第20話 サフ
扉を開くと中はとても暗く、目を凝らさないと壁すら見えない。今までも薄暗かったが、それよりずっと暗い。
中にはエルクの言う仲間の姿があった。
「くく……あははは!なんて単純な人達なんだ!」
さっきまで俺達の前にいたエルクが突然楽しそうに笑い出す。
部屋の中にいたのはエルクの仲間。つまりネフリテスだった。
「こんな簡単な罠に掛かるなんて大した事ない連中じゃないか!あはは!
アンバーもムンストもなんでこんな奴らに殺されたんだよ!あははは!」
「……」
「なに?怒っちゃった?ごめんねー!あはははは!」
「アンバーとムンストの事を知ってるって事はお前もネフリテスの幹部の一人か?」
「なんだよー。怒れよー。つまらない奴らだなぁ。
俺はサフ。当然幹部だよ。
まぁあいつらみたいに馬鹿じゃないし、弱くも無いけどね。」
「それで?この人数で俺達を殺す気なのか?」
部屋の中にいるのはサフを合わせて六人しかいない。
「手を出すつもりは無いよ。君達はダンジョンに殺されるんだからね。」
そう言うとサフは後部の扉を開けて出て行ってしまう。残りの五人は目の前に残ったままだ。
残った奴らが一斉に魔法を唱える。なんと言ったのか聞き取れなかったが、その効果は直ぐに分かった。
入ってきた入口とサフが出て行った出口の前にかなり強固な光の魔法障壁が出現する。閉じ込めたいらしい。そして魔法が完成した瞬間に突然苦しみ出し、その場に全員が倒れ込む。
自身の命と引き換えに障壁を発動させる第八位、光魔法。ライフバリアー。禁術指定されている魔法で、命を犠牲にすることで、死後もその効果をある程度持続させる事が出来る魔法だ。その効果時間は個々人によって違うが、死体を見る限り当然の様に黒の契約を行った者たち。その魔力量なら少なくとも半日は消えないだろう。
二人の幹部を殺した事で、本格的に狙われ始めたらしい。
「ここから半日間に渡って俺達をモンスターと戦わせ続けようって事か?」
「だろうな。」
「なんて言うか……今までで一番分かりやすい奴だな。」
「あんな胡散臭い奴初めて見たぞ。」
「ボロが出まくりでしたね。」
そもそも命かながら急いで走ってきたのに傷一つ無いどころか汗一つかいていない。完全に閉鎖された国で冒険者の様相が分かるのもおかしい。このダンジョンの複雑な道を初めて来たはずなのに地図も無しにひょいひょい進んで行く。そして極めつけは長い袖の下にチラチラと見える黒い刺青の様な模様。当然こっちは全員気付いていた。
ただ危険なダンジョンという話が本当なら確認しておく必要があるし、何よりサフからネフリテスの事をもう少し引き出したかった。
どこにどれだけいるのか、一番上に居座っている奴は誰なのか。アンバーとムンストの事を知っていたとなると横の繋がりはそこそこあるみたいだが…
「考えても仕方ないだろ。行こうぜ。」
「そうだな。」
健を先頭にサフの歩いていった廊下を進む。
光魔法ミラージュ。俺達の姿を偽装して部屋の中にいる様に見せ、魔法障壁で閉じられる前に部屋から出ていた。まぁ今頃部屋の中にモンスターが溢れる様に入り込んでいるとは思うが、幸い後ろの扉が開くことは無いから安心して前に進める。少しだけ開けて見ていた扉を完全に閉めて先に進む。
モンスターには中の五つの餌で我慢してもらおう。
俺達がゾロゾロと着いていけば直ぐにバレるかもしれないので先にプリネラに頼んで後を追ってもらっている。別れ道には目印を残してもらっているはずだから迷う事は無いだろう。
「それにしてもあの部屋は一体なんだったんだ?モンスターいなかったが…」
「そもそもこのダンジョンが機能していないか、もしくは先にモンスターを討伐しておいて再出現までの時間を作ったんですよ。私達を閉じ込める為の罠として使うために。そんな事も分からないのですか?やっぱり脳がダメになってしまっているのですね。」
「うるさいやい!」
「あんまり騒ぐなよ。バレたら情報を引き出す事も出来ないからな。」
「そんな簡単に情報を掴めるものなのか?」
「多分な。ムンストの件が片付いてからほとんど経っていないのに次が来た。という事は多分ネフリテスの連中は俺達をさっさと始末したい、焦り始めてるんだ。」
「だろうな。」
「って事は多分あのサフって野郎は直接命令されて俺達を目的に来たんだと思う。」
「今までは違ったってのか?」
「アンバーはガイストルを手中に収めるため、ムンストは多分フロストドラゴンの卵を本来は持ち帰る為に来ていたんだと思う。何に使おうとしていたかは分からんが。」
「ムンストの奴も副次目的で俺達を襲ったのか?」
「予想だけどな。卵を持ち帰ろうとしたら俺達を襲わせる計画を思い付いて…って所だろう。」
「でも今回は俺達が主目的って事か。そうなれば当然コンタクトを取る機会があるはず…って事か。」
「サフの人を馬鹿にする性格なら俺達を罠に嵌めたと思った時点で勝ちを確信してるだろ。となれば連絡を取るはずだ。」
「普通に聞き出そうとしても頭が吹き飛ぶからな。盗み聞きって事か。」
「さ。行くぞ。」
石造りの廊下を慎重に進んで行く。分岐点にはプリネラが目印をしっかりと残してくれていて、迷う事は無さそうだ。
ダンジョン自体はかなり深くて広い。どんどんとダンジョンの奥に向かって行ってるが、どこに行くつもりなのだろうか?
道を知っていると、ほとんどモンスターの居るであろう部屋を通らずに奥に進めるらしく、かなりの距離を進んだが部屋は合計で二つしか通っていない。
しかもサフの後を追っているため既にモンスターは討伐されているのか、戦闘は一切無し。楽ちんだ。
健が手を挙げて合図をくれる。どうやらやっと着いたらしい。
廊下の突き当りには今まで見てきた扉の二倍はある扉が見える。その前にサフの手下らしき龍人種の男が二人槍を持って立っている。
「どうする?」
「プリネラが今どこに居るのか分からないからな…」
「中に居ますよ。サフという男も一緒ですね。」
「リーシャ分かるのか?」
「はい。心眼という能力でして。
見つかってはいないみたいですね。」
「凄いな……」
「よし。プリネラが中に居るなら手出しせずに少し待とう。色々と盗み聞きしてくれるだろうからな。」
「はい。」
プリネラの事だから無茶はしないだろうが、何かあったら直ぐに殴り込める準備だけはしておく。
30分くらい待っただろうか。扉の下から何やら小さな物が隙間を通って出てくる。
遠視の魔法で見てみると、物凄く小さなプリネラだった。
正確にはプリネラが作り出した闇人形なのだが、精巧に作られた1センチ位のプリネラがよいしょよいしょと見つからない様にこちらに向かってくる。
可愛過ぎるだろ。
まぁそれは置いといて、闇人形をここまで操れるのはかなり凄い。そもそも闇人形は声を届ける魔法であり、人と同じ様に動かしたりするにはかなりの技術と練習が必要だ。
トコトコと走ってくるミニプリネラを手に乗せて拾い上げる。
恐らくは中で隠れているから、声を抑えて話しかける。
「出られそうか?はいなら1回、いいえなら2回合図をくれ。」
「チッチッ」
小さな音が影人形から帰ってくる。
出られそうには無いらしい。
「情報をまだ掴めそうか?」
「チッチッ」
「となると用事は済んだな……中に居るのは十人以上か?」
「チッ」
「結構いるな…扉からしてかなり広い空間に出そうだしな……
モンスターはいるか?」
「チッチッ」
「分かった。俺達が突撃するから合わせてくれ。」
「チッ」
手の上に乗ったミニプリネラがフワッと影になって消えていく。
「さてと。そんじゃ行きますかね。」
健が懐から煙管を出す。煙の香りは直ぐにバレるから仕舞っていたらしい。
火を出してくれる魔道具を使って煙管に火をつけると煙がふよふよと上がっていき天井にぶつかると広がっていく。
リーシャが二本の矢を取り出してキリキリと弦を鳴らし構える。当然相手は曲がり角の先。門番の位置はリーシャの位置からでは見えない。
キュン!
当然の様に角を曲がり飛んでいく矢は真っ直ぐではなく廊下一杯を使う様に左右上下にカクカクと曲がりながら飛んでいく。
矢が来たと気付けたとしても意味の分からない軌道にどうする事も出来ないだろう。
「精霊弓術、
リーシャに聞いたのだが、リーシャが師事したアキリシカ。実はアキリシカが使う星龍弓術は、リーシャの使う曲がる矢を基本にした弓術だったらしい。
予期せず自分の編み出した弓術のプロに会い、その技術を学んだという話だった。
そしてこの曲がる矢は心眼と併用する事で初めて真価を発揮する。
視界の通らない位置にも正確に矢を撃ち込める。それがどれだけ恐ろしい事なのかは門番二人を見ていればよく分かるだろう。
カクカクと曲がりながら飛んでくる矢を見て咄嗟に防御しようと手を出した門番と、それすら出来ずに棒立ちだった門番。
棒立ちだった門番は当然ながら、手を出した門番も掌を貫通した矢が眉間に刺さる。
あのスピードで、しかも全く見えない位置から飛んできた矢を止めろという方が難しい。
棒立ちだった門番は天を仰ぐように倒れ、後ろの扉に肩をぶつける。
中の奴らに気付かれたかもしれないが、今更だ。必要な情報は手に入れたのだし、後は殴り込むだけ。
バンッ!
健が扉を蹴破ると、そのままの勢いで中へと走って入っていく。開いた扉の奥に見えたのは数人。
広いホールの様な場所で、椅子やテーブル、ティーセットまである。こんな薄暗いダンジョンの中の再奥でまさかの光景だが、今はそんな事は気にする必要は無い。
「なっ?!どうやってここに?!」
驚くサフ。入り込んだ勢いで健が何人か切り伏せたが、それでもまだまだいる様子だ。
サフの後ろに控えていた数人が剣を抜くが、プリネラが後ろから登場し、その存在に気が付かぬまま、二本の刃で後頭部を切り付けられ絶命する。
「くそっ!敵襲だぁ!!」
サフが叫ぶと奥にある扉からドタドタとネフリテスの連中が出てくる出てくる。まるでゴキ〇リ。
「皆にばかりいい格好はさせない。」
シャルの体がムクムクと成長して大人シャルになる。
「いい事教えてあげる。」
「な、なんだ?!でかくなった?!」
「麒麟の使う稲妻はね……赤いんだよ。」
シャルの手にバチバチと光る雷が発生する。そしてその色は赤色。
黒い服の上を這うように走る赤い稲妻。
「痛いじゃ済まないよ。」
シャルが人差し指を突き出すと指先から赤い稲妻が数人に向かって走る。
魔法としては第五位のサンダーペネトレイト。だがその威力は通常の物とは桁違い。数人を貫通した赤い稲妻は壁に当たり、それでも消えず壁一面を蜘蛛の巣状に走り抜ける。
直撃した数人は痛みすら感じる暇が無かったのだろう。叫び声も表情の変化さえ無く、眼球が裏返りその場に倒れる。
「な、なんだ今のは…」
驚いているサフだが、そんな悠長な事をしていると頭数が減っていくぞ。
「くっ!こっちか!」
「ぐぁっ!」
「ど、どこにいる!?」
どうやらプリネラも暴れているみたいだ。
俺も最初抱き着かれた時気が付かなかったあの歩法は、
戦闘において音と言うのはかなり大切な情報源の一つ。足音や装備品の立てる音がある程度聞こえていればどの様に動いているかを想像出来る。だがプリネラにはそれが一切無い。
瞬発的なスピードでは健より劣るものの、相手の隙を付いたり、それこそ瞬きに合わせて目の前から消える事が出来る。一度見失えば二度とプリネラを見付けることは出来ないだろう。
俺の渡した腕輪を上手く使うことで別の場所に音を立て、より相手に混乱を招かせている。
俺もそろそろ働くとしよう。
自分の手下が次々と倒れていくのを慌てながら見ているサフ。
「大変な事になったな?」
「キ、キサマー!」
「何を怒ってんだ?人を殺そうとしたんだぞ。自分も殺される覚悟くらいしてるだろ。」
「どうやってあの部屋を抜け出した!?」
「最初から閉じ込められてないからな。お前の演技が下手すぎたから直ぐにネフリテスだって分かったぞ。」
「なに?!騙されていなかったとでも言うのか?!」
「ここにいる事がその証明だろう?」
「馬鹿にしやがって……ここに来た事を後悔させてやる。」
サフが取り出したのは杖ではなく、ナイフ。純粋なハスラーではなく近接戦闘を主にした戦い方らしい。
ナイフという事はスピードタイプだろう。
案の定直ぐに近付いて来るのではなく、部屋の中にいる人々の隙間を縫うように走り回る。
チラチラと隙間から見えるサフがナイフとは反対の手で何かを投げつけてきた。1センチ程度の丸い団子の様な物だが…無闇に触れるべきでは無いと考えて普通に避ける。
その玉は後ろへと飛んでいき手下の一人の背中に当たる。
ボガンッ!
人一人を殺すには十分な威力の爆弾だったらしい。
手下の一人がバラバラに千切れてしまう。
周りの連中への被害は度外視しているみたいだ。胸糞悪い。
また玉を投げつけてきたが当然避ける。
背後の地面に落ちた玉は衝撃で割れ、中から出てきたのは恐らく強力な酸。地面がジュウジュウと音を立てて蒸気を出している。
中に何が入っているかは分からず、下手に手を出せない。といった所だろうか。
相手が困っている間に痛めつけ弱らせナイフや魔法でとどめを刺す。それがサフお得意の流れだろう。
時折水魔法で妨害や攻撃を織り交ぜてくるが、はっきり言ってしまうとそのどれもがあまりにも弱すぎる。
何かの罠なのかと逆に勘ぐってしまう程だった。
「皆。少し離れていてくれ。」
俺の声に反応した全員が少し俺から距離を取る。
「悪いが終わりにさせて貰うぞ。」
「手も足も出ない奴が何を言うかと思えば!……?!?!」
威勢の良いサフが驚くのも無理は無い。彼にとっては有り得ない事が起きているのだから。
俺が使ったのは第八位無属性魔法。グラビティコントロール。セフの投げつけてくる玉も、手下も、俺の魔法の範囲内にいるものは全てが宙に浮いている。
グラビティとは言ったが、正確には重力と同じだけの力を上方向に向けて働かせているだけだ。
莫大な魔力を繊細にコントロールしなければならず構想はあっても使えなかった魔法の一つ。だが今の俺ならそれも可能となった。
魔法を使おうとしても発動させた魔法すら宙に浮く。俺のグラビティコントロールの範囲内では全ての動きが俺によって制御されるからだ。
「遂に真琴様が重力まで操りだしたな。」
「当然です。真琴様ですからね。」
「く、くそっ!降ろせ!!」
「じゃあそうするとしようか。」
宙に浮く物が今度は逆に地面へと叩きつけられる。
「ぐあぁぁ!!」
上方向への力を解除し、下方向への力へと変える。
腕すら上げることが出来ないサフやその手下達。助けようと俺に近付いて来た連中も漏れなく地面に突っ伏していく。
「ぐ……あぁ……」
ゆっくりと下方向への力を増加させていく。メキメキと骨が軋む音。叫びたくても叫べず苦悶の声を漏らしている。
グシャッっという嫌な音と共に範囲内にいた連中の体が押し潰され床を真っ赤に染め上げる。
「皆。終わらせてくれ。」
「はい!!」
サフを失った烏合の衆は皆に掃討され俺達だけがその部屋に残るだけとなった。
「罠に嵌めたつもりだったみたいだが、呆気なかったな。」
「こっちとしては情報も得られた事だし良かったがな。それにしてもダンジョン内になんでこんな部屋があるんだ?」
血塗れになった部屋を見渡すが、ダンジョン内では見られない物が沢山ある。それにこの部屋は、このダンジョン内で最も広く大きな部屋だ。ダンジョン内の最も強いモンスターが居座っていてもおかしくない。
「このダンジョンは既にコアが破壊されているみたいですよ。」
「サフが言ってたのか?」
「はい。サフがこの部屋に入った後、手下の一人が何かを伝えていました。さすがに近付いて聞くわけにもいかなかったので内容までは分かりませんでしたが…」
「無理せずに得られる情報だけで十分だよ。それで?」
「このダンジョンはコアが破壊されていて、モンスターを寄せ付ける禁術によって周辺のモンスターをここに閉じ込めていたみたいです。
手下にモンスターの補充をしろとか言ってましたね。」
「構造上モンスターを隔離しやすいって事か。ここまでの部屋にあった穴がどこに続いているかは分からんけど入りたくないな。」
「後は耳打ちされた手下に、私達を殺したらバイルデンに戻る。と言っていましたね。」
「バイルデン?聞いた事のない名前だな。」
「私もありませんね。ただ戻ると言っていたので、ネフリテスの尻尾を掴めたかもしれません。」
「……そのバイルデンについては調べてみる価値がありそうだな。」
「はい。」
「それだけ分かれば十分な収穫だな。後は少しここを調べてから、最後にコアが破壊されているか確認して外に出よう。」
結局部屋の中を調べてもバイルデンに関する情報は得られなかった。ダンジョンのコアは壊されていて心配は無さそうだ。
来た道を戻り、モンスターの巣になるとデュトブロスの皆の仕事が増えてしまうだろうから、ダンジョンの出入口を完全に封鎖する。
「これでよし。」
「今日はこの辺りで野営か?」
さっさと出てきたつもりだったが、既に太陽は沈みかけ夕陽になっている。
ネフリテスの挙動も気になるが、また直ぐに別の者が来る事は無いはずだ。健の疑問にイエスで返して、野営の準備を始めた。
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