第56話 アラスト王国へ
第一次魔法大戦争を終えて、その後もボールを使って遊び回った。楽しい時間はとてつもなく早く過ぎていく。気が付けば既に太陽は一日で最も高い位置に来ていた。
「昼飯だぁー!」
「筋肉バカはいつもうるさいですね。なんで生きているんですか?」
「えっ?!そこが疑問点だったの?!」
「いえ。ただの否定です。」
「俺は今何を否定されたの?!存在なの?!ねぇ?!」
「静かにしていないと本当に食事抜きにしますよ?」
「………」
飯の前には誰もが皆無力。
なんて冗談も程々に俺達は昼食を摂る。
英気を養う休息は食事と共に終わる。英気を養ってもらうならば最低でも数日は休んでおきたい所だが…場所も場所だし、何よりまだ最上級吸血鬼は三人残っている。あまり長く休んでも居られない。
休息の最後の一時をじっくりと楽しむ。健と凛が軽口を叩き合い、リーシャが少し困った顔。プリネラは羨望の顔を健に向け、シャルがたまに鋭い事を言う。何の変哲もない、いつもの毎日だ。ただ、小さかった時の俺は、この世を憎み滅べば良いと思っていた。そんな世に、これ程に美しく消えて欲しく無いと願う光景を見るとは…
そんなものを…自分勝手にぶち壊し、奪い取っていく最上級吸血鬼のやり方により強く憤りを感じる。
シャルやプリネラの手助けという側面もあるが、俺自身もやはり最上級吸血鬼は許せそうに無い。早く奴らを見付け出す。と誓い強く拳を握った。
「さてと……こんだけ休めれば完璧だな。」
「本来なら何日間か時間を取りたい所なんだがな…」
「十分だっての。」
「うん。全て終わればいくらでも休める。」
「まずはやる事やってからじゃねぇとな。」
「働かざる者食うべからず。ですね。」
「残り三人。」
「止まってられないですからねー!」
「……そうだな。ここから先はどうなるか検討も着かない。情報もほとんど無い。完全に行き当たりばったりだ。だが、皆が居ればなんとかなるだろ。」
「なんとかなる…じゃねぇ。するんだよ。」
「…そうだな。」
「行こうぜ。真琴様。悪い子にお仕置きをしによ。」
「あぁ。」
シロを呼び出し、俺達は再度その歩みを進めた。
全体から見ればたった一日の少な過ぎる休息。でも、プリネラとシャルの顔は明るくなり、少しだけ心の整理も着いた様子だ。完全にとはいかなくても、今はそれで十分だ。
シロの引く馬車は普通に馬に引かせる馬車よりもずっと速く走る。あろう事か聖獣様に馬役を頼んでいるのだから当然だが……馬車の耐久力を魔法で上げているから良いものの、本来なら恐らく半日経つ前にバラバラに崩壊してしまうところだ。その代わり、距離があると言っていた道程を、たった一日半で走破してしまった。
「シロのお陰でかなり早く着いたな。」
「シロちゃんは良い子ですからね。」
既にシロは凛の手に落ちていた。シャキッとした顔で凛の腕の中に収まる白虎。いくら格好付けていても、落ち着いている場所で全てが台無しだ。
アラスト王国という場所は、他の王国とは全く異なる形で国を形成していた。
広い範囲に数多の村が散らばり、大きな街と呼べるものは存在しない。それは国王の住む場所も同じで、立派な王城はあるものの、城壁や堀等も存在しないそうだ。
「そんな襲われたらひとたまりもない様な作りで大丈夫なのか?」
「本来ならそんな国は直ぐに
「それが、そうはならないらしいです。」
途中にある村で話を聞いてみた内容を皆に伝えるプリネラ。全員で押しかけたりしたら、俺達がここにいるぞと叫びながら歩いている事と同義。プリネラが代表して色々と聞いてきてくれた。
「この国の王は、淘汰されない為の力を持っている…との事ですよ。」
「淘汰されないための力…?」
「それが何なのかは聞き出せませんでした。」
「聞き出せなかった?」
「村の人達が固く口を閉ざしてしまって…」
「……」
「どうされました?」
「………いや、なんでもない。もう少し情報を集めに行ってみよう。」
「はい。」
点在している村のいくつかを回って同じ様な質問をしてみたが、どの村に行ってもその力の正体を聞き出すことは出来なかった。皆示し合わせたかのように、その質問になると口を閉ざすからだ。
俺の提案で一度アラスト王国からは離れて、野営地を設けた。
「妙な話ですね…」
「そうだな…」
「皆本当は知らないんじゃないのか?」
「知っているのに、隠している感じだったよ。」
「プリネラがそう感じたなら間違い無く知っていて隠しているんだろうな…」
「どの村に行っても絶対にその話になると口を
「筋肉バカにしてはなかなか的を射た事を言いますね。」
「俺だって成長してるからな!」
「そうですか。嫌いです。」
「……ん?なんでそうなったんだ?」
「話を戻すぞ。」
「はい。申し訳ございません。」
「どの村の人達も絶対に口を開かないとなると、その理由はいくつか考えられる。」
「圧力を掛けられているとかか?」
「可能性の一つではあるな。」
「ですが……全ての村に
「どういうことだ?」
「いくら箝口令を敷いたところで、人の口はそう簡単には閉じられません。
お金を積まれたり、その人の望むものをチラつかせればポロリと口を開く人が必ずいるはずです。」
「押さえ付けて喋るなと言われても、喋る奴は喋るって事か…」
「圧政が上手くいかない理由と同じだな。」
「大きな恐怖で押さえ付けても同じか?例えば、身内を殺されてしまうとか…」
「皆の顔に恐怖心は見えなかったよ。」
「それに、そんな恐怖政治をしているならどこかに反発する奴らが居てもおかしくは無い。最近出来た国だと考えると、いきなり出てきた王が喋ったら殺すって言ってくるって事だ。」
「反発しない方が不思議なくらいだな…」
「それが起きていない…という事は理由は別にありそうですね。」
「……守っている…って事ですか?」
「守っている?」
「私がもし、誰かの秘密を絶対に明かさないとしたら、その人が好きで、それを言ってしまったらその人を悲しませたり困らせたりしてしまう時かと…」
「マコトの不利になる事は喋らない。」
「なるほど。シャルの言ってる事でなんとなく分かったぜ!」
「それでなんとなくしか分からないからケンはダメダメ。」
「ごめんなさい。」
「守っている…と考えますと、ここの王は民衆から凄く人気がある…という事ですよね。」
「元々村の集合体なんだし、村同士で話し合って国王を決めた。とかなのかな?」
「それなら皆納得しているでしょうし、自分達の代表という意識は強いですよね。」
「でも、それだけで全員から好かれるか?嫌う奴だっているだろ。」
「確かにそうですね…」
俺は今回はほとんど会話に参加していないのに、どんどんと話が進んでいく。一年の修練の後、再度集まってから少しずつこんな場面が増えてきた。俺が居なくても話を進められる様に出来ると良いよねって話をした事がきっかけになっている。いつも方向性の決定を俺に委ねているが、それと考えずにただ盲信するというのは違う。『どうしますか?』と、『こうしたいのですが、よろしいですか?』では意味が全く違う。皆には後者であって欲しい。という話だ。
「逆に護られている。としたらどうだ?」
「……確かに。それなら皆は口を閉ざす。ケンはごく
「褒めてんだか
「国王が何かしらの力を用いて、何かから国民を護っている。大体のこの国の成り立ちについては理解出来ましたね。」
「国民を護っているってことは、最上級吸血鬼からって事かな?」
「どうでしょうか。当然可能性は高いとは思いますが…最上級吸血鬼から国民を護る術が本当に有るのでしょうか?」
「結界とか魔法とか色々あるんじゃないのか?」
「最上級吸血鬼ですよ?」
「……そうだよな。Sランクのモンスターに狙われている街から住民を完全に護るなんてのはなかなか難しいよな…」
「吸血鬼は他のSランクのモンスターとは違い、人に化けて溶け込んだりも可能なんです。まず無理と考えてよろしいかと思います。」
「じゃあ何から護ってるってんだ?」
「それこそモンスターとか?」
「ここは未開の地も近いですし、モンスターは高ランクのものが多いでしょうからね。」
「国王は国民をモンスターから護っている。当然と言えば当然ですね。ではやはり最上級吸血鬼はこの国のどこかに紛れ込んでいると考えた方がよろしいでしょうか?」
「……もし、その国王が使う力が吸血鬼…アンザニだったら……」
「っ?!」
「人に言えない力で護られている国民は口を閉ざす。」
「シャルの推測が正しかった場合、結構ヤバい…よな?」
「自分達を護る存在を殺しに来た連中となれば、私なら敵視する。」
「…それで真琴様はここに野営地を設けたのですね。」
「可能性が僅かでも考えられるなら安全の為にも中での寝泊まりは避けたいだろ?それに、アンザニだけとは考えにくい。」
「村の集合体だとしても、一国を護るとなれば、それなりの数が必要だよな…」
「守護者はアンザニと言うより、吸血鬼……」
「周りが敵だらけの中では寝られないわな。」
「可能性は二つ。単純にアンザニがどこかの村に紛れ込んでいるか、もしくは、この国の守護者として存在しているか。」
「怖いのは後者ですので、後者だと仮定して動く方が良さそうですね。」
「となると、私は裏方に回ってもう少し情報を集めてくるよ。」
「俺達はアラスト皮紙の方から探りを入れてみるか?」
「少なくともアンザニはこの近くには居たはず。何か手掛かりが残っているかも。」
「なるべく人との接触は避けて調べられる事から調べていく…が、最善策ですかね。」
「どうだ?真琴様。これで良さそうか?」
「俺は異論なし。その線で行こう。」
「分かりました。それでは、プリネラ。」
「行ってきまーす!」
「俺達は明日からだな。」
「それにしても、真琴様はいつから吸血鬼が関わっている可能性を推測されていたのですか?」
「村の人達が口を閉ざすって聞いた時に、もしかしたらそんな可能性もあるかな…って思ってな。確証は当然無いがな。」
「無くても考えられるならば安全に行くべきですからね…真琴様は本当に凄いですね。その時には既にそこまで思い至っていたなんて…」
「偶然思い付いただけだ。」
「毎回起きる偶然は既に必然ですよ。」
「毎回じゃ無いだろ?」
「ほぼ毎回ですよね?なら思い付かない方が偶然ですよ。」
「リンの方が正しい。」
「うっ…」
「マコトは自分を過小評価してる。謙遜も度を過ぎると嫌味になる。」
「うっ…気を付けます…」
「真琴様らしい…ですけどね。
それでは明日に備えて今日はそろそろ休みましょう。」
凛の提案でその日は休む事になった。
翌日、アラスト皮紙の出回っている場所へと向かう。と言っても、識字率の低いこの世界では、村の人達には無用な物。となると、出回っている場所は三つ。王城、商店、製造元。当然だが、王城は却下。入れるどころか、誰やねんと門前払いならまだ良い方だろう。
商店も取り敢えずは却下。人が多過ぎる。
という事でまずは製造元へと向かう。
プリネラが昨日調べた内容に、この国の特色もあった。
この国に住むのはほとんどが人種。小さな村の集合体であり、村ごとで仕事が別れているのだ。例えば、この村は木材を作る村。この村はガラスを作る村。この村はアラスト皮紙を作る村…と、役割が決まっている。
会社で言うと部署みたいなものだ。
村同士はあまり遠くは離れておらず、ほとんどが平野部にある。商いをする村に商品が集まり、村の人々はそこに納品してそこで欲しい物を買ってく。というシステムだ。
アラスト皮紙を製造している村はアラスト王国の東側にある。いきなりこんにちは。と村に突撃するわけにも行かず、プリネラの帰りを待ちつつ近くで村の様子を観察する事に徹した。
観察して分かったことは、アラスト皮紙は出来る数が少ないこと。これは観察しなくても分かるが、羊皮紙である以上、アラストシープの数に依存する。希少なため、恐らくは値段もかなり高いものだろう。
次に、この村に住む住民は他の村と比べてかなり少ないこと。羊皮紙の製造にはそれ程多くの人手は必要無い為だろうか…この村には全部で十世帯しか住んでいない。
最後に、この村には数時間ごとに外から三人の人種が入ってきて、住民と少しだけ話をして出ていくのだ。別に兵士という装いにも見えないが…何をしに来ているのかまでは分からなかった。
「あの三人組が来る制度はなんでしょうか?」
「何かを確認しに来ている様にも見えるよな。」
「アラスト皮紙を見ている様子でも無さそうですし、皮紙とは関係ないのでしょうか?」
「……他の村にもあの制度があるのか、それともこの村だけなのか。もしこの村だけなら何のための制度なのか調べてみるか。」
次の日は二手に別れて、観察してみる。そこで分かったことは、他の村にこの制度は無いこと。
不規則ではあるが、何回かに一度だけ三人の人種は住民に着いて中に入り、数分で出てくる事が分かった。
「この村だけという事はやはり皮紙に関係する事ですよね。」
「高価な物だから見張ってるとかか?」
「それならずっと見張っているはずです。定期的に来るなんて非効率的な事をするとは思えません。」
「だよな…」
「何回かに一回は中に入る理由は?」
「数分間で出来ることには限りがあるしな…」
「……」
「………」
「思い付かねぇ!!」
「諦めるの早い。もっと考えて。」
「考えろって言われてもなぁ…」
「考え方が間違っているのかもしれませんね…」
「考え方?」
「皮紙の製造に関することで、品質のチェック等ならば、毎回来た時に確認すると思います。でも、それはしない。となると、皮紙には直接関係の無いことかもしれません。この村だけという事は間接的に関係はしているとは思いますが。」
「間接的に?」
「例えば製造に取り組む人や物について、なんてどうでしょうか。」
「取り組む人や物…」
「例えば、数時間おきに交換が必要な物があって、それを交換しに来ている。とかはどうでしょうか。」
「数時間おきに来る必要は無いだろ?」
「あくまでも一例としてですよ。」
「もしそうなら外からじゃ分からないよな…」
「マコト様!」
素晴らしいタイミングで戻ってきたプリネラ。こっちは手詰まりな感じがしていた為、プリネラからの情報があれば先に進められるかもしれない。
「何か情報はあるか?」
「はい。勿体ぶっても仕方ないので、結論から言いますね。
この国の住民は人種と…吸血鬼で成り立っています。」
「っ?!」
「……一番最悪な想像が当たったな。」
「吸血鬼が受け入れられている国…って事ですか?」
「受け入れられているよりも悪いかもしれない。」
「はい…この国の守護者として吸血鬼が存在していて、ここに住む人種の人達は、吸血鬼の事をある種、英雄視しています。」
「ここに住む人種は、吸血鬼の…餌か?」
「恐らくは…」
「血の提供をしているって事ですか?」
「血の保存をする技術はこの世界ではまだ無いはずだ。あの三人が定期的に来る理由は、もしかすると…」
「血の提供に吸血鬼の元へ来ている…という事ですか…」
「この村に吸血鬼が居るとして…なんでこの村にだけ居るんだ?」
「高価な物だからだろ。この国の収入源と言っても良い。」
「必要になったら、来た三人から血を分けてもらう…噛みつかなければ何度でも血が飲める。」
「共存関係にあるのかよ…」
「吸血鬼を殺せば、そのまま人種の奴らも敵に回す事になる…」
「もう一つ分かった事があります。」
「もう一つ?」
「こんな場所に村が出来るのは変だと思いまして。」
「どこが変なんだ?」
「筋肉バカは本当に…」
「お、教えて下さい…」
「この辺りにはAランクのモンスターが出現する事も珍しくはありません。シュイナブ村の様な特異な成り立ちならばまだしも、戦闘が出来ない人達が村を作るには危険すぎます。」
「そうか…危険なモンスターが居る場所に村を作るなんて、確かに変だな。」
「そこで村の成り立ちについて調べてみました。
すると、アラスト王国が出来るずっと前に、ここには別の国があったそうです。その名残で村があるという事です。」
「別の国?」
「……リリルト王国です。」
「っ?!」
リリルト王国。シャルの父親が治めていた国で、災厄の国と呼ばれていた国だ…ギーギーから聞いたという話を俺達もシャルから聞いている。
「……ここが…?」
「その時からは年月が経っているから、ほとんど昔の面影は無いと思うけど…」
恐らく、テポルと初めて会った孤児院も、この国のどこかにあったのだろう。気の遠くなる程昔の話だから、今となっては影も形もありはしないだろうが。
「……」
「大丈夫か?」
「私の故郷かもしれないけど。リリルト王国については何も覚えていない。覚えているのはテポルの事だけ。この地に感慨は無い。」
「……そうか。」
「でも、私の故郷が吸血鬼の巣窟になっているのは、何かの因果なのかもしれない。」
「……」
「大丈夫。別に気にしてないから。それより、今後の事を決めないと。」
「…そうですね。そうしましょう。」
シャルの心境は分からないが、慎重に事を進める必要がより一層高まった。これ以上の悲しみを彼女に背負わせたくは無い。
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