第12話 強くなるために -凛- ⑵
目が覚めたのは昼頃、暫くするとペリドヒさんが仕事から帰ってきた。
「いてててて…」
「お父さん!大丈夫?」
「おぉ!ペル!お父さんは強いからな!大丈夫だぞ!」
「ふーん。あ!お姉ちゃん起きたよ!」
「ふーんって……おぉ!起きられたか?!それは良かった!」
気が付いた私を見ると手に持っていた道具を床に置いて近寄ってくる。
「このおバカ!!」
夕食の支度をしていたヒューミルさんがペリドヒさんに声を荒らげる。
「そんな汚い格好で命の恩人様に近づくじゃないよ!」
「お、おぅ……」
叱られてしょんぼりした姿はペルそっくり。どちらかと言うとペルがペリドヒさんに似ている。かな。
二人ともヒューミルさんには弱い。という所もよく似ている。
ヒューミルさんに叱られつつも身なりを整えたペリドヒさんはやっと私と話す事を許されたらしい。そんなに気にしていないけど、ヒューミルさんには大切な事みたい。
「いやー。申し訳無かった!俺はずっと職人一筋で来たからよ!礼儀とか作法とかよく分からんのだわ!わっはっは!」
豪快に笑うペリドヒさんをまた叱りつけようとしたヒューミルさんに大丈夫ですよと笑顔でアイコンタクトを送る。そもそもそんなに丁寧にされる様な人間でも無いのだから。
「それにしても、あんな所で生木が突然倒れるなんてよくある事なんですか?」
「いや。そんな事はねぇよ。あんだけの大木となると俺達職人だって簡単には倒せねぇ。」
「何故あんな事に?」
「……分からねぇんだ。あの日はペルと一緒に森に野草を摘みに言ってたんだが、突然あの大木が倒れてきてな。咄嗟にペルだけは助けたんだが、俺が下敷きになっちまってな。
死んだと思ってたが…助けてくれて本当に感謝してる。ありがとう。こうしてまたペルを抱き締められるのはあんたのおかげだ。」
「ペルちゃんが大きな声で助けを求めたから助かったんですよ。私ではなくペルちゃんを褒めてあげて下さい。」
「そうか…ペルが……くぅ!泣けるぜぇ!」
それから詳細についても聞いてみたけれど、大木が倒れてきた理由については分からなかったらしい。
助かった後現場に戻って大木を見てみたが、ほとんど根元からポッキリと折れている。という事しか分からなかったらしい。
切れ込みがあったりなんて事も無かったし、近くにモンスターの気配も無かった事から、考えにくいが自然に折れたと考えるしか無い。という事らしい。
この付近の事について最もよく知っている職人さんの見立てなのだなら間違いないだろうし、それ以上は聞かなかった。
宿の場所を聞いてみたところ、この村には宿が無いとの事だった。
首都であるズァンリの南に位置する小さな村で、木材職人さんが多く住むミャルチ村という村らしい。
住んでいる人のほとんどは木材加工に関わる人達で、木材が出来上がったら街に行くことはあれど、街からこちらへ来て泊まる人などいない。
ズァンリに向かおうかと考えていると、ヒューミルさんがしばらくの間ここに泊まっていかないかと誘ってくれた。
他に行く宛も無い上に自分が強くなる為の方法も分からない私はヒューミルさんの提案に甘える事にした。
当然ヒューミルさん達一家は私に泊まってもらうだけで良いと言ってくれたけれど、それでは私の気が済まないので出来る事を手伝う事にした。
掃除や洗濯、料理も手伝う私に恐縮するヒューミルさんだっけれど、ペルちゃんが私に懐いて私のする事を真似する為家事を手伝うペルちゃんを嬉しそうに見ていた。
ここに住む職人さん達は基本的に皆ライラーの素質がある人達で、魔法を使えてもほとんど生活魔法レベル。
そんな人達の生活は魔法を使う事が当たり前だった私達の生活とは全く違っていた。言うなればまだ機械が無く全て手作業の生活をしていた地球の生活とあまり変わらない。
日を起こすにも火打石。
魔法で行えば一瞬で終わる作業に手間暇を掛けて毎日行う。
でも不思議な事に、私はその生活に少しだけ安心を覚えた。
きっと魔法が無い世界であれば、私は出来損ないでは無くなるからだと思う。
暫く厄介になったら出て行こうと決めていたのに、そろそろ…と話を始めるとペルちゃんが大声で泣き始め、ペリドヒさんも泣き始め。ヒューミルさんにお願いされて引き続き厄介になる事を決める。を繰り返していた。
そんな風に一緒にいると、ペルちゃんは本当の姉のように、ヒューミルさんとペリドヒさんは娘の様に接してくれる様になった。
私にはあまりにも贅沢な環境にさえ思えた。
そんな事を考えながらも、一緒に過ごして二ヶ月が経った頃、ペリドヒさんが私を仕事場に呼んだ。骨折も治り既に働いていたペリドヒさんは話によると親方らしく、皆を指揮する立場の人だった。
そのおかげ…というかそのせいで私は現場では聖女の様な扱いを受けていた。
ペリドヒさんは家でこそヒューミルさんに叱られっぱなしなのだけれど、現場では頼れる親方。いなくなっては仕事が回らないとまで皆に言われる程の人だった。
尊敬を集めるそんな親方ペリドヒさんを助けた私は皆を助けたも同じ事と、少し寄るだけでお祭り騒ぎの様になってしまう。
そんなペリドヒさんと現場へと向かうといつもの様に大騒ぎ…にはならなかった。事前にペリドヒさんがかなりキツく言ってくれていた様子で皆挨拶程度で仕事を離れる事はしなかった。
「それで…今日は?」
「おぉ。今日はちょっと俺達の仕事を手伝ってもらえないかとな。」
「手伝う…ですか?」
正直ピンと来なかった。確かに真琴様に色々と教えて貰っていた事で多少はライラーとしての能力もあるけれど、その道のプロ達からしてみれば子供の遊び程度のもの。
たまに来て見ていたけれど、どの人も卓越した技術を用いて作業している。私の様な素人が入って手伝える事なんてそれ程無いように思える。
「良いから良いから!」
「は、はい…」
促されるままに着いていくと一通りの流れについて説明される。ここでは木を切り倒す所から、注文のあった形に加工、そして出荷する。
当然その間は乾燥したりと他の手順が細かくあるのだけれど、大まかに分けると、切り倒す、必要な長さに切り出す、加工するの3点。そのうち、私は必要な長さに丸太を切るという作業に入る事になった。
「マジですか?!ひゃっほーぅ!!」
「いやったぜえーい!!」
同じ作業場の男性龍人種職人さん達が小躍りしながら私を歓迎してくれた。
何故いきなりこんな事になったのだろうか…?疑問しかなかったが、やるとなった以上手を抜くつもりは無かった。
作業自体は単純な物で、何本も積み上がった丸太の中から一つを選び、その丸太を取り出して必要な長さに切る。だけ。
だが、この作業には言葉以上の難しさがあった。
木というのは一本一本の性質が異なる。柔らかいもの、硬いもの、僅かに曲がったもの、真っ直ぐなもの…しかも一本の木でも内側と外側では硬さ等の性質が全く異なる…それこそ人と同じ様に全く同じものは存在しない。
何に使う木材なのかから判断し、その用途に最も適した木を選ぶ。そしてその性質の木を切り出した時にどれくらいの余白が長さにあれば木材になった時に丁度いいのかを判断する必要がある。
なんとも経験の必要な作業。私は臆すること無く周りの職人さん達に話を聞き、多くの事を学んだ。
「こいつは少し他より柔らかいっすね。」
「……難しいですね。」
「こればっかりは慣れるしかないっすね。」
最初は色々と聞いても何故分かるのかが分からなかった。この人達の目や手には何か仕込まれているのでは?と思う程だった。
それでも分からない、で辞めてしまうのは負けた気がして嫌だった。それになりより私はここでは出来損ないでは無く、ただの新人。
魔法を使う人はほとんどいないここでは私の魔力量を気にする人は一人としていなかった。それなら私の努力次第できっと出来るはず。そう思うと余計に投げ出す事は出来なかった。
後々知った事だけど、ペリドヒさんが私をいきなりここに呼んだのは私がたまに酷く落ち込んだ顔をするから気分転換になれば。と考えての事だったらしい。
私が気絶した時の事を考えると、魔力量に難がある事は直ぐに分かる。
そして杖を使うのはハスラーだけ。ライラーの人達は杖を使わないので杖を持っている私を見れば魔法の事で何か悩みでもあるのではと考えるのは自然な流れだった。
そこでペリドヒさんは魔法を使わないこの場所で何かをやっていれば気も晴れるかと思ってくれたらしい。
想像以上に一生懸命やるし、毎日着いてくる私を見てペリドヒさんは良かったと言葉を漏らしたのを皆が聞いていたのだ。
そんなに顔に出ていたのかと思うと恥ずかしいけれど、静かな優しさを確かに感じた私は感謝をしながら作業をこなしていった。当然力仕事なので身体強化は使っているけれど、それ以外の魔法を使わずに四ヶ月の時が経った。
私は皆に混じって普通に作業をこなす事が出来るようになっていた。皆には短期間での成長に驚かれたけれど、元々木魔法は私の得意な魔法。木に触れる事も多かった事が影響しているのだと思う。
ここに来てから半年が過ぎ、私もかなり皆の中に馴染んできた。そして私はその頃から自分が強くなれる方法に気が付き始めていた。
性質。
木や水、火にさえ多くの性質がある。その性質を変化させた魔法。それが出来ればもっともっと幅の広い魔法が使える様になる。
例えば水魔法。水魔法を使った際に魔力を多く流し込む事で粘度が上昇し払い除ける事が難しいという性質を持たせる事が出来る。ウンディーネが一度使っていた所を見た事もある。
あれを単純に魔力を混ぜるのではなく、魔法を発動させる時に追加で性質までをも指定する事が出来たならば……
私はそれに気が付いてから、ペリドヒさんや皆さんにお礼と謝罪をして仕事から抜けさせてもらった。
確かに多くの事を学んだし気持ちとしては悲しいけれど、私の本来の目的は強くなり真琴様と共にある事だから。
二度と私の事を他人に出来損ないと呼ばせない。
それから私は毎日魔法の研究に明け暮れた。
簡単な性質を発現させる魔法ですら最初は上手くいかなかった。
魔法は自分の中に強いイメージを作り出し、そのイメージが強ければ強いほどそれに沿った魔法となる。真琴様が凄いのはそれを手本も見ずに明確にイメージしてしまう所。
私も多少は出来るけれど、それでは私の考える魔法へ辿り着く事は出来ない。
まずはそのイメージを作り出すトレーニングから始まった。まずは簡単なイメージから。
木の中が密に詰まり強度が高く折れにくい木を作り出したり、逆にスカスカでスポンジの様な木を作り出したり。
これを成功させるのには一ヶ月の時間が必要だった。自分のイメージ力の無さを嘆きながらも諦めず続け、やっとの思いで成功させる事が出来た。
しかし、本当に難しいのはそこからだった。
本来であればなかなか考えにくい性質を持たせる事。例えば粘土のような柔らかさを持った石。鉄よりも重たい水。
普通に考えると化学的に考えにくい物質。
魔法というのはそもそもが化学と密接な関係にある。それがこの世界の大原則であり、真琴様の考えた魔法である。
それを根本から覆す魔法。それこそが私の考えた『
化学的には説明が難しい物質をイメージのみで作り出す。
本来であれば化学的に説明が難しい魔法は形にならず魔力へと戻り散乱していく。当然私が最初に虚構魔法を使った時は形成出来ずに散乱していった。
それでも諦めずひたすら練習を重ねていくと、少しだけ形成出来るようになる。
真琴様が考えた魔法の定義を否定するなんて私にとっては有り得なかった事。それを私自身で考えて作り出している。真琴様がこれを見たらなんて言うだろうか…認めないと嘆くだろうか…悲しむだろうか……
それでも私は強くなりたい。真琴様の隣に立つのはこの先もずっと私でありたい。それが真琴様を真っ向から否定するものだとしても、嫌われてしまうものだったとしても、真琴様を守る力が手に入るのであれば私は
虚構魔法を使っていて分かったことは、この魔法には強いイメージの他に繊細な魔力操作が必要な事だった。
性質を与えるという工程を追加しても必要な魔力量はあまり増加しない。その代わり魔力を糸のように細くして、編み込む様に繊細に、性質という情報を混ぜ込む必要があった。
私の唯一得意とする魔力操作。それがこんな所で生かせるなんて思ってもいなかった。
それからはひたすらに虚構魔法をよりスムーズに確実に発動させることが出来るように、そしてそのバリエーションを増やす事に時間を全て費やした。
魔力が尽きて倒れ、ペリドヒさんに担ぎ込まれるなんて事もしばしばあった。それでも絶対に止めない私を見てペリドヒさん達は止めろとは決して言わなかった。ペルちゃんは私と遊べなくて寂しそうにしていたけど…
そしてここに初めて私が担ぎ込まれた日から一年の時が経った。
「お姉ちゃーーーん!行っちゃヤダーー!!!」
「ペルちゃん…」
私はこの家を出る事に決めた。
「な、なぁ…ペルのやつ俺が死にかけた時より泣いてねぇか…?」
何故か違う事でショックを受けているペリドヒさん。
「ペル。リンさん困ってるでしょ?」
「やーだーやーだーー!!」
「困った子ね…前から今日出ていくと言っていたでしょ?」
「いーーやーーー!!!」
今回はペリドヒさんもヒューミルさんも私に行くなとは言わなかった。何故か納得したような顔で、私が出ていく事を伝えると直ぐに頷いてくれた。
「ペルちゃん。これ。」
私はペルちゃんの少しだけ大きくなった掌にそっと木片を置く。
「これ…」
それは木彫りの不格好な人形。
龍人種の間では、別れが訪れた際に自分を模した木彫りの人形を手渡す事で必ずまたその人に会える。という言い伝えがある。
当然ペルちゃんもその事は知っているし、私の意図も伝わった様だ。
「……また会えるよね?!」
「もちろん。必ず会えるよ。だから泣かないで。」
「……分かった!私も大きくなってお姉ちゃんみたいになって待ってる!」
「…ありがとう。」
私はペルちゃんを大切に抱き締める。
「私達はもう家族も同然よ!何かあったらいつでも帰ってきてね!」
「職人全員が泣いちまってな!また会いに来てくれよ!」
「…はい。」
ヒューミルさんとペリドヒさんも瞳に溜まった涙を拭き取っている。
本当に家族同然として接してくれた。何も聞かずに応援してくれた。毎日優しい味の食事と暖かい寝床を用意してくれた。
会えなくなっても私の中から三人の笑顔が消える事は決して無い。必ずまた会いに来ると約束して私は真琴様の元へと向かった。
後ろ髪を引かれるのを振り切る様に真っ直ぐ前だけを向いて。
龍脈山へと続く森の中は木々の匂いに溢れている。
少しだけ立ち止まりその空間に留まる。
真琴様の魔法を否定する虚構魔法を作った事が気にはなっているけれど…正直に全て話すしかない。
気持ちを入れ替えて先に進もうと足を進めた時、木々の向こうから大きな白い狼が現れる。
全長で3メートルはあり、鋭い牙と緑色の瞳がこちらを見ている。
スウィフトウルフ。グリーンウルフやグレーウルフの上位種と考えられているけれど、その脅威度は遥かに高いAランクのモンスター。
確認された個体数が少ない上に、出会ったパーティはほぼ全滅するという相手。とても賢く狩れる相手にしか挑まない。
会話をすることは出来ないが、冒険者の罠や戦略を
最大の特徴はそのスピード。
その瞬足は剣で捉えられる様なものではなく、一方的に食いちぎられるのを待つしか無いと言われる程。
そしてスウィフトウルフの体毛は魔法防御力が高く万が一魔法を当てられたとしても全く動じないという事もある。
私が一人で歩いている所を見ていい餌が現れたとでも思っているらしい。
「残念だけれど、やられるつもりは無いわ。」
私は杖を構える。
戦闘に発展すると見たスウィフトウルフはジリジリと私の周りを歩き始める。
いきなり飛びかからずに相手の事を観察する所から入るなんてモンスターとは思えない程の慎重さ。下手に手を出せば逃げるか返り討ちにあってしまう。
でも、私にはこのスウィフトウルフに勝てる自信があった。それ程に私の虚構魔法は頼もしい物へと昇華している。
私は小さく一度杖を振る。
スウィフトウルフはピタリと動きを止めてこちらを
まるで風の様なスピードで走り出したスウィフトウルフ。確かにこんなスピードで走る相手に魔法や剣の攻撃なんて簡単に当てられるものでは無い。
「ガルルルッ!!」
鋭い牙を剥き出しにして飛び込んできたスウィフトウルフ。
しかし、その牙が私に到達する前に全身をバラバラにして肉塊へと変わり果てる。
第三位虚構木魔法。ウッドファイバー。
まるで金属で作られた様な硬さを持った木の繊維を作り出す魔法。
細く強い木の繊維は金属とは違い光沢を持たず、しっかりと見ないとそこにある事すら気が付かない。
特に森の中の様な日陰で暗い場所に張り巡らせた場合は驚異的な効果になる。
物理攻撃は通るスウィフトウルフの毛皮を軽々と切り裂いたウッドファイバーに血が滴っている。
自分が強くなれた事を確認できた。これなら…
私はその場を後にして真琴様のいる場所に向けて再度足を踏み出した。
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