第42話 バイルデン王
「どれだけ殺せば気が済むんだ!」
健の怒りの声は遠すぎて聞こえていないだろう。
これだけの事をされているのにも関わらず決して教皇を裏切らない兵士達や信者達も狂っているとしか思えない。
「我らナイルニ教の為に!」
「ナイルニ教の為に!」
「そうですよ。ナイルニ様の為に命を捧げるのです!」
「なんとかもう少し近付く事が出来れば…」
ガシャガシャ…
「ここに来てかよ…」
鎧の音が後方から聞こえてくる。
「おぉ!バイルデン王よ!」
教皇の声が広場に響く。
後方には、恐らく王城に居たであろう兵士達がズラリ。
兵士達に担がれ、
真っ黒な鎧、真っ黒な剛毛の髪。細い黒髭に太い黒眉。鋭く冷たい目付きの男。彼がここ、バイルデン王国の最高権力者、バイルデン王。
「こいつが漆黒の悪魔か。」
太く重い声で短く呟くバイルデン王。その目は俺を見ている。
「……笑わせてくれる。この様なガキが悪魔とはな。」
完全に挟撃の形となり、全周囲全てが敵という状態だ。
傍観を決め込んでいた奴らも一人、また一人と剣を抜き始めた。
「これは…絶体絶命ってやつだな。」
「確かに最悪な状況だな…」
「でも倒したい相手が二人とも出てきた。それは良かったこと。」
「シャルさんや。それは良い事とは言えないのでは?」
「バラバラより良い。後を考えなくていいからここで全てを出し切れる。」
「考え方が武闘派過ぎるだろ…それにその後はどうすんだ?」
「プラトンにお任せ。」
「えぇ?!」
「本人が一番驚いてるぞ?」
「なんとかなる。」
「なんとかするしかねぇよな。」
「ベイカー達にも絶対に帰るって約束したからな。」
「それは破るわけにはいきませんね。」
バイルデン王が右手を高く挙げ、前へと降ろす。
「掛かれ。」
「うぉぉぉおおお!!」
前後左右から一斉に襲い来る兵士達。
「悪いが最初に数を減らさせて貰うぞ。」
俺が杖を振ると大きな魔法陣が足元に広がる。
「うぉぉおおお……っ?!」
「なんだ?!何が起きて…うぉっ?!」
「し、沈む!」
俺の周りから長径にして百メートルの範囲内の地面が真っ黒に変色する。
第十位闇魔法。ダークネスフィールドによって作り出された闇の底なし沼。物理的にも魔法的にも全てを飲み込む地面へと変える。このフィールド上を通る魔法も全てを吸い尽くすという恐ろしい魔法だ。
極光程では無いにしても魔力消費量が多いため長くは保てないが、周辺に迫ってきていた兵士達は全て片付けられる。
「た、助け……」
次々と地面の下へと飲み込まれていく兵士達。数秒後に俺達の周辺百メートル以内には誰も居なくなる。
「あ、悪魔…」
「悪魔だ…」
「殺せ……悪魔を殺せぇ!」
「うあぁぁ!」
健、プリネラ、シャルが三方向へ走り出し、残りはその中心で援護する。
「死にたくなかったら殺せぇ!」
それでもまだまだ敵は多い。これ以上魔力を使い過ぎれば一気に潰されてしまう。上手く節約しながら教皇の攻撃にも対処しなければならない…
なかなかに厳しい状況ではあるが、不可能ではないはずだ。
「おらぁ!どんどん来いやぁ!」
健はこれだけの数を相手にしているというのに、相手の攻撃を避けつつ、次々と敵を斬り伏せている。背中に目でも付いているのかと疑いたくなる動きだ。
「くそっ!どこ行きやがった?!」
「ぐあっ!」
「そっちだ!」
「また消えたぞ!?」
プリネラは夢幻走を使い視界から消えては攻撃、消えては攻撃を繰り返している。これだけの数の視線から消える事が出来るのはこの世界でもプリネラくらいのものだろう。
バチバチ!
定期的に聞こえてくる電撃の音はシャルだ。
シャルの場合は、ほとんどの攻撃を避けない。斬られようが、刺されようが、魔法で撃たれようが、関係ないと大槌を振り下ろす。一撃で周囲の敵を一気に削る威力は驚異的だ。
魔力を温存する為に他の魔法は使っていないが、それでも十分に敵戦力を削っている。
ドゴーン!
少し離れた位置に居るハスラーや治癒魔法を使う連中に容赦の無い爆発をお見舞いしているのはリーシャ。
強爆発矢をここぞとばかりに多用して、周辺の敵も巻き込んで処理している。当然健達の援護も忘れてはいない。
「うぉぉ!」
「お、おい…お前…腕が…」
「……え?…俺の…俺の腕がぁぁ!!」
凛は援護の合間にもウッドファイバー等を使って要所への攻撃を仕掛けている。トリッキーな攻撃は的確に重要な役割を担う敵を潰している。
「来るぞ!避けろ!」
「避ける場所なんか無いぞ?!」
「う、うわぁぁ!!」
ルナは火力のある魔法で一気に敵の数を減らしてくれている。魔力が足りなくなる為他の精霊達は呼び出せないが、ルナだけでも十分な戦力増強だ。
なんとか凌ぎながら数十分は戦闘を続けただろうか…。現在一番注意するべきは教皇による大火力の断罪の光。そろそろ魔力も補充が完了するはずだ。
「来るぞ!」
俺の声に反応して、全員が集まる。
「次こそ死ねぇ!」
特大の光線が飛来する。
「何度も同じ攻撃が通用すると思うなよ。」
あの大火力は驚異的だが、来る魔法が分かっているのであれば対処は難しく無い。
俺はクリスタルシールドを先程より厚くし、上から見た時にくの字になる様に配置する。
頂点に接触した断罪の光は真っ二つに割れて俺達の後方へと飛んでいく。
当然その直線上に居る兵士達を巻き込んで。
クリスタルシールドはギリギリ溶け切らず残り、相手の兵力だけを削る事に成功した。大火力の魔法であるだけにその被害も甚大となり、残存兵力は半分を切った。
「え……は……」
口と目をあんぐりと開けて、自分の行いが招いた結果に驚愕している教皇。俺達より多くの兵士を自らの手で屠っただろう。
「………」
無言で教皇を見つめるバイルデン王。その目には怒りの感情が見て取れる。
「こ、これは…その……」
ブンッ!
大きな風切り音と共に広場を横断する黒い影。
広場を二分割する様に真っ直ぐ飛んで行った影が教皇に辿り着く。
バギンッ!
分厚いガラスが割れた様な音が響き、教皇の胸に黒い影の正体…真っ黒な大剣が突き刺さる。
それでも勢いが止まらない大剣は教皇を後方へと連れ去り、教会の石壁に教皇を挟んで突き刺さる。
「ゴフッ…」
教皇の口から大量の血が吐き出され、大剣の刃を赤く濡らす。
自分の胸部に刺さる大剣に震える手をやり、一度目を見開いた後、力無く
「ふん…」
軽く鼻を鳴らしたバイルデン王に付近の兵士達が目をやる。今まで自分達を指示してきた教会のトップである教皇が目の前で死んだのだ。当然の反応だろう。
俺達の周りにいる兵士達も動きを止めてバイルデン王の動向を待っている様に見える。
「……使えぬ。」
「は、はい…?」
バイルデン王の呟きに恐る恐る聞き返す近場の兵士。
「使えぬと言ったのだ。」
「何が…でしょうか…」
「全員だ。ここに居る者達全員使えぬ。」
「バイルデン…王…?」
座ったまま、真横に居た兵士の顔を鷲掴みにするバイルデン王。
「ぎぃぁぁ!!」
自分の顔を握るバイルデン王の手を、指を外そうと必死にもがいている兵士。しかし、全く外す事が出来ず痛みを叫び声で表す。
「俺が投げたら…直ぐに取ってこい!」
兵士の顔を握ったまま腕を振り、壁に突き刺さる大剣の方へと兵士を投げ飛ばすバイルデン王。
投げられた兵士は大剣と同じ様な軌道を通って教皇の隣に叩き付けられる。手足は本来曲がらない方向へと曲がり、壁には鎧から漏れ出た血が付着する。
「ちっ……
死んだ自分の兵士に向かって悪態を吐き捨てる。
急いで周りにいた兵士達が壁に突き刺さる大剣の元へと駆けていく。
教皇に張られた防御魔法を簡単に突き破った力。それはとても人種とは思えない力だ。健という例外がもう一人居たという事なのだろうか…?
いや、それとはまた別な理由による力に思える。
壁に突き刺さる大剣を抜こうと必死になっている兵士達を見て、バイルデン王が立ち上がる。
「もうこの国も終わりだな。」
「バイルデン王…?」
「また一から作るのも面倒だが、仕方あるまい。」
「どういう事でしょうか…?」
「お前達は俺の身を隠す為の石垣だと言う事だ。」
「……??」
「分からずとも良いわ。どうせこの場に居る者は全て消えるのだからな。」
「え…?」
バイルデン王が軽く俯き体を震わせると、その額に黒く短く鋭い角が二本、腰からはツルッとした黒い尻尾が生えてくる。そして、瞳は模様の様にも見える赤い瞳へと変化する。
「バ…バイルデ」
バキャッ!
言い終わる前に顔を握り潰されて地面に横たわる兵士。
「…悪魔種。」
シャルの呟きがハッキリと耳に届いた。
バイルデン王はこの国の長であながら、その正体は悪魔種だったのだ。
ネフリテスの連中がいくつもの禁術を知っていた謎が解けずにいたが、どうやらこれが答えらしい。
「バイルデン王が…悪魔…?」
「お、俺達は一体…」
この国の人達にとっては全てが根底から覆される事実だ。神を崇め、悪魔を憎んできたはず。しかし、それを推奨している国のトップが本物の悪魔だったのだ。簡単に受け入れられる事実では無いだろう。
兵士達はバイルデン王から距離を取り、何を信じたら良いのか分からないと言った表情をしている。
「なかなか良い隠れ
バイルデン王が掌を大剣に向けると、ダークウィップが大剣まで伸びる。ガラガラと音を立てて壁の一部を崩しながら抜けた大剣が、そのままバイルデン王の手元まで引き寄せられる。
教皇の遺体も大剣に刺さったままだが、バイルデン王が邪魔だと大剣を振ると教皇の遺体は地面を転がり、兵士達の目の前で止まる。
「教皇様…」
未だに教皇に
そんな事は
「俺の正体を知ったからには皆殺しは確定事項だが…まずはお前達からだな。」
黒い大剣をこちらへと向けるバイルデン王。どうやらご指名らしい。
「奇遇だが、俺の通り名も漆黒の悪魔でな。どっちが本物かここで教えてやろう。」
いや。俺…別に好きで名乗ってるわけじゃないんだけど…とは言える空気じゃなさそうだ。
「おいおい。いきなり大将と戦えるわけがねぇだろ。」
煙管に火を付けながら、バイルデン王の大剣と俺の間に割って入る健。
「……雑魚のくせに出しゃばるか。」
「雑魚かどうかはやってみなきゃ分からんだろ?」
「健…」
「ここは任せてくれよ。真琴様。皆の魔力はかなり消費してるはずだ。」
健の言っている事は正しい。俺達の魔力は一時間近くに渡る戦闘でかなり消費されている。
「俺には魔力が無いからまだまだ余力もりもりだぜ。」
そんなわけが無い。最前線で戦い続け、体中に小さな傷を作っている。体力だってかなり消耗している。
「……」
「俺達は、もう守ってもらう側じゃねぇんだよ。」
健は背中を向けたままだが、その言葉がいつものおちゃらけたものとは違う事くらい分かった。
「健………」
出会った時は明日をも知れぬ生活をしていた。刀を振るようになり、涙ながらに俺の従者になると言ってくれた。俺の記憶が無くなった後も常に俺を守り続けてくれていた。
そんな健が任せろと言ったのだ。
相手は悪魔種。力は見ての通り。誰が言わずとも強敵である事は明白。だが……
主として…いや。友として。その言葉を信じる。
目の前にある背中に拳を当てる。
「ぶっ潰して来い。」
「任せとけ!」
拳が背中から離れる。
地面を蹴った健の体はバイルデン王の目の前に移動していた。
「ほう。」
片方の眉を上げて目の前に現れた健に目をやるバイルデン王。多少驚いた様子を見せてはいるもののしっかりと健の振るった刀を避けている。
「なかなか速いではないか。」
「ちょっとした挨拶だよ。」
「ならば俺も挨拶しなくてはな。」
バイルデン王が地面を蹴ると、健とほぼ同等のスピードで後ろへと回り込み大剣を振り下ろす。
バギャ!
健が大剣を避け、そのまま軌道を変えず地面を割る。
闇魔法で大剣を強化しているのだろうか…大剣が届いていない位置の地面にまで斬撃の跡が残っている。
バイルデン王の振るう大剣はその軌道上に居るだけで危ないという事だ。
「面白い。」
口角をグイッと上げて笑うバイルデン王。どこか嬉しそうにも見える。
一瞬の間を空けて始まる刀と大剣の応酬。外から見ると二人のスピードはほぼ互角。パワーは圧倒的にバイルデン王が有利。かなり分の悪い戦いに見える。
大剣が空を切る音が離れたここまで聞こえてくる。悪魔種はシャルの様に不死の存在ではない。ドラゴンとの戦闘によって絶滅に瀕している事から考えても分かるとは思う。
人種と変わらない体格を持っているにも関わらず、腕力は龍人種と変わらず、魔力はエルフと大差ない程。人型の種族の中では間違いなく強者だろう。
バイルデン王は見たところ、魔力の多くを身体強化と大剣の強化に当てているみたいだが、
何合終えたか分からないが…徐々に健を捉え始めるバイルデン王の大剣。
大剣の刃が健を掠める度に肝が冷える。
「どうした。もう疲れたのか?」
「何言ってんのか分からねぇな。」
「はっは!そう来なくてはな!」
一層激しさを増すバイルデン王の猛攻。健の体力は限界スレスレだろう…
既に周りにいる兵士達は二人の戦いを放心しながら見ているだけだ。バイルデン王に皆殺しだと言われた事を覚えていないわけでは無いだろうに。例え殺されなかったとしても、この国は既に終わっている。教皇が死に、王が悪魔種だと明かしたのだ。存続は難しいだろう。にも関わらずただ呆然と立っているだけとは…あまりにも脆すぎる国。それがバイルデン王国という国だった…という事か。
それでも国としての様式を保っていられたのは、バイルデン王の存在があったからだろう。
「ちょこまかと鬱陶しい羽虫が。」
バイルデン王の空いている手に黒い玉が見える。シャドウボール。第一位の魔法だが、魔力の高い悪魔種の魔法はそれでも脅威となる。
眼前に突き出された掌から射出されたシャドウボールを、驚異的な反応速度で避けた健に逆側から迫る大剣。それすらも身を捩って避けてみせた健。
しかし、その腹を目掛けてバイルデン王が拳を突き出す。
あの腕力で繰り出される拳だ。内蔵破裂どころか腹部が吹き飛んでも不思議ではない。
完全に体勢を崩している健に振るわれた拳をなんとかクロスした腕で受け止めるが、そんなものはお構い無しと振り抜くバイルデン王。
健の体は高々と打ち上がり、十メートル以上後方へと飛んでいく。そのまま教会の柱へと衝突し、ガラガラと音を立てながら柱の瓦礫に埋もれてしまう。
「ふん。
「ケン!!」
珍しくシャルが大きな声を上げる。誰が見ても痛恨の一撃だった。死んでいないとしても、全身の骨は砕け、まともに立つことすら出来ないはずだ。
しかし、俺には分かっている。あいつは…健はそんなに弱い奴じゃない。
「健。ぶっ潰すんじゃなかったのか?」
「……」
「無駄だ。奴は死んだ。」
「……」
不敵に笑うバイルデン王がこちらに向かって来る素振りを見せる。
「勝手に殺すんじゃねぇよ。」
ガラガラと音を立てて瓦礫が移動し、その中から健が出てきて消えてしまった煙管に火を付ける。額から大量の血が流れているが、全く気にしている様子は無い。
「……殺したと思ったのだがな。少なくとも腕の一本や二本は折ったはずだが?」
「悪いが俺はそんなヤワな鍛え方してねぇんだ。俺の骨を折りたきゃドラゴンでも連れて来るんだな。」
「俺に吹き飛ばされた男が大きく出たな。」
「俺も知らなかった事なんだがな。実は俺ってスロースターターらしくてな。剣の師匠に、殴られなきゃ本気を出せないようじゃ二流だと死ぬ程殴られたわ。」
「……」
「まだまだ俺は二流らしい。」
「ここからが本気だとでも言うのか?既にボロボロではないか。」
「お前如き
「人種如きが……身の程という物を教えてやろう。」
バイルデン王が再度健の方へと足を向ける。今まで見てきた戦闘の中でも最大の強化を掛けている。次こそは、一撃でも当たれば健の体はバラバラに吹き飛ぶだろう。
それでも…健は任せろと言って、未だに立ってバイルデン王と相対している。俺一人で十分だとその目が言っている。ならば、最後まで
「マコト…」
「心配するな。健は、やれない事をやれるとは言わない奴だ。」
「……」
先程までとは違い静かな立ち上がりだ。二人の距離が近付くが、どちらも攻撃を仕掛けない。
遂にその距離は歩幅にして三歩程度の距離まで近付く。
「……」
「………」
互いの出方を見ているのだろうか…?
「死ね。」
先に動いたのはバイルデン王。今までの中で最も鋭く速い斬撃。ここに来てバイルデン王も本気という事らしい。
健の髪が大剣の刃に触れて切断される。
しかし、健は反撃しない。
二度、三度と襲い来る斬撃を避けるだけ…
「反撃する力が残っておらんのか。ただの強がりもそこまで行けば立派なものだな。」
「……」
「そろそろ悪足掻きも止めて諦めたらどうだ?」
「……」
チンッ…
健は静かに刀を鞘に仕舞う。
「ケン…?!」
「それで良い。」
バイルデン王の持つ真っ黒な大剣。その切っ先が健の顔の前へ近付く。
「…………」
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