第44話 妖精と信者

「そんなの簡単よ。」


「うぉ?!」


突然後ろから声を掛けられてビクッとしてしまう。


「ヒフニー?」


ヒフニーだけじゃなく、ハイター、ウッカー、ジェミー、全員が話を聞いていたらしい。


「簡単って…?」


「私達は妖精。」


「自分達の出来ることをやる。それしか無いよね。」


「ベイカーにはベイカーにしか出来ないこと…有ると思う。」


「ハイター…」


「私達からしてみればベイカーの事、凄く羨ましい限りなのに。」


「私が…羨ましい?」


「ベイカーは妖精達の扱い方が上手いからなぁ。俺のところなんて好き勝手やるからよ。」


「それはあんたが悪い。」


「う、うるせぇなぁ。」


「それに、細かい事も得意だよね。私はそういうの苦手だから凄いなって思う。」


「皆…」


「私からしたら、あんたが卑屈になる理由の方が知りたいわよ。そんな必要なんて無いんだから。

少しはその心掛けをウッカーにあげたら丁度良い感じになるんじゃない?」


「僕もそれはいい考えだと…」


「いつの間に俺の事になってんだ?!」


「そんな事より、あんたは深く考え過ぎなのよ。なんでそんな思考になるのか分からないけど、何をどうしようとあんたは私達と対等の仲間よ。」


「ヒフニー……」


「なーに泣きそうな顔してるのよ!ほら!踊るわよ!」


「えっ?!ちょっと…ヒフニー?!」


「プラティーもよ!」


「任せてよ!」


キラキラと光る鱗粉を薄明かりの中に舞わせて踊るベイカー達。自信が付いたかと問われれば疑問だが、あの仲間達が共に居れば心配は要らないだろう。空中ではベイカー達が、地面の上では毛玉達が踊り、その日は遅くまでカシャナに笑い声が響き続けた。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「だ、大丈夫…かな?」


「なんだ?ジェミー。ビビってんのか?情けねぇ!」


「ウッカー。膝が笑ってるわよ。」


「うるせぇ!怖いもんは怖いんだよ!」


「開き直った。」


「そう緊張しなくても大丈夫だ。もし何かあれば俺達が必ず護るから。」


「う、うん…」


乗り気だったベイカーも、いざ向かうとなると少し怖いらしい。元々は臆病と言われていたのだから、率先して着いてくると言っただけで凄い変わり様だが。


「それじゃあ行くぞ。」


金色の扉に手を掛ける。


妖精達が息を飲む。


ギィー…


「お待ちしておりました。」


教会の一部屋に出た俺達を出迎えてくれたのは、ヲニロイ。犬人種の男性で、教会の代表代理を務めることになった人だ。茶色の髪に茶色の瞳。タレ目で人当たりが良く、代表をするならこの人だと直ぐに決まった。歳は四十手前と言った所だろう。

当然だが、以前の教会に染められていない者をしっかりと選別した。


「ヲニロイ。その後は?」


「はい。教皇の側近、並びにそれらの息の掛かった者達のリストは既に完成しております。」


「漏れは無いだろうな?」


「当然です…と言いたい所ですが、正直に申し上げますと、数が多すぎて全てを暴けているかは…」


「……」


「申し訳ございません…」


「もし今後その様な者を見付けた時は…」


「その場で即時脱会。二度と敷居はまたがせません。」


「それを妖精達に誓えるか?」


「そちらの…」


「そうだ。ここにいるのは何を隠そう、その妖精達だ。」


「あぁ…なんと……」


ビクビクしながら足元に集まっていた妖精達を見て、ヲニロイの目が子供の様にキラキラと輝く。


「なんと神々しいお姿…」


「こ…神々しい……?」


「そして、私達の蛮行をお許し下さった慈悲深き方々…ありがとうございます。私の詰まらない人生では足りぬかと思いますが…一生を掛けて償わせて頂きたく思っております。」


「そ、そんな」

「素晴らしい!!流石は代表代理!」


「…使徒様……」


「お前の真摯な思いはよく分かった。頼むぞ。ヲニロイ。」


「は、はい!!お任せ下さい!!」


目に見えて喜ぶヲニロイは満面の笑みで去っていく。


「マ、マコト…偉そうだった…」


「ここでは偉い人みたいなものだからな。変に下手に出ると皆戸惑っちゃうんだよ。」


「それで偉ぶってたのね?」


「調子に乗らせて、また今回みたいになったら嫌だろ?これくらいやらないと駄目なんだよ。」


「それにしても…僕達の事…」


「凄い…評価だったね…」


「神々しいとか言われていたわよね。」


「どんな説明したらあんな事に…?」


「そりゃ出来る限りの持ち上げ方をしたよ。」


「妖精が神なんだ!くらいの事は言ってたよな。」


「そんな事よく信じたわね。」


「そこは真琴様の巧みな話術でちょちょいのちょいだな。」


「なんか人を詐欺師みたいに言ってないか?」


「似たようなものだろ?」


「否定しきれない所が嫌だな…」


「そこは否定して下さい。嘘は言っていないのですから。」


「と、とにかく…ここでは妖精は神聖な者として扱われるって事だ。

全員が全員ではないし、まだまだ浸透はしていないから完璧とまではいかないが、姿を見せても追われたりしない事は保証するよ。」


「私達…街に来られるの?!」


「あぁ。どうせならこのまま街に顔を出しておくか?」


「大丈夫かな…?」


「行ってみれば分かるさ。」


「…うん。行ってみる!」


「よし!」


ベイカーを中心に街へと向かう事を決めた妖精達は俺達の後ろに隠れつつではあるが、その部屋を出る。


教会の中は戦闘の影響も無く綺麗なまま。多くの信者達が祈りを捧げに訪れている。


「たたた沢山いるよ?!」


目と顔をあっちこっちと忙しく動かしている妖精達。部屋から出てきた彼女達を見た信者は皆、膝を着いて崇める様にして妖精達を歓迎してくれる。


「お、おい…なんか…大丈夫みたいだぜ?」


「そうね…」


彼らにとっては何も信じるものが無くなった時に現れた救世主の様な存在である。それが良いのか悪いのかは分からないが、散々迷惑を掛けられて来たのだから、多少こちらの思惑通りに事を運んでもバチは当たらないだろう。誰も傷付く事は無いし、妖精が世界を護る神聖な生き物というのは間違っていないのだから。


「す、凄いね…」


「私達まで偉くなった気分だわ…」


「ここにずっと居ても仕方ない。そろそろ行くぞ。」


「うん…」


教会の外へと出ると、荒れ果てた教会前と質素な街並みが目に入る。


「ボロボロね。」


「ここで戦闘が起きたからな。仕方なかったんだよ。」


「街の人達は大丈夫だったの?」


「全員無事…というわけにはいかなかったが、ほとんどの人達は無事だったらしい。」


「そっか…私達がこれをやったんだよね…」


「やったのは俺達だ。妖精達じゃないよ。」


「私達の為にやったことだもの。一緒よ。」


「私達はこの光景をしっかりと目に焼き付けておくべき…ね。」


「……」


「行こう。」


重たい空気はここまでだ。そんな事をする為に連れて来たのでは無いのだから。


戦闘前に来た時、数少ない店は全て閉まっていたが、今回はちゃんと開店している。今まで教会へと納めていた品物が店頭に並び、随分と様変わりした様に見える。


残念ながら街としての活気はあまり無いが、それもこれから変わっていくだろう。


「おい…あれって!」


「妖精様よ!」


「妖精様!」


「妖精様!」


街を歩いていた人々はベイカー達を見ると、その場に膝を着いて崇める。


「こ、これって毎回やられるの?」


「ちょっと恐縮しちゃうわよね…」


「この街の人達との付き合い方は、皆が決めていけばいい。親しく接して欲しいのか、神聖視して欲しいのか…どうするかは皆次第だ。」


「僕達次第って言われても、街の人達は納得出来ないんじゃ…?」


「あまりにも堅苦し過ぎたり、砕け過ぎると良くは無いと思うが…それを望むならヲニロイがなんとかすると思うぞ。」


「どっちも願わないから大丈夫よ。」


「だったら大丈夫だ。皆は好きなように接して、少しずつ打ち解けていけば良いさ。もう危ない人達は居ないから。」


「………」


ベイカーが思案する素振りを見せ、俺の後ろから前へと出ていき一人の女性信者の前まで歩いていく。


「お、おい?!ベイカー?!」


ウッカーはかなり心配しているが、ベイカーはその言葉が聞こえていないのか、振り返りもしない。


「………」


女性は自分の目の前に妖精が近付いて来た事を察知したのか今一度大きく頭を下げる。


「お姉ちゃん…足が悪いの?」


彼女の横に置かれている杖を見てベイカーは静かに問うた。


「…はい。生まれつきでして…」


「なら膝を付いたりしたら駄目だよ。ほら。立って?」


組んだ手の上から小さな手を優しく重ねる。


「…ですが…」


自身の信奉の対象が目の前に居て、直視する事は気が引けるのであろう。顔を伏せたまま言葉を放とうとする。


「私達には足を治してあげることは出来ないの。ごめんなさい…」


「そんな?!我々の愚行を許して下さるというだけでも恐れ多いというのに…」


「自分の事を大事にしないと駄目なんだよ?」


昨日の夜の事で学んだ一言だろう。そしてこの一言は足の悪い彼女にとっては何にも代えがたい一言だったのだろう。


「…あぁ…」


喘鳴ぜいめいにも似た短い声とも言えない声が女性の唇を震わせる。ベイカーの言葉に顔を上げた彼女の目からツツツと涙がこぼれ落ちる。

以前の教会では絶対に言われなかったであろう一言を、会ってからたった数秒の妖精に言われたのだ。その衝撃は彼女の今後を決めるには十分であった。


「なんと……なんと慈悲深き……お言葉……」


再度彼女は下を向き、その膝を地面から離した。


ベイカーのこの行動を見ていた周りの人達も、足の悪い彼女と同様に感じたであろう。自分達の信奉するべき者が本当はどちら側だったのかを。


ベイカーのこの行動によって彼女達の街での、教会での立ち位置が、計らずとも決定された瞬間だった。


それからは妖精達も少しずつ勇気を出して街の人達と話をするまでになった。

街の人達は一線を保ちつつ、妖精達との会話を感動したり、感謝しながら積極的に行ってくれた。


「皆良い人ばっかりだね!」


「気を抜かないの!マコトも言ってたでしょ。良い人ばかりとは限らないんだから!」


「う、うん…」


確かにこの街は随分と妖精達にとって良い方向へと変わっている。とは言え、前教会の方が良かった…と思う者も少なからず居るはずだ。ヲニロイの働きによってその様な輩は街から次々と放り出されていくのだが、隠れて見ている者もいる。そいつらが腹いせに、襲ってくる可能性は排除しきれない。だからこそボディーガードとして俺達が一緒に来ている。


あのバイルデン王を倒した俺達を前に、無謀にも突っ込んでくる奴はいないだろう。と、タカをくくっていた部分もあった。しかし、なんの策も無しに飛び込んでくる奴というのはどんな場所にも居る。という事を忘れていた。


「かかかか仇!教皇様の仇ぃ!」


ダメ!絶対!な薬をやっているのか、焦点の定まらない目に、口からよだれを垂らし、ゼェゼェと荒く息を吐いている。

片手には小さめのナイフ。白い信者服を着た男の龍人種だ。その様相に妖精達は一歩、二歩とその場を下がり、怯えた顔を見せる。

かなり頭に来たが、俺の怒りは長くは続かなかった。


「妖精様をお守りしろぉ!」


「な、なんだぁ?!この裏切り者共めぇ!!」


フラフラとナイフを振る男を、周りにいた人達が囲い込む様に集まってくる。


「お前は妖精様に頂いた慈悲をこんな形で返すと言うのか!?」


「そうよ!あんたの勝手な行動に妖精様まで巻き込まないでよね!」


「うるせぇ!うるせぇうるせぇ!」


「大人しくしろ!!」


「ぐぁ!やめろぉ!」


多勢に無勢。あっという間に取り押さえられた男は悪態を吐きながら何処かへと連れて行かれた。


「妖精様!誠に申し訳ございません!」


「どうか…どうか!」


即座に振り返り平伏す住民達。


「い、いえ…助けて頂いて…ありがとうございます…」


「当然です!我々は妖精様の下僕しもべですから!」


「こんなに優しい妖精様を襲おうとする奴なんか俺達がとっ捕まえますよ!なぁ?!」


「そうですよ!だから安心して下さい!」


自分達の信仰先が無くなるかもしれないという忌避きひ感から来るものかもしれないが、だとしても、妖精達の安全が保証されるならば利用するべきだろう。

彼らもそれを望んでいるのだから。


その日は残りの殆どの時間を街で過ごした。

他の街に比べてしまえば何も無いに等しい街であっても、ベイカー達にとっては今まで入る事の出来なかった街。最初はおっかなびっくりだったが、最後には笑顔も見られるようになった。


「今日はどうだった?」


「楽しかったー!」


「皆さん凄く優しかったです!」


「これからは教会の搾取さくしゅが無くなった事でもっと賑わった街になって行くはずだ。また来てみたいか?」


「うん!来たい!」


「これなら毎日でも良いぜ!」


「毎日は迷惑よ。特にウッカーは。」


「なんでだよ?!」


「うるさいから。」


「うるさくねぇ!」


「ほら。うるさい。」


「ぐぬっ……」


「これからは好きな時に好きなだけ来ると良い。」


「良いのかな…?」


「それも皆次第で決めて良いんだ。」


「…私…もっと皆と仲良くなりたい!」


「ならそうすると良い。」


「うん!」


「俺達はそろそろ次の旅に向かう必要があるからな。」


「えっ?!行っちゃうの?!」


「そもそもベイカーに人探しを頼みに来たんでしょ?覚えてないの?」


「覚えてる…けど……」


「なんでマコト達が旅をしてるか聞いたでしょ?引き止めるのは良くないわ。」


「……うん…」


「そんな悲しい顔して…ベイカーは本当にマコトが好きなのね。」


「うん。大好き。」


「直球系の女性しか俺の周りには居ないのか?」


「それでもお別れはお別れよ。」


「……うん…分かってる。ちゃんと人探し手伝って、お別れする。

でも、また会いに来てね?」


「当然です!」


「だってさ。

俺も皆に会いたいから必ずまた来るよ。」


「分かった!」


ベイカーも素直に納得してくれた所で、俺達はカシャナへと戻った。


人探しの魔法は夜の方が正確に結果が出易いという事で、日が沈むのを待ちベイカーに人探しを頼んだ。

最初に聞いていた通り、この魔法はかなり繊細なものらしい。


記憶の中にある探したい人の魔力を覚え、限定された区域に居るかどうかを調べる事が出来るらしい。

原理までは理解出来なかったが、闇魔法の一種で、影、暗闇の多い夜に行う事でより広い範囲に検索を掛けられるという事だ。


「準備は良い?」


「あぁ。頼む。」


「うん。じゃあ目を閉じて。探したい人の姿を思い浮かべて。」


「俺は本当に姿…というか後ろ姿しか思い出して無いが、大丈夫なのか?

健とか凛の方が覚えてるし…」


「大丈夫。そこにもちゃんと魔力を感じられるから。」


「分かった。」


パライルソ-シュルバル。バイルデン王と同じ悪魔種で、紫色の髪の女性。

ベイカーが小さな手を俺の頭を挟む様に添え、おでことおでこを触れさせる。数秒の沈黙が訪れる。


「……うん。大丈夫。分かった。」


「凄いな…」


「探すのはどの辺?」


「一応バイルデン王国の辺りを一度調べてもらえるか?」


「分かった。」


ベイカーは目を閉じて羽をピクピクと揺らす。


「うーん……バイルデン王国の近くには居ないみたいだね。」


「そっか……」


「……あれ?ちょっと待ってね……」


「何か分かったのか?」


「この人悪魔種だから魔力が高いの。だから離れた場所を調べてもある程度近くにいれば方向くらいは分かる。」


「分かったのか?」


「うん。バイルデン王国から南の方に居るみたい。少し調べてみるね。」


ベイカーはまた羽をピクピクさせる。


「居た。」


「本当か?!凄いな…こんな短時間で…」


「でも…何も無いところだよ?」


「何も無い?」


「うん。この辺りは未開の地だから。」


「他に人が居ないってことか?」


「うん。その人だけがそこに居る…と思う。」


「そんな所で何を…?」


「パライルソ-シュルバルさんは魔法を研究する、自称研究者ですから、何か魔法に関係するものだと思いますよ。」


「そうなのか?」


「はい。昔に会った時はそうでした。」


「魔法の研究者……禁術とかじゃないよな?」


「安心して下さい。禁術ではありませんから。」


「それは本当に良かったよ。」


「こんな所で研究してて大丈夫かな…?モンスターも沢山いるはずなんだけど…」


「彼女は悪魔種ですし、強いので大丈夫だと思いますよ。」


「元気そう…という事は分かるけど…」


「それだけ分かれば十分だよ。ありがとうな。」


「ううん。私達の方がもっと沢山助けられてるから。」


ベイカーはニコッと笑って魔法を終える。


「これで…お別れだね。」


「そうだな。」


「皆。ありがとう!私達の事を助けてくれて!今度は私達が、いつか必ず助けるね!」


「……これ程心強い味方もなかなか居ないよな。」


「そうですね。お願いしますね。」


「うん!」


ベイカーはなるべく寂しさが出ないように笑顔を作った。俺達も、なるべく寂しさが出ないように笑顔を返し、明日の出立に備える事にした。


ひょんな事から始まった今回の件。大変な思いをしたが、ネフリテスを壊滅し、教会の追手も無くなり、妖精達を守る事が出来た。結果を見れば満足以外無いだろう。ただ、次に来る時はもっと単純に妖精達と遊び回っていられることを願い、目を閉じた。

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