓から始めると良いのですが…」
「いや。体験したかっただけだから大丈夫。こんなのを撃ってるなんて凄いな。」
「慣れですよ。大した事はありません。」
「ちょっと練習見てても良いか?」
「はい。勿論です。」
体験した後、リーシャが矢を射る所を改めて見せて貰うと、その凄さがよく分かる。
俺が数分掛けてやっと番えられた矢を一秒にも満たない時間で放ち、それが隠れた的を射抜くのだ。俺が口にできる感想は…
「すげー…」
これだけだ。人間、本当に凄いものを見た時の言葉などこんなものだ。
「本当に見事に見えない的に当てるんだなぁ……ん?」
「どうされました?」
「見えない的に……」
「何か思い付かれたのですね。お戻りになられては如何ですか?」
「ありがとうリーシャ!突破口が開けるかもしれない!」
「は、はい!その…ち、近い……です……」
耳まで真っ赤になったリーシャの反応に自分が何をしているのか理解する。
「す、すまん…」
「お気になさらず。お戻りになって下さい。」
「ありがとう!」
「……暑い…ですね…」
最後の呟きは振り返って走る俺の耳には届かなかった。
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