第23話 ナーラントル-ヒグモント

「そんなとこにいたのか!見てみろよ!グランの坊ちゃんだぜ!久しぶりに来てくれたみたいだぞ!あ、今はマコトだったか。」


奥から出てきて止まったまま一切動かないナーラントル。彼女の黒い瞳がこちらを見続けている。ノースリーブの黒いワンピースの上に黒のレースという格好。黒い服装と相まって白い肌がより白く見える。

よく見ると固まっている彼女の紫色の唇が微かに動いている事に気が付いた。


何か…言ってる?


声が小さくて呟いている様子だけれど、何を言っているのかは聞き取れない。

空気の振動を調節してナーラントルの呟きを聞いてみる。


「え、なにどういうこと?これって夢じゃないよね?いえ夢かもしれないけれど夢なら夢でなんて幸せな夢なの。しっかりして私、グランが不思議そうに見てるじゃない、あぁなんて素敵な瞳なのかしら、いえそんなことより私今日はあんまり気合い入れて無いのにこんな顔をみられるなんて、でも愛するグランに見られるなら、なんてきゃー恥ずかしいこと言っちゃった、なにか言わなきゃダメだよね、おかえりダーリンなんて言っちゃたりしたら怒るかな?きゃーそんな事言えないよー。それにしても久しぶりのグラン…ぐふふふ。じゅる。ダメよ。抑えないと…ぐふふふふふ。じゅる。」


え。なにこれ。怖い怖い怖い!よし。何も無かった事にしよう。俺は何も聞いていない。うん。

そうだ!このまま帰るというのはどうだろうか。ダメだよなー…


身の危険を感じるが…確かに嫌われてはいないらしい。


「あ……いらっしゃい……」


あれだけ色々言っていたのに聞こえる声で出てきた言葉はそれだけ。しかも消え入りそうな小さな声でちらちらとこちらを見る割に目が合うと焦った様に視線を切り、白い頬を桜色に染める。


「お茶………」


「あー!良い良い!せっかく久しぶりに来たんだ、お茶なんか俺がやるからナーラは座って話してろ!」


ジョー。なかなか良い奴。


「久しぶり…なんだよな。忘れちゃってて思い出せないんだが…」


「うん……」


「ナーラさんはずっとここに?」


「他に……行く所無い…から…」


「色々と聞きたい事はあるんだが…その前に。」


「うん……」


俺の手を恐る恐る取るナーラ。白く細い指が手に触れるとひんやりと冷たい。


胸元に手を当てるといつものやつが来る。恥ずかしそうに俯いているナーラントルの顔が白く飛んでいく。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「赤羽の野郎こんな所まで追ってくるなんてな…」


「俺達そんなに恨まれる事したか?」


「あれだけ氷漬けにしたら怒るだろ。」


「俺のせいか?!」


「それ以外には思い当たらないからな。」


「いやまぁそうなんだが…

それよりキーカにはちゃんと挨拶も出来ずに出てきたし次行った時は怒るかもなー…」


「え?!それ俺がヤバいやつだよな?!」


「……任せたぞ。」


「爽やかな笑顔で騙されるかよ!!」


「グラン様。それよりこちらに逃げてきてよかったのですか?北には何もありませんよ?」


「だからだ。あいつらもこっちに逃げるとは思ってないだろうからな。

それに、グランウンドデッドとやらを見てみたいだろ?」


「観光かよ…」


「実際誰も追ってきてないんだから良いだろ?」


「大胆と言うかなんと言うか…」


「確かこの辺りから毒ガスがあるんだったよな?」


「こうだだっ広いと正確にどこからかなんて分かんねぇな。」


「用心するに越したことはないしマスクを着けて行くぞ。」


キーカ達との慌ただしい別れを済ませ、北へと逃げてきた俺達は、マスクを着けてテコテコと荒野を歩き続ける。


目指しているのはこの先にあると言われている大きな穴。昔ドラゴン同士の戦闘で出来た穴らしいが、どんな物なのか、一度くらい見てみたい。

まだまだ先は長そうだし、暗くなってきたのでこの辺りにテントを張って明日にしようかと思っていると、奥に緑色の光が見える。


「なにかあるな?」


「……レイスか?」


「なんでこんな何も無いところに?」


「さぁ…エビルレイスじゃないと良いんだが…」


緑色の光はランタンによる物だったらしい。


「……」


「……こんな所で何してんだ?」


エビルレイスなら有無を言わさず襲いかかってくるはず。奴らはそういうものだから。


「ちょっとな。あんたらは?」


どうやら話が出来るし普通のレイスらしい。


「大穴を見に来たんだよ観光だな。」


「マスクまで着けて…余程見たかったんだな。」


「残念ながら嫌なことが多くてね。たまには観光するのも悪くないだろ?」


「なはははは!その歳で言う事じゃねぇんだがなぁ!」


「ジョー……」


突然目の前にいたレイスの隣に赤黒い髪の女性が現れる。何も無い所から突然現れた女性にびっくりしていると…


「ダメだナーラ!出てきちゃなんねぇ!!」


「え……あ…………」


赤黒い髪の女性が俺達の顔を見ると白い肌がより白くなった気がする。あの表情はよく知っている。

恐怖の顔。


「ひ、人種…!」


「ちっ!見られたからには殺すしかねぇ!」


「ちょっ、ちょっと待てって!なんでそうなる?!」


「坊ちゃん達には悪いが死んでもらう!」


「落ち着けっての!」


ちょっと乱暴だが魔法を使う。レイスには基本的に物理攻撃は効かない。霊体だし。物を持ったりするのはレイスが意識して触っているだけのことで体は完全に物理無効。逆に魔法には弱い。だからこそのランクCなのだが。


「ぐぁっ?!」


「やめて!」


赤黒い髪の女性が震える手を胸の前に組んで叫ぶ。


「別に酷いことをするつもりは無いって。攻撃されない様に縛っただけだろ?」


「え…?」


ウォーターバインドで動きを封じただけだ。


「は、速い…逃げろナーラ!こいつらには適わねぇ!」


「グラン様が待てって言ってるでしょ?」


プリネラが女性の横に移動した事に気が付かなかったらしい。かなり驚いた様子でビクッと強ばる女性。


「すまねぇ……ナーラ……」


「何を勘違いしてるか知らんが、俺達は観光しに来ただけだっての。突然攻撃しようとしたのはそっちだろ?なんで俺達が悪者になってんだよ。」


「子供だろうが人種には変わりねぇ。」


「さっきから人種にこだわってるな?

人種に恨みがあって俺達を恐れるなら見当違いだ。俺達はその人種から狙われてここまで逃げてきたんだからな。」


バインドを解いてやる。攻撃しても勝てないと悟ったのか攻撃はしてこない。


「人種に狙われているだと?」


「俺は人より魔力が多くてな。そのせいで狙われ続けてるんだよ。結局デュトブロスまで追ってきやがったから一時避難しにここまで来たんだ。」


「人種に狙われる人種か。いい気味だ。」


「あまりグラン様を愚弄ぐろうするなら殺しますよ?」


「ぐっ…」


「こらこらティーシャ。脅さないの。」


「私は悪くありません。」


「はぁ……とりあえず俺達のことが嫌いだという事はよく分かったからここには二度と近寄らないよ。迷惑掛けたな。」


「ま……待って……」


「ナーラ?」


「待って!」


「ん?なんだ?まだ何か用でも?」


「お茶……」


「ナーラ!そんな危ねぇ事しちゃ」

「良いの……」


「えーっと……」


「お茶……飲んで行って…欲しい…」


未だ女性の顔には恐怖の色が残っているし、手は震えたままだ。勇気を出してその一言を振り絞ったという事は分かった。


「………ありがたく貰うよ。」


「グラン様……」


「な、なんだよ。」


「ほんとグラン様ってあぁゆうのに弱いよな。」


「うるせいやぃ!」


「いいのかナーラ?」


「うん…話を……聞きたい……」


「……分かった。」


レイスがランタンを掲げると目の前に小さな家が現れる。


「な、なんだ?!」


「これは…死霊魔法か?」


「知ってる…の?」


「聞いた事があるってだけだ。」


「……中へ…」


「あぁ。お邪魔するよ。」


「うん…」


小屋の中に入り、椅子に座ると紅茶を出される。

なんか凄く不思議な色の紅茶なんですけど…何色なのこれ?飲んで大丈夫なの?これ逝っちゃったりしない?


「この家の中なら…マスクを外して大丈夫…」


「それは有難いな。正直鬱陶うっとうしくてな。」


「お前…警戒心とか無いのか?嘘かもしれないとか思わないのか?」


「嘘なのか?」


「嘘じゃ…ない…」


「ほらな?」


「ほらな?って……変な奴だな。」


「いや。お前の方が変だろ。見た目的に。」


「言いやがる。」


「ジョー……」


「分かった分かった!どうせ勝てないんだから敵対するなんて馬鹿な真似はしないって!」


「うん…」


「それで?紅茶を飲ませたいってだけじゃないんだろ?」


「私の名前は…ナーラントル-ヒグモント…ナーラと呼んで…。こっちは…ジョー……話を……聞きたい……」


「俺はグラン。なんの話を?」


「あなた達の…話……人種に…追われてるって…」


「楽しい話じゃ無いが…それでいいなら。」


「うん……」


別に隠すような事でも無いし、重要な事は伏せておけば問題は無い。今まであった事を話して聞かせる。


時間はあったし、よく分からない色の紅茶も美味しかったから随分と長く話をした。自分でも驚いたが、今までにあった色々な事を全て鮮明に思い出す事が出来た。鮮明に思い出せる事が辛い思い出もあるが…


話を終えると…と言うか話の途中でもだったが…


「う゛ばーー!!!」


「か、変わった泣き方だな…ジョー。」


「だっでよー!グランの坊ちゃんが不憫ふびんでよー!」


「うん…」


ナーラも鼻をすすり涙を拭いている。


「そんなに不憫…だとは思ってなかったが…」


「それにティーシャの嬢ちゃんも、ジャイルの坊主も、プリネラのチビも。」


「チビ言うな!」


「よく頑張ってここまで来たなぁ!」


「うんうん……」


「よし飲め飲め!な!紅茶だけどな!」


「……そんなに嫌な事があったら……人種が…嫌い?」


「いや。別に人種を嫌ってるわけじゃない。嫌な奴はどんな種族にだっているさ。そんな奴らとは違う人種だっている。」


「フィルリア…さん……」


「あぁ。フィルリアがいなきゃ俺もティーシャも、もしかしたら死んでたかもしれない。だから人種全部を嫌うのは違うと思うんだよ。」


「……」


「ナーラ……」


「ジョー…私…」


「ナーラの好きにすればいい。」


「……うん。

グラン。私の話を…聞いてくれる?」


「紅茶をもう一杯貰っても?」


「えぇ…もちろん。」


なんかこの紅茶…病み付きになるな。


「それで?ナーラの話って?」


「私は……アライルテム族……唯一の生き残り…」


「アライルテム族?」


「昔…人種に虐殺された…種族。」


「……」


「私達…アライルテム族は皆…死霊魔法を使う…」


「死霊…ジョーか?」


「ジョーは違う…ただ私に着いてきてくれているだけ…」


「どんな魔法なんだ?」


「生き物の死体なんかに霊体を入れて定着させたり、俺達みたいな霊体やゾンビなんかと意思疎通が出来て、統率したりも出来るんだ。

レイスってのはものによっちゃ普通の人には見えないくらい弱い力の奴もいるんだがな。そんな奴らのこともしっかり見えるし魔法で強くすることも出来る。」


「へぇ。なんか面白い魔法だな。」


「けど…私達自身は…強くない…」


「アライルテム族は死霊魔法を使えるが、他の属性魔法を使えない奴が多かったんだ。」


「ナーラもなのか?」


「うん…それと、アライルテム族は……凄く長命……」


「エルフや龍人種よりもか?」


「うん……」


「アライルテム族は二十歳前後の体になると、それから五年毎に若返るんだ。」


「若返る?」


「原理はしらねぇけどな。大体五年周期くらいで深い眠りに着く。半年は寝てるな。

その間に体が若返るんだ。」


「それは……人種が欲しがりそうだな…」


「あぁ。人種は…いや。あいつらは数と力でその能力が奪えると思ってやがる。」


「色々と…大変な事もある…体は弱いし…冷える…」


そう言って俺の手に恐る恐る触れたナーラの手はひんやりと冷たかった。


「ナーラがまだ小さい時からだから…ナーラとはかれこれ三百年くらいの付き合いになるかな。」


「うん…それくらい…」


「あん時は俺もまだフラフラしてるだけのレイスでな。おっと、死んだ理由は忘れたぜ?」


「ジョー…酔っ払って…落ちたって…」


「しー!言わなくていいんだよ!」


「なんか想像通りだな。」


「グランの坊ちゃんは言いたいこと言いやがるぜ…まぁいい。

ふと立ち寄ったアライルテム族の村でナーラントルと会ったんだ。まだこんなに小さくてな。」


指で1センチ位の隙間を作る。


「そんなに…小さくない…」


「冗談だよ冗談!なはは!

そんでよ。会った瞬間にビビビっと来たわけよ。」


「何がだよ…」


「分からねぇ!なはははは!」


「こいつ殴っていいか?」


「や、やめろ!魔法はやめろ!」


「ちゃんと話をしろっての。」


「すまんすまん。

最初に会った時ナーラは家の庭で太陽の光を浴びながら何匹かの動物に囲まれててな。小動物だったが、全部体は死んでた。」


「死霊魔法で?」


「あぁ。その時は普通に死霊魔法もアライルテム族の事も皆知ってたからな。直ぐに分かったんだが、十匹以上も使役してたんだぜ?凄いだろ?!」


「す、凄さが伝わってこないんだが…」


「死霊魔法を使って定着させると、常時魔力をその個体に奪われ続けるんだ。与え続ける…と言った方が正しいか…それに、それぞれの個体で掛ける魔法の種類や強度が若干違うんだよ。それを常時制御するんだ。使役する個体が増えれば増える程めちゃくちゃ難しいって事だ。」


「つまり沢山使役出来るって事はそれだけ死霊魔法のセンスと魔力量が必要なのか。」


「魔力量は…そんなに要らない…けど。」


「いやー。あの光景は今でも思い出せるぜ。俺にとっちゃナーラは天使に見えたね。」


「言い過ぎ…」


「言い過ぎなもんかよ!それを見てナーラを守るって誓ったんだからよ!

俺が声を掛けたらナーラ最初になんて言ったと思う?お友達になって?だぞ!?俺は胸が締め付けられたぜ…」


「締め付けられる胸がもう無いけどな。」


「ぐ、うるせぃ!」


「ナーラとジョーはそれから一緒なのか?」


「うん…ずっと一緒…」


「楽しかったぜ?周りのアライルテム族の皆も歓迎してくれてな。俺みたいな奴らも沢山いたんだ。

だがな…ある日突然だ。数百人の人種がいきなり村を襲った。捕まった奴やその場で切り捨てられた奴。訳もわからず皆逃げ惑ったさ。当然俺はナーラを連れて逃げようとしたさ。」


「両親は?」


「殺されたよ。ナーラを俺に託してな……3人で逃げようとしたならきっと全員死ぬか捕まってたろうな。

それが分かってたから二人とも……争い事なんて大嫌いな人達だったのによ……」


「……」


「あの光景は……忘れようとしても……出来なかった…」


「……その気持ちはよく分かる。俺もティーシャもな…」


「なんとか逃げ延びた奴らもいたが、皆バラバラになっちまってな。俺とナーラは色んな所に逃げ回ったよ。」


「そこまで執拗しつように追われたのか?」


「なんでかは知らないけどな…一人残らず殺す事が目的だった様に今では感じるな…」


「……」


「結局どこに行ってもあいつらは追ってきやがった。逃げに逃げてやっと逃げ延びた連中と合流出来た場所が…ここさ。」


「……他の人達は?」


「殺されたよ。ここまで追ってきた連中にな。」


「……」


「だが、逃げ延びた奴らがよ…唯一の子供だったナーラだけは助けようとしてな。

まだ体が小さかったナーラを家の床下に掘った穴に入れて認識阻害の死霊魔法で蓋をしたんだ。」


「この家に使われてた魔法か?」


「うん…」


「穴の中にいたナーラは本当によく頑張った…逃げ延びた奴らが一人一人殺されていく音がな…聞こえてくるんだよ……床下にな…」


「……」


「でもナーラは涙を流しても皆が繋いでくれた気持ちを知ってたからな…音も声も絶対に出さなかった。

静かになって外に出たが…」


「聞かなくても分かる…」


「……それからここに認識阻害の魔法を掛け、二人で家を建て、今までずっと隠れて生きてきた。」


「……そうだったのか…」


「ジョーが…ずっと守ってくれた……私の恩人…」


「分かります!!」


「うぉ?!」


「凄い食いつくなティーシャ…」


「私にとってのグラン様と同じです!」


「う、うん…」


「そんな事をされたら人種を嫌うというのも納得しちまうよな。」


「同じ種としてなんともやり切れない思いだな…


「グラン達は…私の事…アライルテム族の事を…どう思う?」


「どうって……完全な被害者だろ。

そこまで執拗に追われた理由が他にあるのかもしれないが、何がどう転んだって皆殺しにして良い理由なんて絶対に無い。」


「俺がアライルテム族なら復讐を一番に考えるな。不可能でも一矢報いてやりたいとは思っちまうな。」


「そうですね。事実私達も同じ様な考え方をしていますし。」


「私もそう思う!」


「アライルテム族の…能力は?」


「能力…と言われてもなぁ…エルフが高い魔力を持っていたり、ドワーフの手先が器用だったりとかと同じだろ?その種族の個性。そうなんだぁ…くらいにしか思わないな。」


「羨ましい…とかは……?」


「無い無い。もし羨ましくても他人から奪おうなんて思わないって。」


「そっか………」


「??」


「言っただろ?ナーラはずっと俺と一緒だったって。

生きた他人との関わりなんて今まで一度も無かったんだ。ずっとナーラは誰かに聞きたかったんだよ。本当はアライルテム族が世界にとって排除されるべき危険な存在だったんじゃないかってな。」


「いや。無いだろ。

と言いたいが、確かに他人の意見を聞けないってのは自分の考えが普通なのかどうなのかさえ分からないって事だもんな。」


「いつかナーラが、この人に聞いてみたいって人が現れたら聞いてみろとは言ってたんだが……まさか人種を選ぶとは思ってなかったぜ。」


「私と…同じ目をしたから……」


「根性無しに見えて変な所で肝が座ってんだよなー。」

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