第30話 ブリリア
「あの生贄の盃は元々王城にあったものよね。」
「うん。そう聞いてる。」
「シェアちゃんの体調はマコト達の事を国が知った後に虚弱なものになり、聡明ならば怪しいと思える様な情報を信じてしまう程のものだったのよ。」
「普通に考えたら何かが起きたとしか思えない。」
「同然よね。ダンさんも同じ様に考えていたと思うわ。それで自分で何が起きているのかを調べ始めたのね。
それを良しとしなかった国が彼に与えた情報は、マコト達が生贄の盃を盗み出し、それを使ってシェアちゃんを苦しめている。というものだったのでしょうね。」
「でも、生贄の盃には条件があるんだよね?シェアに会ったことも無いのにマコト様達がシェアをターゲットには出来ないよ。」
「条件の事やマコト達の事については話していないか、嘘を吹き込んだのでしょうね。呪いの魔道具についての知識なんてある方がおかしいのだからなんとでもなったと思うわよ。」
「それで…ダン-ブリリアはマコト様を恨んでいたんだ。」
「憶測ではあるけれどね。城勤めの騎士ともなれば娘の髪の毛の一本くらい手に入れるのは容易いわ。」
「でもその後教会にその生贄の盃を渡したんだよね?」
「盗まれた事にして隠す必要があったのよ。もし見つかってダンさんが真実を知ってしまったら大変でしょ?」
「それを嫌がって教会に贈ったんだね。」
「その後もシェアちゃんは
「そうだね。私もそう思う。」
「そしてマコト達が一時的に居なくなり足取りを掴めなくなった事によって、逆に国はダンの存在が邪魔になったのよ。」
「なんで?」
「少なくとも彼は生贄の盃の事を知っているし、もしかしたら独自で調査した事によってある程度の情報を掴んでいたのかもしれないわ。
呪いの魔道具を実際に国が使っていて、そしてその相手がまだ小さな女の子だと、もし誰かが知ったとしたら非常に危険よね。」
「知り過ぎているって事?」
「マコト達の足取りが掴めなくなった以上国にとっての重荷でしかなくなってしまったのね。
そして国はダンさんに提案をした。娘を助ける方法が分かった。とかなんとか言えば
それが例え自分の命を犠牲にして娘を助けるという方法だったとしても。」
「自分を犠牲に?」
「シェアちゃんの年齢を考えると、当時ダンさんはまだまだ若かったはずよ。そんな人が恨み言を言いながら死んでいくなんて普通じゃないわ。
病気じゃないとしたら、どうにかしてシェアちゃんの呪いを解いて、再度ダンさんに呪いを掛けた。のだと思うわ。
今回使ったそのフェイクボールを、シェアちゃんにも使って解除したのかしらね。」
「そんな…それじゃあダンは無駄死にだよ…」
「そうとも言えないわ。ダンさんが自分を犠牲にしたからこそシェアちゃんの呪いを解こうと国は考えたのよ。
当時まだ幼かったシェアちゃんよりも、秘密に近いダンさんの方がよっぽど危険だと判断したのよ。」
「シェアにはこの事を言わないの?」
「あの子は不器用だから。
今、自分の尊敬する父が国に騙され殺されたなんて知ったら単身王城に乗り込むわよ。」
「言われてみるとそんな気がする。」
「無事にシェアちゃんが戻ったら話そうと思っているわ。」
「なら私達でシェアを助けてあげないとね。」
「えぇ。仕事は完遂したわ。後は皆の援護に向かいましょう。」
「うん!」
フィルリアさんはこの話をあくまでも全て推測。とだけ付け足していた。当たっていなかったとしても遠からずな回答だと思う。
ダンがもう少し落ち着いて物事を見ていたら…ううん。そうなれば死ぬタイミングがもっと早まっただけかも。
どちらにしてもきっとダンは死ぬ事になっていた。自分が全てを尽くした国から切り捨てられたと知らずに死ねた事は、彼にとっては寧ろ幸せだったのかもしれない。
教会は国から指示された通りに呪いの対象を決めていたのだろうけど、その裏には金の流れ等、色々とあったと思う。結局ダンも、シェアも、マコト様も、ジゼトルスという国とナイルニ教に陥れられていた。それを知ったら怒りがフツフツと湧き上がってくる。
追われている以上、きっといつかマコト様はナイルニ教ともぶつかる時が来るはず。その時に全部まとめてお返ししなきゃ気が済みそうに無い。
フィルリアさんに、私は逆上するタイプでは無いと言われたし確かにその通りだとは思う。どちらかと言うと静かに怒るタイプ。
でも頭にきているという事に変わりはない。いつか絶対に諸悪の根源を見つけ出して責任を取らせてやる。
心にそう誓い、フィルリアさんと皆が戦う戦場へと向かった。
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
「皆様!あと少し耐えて下さい!」
屋根の上から矢を放ったのは何度目になるだろうか…第二陣の人達との戦闘もあと少しのところまで来ていた。
私の受け持つ第四部隊。他の部隊とは異なり、この部隊だけは弓兵しかいない。
マコト様が私の部隊は身軽に飛び回り色々な戦場へと援護射撃をする様にと仰られた。
戦力差がここまで広いと、どうしても押し負けるタイミングが出てくる。その
第一陣を上から奇襲し、その後は街の中に入り込んだ国軍を撃破しつつも第二陣に対する射撃を行った。
リン様が引いたタイミングに合わせて私達も引き、その後は隔離された後衛部隊をリン様と攻撃している。
当然反撃もあるけれど、屋根の上からの撃ち下ろし。私達の方が圧倒的に有利。屋根上に登って来そうな相手には私の矢が放たれる。
ただ、矢というのは消耗する。百回撃てば百本の矢が無くなる。当然の事だけどこれが非常に厄介。
回収出来るタイミングはそもそも少ないし、折れたらもう二度と使えない。
反乱軍本部から次々と矢を持ち込んでくれてはいるけれど、魔法の様に外しても良いからとポンポンは撃てない。
私の弓、ガーネットは確かに強力ではあるけれど、大人数を相手にしては矢がまったく足りない。普通の矢は撃てないし、今回ばかりは普通の木の弓を使っている。
当然ガーネットも持ってきてはいるけれど、いざと言う時以外は使えない。普通の弓と矢でも星龍弓術を使える様にはなっているし、別に問題は無いけれど、少しだけ寂しい気がしてしまう。
それでもなんとか第二陣を抑え込み、残すは脇道に入った国軍の兵士達だけとなった。第三陣はまだ来ていないけれど、多分直ぐに来る。その前にシェアとギャレットを援護して街中を綺麗にしよう。
「第二陣の対処に数人残して残りは街中の敵兵を探し出し撃破して下さい!」
「分かりました!」
私はギャレットさんの方へと向かう。シェアさんが、私とギャレットならギャレットを援護してくれと私に頼んできたから。
屋根を伝ってギャレットさんの担当する地区へと向かう。路地にはちらほらと国軍の兵士が見えるけど今は気にしない。
「囲まれるなぁ!動けぇ!」
「数が多すぎます!」
「耐えろ!もう少しで援軍が必ず来てくれる!それまでここを守るんだ!」
かなり危険な状態。第六部隊は散り散りになっていて、ギャレットさんを合わせた五人だけが取り残されている。
その周りには国軍が取り囲む様に配置して今にも飛び掛かろうとしている。
「くそっ!ここまでなのか?!」
「ごぁっ!!」
「?!」
「援護します!」
「助かった!!援軍が来たぞ!あと少し踏ん張れぇぇ!!」
「うおぉぉぉ!!」
私と数人でギャレットさんを援護する。国軍にもハスラーがいてこちらを攻撃してくるけれど、下からでは家が邪魔をしていてほとんど狙えない。
それに対してこちらは弓。放物線を描く矢の軌道は一方的に相手を攻撃出来る。そして私の矢は完全に隠れた位置からでも当たる。ギャレットさんどころでは無い。皆壁の裏や花壇の後ろに隠れてしまう。魔法で物理防御までしっかり張って。
でも溢れた人達は次々とやられていく。そして五人でまとまったギャレットさん達が物理防御魔法の中にいる連中に向かっていく。ギャレットさん達と剣を交えるか、もしくは追い出されて私達に矢を撃ち込まれるか。
ギャレットさん達は危ないと思えばその物理防御魔法の外に出れば良いだけだ。
「なんだあの矢は?!曲がってきやがる!こんなもん防げないぞ!」
「黙って前を抑えやが…ぐあっ!」
「形勢逆転だぜ!」
「気を緩めるな!しっかりと動きを見るんだ!」
「おうよ!」
なんとかなりそうだ。間に合って良かった。
「リーシャさん!ありがとうございます!」
「いえ。無事で良かったです。」
「危ない所でしたが…踏ん張って良かったです!」
「部隊とは合流出来そうですか?」
「はい!大丈夫です!」
「二人はギャレットさんが合流するまで援護をお願いします。残りの方は一緒にシェアさんの方へ行きますよ。」
「はい!」
ギャレットさんは大丈夫そうだ。この分だとシェアさんの方にも敵が来ているはず。早く援護に行かないと危ないかもしれない。
焦る気持ちを抑えて屋根を飛び移る。
「いました!」
「こっちにも敵が入り込んでいます!」
「援護射撃!」
「はい!」
確かに国軍の兵士が何人か見える。でもこっちはギャレットさん程は
「援護に来てくれたぞ!射線に入らんように気をつけろよ!」
「はい!」
流石は東地区の騎士長様。指示も的確で余裕を感じる。私達援護する方も落ち着いていられる。
シェアさんの部隊は基本が五人単位で動いている。前衛二人、中衛一人、後衛二人。非常にバランスの取れた構成。
前衛二人が後衛からの援護を貰いながら戦闘を開始、中衛は状況を見て前衛と後衛の両方を支援している。
中衛はシェアさんの部下の人達が行っているみたいだけれど、前衛と後衛は兵士の人達では無い。しかし、そうとは思えない程に連携の取れた動きを見せている。
いつの間にこんなに洗練された部隊を作ったのかと聞きたくなる。
「出過ぎるなよ!引き込め!」
「シェアァァ!!!」
「ぐっ!」
突然叫んで突撃してくる男性騎士。歳的にはシェアさんと同じくらいの歳だろう。黒い髪が頭に被る兜からチラチラ見えている。
シェアさんの剣と刃を重ねギャリギャリと鍔迫り合いを繰り広げる。
「チャヌグ!」
「何故裏切った!!」
「裏切ったのは国の方だ!」
「クソが!目を覚ませバカがぁ!」
バキッ!
チャヌグとかいう男の拳がシェアさんの顔面を
「シェア隊長!!」
「来るな!!お前達に適う相手ではない!」
「しかし!」
「こいつは私に任せろ!」
「は、はい…」
どうやらシェアさんは一対一を願っているみたい。危ない時は手を出してしまうかもしれないけれど、少し様子を見よう。騎士道なのか友情なのか、それとも愛情なのか。二人の間には他の誰かを寄せ付けない何かがある。
「俺に勝てると思っているのか?!」
「勝つさ!その為に私はここにいる!」
「目を覚ませ!戻ってこい!今なら俺が上に掛け合ってやるから!」
「すまないな。チャヌグ。私は戻る事は出来ない。」
「……ちっ。そうかよ。ならせめて俺の手で送ってやる!!」
カンカンッ!
チャヌグの剣術はまさに猛攻。連撃に次ぐ連撃。でもその一撃一撃が重く素早い。洗練された剣術。
しかし、それを流れる様な剣術でいなしてしまうシェアさん。どちらも凄い腕前で見惚れてしまう様な剣戟の応酬。
確かにこれでは他の人達が手を出しても邪魔になるだけで助けにはならないかもしれない。
国軍の人達も助けようにも助けられないといった感じに見える。それならば私達は周りの国軍を減らすのみ。
「うおぉぉぉ!」
「はぁぁぁ!!」
「私達はシェアさんを信じて周りの国軍を片付けますよ!」
「はい!」
シェアさんとチャヌグの戦いは互角…ううん。少しだけシェアさんの方が劣勢に見える。
「でぇゃぁ!!」
「くっ!」
チャヌグの剣がシェアさんの腕に当たり、鎧と擦れる金属音が鳴り響く。
「まだまだぁ!!」
チャヌグの猛攻は止まらず、シェアさんが押され始めた。一見するとシェアさんが追い込まれているかに見えるが、何かいつものシェアさんとは違う雰囲気を感じる。
多分何かを狙っている。
「これで終わりだぁ!」
「ここだぁ!!」
最後の一撃を叩き込もうとしたチャヌグの大振り。その大振りを耐えに耐えて引き出した。
戦闘中にあんなにも狭い隙間を紙一重で切り抜くなんて…まるでケン様の様な剣筋。
手首ごとチャヌグの剣が宙を舞う。
「ぬぐぁぁ!!!!」
地面に両腕から出る血を撒き散らし、二歩、三歩と後退するチャヌグ。
「勝負あったな。」
「シェアァァァ!!!」
「お前の事は嫌いではなかった。」
「うがぁぁ………」
横薙ぎに剣を振り、チャヌグの首が胴から離れる。
「あの二人…同期だったそうですよ。
騎士学校に通っていた時は仲が良い二人だったそうですよ……」
シェアさんの部下の一人が私に向かってボソリと呟いた。話し合いで解決する事は難しかったと思う。騎士とは有事の際に戦わねばならない立場であるし、シェアさんも引くわけにはいかない。
互いに譲れないものが有り、それを
シェアさんは一度だけ痛がる様に眉を寄せ、目を
自分のいた場所との戦い。チャヌグだけでなく顔見知りは沢山いるだろう。それでも戦う事を決め、実際に戦っている。今回の戦闘で最も辛いのはシェアさんとその部下の人達なのかもしれない。辛くとも剣を振り続ける彼女達を心から
「リーシャ。助かったよ。」
「いえ。被害の方はどうですか?」
「今のところ私の部隊の被害は
「……相手の方がより
「…あぁ。そうだな。まだまだ敵は来る。休んでいる暇は無いな。」
「第二陣は既にそのほとんどを失っている状態です。第三陣では更に苛烈な戦いになるはずです…お気を付けて下さい。」
「ありがとう。リーシャも気を付けるのだぞ。」
「はい。」
マコト様の話では教会からの援護が無いと知ったら、一度敵の攻撃の手が止むかもしれないとの事。実際に第三陣は未だ来ていない所を見るとマコト様の予想が当たったらしい。
ここがこの戦いを長引かせるかどうかの
「もし攻撃の手が止んだなら一度マコトの元に戻れと言われている。私が離れている間はこの部隊の援護を厚めにお願いしても良いか?」
「マコト様に…?分かりました。お任せ下さい。」
「助かる。それではよろしく頼む。」
シェアさんは赤い飾り羽を揺らしながらマコト様の元へと走っていく。
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
「マコト!」
「お、戻ってきたかシェア。前線の様子はどうだ?」
「今第二陣のほとんどを退けたところだ。第三陣はまだ来ていない。教会の者らしき兵士も今のところは見ていないな。」
「そうか。教会の事については安心してくれ。」
「私達でなんとかしてきたよー。って、ほとんどフィルリアさんがやったんだけどね。」
「プリネラ!無事だったか!」
「うん!」
「ん?その盃はなんだ?」
「それよりシェア。これから少し行かなきゃならない所があるんだが、着いてくるか?」
「マコトが動くのか?ここはどうする?」
「アタビ-トレイズ君に任せます!」
「物凄ーーく…不安ですよ僕…」
「大丈夫大丈夫。影武者よろしく頼んだ!」
「お兄ちゃーーーーーん!!」
「くふぉ!?」
「あ、ウンディーネ。マコト様にダイブとは…同士よ。」
「こらこら。」
「ウンディーネ……ウンディーネ?!」
「水の上級精霊ですよね?!僕初めて拝見します!」
「見たことある人の方が圧倒的に少ないと思うぞ。私も初めて見るしな。
と言うより…お兄ちゃん?」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ?
それよりドライアドを先に呼び出すなんて酷いよー!」
「二人に手伝って欲しかったんだ。そう怒らないでくれ。」
「まぁ…約束通り呼んでくれたから良いけどさー。」
「ここの守りはウンディーネに任せる。俺のいない間はよろしく頼むよ。」
「まっかせて!!」
「まったく…最初に会った時から変わった奴だとは思っていたがこれ程とはな…」
「超絶不器用のシェアに言われるとは心外極まりないが…まぁそんな事よりそろそろ行くぞ。」
「どこに行くんだ?」
「どこって…相手の本拠地。王城にだ。」
「そうか………………ん?王城?」
「うん。王城。」
「何を言っているんだ?」
「行きたくないなら俺一人で行くけど?」
「いや、行きたい行きたくないではなくてだな……」
「教会からの援護無しで第二陣まで潰されたとなるとそれだけで国軍としてはかなりの被害だ。交渉の場を作るなら今しかない。
ただ、向こうからその提案をしてくる事はまず有り得ない。プライドがあるからな。ならこっちから行くしかないだろ?」
「……確かに行くのであれば今しかない…かもしれんな。」
「どうだ?来るか?」
「…あぁ。私も行こう。」
シェアは大きく頷いて拳を握りしめる。ここまでは皆が頑張ってくれた。次は俺が頑張る番だ。
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