第29話 ナイルニ教ジゼトルス支部
「フィルリアさん。教会前まで来たけど…どうするの?」
「そうね…プリネラちゃんは宝物庫に入れるかしら?」
「厳重に守られている部屋…だったよね?」
「数人の門番が常に居て、魔法の防壁が張られているわ。」
「フィルリアさんは入って確認したの?」
「私自身は入っていないわよ。ちょっとここの司教に良い物を渡したら素直に宝物庫に持って行ってくれたのよ。」
「司教に何か魔法を掛けた…?」
「光魔法でちょちょいっと中の様子をね。」
「その時に生贄の盃を見付けたんだね。」
「特に目に付いた物をいくつか調べてみたらその内の一つが生贄の盃だったのよ。」
「なるほど…教会の構造的に入り込める可能性は高いけど、やってみないと分からないかな。」
「それじゃあ闇人形でコンタクトを取りましょう。入れても入れなくても、良い所で連絡をお願い。
それまでには下準備を済ませておくから。」
「うん。分かった。」
「プリネラちゃん。」
「なに?」
「……マコトは昔より強くも優しくもなったわ。
でも、あの子はいつも仲間の事になると周りが見えなくなるの。何かあった時はよろしく頼むわね。」
「もちろんだけど…なんで私に?」
「あなたは昔から逆上するタイプには見えなかったから。かしらね。」
ウインクして私の頭を撫でてくれるフィルリアさん。私がマコト様に仕える事になった時、フィルリアさんとは一度も顔を合わせなかった。まさかバレていてしっかりと観察までされていたなんて…流石はマコト様のお師匠様。
「分かった!」
「ありがとう。じゃあ行きましょう。」
目の前にあるのはジゼトルスで最も大きな教会。ナイルニ教ジゼトルス支部。バイルデン王国に本部を持つ世界で最も信徒の多い宗教であり、マコト様達を追っている奴らの
信仰しているのは神ナイルニ。魔力を生み出している神とされている。精霊、聖獣はその使徒と言われ、こちらも同様にして信仰の対象となっている。
表向きには感謝や平等と言った耳触りの良い言葉を並べて信徒を増やしているが、裏では汚い事を我が物顔で行なっている。
冒険者になると呪いの類や回復薬等で関係を持つことが多い為、冒険者の人達には教会がどんな場所かをよく知っている人が多い。
ここジゼトルス支部も例に漏れず、マコト様がこちらを離れている間にも散々信者から金を巻き上げ、命すら売買する非道を重ねていたのをずっと見てきた。
私もマコト様達がいない間は人の命を奪う様な仕事をこなしていたし、人の事を言う資格は無いかもしれないけれど、少なくともそこまで堕ちてはいない。と思っている。
そんなナイルニ教の建物は当然立派な物で、
防犯に対する対処も他とは比べるまでも無くしっかりとしている。
あくまでも他と比較して…だけど。
私は教会の人間にバレないように建物横に回り込み、壁の突起に手を掛ける。スベスベとした触感が手に伝わってくる。
上に見える大きな鐘が装着されている部分から中に入れそう。ただ、このまま登ろうとしても滑ってしまうくらいに建物の表面は滑らか。
びょーんって飛んでブスッって短刀を刺して登っても良いけど…あまり音を立てると良くないし静かに行こう。
闇魔法を使って両手両足に影を纏わせる。
殺鬼流、
ヌロトが教えてくれた技の一つで、垂直で取っ掛りの無い壁や、滑りやすい壁を登る時に使える。
手足に纏わせた影が壁に吸着する事でスイスイ登っていける。大渓谷内の木の根を渡る時にかなり役立ってくれた。音もしないし。
最初から教えてくれていれば大渓谷渡りも楽だったのになぁ…
「よっ。」
スベスベした石材でも関係無しに外壁を登っていく。
街中、東門の方ではそろそろ戦闘が始まっている頃だろう。教会にいる人達もかなりピリピリしているみたい。
さっさとこっちを済ませないと。
外壁を登り大きな鐘が設置されている窪みへと辿り着いた。ここからだと街の様子が一望できる。
こんなにも立派な教会が傍にあると言うのに付近の家々は寧ろ他より劣悪な気がする。気のせい…では無いと思う。嫌な光景。
気を取り直して上を見ると、鐘が据え付けられている部分は教会内と繋がっているみたいで私一人なら十分に入り込む事が出来そうだ。
鐘は下で紐か何かを引くと鳴る仕組みになっていて、その他のスペースは物置として使われている。
簡素な階段が設置されていて下に降りていけるらしい。ただ、このまま階段を使って降りて行けば、まず間違いなく誰かに見つかる。階段は使えない。
となるとどこから宝物庫に向かうか…確かフィルリアさんの話では一階の一番奥。ここからだとまだ遠い。
なんとかならないものかと部屋の中を探っていると、少し傷んだ壁の板を発見する。全てが石造りだったらどこかの壁を壊すしか無いと思っていたけど、そんなことは無くて良かった。
傷んだ壁板に指を引っ掛けて強く引っ張ると、メキメキと音を立てながら外れる。
「うぇ。」
中は埃が溜まってカビ臭い。板を外した弾みで埃がモワッと中から出てくる。あまり入りたくないけど…なんとか入れそう。
隙間から身体を捻り込み中に入る。どうやら壁板と石の壁との間に隙間があるらしい。横に縦に張り巡らされた柱が壁板の隙間から差し込む光に照らされてよく見える。
これなら目的の宝物庫付近までは静かに行けそう。体が小さいからそれほど窮屈には感じないし。
横に走る太い木を足場にして静かに下へ降りていくと、壁の向こう側から人の話し声が聞こえてくる。バレないように慎重に進んでいく。
贅沢な建物なのに簡単に宝物庫の横まで行けるなんて、見掛け倒しというかハリボテというか…まるでナイルニ教の姿をそのまま表しているかの様。
流石に宝物庫の中にそのまま入る事は出来なさそう。壁も天井も床もしっかりと石造りで固められていて扉は正面の一つだけ。床から中に入れないかと思ったけど人の入れない狭い隙間があるだけ。
サッと出て門番を倒して中に…は無理そう。多分開ける方法がしっかり決まってて、下手に開けようとすると入れなくなる可能性がある。
誰かが開けてくれるのを待つなんて選択肢は無いし、どうしたら…
あまり
私は腕輪に魔力を流し込む。ニョロっと出てきた石の蛇。これがあれば門番にあの扉を開けさせる事が出来る。
壁の裏から宝物庫の床に繋がる隙間にストーンスネークを潜り込ませる。
扉の真下近くまで行ったところでストーンスネークが爆ぜる。
「ん?今中で音がしなかったか?」
「何かが爆ぜたような…音だったよな?」
「中に誰か…?」
「そんなはずは無いだろ。ここを俺たち2人でずっと見張ってるんだから。ネズミか何かじゃないか?」
「でももし誰かが入り込んでたら俺達怒られるじゃ済まないぞ?」
「………チラッと見るだけ見てみるか。」
「確認はしておいた方が良いよな。」
よしよし。上手くいった。下で爆ぜた音を中の音と勘違いしてくれたお陰で扉を開いてくれる。
私は二人が扉を開ける前に天板を外して機会を待つ。
ガチャ……
「どうだ?」
「…………いや。誰もいないと思うが…」
「やはり気の所為だったのか?」
「まぁこんな厳重に守ってるんだ。誰も中には入り込めないさ。
ほら。そろそろ交代の時間だ。」
「そうだな。」
バタン
扉を開けている隙に2人の頭上の壁を伝って上手く入り込めた。中は暗くてほとんど何も見えない。
目が慣れるまでの間にフィルリアさんに連絡をしておこう。
「フィルリアさん。中に入ったよ。」
「あら。早いわね。私の方も今終わった所よ。」
「ここから何をしたら?」
「その中に金銀財宝が入れられているけれど、その一番奥に少し大きめの真っ赤な盃があるわ。それが生贄の盃よ。分かるかしら?」
「うん。見つけた。」
「それと、もう一つ。その横に小さなガラス玉が入った箱が無いかしら。」
「この掌くらいの大きさの箱?」
「それよ。その二つを持って出てくるか…無理ならそこに待機してて欲しいの。」
「出られるけど多分見つかる。」
「見つかってしまうならそのまま待機しててもらえないかしら。窮屈な所に押し込めてしまって申し訳無いのだけれど…」
「全然窮屈じゃないから大丈夫。」
「ありがとう。これから私がここの司教と話をしに行くわね。そこでの会話は聴こえるようにしておくわ。やる事は……聞いていれば分かるわ。そろそろ行かないと時間が無さそうね。」
「分かった。」
生贄の盃と小さな箱を目の前にして静かに暗闇の中で待つことにする。影人形からフィルリアさんの動向が聞こえてくる。
「これはこれは。フィルリア様。」
「司教様はいらっしゃいますか?」
「はい。自室に。」
「お話があって来たのですが…お取次ぎ願えますか?」
「分かりました。少々お待ち下さい。」
どうやらフィルリアさんは教会の中に入り込んでそのまま司教に会いに行くみたいだ。良い物を渡した…とか言ってたし上客とでも思われているのだろう。かなりスムーズに司教に会えそう。なんとも安い司教だなぁ。
「お待たせ致しました。自室まで呼んでくるようにとの事ですので、どうぞ中へ。」
「ありがとう。」
コツコツと床を踏む足音が聞こえてくる。ノックの音と野太い声の返事が聞こえると扉が開く音が続けて聞こえてくる。
「これはフィルリアさん。先日はどうもありがとうございました。」
「いえ。これも信徒の務め…ですから。」
「して…今日はどう言ったご要件で?」
「少しお耳に入れておきたい話がございまして。」
「そうですか…」
「私はここで失礼させていただきます。」
案内をしていた人が扉を閉めて出ていった音が聞こえる。また何かを貰えるとでも思っているのだろうか…
「さて。お聞きしましょう。」
「はい。それでは、単刀直入に申し上げますね。今回の反乱軍一掃作戦。教会からの派兵を取り下げてもらいたい。という事です。」
「ふむ。私の想像していたお話とは少し違った様ですね。それと、教会は常に中立。派兵などするわけがございません。
その話だけ…という事であれば早々にお引取りをお願いします。」
「宜しいのですか?」
「……と言うと?」
「後悔しますよ。主にあなたが。」
「……」
「生贄の盃。という物をご存知ですよね?」
「生贄の……さぁ。聞いた事がありませんね。」
「そうですか…それでは、フェイクボールはどうでしょう?」
「何が言いたいのですか?」
「生贄の盃は他人の精力を魔力に変える呪いの魔道具です。本来この生贄の盃の対象となる人物には条件がありますよね?確か…生贄の盃の対象となる人物の何か一部を乗せ記憶させる必要がある…とか。髪でも爪でも何でもいいという話でしたか…」
「……」
「そしてフェイクボールは、小さなガラス玉の様な物でそれに触れた者の魔力を一定時間記憶する魔道具。
この二つがあれば、誰かを騙して生贄の盃の対象として勝手に登録出来てしまう。」
「だからなんだと言うのだ。そもそもフェイクボールは貴様が持ってきた物だろう。今更説明されなくても受け取った時点で把握しておる。」
「そうですね。ではお渡しした時、あなたがフェイクボールに触れた事を覚えておられますか?」
「確かに触れたが…箱に入れて放っておけばそれは消えると言っていたではないか。」
「あれは嘘です。」
「なにっ?!」
「フェイクボールが二つ以上触れ合って入っていると、フェイクボールからフェイクボールへと記録された情報が移り続け、消えなくなるのです。」
「ではあの小さな箱に入っていたフェイクボールには私の魔力が記憶されたままなのか?!」
「その通りですね。」
「ちっ!なぜそんな事を…まさか貴様!」
「想像されている通りです。今私の仲間が生贄の盃とそのフェイクボールを持って待機してくれております。」
「なっ?!」
「生贄の盃は対象者の精力を奪い続け、対象者本人が解除するまで解けることはありません。基本的には…ですが。」
「貴様!私を脅すと言うのか!」
「脅すなんて人聞きの悪い…ただ、派兵を取り止めて頂けない…となると私の仲間の手が滑ってしまいかねない。と申しているだけです。とても滑りやすい肌の持ち主でして。」
私の肌はスッベスベー。
「…ふ、ふはは!騙されはしないぞ。その二つは我が宝物庫にしっかりと保管してある。あそこに入れる者など存在せぬわ。」
「いくら信頼できるからと言っても、部下に鍵をお渡しするのは流石に不用心。ですね。」
「なっ?!貴様……だが、そんな事は関係の無い話だ。お前がここを生きて出られないと知ればその仲間とやらも現れるのだろう?」
ガチャ!
扉の開く音といくつもの足音。そして剣を抜く音が聞こえてくる。確かにこのままなら私が出ていかないとフィルリアさんが…
「あらあら。物騒ですね。」
「私を脅したりするからこんな事になるのだ。さっさと仲間をここに呼び出せ。素直に聞けば命までは取らんよ。命まではな。」
「ふふ。準備も無しに単身ここに乗り込んでくると本当に思っているのですか?」
「なに?」
「ここに入る前に少々下準備をさせていただきましてね。」
パチンッと指を鳴らす音がすると同時に私のいる宝物庫の真上の方から爆発音が聞こえてくる。数秒後に宝物庫の天井が一部崩れ去る。
どうやら宝物庫の真上辺りの壁が崩壊し、内側に落ちてきた外壁が宝物庫の天井を抜いたらしい。
どこまで考えて行動しているのだろうか…フィルリアさん…凄過ぎる。
これで私はこの二つを持って無事に脱出出来る。司教は既に盗まれていると思っているらしいけど今から盗むのだ。
「何をした?!」
「パフォーマンスですよ。もし私に何かしようとすればこの教会ごと全てを吹き飛ばします。あなたも、ここにいる皆さんも。
しっかりと構造を見させて頂けたので、設置型の簡単な魔法でこの教会を一瞬で更地に出来ますよ。」
「ハッタリだ。貴様とて無事ではおれんだろ!」
「二度も言わせるおつもりですか?
私を誰だと思っている?」
「ぐっ……」
「さて。それではこんな物騒な物は退けてもらえるかしら?」
「ぐ……引け…」
「ですが!」
「良いから引け!この女は本当にやる…」
「は、はい…」
「あらあら。この部屋から出てはいけませんよ。勝手に解除しようなんてしたら直ぐにボカン。ですから。」
「ちっ…」
「それで?そろそろお返事を頂けないかしら?」
「分かった。派兵は取り下げる。」
「宜しいのですか?!司教様?!」
「致し方あるまい。だが、ここまでしておいてただで済むと思っているのか?」
「面倒な事にはなるでしょうが…多分大丈夫でしょう。」
「ふん。今回は私の負けだ。」
「ありがとうございます。それでは一段落しましたら生贄の盃はお返しに上がりますね。」
「悪魔の親はやはり悪魔だったか…」
「口に気をつけないと手が滑りますよ?」
「ふん…」
「あー。そうでした。もう一つお話が。」
「これ以上何をするつもりだ?」
「いえいえ。何もしませんよ。ただの確認です。
この国の元騎士、ダン-ブリリアについて。」
「生贄の盃…なるほど。あの娘も一枚噛んでいたのか。」
「いえ。あの子はそんなに器用な子ではありませんよ。今回の件には絡んでおりません。」
「それで?何を聞きたいと?」
「あの子の父であるダン-ブリリア。死ぬには少し若すぎますよね。」
「…」
「娘のシェアを助ける為に自分を犠牲にした……という事で宜しかったでしょうか?」
「私は言われた事をやったまで。それ以上でも以下でもない。渡された物を生贄の盃に入れた。それだけの事。」
「共犯者としてその時に縛られたのですね。」
「縛られてなどおらんよ。我々は教会であり常に中立。」
「…なるほど。今回の事も簡単に派兵を取り下げたのはそういう事でしたか。」
「ふん。」
「それでは失礼しますね。」
一体最後のはどういう話だったのだろうか…
取り敢えずフィルリアさんは無事に教会を脱出出来たみたいだし、私も教会から離れるとしよう。
既に教会の外まで出てきていた私は、フィルリアさんが十分教会から離れた事を確認してから合流する。
「あら。プリネラちゃん。ありがとう。」
「うん………もし司教が渋ったらどうするつもりだったの?」
「殺すつもりだったわ。」
「やっぱり…マコト様が聞いたら悲しむよ。」
「そうね。でも、私自身が教会から追われる立場になるだけの話。それくらいは私が背負うべきだわ。」
「……ここまでしても教会に大きな被害は無いし、司教のあれは脅しだよね?」
「司教を殺したとなれば話は別でしょうけれど、あれくらいの脅しなんて日常茶飯事でしょう。わざわざ私一人の為に教会を動かす事はしないでしょうね。
生贄の盃さえ返して今後関わらなければどうという事は無いはずよ。私と事を構える方が彼らにとっては不利益が大きいからね。」
「そっか。それなら良かった。」
「心配してくれていたの?ありがとーーー!」
「く、苦しい。」
「良い子ねー!プリネラちゃん!」
「それより、最後の話は一体どういう事だったの?」
「そうね…シェアちゃんには内緒よ?」
「うん。」
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