第43話 命の価値

「……なぁ。バイルデン王。」


「なんだ?最後の言葉くらい聞いてやるぞ。」


「海は好きか?」


「海?嫌いでは無いが…最後の言葉がそれか?変わった奴だな。」


「構えろよ。」


「なに?」


「今から俺がお前に大海を見せてやる。」


健の纏う空気がガラリと変わる。


「?!」


バイルデン王もそれを察知して数歩距離を取る。


健は構えてもいない。ただ立っているだけ。しかしバイルデン王は先程までよりずっと健を警戒している様に見える。


始刀しとうあれ。」


バイルデン王が下がった事で、取ったはずの距離が文字通り瞬く間に消える。


「ぐっ?!」


荒々しい波が打ち付ける様に、健の突きが次々とバイルデン王を襲う。


肩、頬、足。受け止めきれない連撃にバイルデン王が傷付いていく。


「退けぃ!!」


ブンッ!


バイルデン王の大きな横振りの一撃は、空を斬る。


「どこにっ?!」


バイルデン王が健を見失い、顔を振る。


チンッ……


背後から聞こえる納刀の音に反応して振り返る。


続刀ぞくとう時化しけ。」


先程より更に勢いを増した剣戟がバイルデン王を襲う。正面からの突き攻撃だけなら避けられる攻撃も多かったのだが、次の攻撃は違った。

正面から切り上げ攻撃が来たと思ったら次の瞬間には後ろから横薙ぎ、と思えば横から突き。既にバイルデン王は健のスピードに着いて行くことが全く出来ていない。


「ぐぁっ!!」


体中に傷を負い、それでも止まない健の猛攻。今夜は無風だと言うにのに、二人のいる場所だけ嵐が訪れた様な激しさだ。

健のスピードは確かに驚嘆だが、驚くべきはあのバイルデン王がパワー負けしている事だ。ブンブンと振り回している大剣が弾かれ大きく後ろへとっている。

健にそれ程のパワーは無かったと思っていたが…


「ケン。上手。」


「シャルには見えるのか?」


「うん。あの悪魔にはパワーで負けてるけど、それを技術で補ってる。」


「どういう事だ?」


「剣を振ったり攻撃を受けたりする時、体の力にはムラがある。」


「力が入っていたり抜いていたりって事か?」


「うん。ずっと力を入れてたら剣を素早く振れないから。

その力の入っていない時に健が攻撃してる。と言うか、攻撃を。」


「ズラしてる?」


「タイミングとか、攻撃する位置とか、相手の想像から、ほんの少しズラした攻撃をしてる。」


「そんな繊細な事を?」


「してる。その本当に一瞬だけ、健のパワーが、あの悪魔を超える。」


「それを何度もやってんのか?」


「剣神が居るとしたら多分健みたいな存在。」


「…かもしれないな。」


健の振るう刃がバイルデン王を捉え続ける。全身に刀傷を作り真っ赤になっていくバイルデン王。その顔に余裕は既に無く、苦痛に歪んでいる。


「何故…何故だ!俺の方が強いはずだ!」


絶対的自信があった自分の強さが今崩れようとしている。それに取り乱す様は信者達と何一つ変わらない様に見える。


「静かにしろ。」


チンッ…


「ぐっ……人種風情がぁ!」


数メートルの間隔を空けて刀を三度みたび鞘に仕舞う健。

バイルデン王にとっては納刀時の金属音がトラウマになっているだろう。あの音がする度に健が強くなり自分を追い詰めているのだから。身の程を教えられるのは自分の方だったという事だ。


「静かにしろよ。荒れに荒れた大海は最後。静かな海へと帰って終わるんだ。」


「俺がお前の様なゴミに負けるはずが無い!!」


終刀しゅうとうなぎ。」


健は刀を鞘に収めたまま足を一歩前に出す。

一歩目の足が地面に触れたと思った瞬間。その場から僅かな音もなく健が消えた。その場に残るのは健の煙管から出ていた煙だけ。その煙すら垂直に登るだけで微動だにしていない。


チンッ……


納刀の音はバイルデン王を挟んで真反対側。

気付いて見た時には納刀を終え、煙管からは垂直に煙が漂っていた。

健が納刀を済ませるまでの数秒。微かな音もせず、健だけが消えた様に見えた。


三刀さんとう大海龍葬たいかいりゅうそう。」


「……速すぎる……」


大剣を振るう時間すら無かった。


バイルデン王の腹が横一文字に裂け、中から血と臓物が溢れだしてくる。


「俺の……方が……つよ……」


膝を地面に落とし、そのまま地面に倒れるバイルデン王。


「ケンが勝った!」


「流石はケン様ですね。」


「バカにしてはやりましたね。」


「………」


「どうした?健?」


「……いってぇぇえええええ!!!!」


半泣きになりながら腕を抑えてうずくまる健。


「ぜってぇ折れてる!折れてるって!」


「痛かったのかよ…」


「当たり前だろ?!飛んだんだぜ俺!?空を駆けたんだぜ?!」


「良かったじゃないですか。夢が叶いましたね。自分の力だけで空を飛ぶという。」


「少年か!俺は空を夢見る少年か!」


「分かった分かった。治してやるからじっとしてろ。」


締りの悪い終わり方ではあるが…終わり良ければ全て良し。という事で。


「それにしても…暴れましたね…」


「いや。ここを破壊したのはほとんど教皇とバイルデン王だろ。」


教会前は原型が分からない程に荒れ果てている。地面の石畳はめくれ上がり、柱は崩れ去り、街の方まで地面の一部が溶けて無くなっている。


「……俺達にはどうする事も出来ないよな。」


「スンスン……」


「どちらにしてもこの国の存続は難しい。」


「スンスンスン……」


「………俺。良い事考えちゃったかも。」


「マコトが考えた良い事?」


「スンスン…」


「何故皆してそんな信用してなさそうな目で見るんだ?………と言うかさっきからスンスン五月蝿いよ?!」


「あ、ごめんなさい。マコトさん。」


「ルナ…何してたの…?」


「その……匂いを…」


そう。ルナは凄く性格も大人しくて良いのだが…匂いフェチなのだ……重度の……


「マコトさんの匂い……ふふ……じゅる…」


「いやー!止めてー!嗅がないでー!」


「真琴様の匂いを嗅ぐにはまず私の許可を得て下さい。」


「うん。違うよな。凛の許可とかそんな話じゃないよな?」


「いえ。ここは譲れません。」


「よく分かんない。全然よく分かんない。こだわるところ。」


「それより良い事ってのは?」


「それはだな………」


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「マコト!お帰り!」


「ベイカー。皆。ただいま。」


「無事帰ってこられたわね。」


「ネフリテスと教会、そして大元のバイルデン王。全て解決してきたぞ。」


「結局バイルデン王が大元だったのね。」


「なんと、悪魔種だった。」


「えっ?!」


「健が一人で倒してくれたが、なかなか手強かったぞ。」


「あ、悪魔種を倒したの…?」


「結構痛かったけどな。」


「普通はその程度で済む話じゃ無いのよ…?」


「うーん……なんとかなったな!」


「軽く言うわね…」


「教会の人達は?」


「教皇が死んだら放心しててな。色々と話をしてきたが…当分の間は国も教会もゴタゴタするだろうな。」


「王も教皇も居なくなったのに存続していくの?」


「あれだけの人達が居れば街を続けていく事自体は出来ることだからな。代表を決めたり、今後の事を決めたりと忙しくはなるだろうけどな。」


「ふーん……またネフリテスみたいな連中が出てこないわよね?」


「それについては大丈夫だと思うが…」


「何か心配?」


「心配では無いんだが…ちょっと話したい事があってな。」


「何よ?」


「教会の連中と色々と話をしてきたって言ったろ?」


「えぇ。聞いたわ。」


「実は皆と別れた後、教会の奴らを戦闘から切り離そうとしてな…結局失敗したんだが…」


「それがどうしたの?」


「実はその時に、俺はあいつらが信仰しているナイルニの使徒だと嘘を吐いたんだよ。」


「思い切った事をやったわね。」


「物は試しだったからな。それで、戦闘が全て終わった後…ナイルニの使徒として話をしてきたんだよ。」


「…どういう事?」


「教皇は死に、国王は悪魔だった…何を信じるべきなのか分からない彼らの前には、精霊を従えたナイルニ様の使徒だと言う人が…どうなると思う?」


すがり付くか、崇めるか…かしら?」


「実際そうなったよ。目の前にズラーっと並んだ信者達が、全員跪いて頭を垂れるなんて光景…二度と見れないだろうな。

本当ならそこで嘘でしたー。って明かして終わりにしようかと思ってたんだが…」


「まさに悪魔の所業ね。」


「俺達は聖人君子じゃないからな。面倒見るなんて無理だし、それくらい自分達でなんとかするべきだろ?」


「私達の事は助けてくれた。」


「元々あいつらは俺達の命を奪おうとしていた奴らだ。事が済んだ後とは言え、そんなに簡単に許す気にはなれない。

根本的に妖精達とは違うんだよ。」


「…それもそうね。」


「と、思っていたんだが。ちょっと考えを改めてな。」


「??」


「折角、使徒様という立場を持っているのなら上手く使えないかと思ってな。」


「マコト。意地悪。」


「やり過ぎよ。」


「待て待て。最後まで聞いてくれ。

その地位を使って、新たな教会の方針を決めてきたんだ。」


「何?」


「精霊のルナに協力してもらって、妖精は精霊の庇護下ひごかにある種族で神聖な生き物である。という事にしてきた。」


「それって…」


「これからは教会が妖精を護るという立場に入れ替わったって事だ。」


「……」


「………」


「…なんだ?嬉しくないのか?」


「マコト凄ーーい!ありがとーー!」


ベイカーはクルクル回る程に物凄く喜んでくれたが、他の皆はポカーンとしている。


「余計な事しちゃったか?」


「そんな事無いよ!皆驚いてるだけだよ!」


「え、えぇ…正直信じられないわ。本当に大丈夫…なのかしら…」


「確かめてみるか?」


「確かめて…?」


「皆でバイルデン王国…これからは名前が変わるだろうけど…行ってみないか?」


「えっ?!」


「さ、流石に今行ったりしたら…」


「大丈夫だ。」


「マコトが言うなら大丈夫だよ!」


「ベイカー懐きすぎじゃない?」


「そんな事無いよ?」


「ベイカーは行ってみるか?」


「うん!行くー!」


「わ、私も行くわ!」


「僕も…」


「俺も行くぜ!」


という感じで結局全員で元バイルデン王国へと行ってみることになった。妖精達の心の準備もあるので、翌日行くことにしてその日はカシャナに泊まることにした。


その日の夜の事。


俺達は大きなキノコの下でちょっとした宴会を開いていた。妖精達が全て集まったのでかなり手狭な状態にはなったが。


「あはは!なんじゃそりゃー!」


「私もやるー!」


「しわわせー…」


皆、思い思いに楽しんでいる。毛玉達もぴょんぴょんと跳ね回って楽しそうだ。

ベイカーは何故か胡座あぐらをかいた俺の膝の上に座っている。小さな頭が目の前にあってたまにチラッとこっちを見てニコッと笑う。何この可愛い生き物…あ。妖精か。


「マコト。」


「なんだ?」


「あの時…助けに来てくれてありがと。」


「プラティーにも散々お礼言われたけど、俺の出来ることをやっただけだ。

それに、その後皆に助けてもらったんだし、礼はもういいぞ?」


「うん…でも……」


「ベイカー!」


話の途中でプラティーがベイカーに飛び込んで来る。つまり、俺の膝の上に…という事だが。


「プラティー。」


「なになに?何話してたの?」


「……プラティー。あの時は…ごめんね…?私が気を抜いたりしなかったら…」


「それはもう言わない約束でしょ?マコトが助けてくれたし、私は大丈夫。だからもう謝らないの!」


「……あの時、私、腕の中でプラティーの命が消えていくのを感じたの…

何も出来なくて…ただ見てるしか出来なかった……」


「ベイカー…」


「凄く怖かった…」


俺の両親が死んだ時に似ている。自分では力が足りなくて…護りたいものを護れなくて…自分の無力さをどうしようもなく感じる。


「私には何も出来ないって事を叩き付けられた感じがして……私には泣くことしか出来なかった…」


「私がベイカーでもきっと同じだったと思う。」


「プラティーは違うよ…私なんかよりずっと凄いもん。」


「そんな事無いよ。」


「あるよ!私なんかよりずっと価値のある命を持ってるもん!無力な私なんかよりずっと!」


バチッ!


初めて見た。妖精が誰かに手を挙げる所を。

俺の膝の上だけど。


「…プラ…ティー…?」


「そんな事言わないでよ!」


平手打ちをしたプラティーの方がずっと痛そうな顔をしている。泣きそうな顔を。


「でも…」


「人の膝の上で何を繰り広げてんだよ。」


「「……」」


「どうされました?」


「凛。帰ってこられたのか。」


「はい。とても幸せな時間でした。」


「だろうな…」


「それで…?」


「…ベイカーが自分よりプラティーの命の方が価値があるって言ったら、プラティーが怒ってベイカーを平手打ちした所。」


「ひらっ?!」


「どっちの気持ちも分かるんだけどな。」


「「……」」


「命の価値…ですか。

それはまた難しい事を考えているのですね。」


凛が少し考える素振りを見せた後、俺の横に座り、二人に話を始める。


「ベイカーちゃんは、命に価値が有ると思っているのですね?」


「うん。当然だよ。」


「そんなもの無いよ!命に価値なんか!」


「プラティーちゃん。これは私の意見ですけど…命に価値は有ると思います。」


「え…?」


「例えば…そうですね。目の前でベイカーちゃんと悪ーい人が死にそうになっていて、プラティーちゃんならどちらか一人を助けられるとしたらどちらを助けますか?」


「それは…ベイカーだけど…」


「別に不思議な事でも、おかしな事でもありませんよ。それこそがプラティーちゃんの中で定められた命の価値。ですからね。」


「でもそれは!」


「そうですね。確かに自身が定めただけの価値ですね。」


「……」


「ですが、命の価値というのは自分や他人によって決められてしまうものなのです。

私だって色々な人の命に、知らず知らず価値を付けているのですよ。優劣…と言っても良いのかもしれませんが。」


「やっぱり…」


「…でも!そうだとしても…ベイカーの命の価値はそんなに安くない!」


「そうですね。私もそう思いますよ。」


「ベイカーの命は!……ってあれ?」


「当然です。こんなに可愛い生き物の価値が低いわけが無いです。」


「脱線してるぞ。」


「こほん……

確かに命には価値が有りますが、大切な事はそこではありません。他人に定められた価値を、そして自分自身に定められた価値をどうやって上げていくか。これこそが、最も大切な事だと私は思っています。」


「価値を上げていく?」


「不思議な事に、私達の定めた命の価値というのはコロコロと変わってしまいます。しかも、ちょっとした事で。

昨日より少しだけ長く一緒に居た。少しだけ長く話をした。極論を言えば、いつもしない挨拶をした。それだけでもその人にとっての価値は大きく変わるんです。」


「そんな事で…?」


「ここの皆さんはあまり外の人と関わらないですから、分からりにくいかもしれませんがそんなものなのです。」


「そんなに簡単に変わるなら…価値を上げても意味が無い…」


「確かに頑張って価値を上げても、ある日突然底辺に落ちてしまう。なんて事もあるかもしれませんね。」


「……」


「ですが、それでも私は価値をまた初めからでも上げていく努力を惜しみません。」


「…なんで?」


「私のことを大切に思って高い価値を与えてくれている人達が居るからです。」


俺の方をチラッと見る凛。なんか照れる。


「その人達の与えてくれた命の価値より低い存在で居ることが、自分で許せないのですよ。」


「……」


「ベイカーちゃんは自分の命よりプラティーちゃんの命の方が価値が高いと思っているのでしたよね?

そしてプラティーちゃんはベイカーちゃんと自分の命の価値に差は無いと。

ベイカーちゃんは自分自身で付けた命の価値より、高く命の価値を付けたプラティーちゃんが許せないのですか?嫌いなのですか?」


「そんな事無いよ!大好き!大好きだから…」


「……余計に自分が嫌いなのですよね。」


「…うん。」


「分かりますよ。私も同じでしたから。」


「リンも?」


「えぇ。私は魔力が少ないですからね。」


「でも…そうは見えないよ…?」


「私は、私の命の価値を高く見積もって下さった人の目に狂いは無かったと証明するために努力して来ましたから。まだまだ足りないですけどね。」


「リンは…強いから……」


「そんな事無いぞ。凛は昔泣き虫で大変だったんだから。」


「真琴様!」


「ほんとに?」


「オホン!その話は終わりです!」


「えー。」


「ベイカーちゃん。プラティーちゃんに同じ命の価値を持っていると言われて、でも自分がそれに届かない存在だと思って嘆いている事は分かります。

端的に言いましょう。悔しくはないのですか?」


「悔しい…?」


「私も最初は自分を嘆いて、失望していました。でもそれでは何も変わりません。何一つ。

それに気付くと、私は悔しくて仕方がありませんでした。何故今まで少しでも努力してその命の価値に近付こうとしなかったのだろうかと。」


「……」


「悔しくはありませんか?」


「悔しい………悔しい!」


「ならば胸を張ってプラティーちゃんに、同等だと言えるようにする方法は一つしかありません。命の価値を上げること。」


「どうすれば良いの?」


「私には分かりません。」


「えっ?!」


「当然です。ベイカーちゃんが自分自身に付けた価値ですから。何をしたらその価値を上げられるかを私は知りませんから。」


「そ、そっか…確かにそうだよね…うーん…」


長々とした話だが、結局凛はベイカーに自信を付けさせたい。ということだろう。

ただ、自信を付けろ!と言ったところで装備品の様に装着できるものでは無い。それが分かっているから、遠回しにでもその方法を教えたかったのだろう。

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