第13話 強くなるために -真琴-
凛がまさかあんな事をするなんて……
「いかんいかん。また考えてしまった…」
皆とは逆方向へと足を伸ばした俺は未だに浮き足立っていた。
凛の気持ちには正直ずっと気がついていた。というかあれ程直接的に言われてたら誰でも気付ける。
しかし凛があれ程積極的に来るとは思っておらず正直頭が完全にフリーズしてしまった。
それより、皆にあれだけの事を言ったのだから俺自身もやる事をやらないと格好が付かない。
俺の目標としては単純に魔力の暴走を起こさない様にコントロールする事。これが出来れば恐らくは今持っている魔力を暴走させずに上手く扱える様になり、雪女を倒した時の様な力を発揮出来る……はず。
俺が自分を制御する為の練習となると、街の近くでは危険過ぎる。
誰かを傷付ける事になったりしたら洒落にならない。それはこの辺り一帯の森の中も同じ事。
つまり、俺が向かうべきは凍てつき、雪に覆われた龍脈山上部。
森を出て雪女との戦闘跡の残る場所に戻る。
そこだけぽっかりと雪が無くなり、凛の話していた戦闘が本当にあったのだと実感する。それと同時に皆を俺自身が危険に晒したという事実を…
自分で自分を殴りたい気分だったが、それで事は解決しない。俺が今やるべき事は一日でも早く自分の制御を行える様になる事。それに尽力するべきだ。
休んだとは言えほとんどの魔力を使い切った俺はまだフラフラと足元がふらつくが、今はこれからこの辺りで過ごす事になる場所を確保したかった。
デュトブロス側に出てきた洞窟は狭すぎるしヤバい蒸気が漏れ出してくる可能性も大いにある為使えない。
洞窟を越えて更に上へと登っていく。反対側よりなだらかな斜面とは言え雪があるお陰で歩きにくい。
足元に集中しながら登っていると、斜面が突然平坦な物になる。
この辺りは水平な場所になっているらしい。全面白一色だから下から見ただけでは分からなかったが……
「…………なんだあれは?」
顔を上げた俺の前になんとも奇妙な物が見える。
一面に積もる雪の山。その雪の山から突き出した………角?
俺は雪山で、雪から生える角を見つめ続けるという
「あのー……誰かいるんですか…?」
角の生えた雪の山が突如くぐもった声で喋り始める。
ビクッと体が強ばってしまう。そりゃ突然雪が喋ったら皆そうなるよ……ね?
雪がモゾモゾと動くと角の位置から少しだけ下に穴が空いている事に気が付く。そこから声が出ているらしい。新手のモンスターか?
「た、助けて貰えないでしょうか…」
「え?なに?助ける?雪のモンスターを?」
「違います違います!僕は龍人種です!」
「あ、埋まってるのね?」
状況を理解した俺は雪を掘るように退けてやる。
すると中から眼鏡を掛けた短めの黒髪男性龍人種が出てきた。ヨロヨロの服を着ていて眼鏡の中心を人差し指でクイッと持ち上げる。
雪をパンパンと払い除け、青い瞳をこちらに向ける。龍人種にしては珍しくヒョロっと細長い人だ。
「いやー!本当に助かったよー!もうどうしようかと!」
「お、おう。」
「僕はヴェルト!」
右手を差し出して来たので握手をする。どれくらいそこに居たのか、手は冷たくなっている。
「俺は真琴だ。」
「マコト?それって確か…Sランク冒険者の?」
「え?知ってんのか?」
この国は他国との繋がりを完全に断ち切っているという話だったし、ここには冒険者という業種は確かに存在していないはず。それなのに知っている…というのは一体どう言うことなのだろうか?
「僕はモンスターの研究をしている学者でね。冒険者ギルドの人達とも少ないけれど繋がりがあるんだよ。」
「学者…国として他国との繋がりを認められてるのか?」
「大っぴらには言えないけど、実は内緒でコンタクトを取ってるんだ。」
「大っぴらに言ってんじゃねぇかよ…」
「あっはっはっは!マコト君は僕の命の恩人だからね!なんでも有りさ!」
「大袈裟な…」
「大袈裟なんかじゃ無いよー!あのまま雪に埋もれてたら僕は死んでただろうからね!」
「龍人種なら自分で抜け出せたんじゃないのか?」
「僕は見た目通り力には自信が無くてねー。抜け出せなくて困ってたんだよ。」
「…なんであんな面白生物になってたんだ?」
「さっきまでここの辺りでモンスターの調査をしてたんだけどね。何やら下が騒がしかったから見に来たんだよ。そしたら突然大きな音がして雪がドサーッ!っと。それで動けなくなっちゃったんだよね。」
「………そ、そうか。」
多分。いや。ほぼ100%俺のせいだと思う。が、黙っておこう。うん。
「それより、マコト君はこんな所で何を?」
「ちょっと色々とやりたい事があってこの辺りで暫く寝泊まり出来るところを探してたんだ。横穴とか窪みくらいの物で構わないんだけどな…」
「それなら丁度いい場所があるよ!」
そう言ってヴェルトは俺を引っ張って山を登っていく。数メートルも登ると氷の壁が現れる。
何度見てもこの光景には圧倒される。自然の力というのはやはり偉大なのだと痛感させられる。
その氷壁の隅の方に少し窪みがあり、その窪みに収まるように小さな小屋が建っている。
「こんな所に小屋があったのか…」
「僕が最近研究しているモンスターの観測の為に作ったんだ!まぁ快適とは言えないけどね。」
「ヴェルトが作ったのか?」
「まぁ場所が場所だけにかなり大変だったけどね!」
「よく建てられたな…」
「意外といけちゃうものだよね!」
「同意は出来ないぞ…」
「ここを使ってよ!」
「え?良いのか?」
「もちろんさ!
僕はたまにしか来ないし、ここなら寝泊まりは出来るでしょ?まぁ中にはほとんど何も無いけどね。」
そのままヴェルトは小屋へと足を踏み入れ、中を案内してくれる。と言っても置いてある道具の説明をしてくれただけだが、それでも小屋を貸してくれるのはかなりありがたい。
それからヴェルトは小屋の中でいくつか話をしてくれた。ヴェルトはこの龍脈山に生息するモンスターを独自に調査している。龍脈山は様々なモンスターの生息地として知られているため、冒険者ギルド関係の調査隊と龍脈山で会った事があり、その際に情報交換をした事がきっかけで定期的に研究成果を共有する様になったらしい。
主にモンスターの生息環境や、生態、特徴等を観察して記録するらしい。
そしてヴェルトがこの山に登ってきた理由は……俺達が倒したベースグラントスライムについて調べていたらしい。
思わぬ繋がりに驚いたが、小屋を貸してくれる代わりにベースグラントスライムについて話をする事にした。
「本当かい?!凄いな!!」
目をキラキラさせながら俺の話を食いつくように聞いている顔を見ると学者なんだなぁと思わされる。
最初は討伐したと言ったら固まっていたが、話が終わる頃にはホクホク顔になり意気揚々と下山して行った。
魔力が回復していないのに無理をしても意味が無いのでその日は小屋でしっかりと休息を取り、翌日から早速修練を開始する。
基本的に俺の暴走は感情が大きく揺れた時に始まろうとする事は分かっている。普段はそれを抑え込もうとするあまり魔力自体を抑制してしまっている。大きく感情が揺れた時、その抑制が効かなくなり普段使わない魔力量が一気に溢れ出してしまう事で体が耐えられず正気を失っている…と思う。
正気を失った事で自己防衛本能なのか、闘争本能なのか…単純な感情でのみ動く獣の様な状態になり危険を振りまく…という事だ。
正直なところそこまで深く理解している訳では無いしあくまでも推測だが、多分間違ってはいない。
となればやる事は決まってくる。自分の中で抑制している蓋を外し解き放ち、それを制御する。言う程簡単では無いだろうけど…
言ってしまえば自分で暴走を促すという事なので、制御出来ない場合は周りに危険が及ぶので皆から離れて修練する必要があった。
そしてここであれぼ人は来ないし危険が及ぶのもモンスターの類だけのはず。小屋から離れた所でやればヴェルトや小屋に被害が及ぶことも無いだろう。
早速小屋から離れた場所へ行き、雪の中に立って目を瞑る。
自分の中にあるはずの魔力へと意識を向ける。
体の中にある魔力を感じる。
例えるならば魔力で出来た湖の様なものだ。いつもはその湖の表層にある魔力を使っている。しかしその湖はずっと深くまで続いている。奥深くにある魔力は一枚の膜に覆われ普段はその膜を越えて魔力を引き出す事はしない。
しかし強制的にその膜を破り中から魔力を取り出す。
膜を破った瞬間に俺の意識が遠のく。
「………くそ……」
次の瞬間には俺は岩肌に倒れ、周りの雪は溶け地形が変わっている。
制御するどころか魔力を取り出そうとしただけでこの始末。しかも魔力はカツカツで立とうとしても力が入らず小屋に戻る事も出来ない。
暫く休んで這うように小屋に戻ってそのまま休息。そしてまた翌日同じ場所に行く。それを繰り返し続ける。
おかげで修練に使っている場所は数日でかなり地形が変わってしまった。
そんな事を繰り返していると、数ヶ月後にヴェルトが再度小屋へやってきた。未だ全く制御出来ていなかった俺は小屋の中でピクリともせず天井を見上げていた。
俺がまだ小屋にいるのを見たヴェルトは口をあんぐりと開けて数秒間止まっていたが、何かを察したのか質問は一切してこなかった。
「今回は何しに来たんだ?」
「前に話をしてくれたベースグラントスライムの粘液を取りに行こうかとね!」
「洞窟の入り口閉じちまったぞ?」
「ふっふっふ。抜かりは無いよ!」
ピッケルや魔道具のランタンなんかを俺に見せびらかすように見せてくる。
「いや。かなりしっかりと閉じたからそんなピッケルじゃ多分数日掛かるぞ。」
「ぅえ?!」
「……」
「………」
「はぁ…俺が開いてやる。少し休息したら行こう。」
「本当かい?!良かったー!」
この世の終わり。みたいな顔をされたら流石に俺も心が痛む。
体に力が戻るまで休んだ後、例の洞窟へと向かう。
当然ヴェルトが持ってきたマスクを着用している。
二つ持ってきたって事は最初から俺を連れていく気だったらしい。なんて太い野郎だ。とは思ったが約束した以上は付き合ってやる。
「いやー!悪いねー!」
満面の笑みに拳を叩き込んでやろうかと思ったがぐっと堪える。これも修練になるだろうか…?
ベースグラントスライムの発した蒸気自体にも危険性がある事は前に伝えてあるため出来る限り蒸気に触れないような装備を二人分用意していたのでそれを装着した後、入り口を開く。
ガラガラと音を立てて開いた洞窟の入り口。狭い通り道の壁には水滴がビッシリと着いている。
多分これは蒸気になった物が結露したのだろう。手袋で触れるとヌルッとした感触が伝わってくる。
当然足元も同じ状態なので滑りやすくなっている。慎重に足を進めるとベースグラントスライムを討伐した空間へと出る。
ベースグラントスライムを倒した場所に水溜まりのような物が残っていて、それを見るやヴェルトは一目散に近寄っていき………転けた。
ここまで慎重に進んできた意味よ。
手を貸してやり立たせる。装備のおかげでなんとか大丈夫だったみたいだが、気を付けて欲しいものだ…
小瓶の様な物にその液体を入れ、更に奥にある通路へと向かう。
ベースグラントスライムが生きていた時に付着させた粘液と死んだ後の液体には違いがあった事を伝えてあるので両方を瓶に詰めたかった様だ。
ベースグラントスライムの存在を知りつつも近付く事が出来ず採取できなかった念願の粘液を、愛しい物の様にうっとりと見ているヴェルトに若干引いてしまう。
満足したのかその後は慎重に出口へと向かい、再度入り口を閉めてやっと洞窟を出られた。
「いやー!助かったよー!ありがとう!」
「よ、良かったな…」
白々しい野郎だ。まぁ憎めない性格ではあるが…
「……それにしても、マコト君。君は凄く不安定な存在だね。」
「え?」
「君が魔法を使うところを見ていて気が付いたよ。確かに魔力も多くて魔法も精密だ。でも、まるで壊れ物を触るように魔法を使う。」
「……」
「魔力が…いや。自分が怖いのかい?」
色々な魔法を使ってきたし、研究もした。それは楽しかったし、魔法という存在に
だが、それと同時に…簡単に、一瞬にして大量の人を殺せてしまう力が自分の中にある事を、いや、正確にはその力を使えてしまう自分の事を恐れていた。
そして事実俺は双子山での一件でその力を行使した。
「……怖い……な。」
「……そっか。」
「なんで分かったんだ?」
「簡単な話だよ。僕も同じなんだ。」
「ヴェルトも?」
「僕は龍人種の中では体が弱くてね。筋力も他の人と比較したら無いに等しいんだ。」
「そうなのか。」
「気を使う必要は無いよ。それは事実だし僕自身が一番理解しているしね。
でも、僕は他の龍人種の人達には無いものを持っているんだ。」
「他の龍人種達には無いもの?」
「僕は……モンスターの気持ちが分かるんだよ。比喩なんかじゃなくて本当に分かるんだ。」
「聞いたことがあるな……確かイルラー…だったか?」
「よく知ってるね。そう。僕はイルラー。」
「モンスターを使役する者…だったよな。」
「正確には、自分よりも格下のモンスターを洗脳し使役する事が出来る。だね。」
「それは確かに恐ろしい能力だな。」
格下のモンスターとは言え、それが大軍となって襲ってきたら小さな街くらいは簡単に落とせるだろう。
「そうだね。本当に恐ろしい能力だよ。
あまり知られていない能力だし、今までの歴史上でも3人しか持ちえなかった能力さ。」
「確か全員龍人種だったよな?」
「そうだね。龍人種にしか発現しない能力と言われているけど本当のところはよく分かっていないんだ。」
「他の種族にもいる可能性があるって事か?」
「僕自身、この能力については分からない部分の方が多いんだ。モンスターの気持ちが分かり、僕に怯えるモンスターを洗脳し操れる。という事しか分からない。」
「そうなのか……他人には酷い仕打ちを?」
「いや。僕の場合はこの力が小さい時に暴発してね…他人を巻き込んで殺してしまったんだ。それからずっと一人、誰からも離れて暮らしてきたから何かされたとかは無いよ。
ただ、誰とも深く関わる事も無かったけどね。
そして……イルラーというのは総じて体が弱い上に魔力をほとんど持ってないらしくてね。僕自身も例に漏れず凄く弱い。でも……この力を使えば何もかも…力でねじ伏せる事が出来る…なんて考えてしまう自分がいるんだ。」
寂しいのか、悲しいのか…なんとも複雑な顔をして下を向き、自分の掌を見詰めるヴェルト。確かに俺とよく似た感情を持っているらしい。自分の力が怖い。それ以上にそれを使う事を考えてしまう自分が怖いのだ。
俺は必死に押さえ付けることを選んだ。でもヴェルトは一人になることを選んだ。たったそれだけの違いだった。
「力の制御は…出来ているのか?」
「それは大丈夫だよ。確かに昔暴走してしまって酷いことになったけど、今ではそんなことも無くなったからね。」
「……どうやったんだ?」
「どうやった…か。
特に何かしたわけじゃないけど、ただこの力を受け入れたんだよ。」
「受け入れた?」
「これも僕の一部であり、僕自身だってね。
マコト君の気持ちはよく分かるよ。こんな恐ろしい力をそんなに簡単には受け入れられないからね…
でも、結局切り離す事も捨てることも出来ないし、それが無ければ君という存在の一部を構成していた物が無くなってしまうんだ。それは酷く悲しい事のように思わないかい?」
「……そうなのか…?」
「僕はそう思うよ。結局は無い物ねだりなんだよ。
人より持ちすぎても持たな過ぎても人は自分を責めるし他人を責める。
でも本当はそんな事をしても意味が無いことをマコト君はよく知ってるはずだよ。」
「……」
「それならその力を受け入れて、自分の手や足と同じ様に共に生きていくしかないんだ。」
「…言いたいことは分かるが…」
「考え方が180度変わるからね。そんなに簡単にいかないとは思うよ。でも…僕はそうやってこの力を制御出来るようになったんだ。」
ヴェルトの言っていることは多分正しい。そもそも手や足と同じ様に魔力を押さえ付けず使っていたならば今頃こんな事に悩んだりはしていないだろうから。でも、それは俺にとって凄く怖いことに感じる。
ヴェルトはそれだけ言うと小瓶を握り締めて下山していった。
受け入れる…か。
この力を持った者。それが俺だと言うのであれば、否定をすることは枷でしかない。
目を瞑り、また魔力の湖へと潜っていく。
今までは膜の下にある魔力をまるで暗く濁った物の様に思っていた。でも、それは違う。魔力はどこまで行っても魔力でしかない。そこに何か意味や意図を付け足すのはいつでも自分だったり他人だ。
力任せに破っていた膜にそっと触れる。
確かに奥底にある魔力の塊を感じる。でもそれは暗い物でも濁った物でもない。ただただ魔力があるだけだ。
それを認識した瞬間に膜がサァっと消えてなくなる。区別されていた魔力の層が一つになった。
今まで使っていた魔力よりずっと多くの魔力を体の中にハッキリと感じる。
これが…俺の力。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます