第25話 最上級吸血鬼
俺とナーラは意識を集中させる。
ナーラから教わった死霊魔法の大半は使役したり、意思の疎通を有効にする為のものが多かったが、当然ながらそれ以外の魔法も存在する。
ナーラ達の家がリーシャにさえ見えなかった理由がその一つだ。第二位、死霊魔法ファントム。認識阻害魔法の一種。
光魔法のミラージュは光を曲げる事でその存在を隠すが、ファントムは隠したい存在を膜で覆い、視認しにくくする。あくまでも認識しにくくなるだけだが、そこでジョーのランタンが意味を持ってくる。
家に吊るしてあるランタン同様、家を覆う膜を常時発動させる効果に加えて、近づいてくる相手にそのランタンを見せる事で更に相手の気を家から逸らし、尚且つ相手の認識を狂わせる効果を持っている。
何重にも施された感覚阻害の効果によりあの家はリーシャにさえ捉えきれない
そして、このファントムを上手く使うことで戦闘の援護も出来てしまう。
健達を上手く膜に包む事で認識しにくい状態にしてやれば、それだけで戦闘はかなり有利になる。
例えるなら、
順調に数を減らしていると、遂にエビルリッチが動き出す。
三体いるエビルリッチが示し合わせた様に口を大きく開いたと思ったらそのまま上を向き、三体同時に
「ブォォォォォオオ!!!」
「ぐぁ?!なんだ?!」
共鳴した咆哮が耳を
「ま、魔法が…」
それまで展開していたファントムが咆哮によって強制的に解除されてしまう。どうやら弱い魔法は咆哮で消し飛ぶらしい。
「ちっ。厄介だな。」
「相手にするな!今は数を減らせ!」
「分かってる!」
魔法を消し飛ばされるだけなら優先順位としては低い。今は数の暴力に押し潰される方が怖い。
「シャル!」
「ケンはせっかち。」
シャルが魔法陣を展開し、健に掌を向ける。
「いくよ。」
第三位サンダーグラント。雷を付与する魔法だ。咆哮によって掻き消されるであろう弱い魔法だが、シャルの使う雷は赤く攻撃力は段違いに高い。それを健の刀に付与するとどうなるのか。火を見るより明らかだろう。
赤い雷が健の走った軌道上に線となり残る。そしてその線が残る場所に敵は一体として残らない。ちゃっかり身体強化魔法まで加えた事でその場の誰も反応出来ないスピードで駆け回る。
「ふふふ。どうよ。シャルと練習したんだぜ。」
「格好つけてないで敵を倒して下さい。」
「ケン。調子乗るのダメ。」
女性陣は今日も辛口だ。
とは言えかなり数も減ってきた。まだ聖魔法を使うには多いが、あと少しだ。
エビルレイスは魔法を使っては来るものの高位の魔法は使えない。対応するのはそれ程難しい事ではない。数が減ってくると厄介になってくるのはエビルリッチの方だ。
定期的に放つ咆哮もそうだが、使う魔法も第六位闇魔法。ダークウィップを主にした魔法だ。
ダークウィップはその名の通り闇の魔法で作られた鞭だが、伸び縮み自由で攻撃の合間や咆哮の後等の適所で飛んでくる。
「マコト…私が…やる…」
「ナーラ…?」
「私だって……戦える…」
「分かった。援護してやるから思いっきりやれ!」
「…うん。」
ナーラが魔力を集中させる。死霊魔法は霊体か否かに関係なく作用する魔法だ。エビルレイスやエビルリッチにとっては驚異に見えるだろう。
ヘイトが一気にナーラに集まり、攻撃がナーラに集まる。
「させませんよ!」
「私達でナーラは守る。」
俺を含め、凛とシャルも魔法でナーラを守る。
どんな攻撃でもこの3人で守る防御を抜く事は不可能だろう。
魔力が収束しナーラの魔法が完成する。
「いくよ…」
ナーラの足元に広がる魔法陣と、そこから足元を埋めながら生き物の様に広がっていく真っ白な煙。
エビルレイスがその煙に触れると苦しみだす。煙から逃げようとするも巻き付かれているかのように身動きがとれず、飲み込まれていく。
ブォォォォォオオという叫び声を上げ、そのまま煙の中で存在が消えていく。
第六位、死霊魔法。ホワイトスモーク。
生者に対してはなんの意味もないただの煙。触っても害は無いのだが、アンデッド、特に肉体を持たない霊体系の相手には死の煙となる。既に死んではいるのだが…完全に存在を消す為の魔法。
昔教わった魔法の一つだ。
ナーラの性格には似つかわしく無い魔法に思えるが、死霊魔法を使っていると今回の様に話が出来ない相手と対峙する時が稀にあるらしい。
そんな時はこの世から解き放つのもアライルテム属の役目の一つらしい。
この大穴の中にこれだけの数の霊体が居たということは、この辺りの荒野にも霊体が多数存在していたのだろう。それをナーラが人知れず管理していたのだ。その中には話を聞かない奴も居ただろう。
事アンデッド戦においてはこれ以上の適任者は居ない。
当然エビルレイスは煙から逃げ何とかしようと魔法を撃ち込んではみるが、相手はあくまでも煙だ。ブワッと形を変えるが、消す事は出来ない。
それはエビルリッチも同じ事だ。ジリジリと近付いてくる煙に為す術もなく次々と捕まっていく。
術者であるナーラは俺達が守っているし攻撃は当たらない。
上に向かって逃げれば良いのに…と思うかもしれないが、奴らがここに居続けていた理由がそれを阻む。地縛霊というやつだ。
この場所に繋ぎ止められた存在であるが故に上に逃げる事は許されない。
どうやら炎のドラゴンの影響を受ける燃えている地面の中には入れないらしく、火の間際で完全に行き場を無くしたエビルレイスとエビルリッチ。
これだけ一箇所にまとまれば後は俺が
聖魔法、浄化により絶叫の中消えていく霊体達。なんとか全て倒し切れた。
「やった……?」
「お陰様で楽に倒せたよ。さすがナーラだな。」
「あったりめぇよ!」
「なんでジョーが得意気なんだ。」
「マコト様ー!素材集めちゃいますよー?」
「よし。俺達も集めよう。」
「……うん。」
ナーラは自分が本当に役に立てた、信じられない事を成し遂げたとでも思っているのか、かなり嬉しそうだ。
俺達からしてみればナーラの実力はそこらのハスラーと比較しても群を抜いている。凛とはまた違った魔力操作の精密性を持った死霊魔法のプロなのだから、もっと自信を持っても良いと思うのだが…
俺達以外に誰とも会えない彼女にとっては自分の実力がどの程度なのかも理解出来ないのだろう。
穴の底にはゴロゴロと鱗が落ちていて、割れている物も多かったが、それでも十分に驚異的な性能を持っている。
炎のドラゴン、カナサイスの鱗はチリチリと燃える鱗。地面が燃えている地帯にあり、最初は炎を消そうと試みた。
消せない事は無かったのだが、大量の魔力を消費しても数メートルしか消せないという非効率極まりない作業と分かった為、魔法を駆使して炎の外や上から回収した。
逆に毒のドラゴン、ブレナルガの鱗はマスクさえ着けていればどうと言う事は無く回収出来た。
合計で二百枚近くの鱗が落ちていた。これがシーザの手に渡っていたと考えるとゾッとする。
「これで全部だな。」
「それにしても本当に強力な素材ですね。」
「これを身に付けたドラゴンが居るって話なんだから驚きだよな。」
「この世界で最強の種族ねぇ…ちょっと会ってみたい気もするけどな。」
「真琴様。それはダメですよ。」
「俺も凛に同意見だ。そんな所に行かせねぇぞ。」
「会ってみたいなぁって思っただけ!行ったりしないから!」
「真琴様の場合サッと行きそうで怖いですからね。」
「うんうん。」
「俺は野良猫か何かかよ。」
「言い得て妙だな。」
「やかましいわ!」
「ふふ。」
「ナーラまで笑うのか?!」
「ううん…やっぱり私は…皆の事大好き…」
「私もナーラさんのこと大好きですよ!」
「私もー!」
「私も。」
女性陣がナーラの傍に寄っていく。美しき友情だ。うん。
「俺もーぐぼらたぁ!」
健も駆け寄ろうとして変な叫び声を上げた。
「それは健が悪い。」
「な……ぜ……だ……ガクッ…」
「寄らないでください。臭い。」
「マスクしてんだから臭いなんて無いだろ?!」
復活した。
「マスクをも通り抜ける程の悪臭です。なんですか?存在が公害なのですか?」
「公害に認定される程なのか?!え?俺臭いの?ねぇ真琴様?」
「俺に振るな俺に。」
いつものやり取り。目を細めて笑いながらそれを見るナーラ。最初に会った時は怯えて震えていたし、なかなか笑わなかった。
それが今では楽しそうに笑っている。それだけで友達になった甲斐が有る。
「そろそろ戻りますかね。皆近寄ってくれ。」
「え?近寄って大丈夫?臭くない?」
健よ。大分心を折られたのだな……まぁ何も言ってはやらないのだが。
グラビティコントロールによって全員の体を浮き上がらせる。
行きは底が分からなかったからゆっくりと降りて来たが、帰りはサクッと行ける。
「ナーラ。」
「……ん?」
「ビューンって行くぞ?」
「え?」
グングンと上がっていくスピード。
「っ?!?!!」
「すっげぇ!上に落ちてるぞぉ?!」
「楽しいー!」
「真琴様は昔から絶叫系好きですからね。」
「っ!!!」
行きと同じ様にリーシャとナーラがしがみついて目を閉じている。目を閉じた方が怖い気もするが…どうなんだろうか?
一気に上へと辿り着き、着地すると涙目のナーラに無言でポコポコと殴られた。
因みにリーシャは数秒間遠い所を見ていた。
「そんなに怒るなって!」
「行きもそうだったが帰りまでとは!これはナーラも許さないだろ!なっ?!」
「マコト…酷い…」
「ほら見ろ!怒ってるぞ!」
「可愛い子にイタズラしたくなる様なもんだって!」
「か……」
「……ナーラ?」
「許す……」
「何故だぁーーー!!」
「真琴様。今日は一緒に寝て下さいね?」
「何故だぁーーー!!」
ジョーと俺が同じ格好で嘆く事になるとは…凛…恐るべし。
「またお会いしましたね。」
嫌なタイミングで嫌な奴の声がする。赤髪切れ目のエルフ。
「シーザ…」
「シーザって確か…!!」
ジョーがナーラの元に寄る。
「まさかここを降りられる人が居るなんて思ってもいませんでしたよ。私でもどう降りたものかと悩んでいましたのに…
お陰様で手間が省けましたね、さぁ。下で手に入れたものをこちらへ渡してください。」
「下で?何も無かったぞ。燃えてて毒が充満してただけだ。」
「冗談がお好きみたいですが…私はそう言った冗談があまり得意ではなくてですね……さっさと渡せ。」
低く太い声で凄むシーザ。
ナーラとジョーも居るし、俺の魔力も結構使ってしまった。タイミングは最悪。デカいのを撃てたとしても一発、いや頑張れば二発といった所か…
「真琴様。ナーラさん達を。」
「なんのために俺達が強くなったと思ってんだ?」
「たまには頼って下さい。」
「……そうだったな。頼んだ。」
「任せろ!」
「…はぁ。これだから下等種は……そんなに死にたいのならお望み通り殺して差し上げましょう。」
シーザの両手の爪が伸び、鋭利な刃物の様に尖る。
フッと視界から消えていなくなる。Sランクに指定されるだけの事はある。ナーラとジョーは完全に見失っている様子だ。
ガキィィン!
まるで大剣を打ち込んだ様な音がする。
クリスタルシェルで俺とナーラとジョーを包み込み守ったが、まさか初手からナーラを狙うとは。
「ちっ。弱い奴から先に殺そうと思っていましたが。」
「相変わらず汚いやり方。」
「シャーロット。私のやり方は汚いのでは無く賢いのですよ。それくらい貴方ならよーくお分かりになるでしょう?」
ニタァと口角を上げるシーザ。
「ひっ…」
ナーラにとってはよく見た顔なのだろう。仲間を殺した奴らの顔もきっとあんな顔をしていたはずだ。
「そろそろ良いか?」
シーザの真後ろに立つ健がシーザに向かって話しかける。
嫌な笑みを浮かべていたはずのシーザの顔が
「がっ!」
健の刀が振るわれるとシーザの腕がボトリと地面に落ちる。
「落としたぜ?」
地面に転がるシーザの腕を蹴飛ばす健。
シーザにとってはそれ程大した怪我では無く、シュルシュルと戻っていく腕。しかし、プライドを傷付けられたのか相当お怒りの様子だ。
「か……下等種の分際で私の腕を蹴飛ばすだと……?
そんな事があっていいはずがないだろう…このゴミ虫がぁ!!」
今までのクールを装っていた顔はどこへ行ったのか、その顔は獣と変わらない。
「うるせぇなぁ。叫んだ所でお前が俺達に勝てる様になるわけじゃねぇだろ。」
「なにぃ!?」
「それに、お前のその怒りよりずっとこっちはムカついてんだよ。」
「な?!どこへ?!」
「ここだバカが。」
「ぐあっ!」
「なんだ?これくらいも避けられない様な雑魚がSランク?笑わせるなよ。」
「き、貴様!ぐぉっ!?」
「ごめんなさい。痛かったですか?」
第三位虚構木魔法。アイアンウッド。鉄よりも硬い木を作り出す凛の魔法だ。健に何度もぶつけていた魔法。それが円錐状になりシーザの腹を貫通している。
「でも、シャルはもっと痛かったんですよ?だから、我慢して下さい。」
ズリュリと音を立てて引き抜かれたアイアンウッド。
「もう許さねぇ……ぶっ殺す!!」
腹の穴が治ると同時に青い炎を体に纏わせるシーザ。かなり高温の炎だろう。一般的には…だが。
「青い炎…ですか。」
「そうだ!下等種には到底辿り着けない領域だ!
お前達がいくら攻撃した所で私を殺す事は出来ん!簡単には殺さんぞ…私を侮辱した事を後悔させてやる!」
「その程度の吹けば消える様な炎しか出せないのですか?」
「なんだと?!」
「私達は全てを蒸発させる白い炎を作り出すお方を知っていますよ。」
「白炎だと?!バカな…いや、ははは。私とした事が騙される所だった。嘘に決まっている!私を騙そうとしてもそうはいかん!
そんな虚勢で私から逃れようとは思わない事だな!」
「何故弱い貴方から逃げなければならないのですか?」
「奴隷の分際で…死ねぇ!!」
青い炎がリーシャ目掛けて放たれる。
「影胞子。」
シーザとリーシャの間に現れる黒い胞子。プリネラが使う殺鬼流の魔法。
効果は空中にばら撒かれた黒い胞子がそれに触れた魔法を
ブラックホールの応用版と言った所だ。第五位闇魔法に相当し、ブラックホールより広範囲に配置できるが、胞子一つでは効果が薄い。
しかしシーザは炎を直線的にリーシャに向けて放っている。その軌道上にある胞子に徐々に削り取られ、リーシャの1メートル程手前で完全に消滅する。
それが分かっていたと言わんばかりに避けようともせずに矢を構えているリーシャ。
「いきますよ。」
「ゴミクズがぁ!!」
リーシャの矢が放たれると同時にシーザは目の前に炎の壁を作り出す。確かにその分厚い炎の壁の中を矢が通るとすれば燃え尽きるだろう。
通るとすればの話だが。
矢は美しい弧を描き、炎の壁を避けてシーザの後ろへと飛んでいく。
「ははは!どこを狙っているんだ!奴隷の分際でぇ゛ぇ゛」
リーシャの矢は戻ってきて的確に首を貫く。
死にはしないだろうが、シーザのプライドとやらは既に地に落ちただろう。
「殺す…殺す……殺す殺す殺すコロスコロスコロスーーー!!!」
完全にキレてしまったらしい。青い炎が更に勢いを増してシーザを中心に渦巻く。
大量の炎が上空に上がり、そのまま向きを変えてこちらへと向かって振ってくる。
バチバチ!
赤い稲妻が炎の塊へと走ると、完全に炎を飲み込み消滅させる。
「なん…だと…?」
驚きの表情を隠しきれないシーザの前に歩み出る大人になった姿のシャル。
「シャーロット…なのか…?」
「違うとしても、これから死を迎えるあなたには関係ない事。」
「ま、ま、待ってくれ!仕方なかったんだ!俺はあいつらに命令されて!」
「命令されてやっていたにしては凄く楽しそうだったよね?」
「そ、それは!」
「それはもう良いの。許すよ。」
「あ、ありがとう!これからは心を入れ替えて」
「ううん。違う。あなたが死ぬ事を許してあげる。」
「ひぃ?!」
シャルの右腕にバチバチと巻き付く赤い雷。シーザがさっきやっていた様に爪を尖らせるシャル。それを見てドサッと尻餅を付き怯えるシーザ。
昔の立場とは真逆だ。
「死ぬことを許してはあげるけどね。その死をしっかりと感じて欲しい。」
シャルが手をシーザの頬に触れさせると、右腕に帯電していた赤い雷がシーザの頭へと流れていく。
「アガガガガガッ!」
壊れた玩具の様な動きで声を震わせるシーザ。
それでもまだ死んではいない。
シャルの右手がゆっくりと動き、爪の先端がゆっくりと米嚙み辺りから突き刺さっていく。
皮膚を破り、肉を押しのけ、頭蓋を割って脳に到達する。
シーザの眼球がグルりと反転し泡を吹く。
「さよなら。」
シャルが呟くと赤い稲妻が腕から指先、そしてシーザの頭の中へと伝っていく。
パンッ!
電子レンジで生卵を温めた時を思い出す。
頭部を完全に失ったシーザの体はそのまま灰となり風に吹かれて飛んでいく。
「シャル…」
「やっと一人。まだ四人いる。」
「…そうだな。」
「……坊ちゃんも凄いが…あんたら全員本当に凄いな…最上級吸血鬼を殺っちまうなんてよ…」
「うん…凄い…」
「見直したか?」
「ふふ。私の友達…皆凄い。」
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