第26話 ジゼトルスへ
なんとかシーザを破り、ナーラ達を無事に家に送り届ける事が出来た。その翌日。
最上級吸血鬼も頭を潰せば死ぬという事が分かったのはかなり大きな収穫だ。ただ、使いっ走りを一人殺っただけの事だしあまり油断は出来ない。
今回シーザを殺した事で他の四人も動き出す可能性が高くなる。何かを企んでいるのは分かっているが、それが何かを突き止める必要も有りそうだ。
シーザに聞けば良かったと思うかもしれないが、まず間違いなく嘘を吐くか何も喋らないかのどちらかだろう。聞くだけ時間の無駄だ。
現状では手掛かりらしい手掛かりも無いから放置しておくしか無いのはもどかしい所だが、仕方がない。
「マコト…?」
少しだけ首を
「いや。なんでもない。気にしないでくれ。考え事をしていただけだ。」
「うん…」
ナーラは短く返事をするとカップに紅茶を注いでくれる。
「それにしても坊ちゃん達、最上級吸血鬼にまで追われてるなんて知らなかったぜ。」
「追われてるわけじゃなかったんだが…結果追われることになりそうだし一緒か。」
「それで?これからどうするんだ?」
「それなんだがな…困った事になってな。」
「困ったこと?」
「次に会いに行きたい人なんだが、何処にいるか分からないんだよ。当然凛達にも聞いたんだが…」
「聞いても仕方ないだろうけど…どんな人なんだ?」
「分かってるのは姿と名前。パライルソ-シュルバルって名前の女性で悪魔種の人らしい。」
「悪魔種なんて珍しいな?」
悪魔種。実はこの世界には悪魔が種族として普通に居る。地球での悪魔のイメージとほぼ同じで、強い力を持ち、どの種族からも恐れられる存在とされていた。
恐れられていたというのは昔の話。今でも良心の無い人を悪魔と比喩したりもするが、その実悪魔種はかなり数を減らし今は細々と各地に潜んで生きているらしい。
数を減らした理由はドラゴンに戦いを挑んだから。何を血迷ったのか最強種であるドラゴンに戦いを挑んでボコボコにされたという事らしい。非常に高い魔力を持ち、寿命も長く、知能も高いと言われている彼らが勝てない勝負に出た理由は分からないが、とにかく今は数が劇的に減ってしまったという事だ。
と言ってもアライルテム族であるナーラの様に一人しかいないという事も無く絶滅を危惧するには至らないが。
そしてパライルソ-シュルバルはその数少ない悪魔種の一人。ジョーが珍しいという意味がここにある。
「数が少ないらしいな。」
「私は…見た事ない…」
「俺は一度だけ見た事があったかなぁ…ナーラと出会う前だけどな。」
「パライルソ-シュルバルは各地を転々としているらしくてな。今の居場所は
一応見た目は長い紫髪の先端だけがカールしてて、黒く短い二本の角が生えてて、ツルッとした短い尻尾が生えてたな。」
「顔は?」
「記憶の中では見えなかった。後ろ姿でな。」
「俺の知ってる悪魔種じゃねぇな。」
「だよなぁ…結果、何処に行けば会えるのか分からず困っている。という事だ。」
「分かるまで…ここにいる…?」
「その申し出は嬉しいが、吸血鬼の事もあるからな。毎回ここでドンパチするのは流石に危険すぎる。」
「……うん…」
「また会いに来るよ。次はそんなに遠くないうちにな。ペンダント持ってるだろ?必ずまた来るよ。」
「…うん。」
ペンダントを見て、少し寂しそうな顔をするナーラ。ジョーも居てくれるが、やはり寂しいのは寂しいのだろう。
出来るだけ早く会いに来てあげたいところだ。
「つっても次に行く宛てが無いのは事実だし、どうすんだ?」
「ダメ元で前回シュルバルに会えた場所に行ってみようかとな。」
「それが一番手堅いよなぁ。」
「何処なんだ?」
「バイルデン王国。」
「バイルデン王国って…あの?」
「あのバイルデン王国だ。」
バイルデン王国は教会の勢力が最も強く、本部もここにある。
召喚魔法の云々で出会ったフェルがいたキリビヌ村で追い返した教会の連中の本拠地という事だ。
既に俺がグランという事は知れ渡っているだろうし、教会も俺達を見付けたらまず間違いなく捕らえに来るだろう。
敵の本拠地に乗り込むという事になるが…背に腹はかえられない…行きたくないが…
「坊ちゃん達は教会にも追われてるんじゃ?」
「苦肉の策ってやつだな。」
「気を付けてくれよ?」
「分かってるさ。」
「ナーラも何か言わなくていいのか?」
「……大丈夫…信じてる…から…」
「こりゃ裏切るわけにはいかねぇな。」
「ですね。」
「ふふ。」
「さてと、そろそろ行くか。」
最後に残った紅茶を飲み干し、ナーラ達の家を出る。口では言わなくてもナーラの目は、待っているからと言っている。
ならば俺も口に出さずとも誓うとしよう。必ずまた会いに来ると。
ーー・ーー・ーー・ーー・ー・ーー・ーー
目的地であるバイルデン王国。そこへ向かう最も近い経路は北へ向かい大穴を迂回して反対へと渡り、南下する。シャーハンドから見て星の裏側辺りに位置する王国がバイルデン王国だ。
少し遠い道程にはなるが、龍脈山の様にランクの高いモンスターが出てくる事も無い。
ただ大きな問題が一つある。それは燃える大地をどうやって通り抜けていくか。
こちら側にある荒野程の広さを燃える大地が出迎えてくれるらしく、そこを通り抜けていくのは至難の業。
グラビティコントロールで飛んでいこうにも距離が長すぎて途中で落下、燃え尽きるのは目に見えているしそんな阿呆な最後は迎えたくない。
取り敢えずは北に向かおうと決めてナーラの家から離れようとした時の事だった。
「久しぶりね。マコト。」
「フィルリア?!」
突然声を掛けて来たのはフィルリア。長い青髪に大きな帽子と杖。細い目と薄い唇。どこからどう見ても間違いなくフィルリア本人。
「な、なんでこんな所に?!」
「なんで…じゃないでしょ!」
「え?なんで怒ってんの…?」
「一年以上も連絡寄越さないしいきなりシェアって子が来て、わけも分からないまま助けて欲しいとか言われて!」
「あ…」
フィルリアならなんとかしてくれるから良いかと連絡を
「ご、ごめん…」
怒ると怖いのは今も変わらないみたいだ。
なんか
「頼ってくれたのは嬉しい事よ?でもちゃんと説明してくれないと分からないでしょ?」
「す、すまん…」
「まったく…仕方ないわね。許してあげるわ。結婚で手を打つわ。」
「フィルリアさん!させませんよ!!」
「ぬぐぐ!リン!また邪魔する気ね?!」
「歳の差を考えて下さい!ぬぐぐ!」
「愛に歳の差なんて関係無いのよ!」
「いやいや。二人で何やってんだよ…」
「今後について話し合ってるのよ。」
「大事な話です。」
「俺のこの先を勝手に会議するな。それより、フィルリアはなんでここに?」
「そうだったわね。
あなた達には一度ジゼトルスまで来てもらうわ。」
「……何かあったのか?」
「えぇ。詳しい話は向かいながら説明するわ。」
「分かった。敵のド真ん中に行くのはどちらにしても変わりないからな。」
突然の進路変更ではあるが、そもそも居るかも分からない人を探しに敵地に乗り込む所だったのだ。
シェアが助けを求めているのであればそちらを優先するべきだろう。
フィルリアと共に龍脈山を再度越えてジゼトルスまで向かう長い旅路が始まった。
龍脈山へと向かう最中、フィルリアから俺達を呼びに来た理由を聞くことになる。
「よく俺達の居場所が分かったな?」
「Sランクの冒険者って意外と有名なのよ。それ自体が身分証みたいなものだから大抵の情報を聞き出すのに苦労はしないわ。
あなた達もSランクになったのなら覚えておくといいわよ。と言っても、かの有名な漆黒の悪魔には難しいかもしれないけれどね。」
「な、なんだその不吉な名前は…」
「あなた達双子山で派手にやったらしいわね?」
「まさかあれが…?」
「冒険者を初めとして世界各国で、一撃で数万の兵を屠った黒髪のハスラー。通称、漆黒の悪魔。双子山の戦いなんて言われて有名人よ。」
「何故…そうなってしまったのだ……」
「真琴様の凄さを世界が認めたわけですね。やっとですか。」
「凛。そこは喜ぶところでは無いよ?納得もしないで?」
「真琴様が漆黒の悪魔か……悪くないな。」
「健君?おかしい事に気付こうね?悪魔だよ悪魔。」
「マコト……凄い。」
「うんうん。」
「ですね。」
「キラキラした目で見ないで!」
「真琴様の凄さは分かりましたが、私達を呼んだ理由とはなんですか?」
「シェアと私でこの一年間、色々と調べ回ってみたのよ。マコト達の事もそうだけど、他の事も色々とね。
それで分かった事がいくつかあるの。順を追って説明するわね。」
フィルリアが話した内容は、確かにシェア一人には重すぎる内容だった。
シェアはジゼトルスへと戻って直ぐにフィルリアの元に来たらしい。律儀な奴だから心配はしていなかったが、帰ったその足で行ったと言うのだから落ち着かない奴だ。
家でゆっくりしていたフィルリアの元に駆け込むように来たシェアはなんの説明もしないまま頭を下げ、助けてくれと
意味が分からず説明を求めると、俺達の事を調べていたという事、そして自分の父親が何故あんなにも俺達の事を恨んでいたのかを調べたいとの事だった。
フィルリアは元々俺達の味方であり、ジゼトルスのやり方に腹を立てていた事もあり二つ返事で快諾し調査を始めた。
シェアが一通り調べたという事もあり数ヶ月は何も掴めず難航を極めたが、フィルリアがSランクという事もあり通常とは違う線からの情報が入ったらしい。
「シェアの父であるダン-ブリリアは、生前娘の体の弱さを危惧していたらしいの。」
「シェアが体の弱い子?」
「本人に聞いたら確かだそうよ。小さい時は体が弱く、よく寝込んでいたとの事だったわ。」
「あのシェアがねぇ。」
「大事なのはここからなんだけど…そのシェアの病弱な体質は、あなた達が原因だとされていたのよ。」
「まったく繋がらない説明に聞こえるが?」
「あなた達が盗んだとされていた国宝の一つに、
「いかにも怪しそうな名前の物だな。」
「国宝の中には呪いのアイテムも含まれるとは聞いていたけれど、この生贄の盃がその呪いのアイテムよ。」
「どんな物なんだ?」
「特定の人物の精力を奪い取ってそれを魔力に変換し使用者に与えるという物よ。いくつか条件があるけれど。」
「つまり俺達がシェアをその特定の人物に指定して魔力を得ていると?
「ダン-ブリリアは賢明な人だったらしいけれど、娘の事となると親としての感情が勝ってしまったのかしらね。
マコトの魔力量が多かった事、彼がジゼトルスの騎士長を務めていたことから繋げてしまったのだと思うわ。」
「その時シェアの事なんか知らなかったって言うのに…」
「私には少し分かる気がするわ。あなた達がシェアと逆の立場だったら、よく調べもせずに恨んでいたかもしれないもの。」
「…別にシェアの父親を恨んだりはしていないよ。
娘を人質に取られているような物だし俺達を心底恨むのも当然と言えば当然だしな。」
「えぇ。ただ、その生贄の盃を別の場所で見たって言う情報が入ったの。何処だと思う?」
「宝物庫か?」
「いいえ。教会よ。」
「は?!教会?!」
「えぇ。その話が本当ならジゼトルスは教会側と手を組んでいるという話になるわよね?」
「俺達が盗んだとされる物が教会にあるんだから手を組む為の手土産か何かって考えるわな。普通。」
「当然私達もそう考えて教会を探ってみたのよ。」
「……あったのか…」
「えぇ。教会の厳重に守られている宝物庫にあったわ。」
「なんて奴らだ…
待て待て…となるとシェアの体が病弱だった理由は…」
「教会がシェアを標的にしたという事ね。
「シェア…」
「シェアも落ち込んだわよ。それはもう盛大にね。でもマコトと話して心構えがあったから、なんとか立ち直ってくれたわ。
それからは裏付けや関係者を洗い出したりと忙しかったけど、ほとんど想像通りの筋書きだったわね。」
「つまり俺達はジゼトルスと教会のタッグによって嵌められていたという事か…」
「ジゼトルスという国だけを相手にするにも大掛かりなのに、教会までもとなると流石にシェアと私だけじゃどうにもならなかったのよ。」
「相手がデカすぎだからな。」
「シェアとその側近の兵達がその事を知って、賛同してくれる人達を集めてしまったのよ。」
「反乱軍…って所か。」
「そうね。下手に追い返したりは出来ないし、事実を知った人がその後もいくらか集まって…」
「勝手に膨らんだって事か…」
「ごめんなさい…」
「いや。それだけ集まるって事はきっかけが無かっただけで不満を持つ人達が大勢いたってことだ。俺達の事が無くても近いうちに反乱軍は出来上がってたさ。フィルリアのせいじゃないよ。」
「ありがとう…」
「それで?その反乱軍は?」
「少しずつ数は増えているのだけれど、それだけじゃ
証拠は揃っているし、教会やジゼトルスに不満を持っている人達は沢山いる。
ただ、それをまとめ上げるには…」
「反乱軍の
「えぇ。騙された本人であるあなた達が居ないことには話が始まらないわ。
今はまだ秘密裏に動いているけれど、私達の動きが悟られるのも時間の問題。」
「そこまで話が進んじまってるとなると今更後には引けないな。やれる所までやり切るしか道は無いという事だな。」
「……」
「フィルリアがこんな事を望んでやったとは思ってないよ。何せ幸せな魔法を望むフィルリアなんだ。」
「でも止められなかったのは事実よ…
確かに望んだ事ではなかったけれど、私も関わっているのだから同じ事。なら最後まで一緒に戦うわよ。最も被害の少ない方法でスパッと勝って終わりにしてやるわ。」
「ははは。フィルリアらしいな。頼もしい限りだ。」
「戦力やその他の詳しい話は向こうに着いてからにしましょう。多分辿り着くまでに勢力図も変わっているでしょうし。」
「分かった。それならさっさとシェア達と合流しよう。」
急いでいないのであれば戻りがてら挨拶して行きたい所だが、そんなことは言ってられない状況だ。物資の蓄えも十分あるし一直線にジゼトルスへと向かう。
海を渡る時はウンディーネの力を借りた。最近呼んでくれないと怒っていたが、また直ぐに呼ぶ事になるだろうから許してくれと言ったら機嫌を直してくれた。
シャーハンドの山を越えるときにトジャリに会い、俺達の様子を見て声を掛けてくれた。簡単に事情を説明すると山越えを手伝ってくれた。持つべきものは友だと心底思った瞬間の一つだろう。
難なく山越えを果たしジゼトルス近郊に辿り着くとシェアが既に俺達の到着を馬に乗って待っていた。
「マコト!来てくれたか!!」
「シェアー!!」
「あ!ちょっ!やめっ!」
「先走るなとあれ程言っておいたのにこれかぁ!?」
「やめぇーーーー………あ……」
「ふぅ。いい仕事したぜ。」
「まぁシェアは寧ろ皆を止めようとしていたのだけれどね。」
「…………た、隊長が下の責任を取るのは当たり前だ。うん。」
「完全に伸びてますよ。」
「……す、すまん。」
「あ、あの隊長を……」
「流石は漆黒の悪魔…」
やめて!その名前で呼ばないで!!叫びたいけど…神輿に名前が着いているといないとでは仲間の士気が全く違う。ここは甘んじて受け止めるしかない……
「ん……」
「起きられましたか隊長?!」
「はっ?!私は漆黒の悪魔を見たぞ!」
「せぃっ!」
「あぐっ!」
「マコト!来てくれたか!!……ん?なんか背筋が凍り付くような…」
「気にするな。覚えていない方が幸せな事もある。」
「あ、あぁ…それより!すまない!」
「何がだ?」
「皆を止めたのだが…この様な事になってしまった。」
「止めようとしたのなら仕方ない。許す!」
「ありがとう!流石はマコトだ!」
皆の視線が痛いが…気にしたら負けだ。という事にしておこう。
「それより現状はどうなってるんだ?」
「正直に言うと
「国の方は?」
「兵を集めて内紛に対処する構えだ。既に貴族の私兵も合わせて莫大な数が揃っている。」
「教会は兵を出さないのか?」
「表向きはな。ただ、もし内紛が激化して戦闘が生じれば、それと分からない様に兵を出してくるはずだ。教会お得意の治癒魔法は戦闘には必須となる魔法だからな。」
「……こっちの戦力は?」
「良くて数千。しかもほとんどが戦闘経験など無い者達だ。」
「絶望的な差だな。それでも皆止まらないのか?」
「今までずっと溜めてきた思いがあるのだろうな…ジゼトルスの騎士長等と聞こえのいい立場に
「そう言える兵士が居るという事実だけで皆嬉しいとは思うがな。」
「この国は既に根まで腐りきっている事は明白。ジゼトルスの一騎士として、いや。一国民として否を唱えるべきだと私は思っている。
絶望的な差だと言うことは重々承知している。だが引けない。私が引いてはならない。
たとえ最後の一兵となっても、この身をもって否を叩き付けてやる。」
「本当に不器用な奴だな。」
「性分だと言っただろう?」
「……分かった。それなら俺達も派手な神輿になってやろう。」
「死ぬかもしれんぞ?」
「そん時はそん時だ。」
「真琴様がそう言うのであれば私達に異議はありませんよ。」
「なかなか燃えるじゃねぇか。相手が数万だろうと数十万だろうとやってやるぜ。」
「…はは。マコト達も十分不器用ではないか。」
「性分なんでね。」
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