第六章 最上級吸血鬼
第57話 死者の魂
この国が吸血鬼と人種の共存関係にある事と、元災厄の国リリルトである事。この二つを知った俺達は、次の一手を相談していた。
「この国が吸血鬼にとって住みやすい場所という事が分かった。つまりアンザニがここに居る可能性は高いだろう。」
「問題はどうやってアンザニの居場所を探るか…ですよね。」
「シャルは何か思い付く事は無いのか?」
「アンザニは奴らの経済的な問題を任されていた。今も多分変わっていないと思う。」
「金回りか。」
「そうなると、やっぱり商店か?」
「常にそこに居るとは考えにくい。」
「金さえ集まれば問題無いからな…普段は別の奴に頼んでてもおかしくはないか。」
「それに、シーザとヤトリフが死んだ事は既に知っているはず。警戒しているなら目に付くところには居ない。」
「天下の最上級吸血鬼様が隠れるのか?」
「アンザニは五人の中でもかなり用心深い奴だった。私の所に来たのも数回だけ。他の四人と比べると、そういうプライドは低い方だと思う。」
「その方が厄介ですね…」
「アンザニは元々何をやって金を集めていたかは分からないのか?」
「何にでも手を出してたと思う。儲かるなら。」
「商品の方から手を伸ばすのも無理か…」
「……そう言えば…」
「何かあるのか?」
「アンザニは、最上級吸血鬼の為以外にも、個人的にお金を使う事があったとヤトリフが言ってた。」
「個人的に?」
「何にかは分からないけど…」
「アンザニが個人的に……?嫌な予感しかしないな。」
「っ?!リン様!火を!」
リーシャが何かに気付いて頭を下げる。
リンが咄嗟に水魔法で焚き火を消す。
真っ暗闇の中、先頭に明かりを灯した馬車が一台、どこかからかやってくる。距離はあるが、何かを運ぶ荷場所の様だ。
「こんな時間に荷馬車?」
「怪しさしかねぇな。」
「プリネラ。」
「お任せ下さい。」
直ぐにプリネラが荷馬車の後を追う。当然俺達も援護が出来る様に一定の距離を保って荷馬車を追い掛ける。
御者が一人、荷台に一人居るみたいだ。
荷馬車は村と村の間を抜けていく。俺達も後を追っていくと、ある村の中へと入っていく。その村は、何をしているのか分かっていなかった村の一つだ。
「何をしている村なのか分かりそうですね。」
「知りたくない気もするけどな…」
荷馬車が止まると、御者と荷台に乗っていた男二人が荷馬車から荷を下ろす。全て同じ様な大きさの木箱。二人で持たねばならない程度の大きさで、一つ一つ慎重に木箱を下ろしている。
「何が入ってんだ?」
「中身までは分かりませんね…」
「プリネラに頼むしか無さそうだな。」
木箱は全部で五つ。その全てを下ろすと、目の前にある家の中へと運び入れていく。別に特別豪華な家でも無さそうだし、他と変わらない質素な家だ。こんなに大荷物を買う金を持っている様には見えない。
全てを運び入れると、二人はそのまま荷馬車に乗って、来た道を戻っていく。
家の中には明かりは灯っておらず、他の家にも明かりは無い。時間が時間だから寝ているともとれるが…
村の外から様子を見ていると、プリネラがそっと家の中に入っていく。
プリネラが動いても全く物音がしない。誰かが家の中に居たとしても気付け無いだろう。
「少しここで待とう。」
待つこと30分。家の中からプリネラが出てくる。
特に誰かに気付かれた様子も無い。
俺達もその場を離れ、周りの村から離れた位置で合流する。
「どうだった?」
「中に人はいませんでした。木箱の中身は…」
「どうした?」
「それが………遺体…でした。」
「遺体…?」
「木箱の中に一人ずつ…」
「なんでそんなものを…?」
「見た限り綺麗な遺体でしたので、恐らくは最近…」
「綺麗な遺体…?外傷が無かったのか?」
「全ての遺体に外傷はありませんでした。」
「全ての……外傷が無い遺体を作ってるのか…?」
「外傷の無い遺体を探してきているのでは?」
「この世界では外傷の無い遺体はかなり珍しい。死因のほとんどは外傷によるものが多い。流行病の話も聞かないし、外傷無しの綺麗な遺体ってのはそんなに簡単に手に入るものじゃない。」
「医療の技術はあまり高くないですからね…」
「そうなのですか?」
「この世界には魔法があるからな。回復薬なんて便利な物もある。医療の技術が伸びない理由だ。」
「魔法も回復薬も無い世界で怪我や病気を治す方法をこの世界の人達は知らなさ過ぎますからね。」
「魔法も回復薬も無しで…」
「外傷の無い遺体を作っているとして、何に使うの?」
「あいつらの思考回路はぶっ飛んでいるからな。分からない。」
「あの遺体が、アンザニが個人的にお金を使うものでしょうか?」
「プリネラはどう思う?」
「……恐らく、遺体自体では無く、それに使う物にお金を払っているかと思います。」
「遺体に使うもの?」
「遺体を何に使うとしても、そのままじゃ使えないでしょ?」
「腐ってしまうだけですからね…」
「どちらにしても遺体はアンザニが手配したものって事か?」
「普通の吸血鬼や人種には要らないもの。そんなものを欲しがるのはあの変人達しかいない。」
「ここから手を伸ばしていくしか無さそうだな。」
「ですが、ここに居ては直ぐに見つかってしまいますよ?」
「私があの家に入って見ておきましょうか?」
「……良い事考えた。」
「……」
「今回は俺も何が言いたいのか分かるぜ。」
「私も予想が着きますね。」
「なら話は早い。プリネラは個別で動いてくれ。何かあったら頼むぞ。」
「任せて下さい!」
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
「まったく…ヤトリフの奴が死んでいきなり忙しくなったわね。」
「アンザニ様。」
「なに?今私は忙しいのだけれど。」
「も、申し訳ございません…その…例の物が届きまして…」
「……そう。久しぶりに良い報告ね。いつもの場所に運びなさい。」
「はい。」
「傷付けたりしたら命は無いわよ?」
「は、はい。理解しております。」
「早くなさい。」
「はい。」
ガタガタと音がする。アンザニらしき女の声と足音が聞こえてくる。
「そこで良いわ。」
「はい。それでは、私達はこれで。」
「えぇ。」
数人の足音が離れていく。
暫く待っていたが、誰の気配も感じない。
バキッ!
木箱を蹴って割る。遺体と入れ替わって木箱の中に入っていたのだ。数も五つ。プリネラを除けば丁度いい数だ。どこかで中身を確認される可能性もあったので、賭けではあったが…
「開けられるかもってヒヤヒヤしたぜ。」
「潜り込めましたね。それにしても…ここは一体…?」
木箱が運び込まれたのはどこかの倉庫。
周りを見ると雑多に物が積まれている。
「商店の倉庫でしょうか?」
「みたいだな。」
「こんな所に運び入れて何をするつもりでしょうか?」
「ここが目的地じゃなくて…こっちじゃねぇか?」
健が見ているのは、倉庫の一番奥にある扉。
物理的にも魔法的にも頑丈に閉じられている。
「怪しいよな?」
「怪しさしかないですね。」
「入るしかねぇよな?」
「入りましょう。」
健が鎖や鍵を切り落とし、凛が魔法を解除する。
「罠は無さそうだな…開けるぞ。」
重々しい音を鳴らして開く扉。
「うっ…」
思わず声が出てしまう様な酷い臭いだ。鼻と口の中、その間を針で刺される様な痛みを覚える。
「なんだここは……」
魔法を使って中の様子を照らし出した瞬間、視界に映ったのは誰かの遺体。遺体の腹は真っ直ぐ縦に切り開かれて、その中によく分からない魔道具を取り付けられている。内蔵は全て取り除かれ、下にある入れ物に無造作に入れられている。この臭いの原因だろう。取り付けられている魔道具は発動していない様子だが、何のための魔道具なのか…なんとなくだが分かる。
「死体を動かす為の魔道具か…?」
「死霊魔法が使えない奴が無理矢理死体を動かそうとすると…こうなるのか。」
「この魔道具…闇市で手に入る物です。」
「確か…死者の魂。」
「ふざけた名前してやがる。」
「かなり値が張る物。」
「こいつに金を注ぎ込んでたんだな。プリネラの読みは当たりだったか。」
「こんな物取り付けて何がしたいんだ?吸血鬼には必要無いだろ?」
「多分…趣味。」
「は?!」
「それぐらいしか必要性を感じない。」
「死者を歩かせて鑑賞ってか?頭イカれてんな…」
「それは最初から分かってたこと。」
「マコト様!誰か来ます!」
リーシャの声にその部屋を出るが、逃げ場も隠れる場所も無い。
「あらあら。これはお揃いで。漆黒の悪魔さん。
それに、久しぶりね。シャーロット。」
白豹人種の女。肩まである白髪が外に跳ね、キツいツリ目。白い耳がピクピクと動き、尻尾をユラユラさせている。
「アンザニ。」
「ヤトリフを殺してくれたから、私が忙しくなってしまったわ。。どうしてくれるのよ?」
なんで最上級吸血鬼という奴らはこんなにも偉そうなんだろうか。こいつが忙しくなったかどうかなんて俺達には一ミリも関係無い。
「でも…探す手間が省けたのは良い事ね。
あなた達。私達最上級吸血鬼と手を組まない?」
「何言ってんだこのオバサン。」
「オバっ?!」
「手を組むと思う理由が思い浮かばないですね。」
「シャーロットが隣に居るなら分かるでしょ。私達吸血鬼がどれだけ優れた種族なのか。不老。再生能力。力。魔力。全てにおいて私達吸血鬼は他の種族を圧倒しているわ。
そんな吸血鬼になれば全てが思うがままよ。」
「まず、思うがままなんて望んでいない。それに吸血鬼だから優れているという考えには賛同出来ないな。」
「何故かしら?」
「吸血鬼が凄いわけじゃなくてシャルが凄いだけだからな。」
「その小娘が凄い?
………あははは!面白い冗談ね!死なないだけの人形が凄いだなんて!あははははは!」
「シャルがお前達の手から逃れてからは会っていないんだったな。それなら分からなくても仕方ない…か。」
「小娘はどれだけ足掻いたところで小娘のままよ。あなた達の目がどれだけ節穴なのかはよく分かったわ。
期待していたのだけれど、仲間に引き入れるのは愚かな事の様ね。」
「期待を裏切る事が出来て光栄だよ。」
「大人しく死んでおきなさいな。」
アンザニが指をパチンと鳴らすと後ろから牙を剥き出しにして
「死体は残しておきなさい。」
「はい。」
アンザニが、十人いる中の一人に声を掛ける。青髪の青年に声を掛けると軽くお辞儀をしてアンザニを見送る。元人種だ。
「行かせませんよ!」
リーシャが矢をアンザニに向けて放つ。
ドスッ!
アンザニに正確に向かって行った矢は、飛び込んできた青髪の青年がその体で受ける。後ろを振り向きもせず出ていくアンザニ。
心臓に刺さった矢を涼しい顔で抜き取る青年。
「上級吸血鬼。」
「痛いではないですか。」
矢を床に投げ捨て、俺達の方を睨みつける青年。
「さっさと終わらせてアンザニ様に報告に行きますよ。」
周りに居る者達に目配せをすると、二人が同時に襲い掛かって来る。爪が伸びて刃物の様に尖っている。
「無警戒に突っ込んで来るとはな。」
「所詮雑魚。」
「がっ…」
襲いかかって来た二人の首が健の刀と、シャルの爪で切り飛ばされる。
「なんだ。あいつ以外は中級吸血鬼かよ。」
「だから雑魚って言った。」
「なかなかやりますね。漆黒の悪魔が連れているのですから、当然と言えば当然ですか。」
青年以外は健とシャルの強さに一歩後ろへ下がる。
「何をしているのですか?」
「うっ……」
「まさか、逃げようなどとは思っていませんよね?」
青年が前にいる男達に声を掛けると、逃げ腰だった男達が一斉に攻撃を仕掛けてくる。
三人は一気に前に走り、残る四人は魔法を行使する。
シャルが言っていたが……はっきり言ってしまうと、雑魚だ。
確かに速さも魔力も力も強いが、まったく使いこなせていない。ヤトリフとの戦闘で戦った子供達の方が全然強かった。
「ぐあっ!」
「ぎゃっ!」
一瞬で灰と化していく七人。これなら警戒せずに、無理矢理アンザニを追っても良かったかもしれない。
「やっぱり彼等じゃ傷すら負わせることが出来ませんか。」
青年が納得した様に頷く。
「良いでしょう。私が相手をしましょう。
その程度で私に挑んだ自分を恨みながら死んでください。」
両手の爪を伸ばし尖らせる青年。
「結局自分でやるしかない様ですね。」
青年の足が床を蹴ると、健の背後へと回り込む。
「まず一人。」
両手の爪が健の背中に近付く。
彼は健が先程見せたスピードが全力だと勘違いしていたらしい。ヤトリフやシーザを殺したという情報は知っているだろうに、何故もう少し警戒しないのだろうか。吸血鬼とは馬鹿ばかりなのだろうか?
目の前に居たはずの健の背中は、突如として消え去り、自分の後ろに回り込んだ健の刀が、振り下ろされる。
頭の頂点からすんなりと入った刃は、そのまま青年の体を縦に割っていく。左右に分割された肉体は別々の方向へと倒れ、灰となる。
「さっさと追えば良かったな。」
「プリネラが行ってくれているから大丈夫だろう。それより、侵入がバレた事の方が厄介だ。」
俺達の存在に気付かれたとなると、村の人達も出てくるだろう。彼等にとっては、吸血鬼様だろうから。
「アンザニの事は一度忘れて、まずは姿を隠そう。出来る限り村の人達とは戦いたくない。」
「そうですね。行きましょう。」
村人や下っ端の吸血鬼程度であれば、ミラージュを使って視覚的に消えるだけで簡単に隠れる事が出来る。
「凄い人手だな…」
「全部の村から人が集まってきていますね…」
倉庫から出て、村を出たが、そこら中に人が散らばり、俺達を
「この辺には暫く近付けないな。」
「面倒な事になってしまいましたね…」
「マコト様…」
俺が受け取っていた闇人形のミニプリネラが喋り出す。
「どこか分かったか?」
「アンザニは王城に向かいました。」
「王城か…」
「これだけ吸血鬼が共存しているなら、国王とも仲良しだわな。」
「王城近辺はかなり人が多くて近付くとなると、危険かもしれません。」
「村人達も集まってるのか?」
「はい。吸血鬼と人種がごちゃ混ぜになっていますね。」
「人目を避けて入れる場所は無さそうか?」
「堀も塀も無いので、どこから近寄っても目立ちますね。」
「入ろうと思うなら正面突破しかない…か。」
「…城の中から何か出てきました。」
「何か?」
「兵士は兵士ですが…何か違和感が…」
「俺達も城の方へ向かっているから、一度合流しよう。」
「分かりました。」
プリネラ一人では危険だと判断して城から離れた人の居ない場所に集合する。
プリネラの言っていた様に、城を取り巻く様に兵士達がズラリと並んで立っている。全員が全身鎧を着ている。しかも全てに高位のエンチャントが成されている。当然持っている盾や武器にも。
「こんな小さな田舎の国に揃えられる武具じゃねぇぞ。」
「兵士の数も異常だな…城の中にも居ることを踏まえると数万人は居る。どこにこんな数が隠れていたんだ?」
「数もそうですけど…あの兵士達、ピクリとも動きませんね…」
城の周りに並ぶ兵士達。キッチリと整列し、微動だにしない。恐らくプリネラの言っていた違和感の正体だろう。どう見ても普通の兵士ではない。
「あれは訓練が厳しいとか、そんな話ではありませんよね?」
「もっと別物だろうな…」
「死者の魂…」
「アンザニの所にあったやつか。」
「趣味じゃなくてここに使ってたって事か?」
「死者の兵士なら一部屋に押し込んでおけば場所はそんなに要らない。」
「あの城の中から出てきたとしても不思議ではありませんね。」
「でも、そうだとしたら、あの兵士達は変。」
「何が変なんだ?」
「死者の魂は、確かに死体を動かす事が出来る。でも、単純な命令しかこなせない。『立て』なら立つだけ。あんな風に整列することは出来ないはず。」
「じゃあなんで整列してんだ?」
「だから変って言ってる。」
「死者の魂が改良されたとか?」
「使っている媒体が死体なら、改良とかは関係無い。そういう魔道具じゃない。
死体の中に魔力の糸を通す。それを命令で操る。死体を動かすだけでも相当な魔力が必要。魔石を使った魔道具である以上限界がある。」
「……その原理なら、もう一つ魔石を用意して、誰かの命令を伝える魔石として使えば、一人の命令で何人にも命令を伝えられないか?」
「二つ……それなら可能かもしれない。でも、使えるのは多分最上級吸血鬼だけ。魔力が足らない。」
「とすると、アンザニが…?」
「アンザニにも可能…だけどこれは…」
整列する兵士達の奥。王城から出てきた金色の鎧を着たドワーフ。緑色のボサボサ髭、眉毛、髪。こいつだけ兜を被っていない。手には身の丈以上ある棘の付いた棍棒。それも金色だ。
「ジャグリ。」
「最上級吸血鬼が二人この街に居るのか…」
「探す手間が省けた。」
「あいつは確か…」
「軍事担当。」
「見るからに戦闘狂だもんな。」
「ジャグリは多分強い。ヤトリフやシーザを基準にしない方が良い。」
「あいつが指揮を取ってるって事だな。」
「死者の魂は、浄化が効かない。死霊魔法じゃないから。兵士を倒すには中に入っている魔道具を壊すしかない。」
「その魔道具はエンチャントされた鎧の下って事か。」
「範囲魔法もほとんど意味が無いな。」
「うん。火力よりも精密な攻撃が必要。多少手足や頭が飛んでも倒れない。」
「それをこの数やれってのか…?」
「気の遠くなる話ですね…」
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