第22話 贖罪
「や、やめてよ!痛いよ!」
「大丈夫ですよ。直ぐにこれくらいは痛くなくなりますから。」
「どう言うこと?!やめてよ!」
引き
真ん中に台があり、その横にはヤトリフが立っている。手元には何に使うのか分からない器具が沢山置いてある。
「いや…嫌!!やめて!助けて!!」
私の声は誰にも届かない。暴れても関係無しに台に乗せられて手足と首を台に固定されてしまう。
身動き一つ取れない。
「さぁて……それじゃあ始めようか。
僕の名前はアガナリ-ヤトリフ。これからながーい付き合いになるだろうからよろしくね。シャーロットちゃん。」
「な、なに!?何するの?!」
「んー…説明も面倒だから体験してよ。きっと楽しいよ。」
そう言ってヤトリフが手に持ったのは鋭いナイフ。
「じゃあ、行くよ。」
ザクッ!
お腹に激痛が走る。
「い゛や゛ーーーーーーーーーーーー!!!!」
「すごーい!本当に治るんだ!おもしろーい!!」
ザクッザクッザクッ!!
「あ゛あ゛あ゛ぁぁ!!!」
「なんでなんでぇ!?」
ザクッザクッザクッザクッ!
叫び声、肉を割く音、ヤトリフの笑い声。それらが部屋の中にひたすら響き渡る。
「じゃあ次はこれね!行くよー!」
よく分からないけど痛い何かを使って体中を引き裂かれる。
「い゛ぁ゛ぁ゛ーーーー!!!」
「楽しいーーー!!あはははは!!」
こんな地獄を毎日毎日毎日毎日毎日続ける。
最初は痛みに涙が止まらない。痛すぎて気絶するけど、痛みでまた起きる。そしてまた叫ぶ。それを繰り返し続ける。
テポルのいる部屋に戻される事は無く、台の上に固定されたまま時間だけが過ぎていく。食べたり飲んだりしなくても私は死なない。どれだけ痛くても、どれだけ空腹でも、どれだけ苦しくても私は死ねない。
たまにヤトリフ以外の人が来る事もあった。ただ、やることは変わらない。
肉を割かれ、骨を切られ、腕や足をもがれ、目玉をくり抜かれ、皮を剥がれ、ありとあらゆる苦痛を体験した。
すると、不思議な事にある時から全く痛みを感じなくなった。
どんな事をされても私は声も上げず涙も出ない。
体を切り裂かれながら私は壊れてしまったのだろうかと考える。多分壊れてしまったのだろう。
どれくらいそんな日々が続いたかは分からない。そんなある日の事、私の隣に私と同じ様に台に固定されたテポルが入ってきた。
その時の私は既に何も言わないただの抜け殻になっていた。
テポルには私の血が入れられ、吸血鬼となり牙が伸びていた。
「やっとここまで来たよー。君は凄い再生能力なんだけどねぇ。それを他人にも分け与えるべきだと思うんだよ。だからテポルちゃんにも協力してもらおうかなってね!」
「シャル……」
私の姿を見て、テポルは泣いていた…と思う。
それから私の声とは違う叫び声が聞こえるようになった。ただ、私の時とは違って、部屋の中には血の匂いが充満していた。
テポルは私の血を入れられたけど、下級吸血鬼程度の変化だった。
腕をもがれたら血が吹き出し、治ることは無い。でも、治らないと分かると私の血を更に入れられる。そしてある程度再生したらもっと酷いことをされる。
そんな風にテポルの体は徐々に足りなくなっていった。
私とテポルだけが残された部屋の中、テポルの声が聞こえた。
「シャル………ごめんね………」
私はその言葉に何かを返す事が出来なかった。
「さぁて。かなり君の事を理解出来たから今日で最後にするよー。二つだけ確かめたい事があるからそれだけやるね?」
「………」
テポルは多分自分がどうなるか悟っていたのだと思う。そしてそれを受け入れる程に疲れていた。
「二人とも反応なくてつまらないなぁ…まぁ今日までだし良いけどさー。」
「まずは、シャーロットちゃんの血をテポルちゃんにもっともっと入れたらどうなるか調べるね?」
「ぐぁ……あ゛ぁ゛………」
「お、お?」
ボンッ!
人の体から聞こえる事が無いような音がする。
「なるほどねー。過剰過ぎると体の一部が異常に再生して爆発するんだねー。」
目を向けると、顔の半分が膨れ上がり、真っ赤な血をピューピューと吹き出すテポルがこちらを向いて、残った半分の目に涙を流している。
「テ………ポル………」
「じゃあ最後の一個ねぇ。」
「ジャ゛ル゛………わ゛だじ」
グシャッ………
私の顔に大量の血と肉と骨が掛かる。今の今までそこにあったはずのテポルの顔が完全に潰されて無くなってしまっていた。
「あー。やっぱりダメかー。治らないねぇこれは。」
「……テ…ポル………テポル!!」
「あれ?なんか反応してくれたなぁ。嬉しいな!」
「テポルーー!!!!」
「あぁ。ダメダメ。暴れちゃ。君は僕達の始祖になるんだ。神様なんだから大人しく担がれていれば良いんだよ。」
暴れた所でこの台から降りる事は出来ない。
暴れるのをやめると満足した様に出ていくヤトリフ。
私の隣にはテポルだったものが置かれたままに。テポルは灰となって台の上に残っていた。
誰も居なくなった部屋の中で、私は一人で考えていた。
私は何かをしていたらテポルを助けられたのだろうか?そもそも知り合わなければ、仲良くならなければこんなにも酷い終わりを迎える事は無かったのだろうか?
何度考えても、いや。何千年考えても答えの出ない疑問を。
メキメキ…バキバキ!
自分の手が折れて行くのを感じる。痛くは無い。
無理矢理引き抜いた手はぐちゃぐちゃになっていたけどそれも直ぐに治る。
固定具を外して台に座る。
何度見てもテポルは帰ってこない。
台の横にあった一番大きくて長い刃物を持って、自分の体に幾度も幾度も突き刺し続ける。心臓を切り裂き、肉を抉り、首すら落とした。
でも数秒後には元通りに戻ってしまう。何故私は死ねないのか。テポルが死んだこの世界に私が生きる意味が有るのだろうか。
自分の心臓を抉りながら延々とそんな事を考えていた。
どんな事をしても死なない私の体。刃物を壁に投げ付けるとカランと床に落ちた。
台から降りると、足が
随分と軽くなったテポルの一部を
裸のままで誰の監視もない屋敷をフラフラと抜け出した。
「テポル……テポル……」
優しかった彼女の名前を呼び続けても返事は返って来ない。
なんとか屋敷を抜け出した私はそれから誰も信じず、誰も頼らず、誰とも喋らず生き続けた。
言葉はたどたどしくなり、私は死を求めて
後にその五人が私から抜いておいた血で吸血鬼となった事を知った。増えていく吸血鬼が悪さをする度に私はその吸血鬼を殺した。
それが死ねない私に出来る唯一の
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
「………酷過ぎる……」
「でも今は……少しだけ生きてみたいと思う。」
「シャル……」
「テポルはそんな私を許してはくれないかもしれないけど……
………最後のあの時。テポルはなんて言おうとしたのかな…?」
「………」
小さな袋を手に持って遠い目をするシャル。
優しい言葉なら簡単に掛けられるだろう。
デポルは恨んでなんかいないよ。彼女はシャルに生きて欲しかったんだよ。
でもそんな言葉を俺達が言えるはずが無い。
知った様な事を言えるはずが無い。
それは優しさでは無く無責任だから。
「話が逸れたけど、そんな奴ら。
私を始祖として担ぐ事で何かしようとしてるのかも。私程の再生能力は得られなかったみたいだから。」
「それでまた来るつもりって事か?」
「推測。」
「シャルは最初からその五人を葬る事を望んでたよな?」
「出来るか分からなかったし、どこに居るかも分からなかったけど。」
「この世に居ない方が良い奴がまた来てくれるんだ。テポルの為にもやる事は一つだけだな。」
「……うん。」
「手伝わせてくれるか?」
「私からお願いしてる。」
「決まりだな。」
「私の事情に巻き込んでごめん。」
「おいおい。一番個人事情に巻き込んでるのは俺の方なんだからそこで気を使われると俺がなんなのかって話になるだろ。」
「言われてみれば。」
「なら言いっこなしだ。」
「うん!」
この世にはまだまだ信じられないくらいのクズが存在する。それを全て消し去る事は出来ないしそんな事は考えていない。
ただ、シャルとテポルの為にその五人に対しては命を奪うという
「そう言えばさっきシーザって奴何か探してるみたいな事言ってたけど、こんな所に何を探しに来たんだ?」
「シーザは調達係。」
「調達係?」
「あの五人の繋がりは知らないけど、立ち位置がある程度決まってる。あれだけ一緒に居れば分かる。」
「それぞれ役割があるのか?」
「ヤトリフは力の研究。ジャグリは軍事。アンザニは経済。そして多分ギュヒュトが指示を出してる。」
「ギュヒュトが一番上って事か?」
「多分。ギュヒュトだけはあまり来なかったから分からない。ただ、他の四人の反応とかで思った。」
「それぞれ役割があって行動してるのか…変に組織的だな。」
「うん。」
「ただそれが分かっても今は何か出来るわけでも無いからな…当面はシーザの事だな。
調達係ってのは何する役割なんだ?」
「そのままの意味。彼らが必要とするものを調達してくる役割。人、物、情報。なんでも持ってくる。
ほとんどが世の中に出回らない物だから、そっちの商業に顔の広いシーザがその役割を果たしている。」
「つまり使いっ走りか?」
「使い………」
シャルの口角が少しだけ上がり、体が微振動している。こ、これは……大爆笑してるのか?!
「あいつにそんな事を言えるのは多分マコトだけ。」
「ふっふっふ。凄いだろ。」
「凄い。
シーザは五人が必要とする物を集める役割だけど、こんな所に何かあるとは思えない。」
「なーんにもない荒野だしな。」
「うん。でも、何も無い所にシーザが来るとも思えない。私達が知らない何かを探しているのかも。」
「シーザに渡しちゃ行けない物だろうな。
それについてもよく調べてみよう。もしかしたらこの先にいる彼女が何か知ってるかもしれないしな。」
「うん。何にしてもあいつらの良い様にはさせない。」
シャルの目には奴らに対する恐怖は一切無い様に見える。数千年の時が奴らに対する恨みのみを抽出したのかもしれない。
痛みを感じる事を体が拒絶する程の環境。トラウマは相当の物だったはず。話しはしないけれど、その後のシャルの人生は
それを考えると、何も出来はしない過去の事なのに辛くなってしまう。
「シーザの言っていた事から、多分次に会った時は戦闘になるはずだよな?」
「だろうな。はい、そうですかって簡単に引き下がるタイプには見えなかったしな。」
「最上級吸血鬼の五人は、手足を切り落としたくらいだと直ぐに治る。」
「頭を潰せば死ぬんだったよな?」
「うん。多分だけど。」
「実践した事ないから分からないわな。」
「無理でもどうにかして殺す。」
「分かってる。シーザについて他には?」
「……シーザは水魔法を得意とするエルフ。吸血鬼化した事で再生能力と力…それに魔力を得てる。」
「って事は他の四人も魔力が増えてるのか?」
「うん。それは間違いない。中級や下級の吸血鬼も同じだから。
ドラゴン程じゃ無いにしても気を付けないと危ない相手。何より血を体内に入れられると皆も吸血鬼になる。それだけは避けてほしい。あの感じからすると仲間にしようとは思ってないだろうけど、何があるか分からないから。」
「そうだな。分かった。気を付けるよ。」
「……話したら…少しスッキリした。」
「そうか。」
そう言って小さな袋を仕舞ったシャル。彼女の贖罪はまだまだ続いていくのかもしれないけれど…
長い長い時間の中の、ほんの僅かな時間かもしれないけれど…
俺達といるこの時間が、安らげる時間になれば良いと思う。
明るい紫色の髪の上に手を乗せる。
「マコト?」
「いや。なんかこうしてやりたいと思ってな。邪魔か?」
「ううん。気持ちいい。」
頭を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らしそうな顔をするシャル。
ここにいる皆は、誰もが辛い過去を背負っている。世の中に辛い過去を背負っていない者など居ないのかもしれないが、多分俺達はその中でも酷いものだろう。
そんな過去を持っているからこそ引かれ合ったのかもしれない。
翌日、遂に有毒ガス地帯へと入る事になった。
「マコト様。ここから先は有毒ガスが出ているみたいです。」
プリネラが鼻をクンクンとしてから教えてくれる。
「何も臭わない気がするが…凄いな。」
「毒についてはかなり勉強しましたから!」
「頼もしいな。有毒ガスとなると目にも見えないからな。」
「えへへー。多少吸い込むくらいは大丈夫ですけど、確実に体にはダメージが入りますので、ここからはマスクを着けて行きましょう!」
プリネラの提案で全員マスクを着けて先に進む。
有毒ガスが!と言われると、何故か息苦しい気がしてしまうのは思い込みだろう。プリネラの話では呼吸で取り込まなければ大丈夫らしいのでそれ以外には特に何も着けていないが、目がシパシパする気が……思い込みだよな…?
有毒ガス。と言われると凄く臭くて爆発しそう。なんてイメージを持つ人もいるかもしれないが、そうとも限らない。
人の体に対して害を成す気体をそう呼ぶため、例えば一酸化炭素なんかもその部類に入る。
不完全燃焼によって生成される一酸化炭素は健がいつも咥えている煙管の煙にも含まれている。当然爆発はしない。しかし一酸化炭素を吸い込み続けると眠るように死んでしまう。
この辺りに充満しているのはそう言った類の毒ガスなのだろう。
そんな有毒ガス地帯を一日中歩いたが、それらしき物は見えてこない。そろそろ日も沈むし…
「こんな所に本当に住んでるのか?」
「移っていなければもう少しで着くと思うのですが…」
「見つからないなら不本意だけど、どこかでテントを………ん?なんだあれ?」
だだっ広いだけの荒野の真ん中でキョロキョロしながら歩いていると、不思議な物が目に入る。
何も無い平地にユラユラと揺れる緑色の光を放つランタン。1メートル程の高さでフラフラと浮いている。
魔法…で浮いている訳ではなさそうだが、そうなると何故……
目を細め、よくよく見てみると、ランタンは浮いているのではなく、半透明な人が持っている。
レイス。この世界では幽霊という存在が普通に有る。信じる信じないではなく有るのだ。今まではあまり相対してこなかったが、霊体のモンスターもいるし討伐依頼なんかも普通にある。
中でもレイスは最も身近なものだ。幽霊だと思うと害を成すイメージがあるが、そんな事は無い。単に居るだけのものや中には旅人を助けてくれるものもいる。
レイスと言った場合は単純に霊体の事を指すが、一般的には害をもたらさない霊体の事をそう呼ぶ。特別害をもたらす霊体の事はエビルレイスと呼ばれ、Cランク指定のモンスターとなる。
友好的かどうかの判断は非常に難しい所ではあるが、今回の場合は探しているナーラントル-ヒグモントが死霊魔法を使うので十中八九彼女が関係しているだろうしエビルレイスでは無い……はず。
「あ。居ましたね。」
ランタンを持っているのはボロボロの黒いフード付きマントを着ている……人型の何か。目鼻や口はあるが、のっぺりした顔付きで髪や眉も無い。
「レイスというのは霊体ですので、基本的に皆あの様な姿になるんですよ。」
「種族とか関係無しに皆同じなのか?」
「はい。個性がちゃんとある…との事ですが、私には未だに見分けが付きませんね…」
恐る恐るそのランタンを持った何かに近付いていくと、こちらを見ていたそれが反応する。
「お?おぉ!おおお?!こりゃたまげた!グランの坊ちゃんか?!」
「ジョーさん。お久しぶりです。」
「ティーシャの嬢ちゃんか?!はぁー!綺麗になっちまったなぁ?!って事はそっちの煙を上げてんのはジャイルの坊主か!」
「久しぶりだな。」
「私もいるよー。」
「プリネラのチビか?!デカくなったなぁー!これじゃチビとは呼べないか………いや。チビだな。」
「はいーー!!」
「あ!やめて!魔法はダメだって!」
あまりのテンションに固まってしまった。もっとドロドロっとしたテンションで来るかと構えていたのに…騙された!
「今は真琴って名乗ってる。」
プリネラの影縛りでグルグルに巻かれつつ話が続く。彼?のテンションは気にしない事にしよう。
「マコト?奇妙な名前だなぁ。」
「奇妙なのはお前だ!」
「なははは!相変わらず坊ちゃんはハッキリ言うなぁ!
おっと。楽しんでる場合じゃねぇな。ナーラに会いに来たんだろ?少し待ってな。」
プリネラになんとか解放してもらったジョーは後ろを向いてランタンを
ブワッと風が吹くと霧が晴れていく様に目の前に小さな家が現れる。光魔法…では無さそうだ。多分あのランタンが魔道具の類だろうが、見た事のない魔法。
「入りな!」
ジョーが扉に向かって歩いていく。家の屋根の四隅にジョーが持っているランタンと同じ様なランタンがぶら下がっていて緑色の光を放っている。
「ナーラ!入るぞー!」
ガチャ
無作法に扉を開けて入っていくジョー。
「ナーラ!おーい!どこだー?凄い奴らが来たぞー!」
ジョーに続いて中に入ると、中は薄暗くジョーの持っているランタンが唯一の明かり。照らされている家の中には骨やら変な色の液体の入った瓶やらが置かれている所が見える。下手に触らない方が良さそうだ。
「………なに…?」
奥から気だるそうな声で返事をしながら出てきたのは俺の記憶にあったそのままの姿のナーラントル-ヒグモント。
彼女が俺と目を合わせるとビタッっと動きを止めた。人種嫌いな種族らしいし…大丈夫だろうか…
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