第5話 強くなるために -健-
「私は嫌です!!」
「凛……」
「なぜ傍に置いてくれないのですか?!」
「分かってくれ…」
「……」
「……凛。」
「……」
「俺は凛の事が本当に大好きなんだ。」
「えっ?!」
「皆の事も大好きで、誰一人として失いたくない。
だが、このままでは俺の手でその大好きな人達を残らず殺してしまう。それだけは避けたいんだ。」
「……」
「必ず制御して、凛を迎えに行く。だから凛。俺の事を待っててくれないか?」
「そんな言い方…狡いです。」
「悪いな…俺にはこんな言い方しか出来ないんだよ。」
「………分かりました。真琴様の
「ありがとう。助かるよ。」
「ですが。一つだけ。」
「ん?」
ドアップになる凛の顔。本当に綺麗な顔をしているなぁと思っているとその顔がドンドンと近付いてきて…
「っ?!?!?!!」
唇に触れる凛の唇。
一瞬だったが、確かに触れた。そして真っ赤になる凛の顔が離れていく。
「負けてられませんから…」
そう言って俯く凛。
「あ……え?……あれ?」
「他の女の人にノコノコついて行ったりしたら怒りますからね。」
「お…おぉ。分かった…」
「では……お待ちしております。」
そう言って逃げる様に走っていった凛。
俺の頭は何も処理出来ずにボーッとしていた。
まさかファーストキスを女性に、しかも凛に奪われるとは…というかこういうのって男からするものなのでは…?
いや…やめよう。これ以上考えていたら一生動けなくなる。
気持ちを切り替え…られないが、なんとか立ち上がる。
「やるか。」
俺は足を皆と反対方向へと向けた。
--・--・--・--・--・--・--
真琴様と別れてまず一番に向かったのは俺の剣術の師匠であるキーカさんの所だった。
この街には昔来た時も他の街より長く滞在した。その時は体もまだ出来ていなくてキーカさんに教えて貰った事の半分も出来なかった。だが今なら俺も少しはマシになっているはず。日本での鍛錬もあるし…正直自信ないが…
デュトブロスという国にはいくつか大きな街がある。その中で最も大きい街がこの首都ズァンリ。
ズァンリの街並みは和風…と言うと
着物は無いが浴衣の様な服はある。あまり好んで着る人は少ないみたいだが。
そんなズァンリの西側に一等大きな道場がある。
そこがキーカさんの住む道場。星龍剣術の道場だ。
星龍剣術というのはキーカさんがずっと昔に作り出した剣術で現在に至っても最強と言われている剣術だ。
「ここに来るのも数年振りだな…」
大きな黒塗りの木の門を両手で押し込むとギギギと軋む音がして門が開く。
普通の道場では門は開かれているだろうが、ここの門はいつも閉まっている。
この大きな門の中には鉄が流し込まれていて普通に開けようとしても半端な力では開かないようになっているのだ。
この門を開けられない様な半端者にはこの道場に足を踏み入れる事すら許さない。という事らしい。
まぁそのせいでここの道場はいつも門下生がいないのだが。
「ふぅ…相変わらず重い門だな。」
「………久しぶりに門が開いたと思ったらお前だったのか。」
目の前に立っていたのはキーカさんその人。
浴衣の様な構造の服を着た女性で、 二本の和龍の角 が生えている。黄緑色の長いウェーブ髪をポニーテールにしていて、黄色い瞳のキツい目は昔となんら変わらない。
綺麗だけどどこかカッコイイと言われるタイプの女性でありながらけしからん胸をしている。
そして何より目立つのは肩に担がれた大剣。自分よりもデカい大剣を軽々と肩に乗せているのはこの国でもキーカさんくらいのものだ。
太く暑い刃とそこに刻まれた星のマークは誰が見てもキーカさんの物だと判別が出来る。
国からこの星のマークを背負って良いと言われているのは特星龍のキーカさんのみらしい。
「久しぶりだな。ジャイル。」
凛とした声。そして覇気を含んだ視線が俺に向けられる。
「あぁ。久しぶりだな。今は健と名乗ってる。」
「そうか…ケン。門が開けられたって事はその後鍛錬を怠ったりはしてないみたいだな。」
「もちろんだ。あの時より少しはやる様になったぜ。」
「ほぅ。私を前にそんな事が言えるとは思い上がりでないと良いがな。」
ズンッ!
肩に担がれていた大剣が地面に刺さるとその重さを示す振動が地面を伝ってくる。
昔はあの大剣を受け止めるどころか持ち上げることさえ出来なかった。
「俺だって遊んでたんじゃねぇ。」
「……来い。どれだけ変わったか見てやるよ。」
「言われなくてもそのつもりだ!!」
俺は全力でキーカさんに向かっていく。全身全霊。全てを出し切る。遠慮は無しだ。殺す気で行く。
小波を使いキーカさんへと向かう。
「死ねぇ!!」
「師匠に向かって死ねとはいい度胸だ。」
あっという間だった。気が付いたらうつ伏せに倒れる俺の上に大剣を担いだキーカさんが座っていた。
「ぐっ……」
「多少は動ける様になったらしいが。まだまだだな。」
「くそっ!」
「おら。どうした。終わりか?」
「舐めるな!!うぉぉおおおおお!!!」
全力で腕に力を込めてキーカさんを背に乗せたまま持ち上げる。
「ほぉ。」
「だらぁぁ!!」
キーカさんを跳ね除け着地に合わせて刀を横に薙ぐ。
それを簡単に避けて見せたキーカさんの足が俺の腹にめり込む。
「ぐぉっ!」
バキッ!
ピンポン玉の様に吹き飛んだ俺はそのまま外壁にめり込む。
まるで大型トラックに跳ねられた気分だ。
「おもしれぇ。そんじゃ受けてみろ。」
壁から抜け出した俺に容赦無く振り下ろされる大剣。
なんとか反応出来た俺は刀を斜めに構え大剣を刃に滑らせる。
僅かに軌道をズラせたが、吸収しきれない衝撃によってまたしても壁に叩きつけられる。
「っ!!」
「はっ!やる様になったじゃねぇか!」
嬉しそうに笑ったキーカさんはそれでも容赦無くもう一度大剣を振り上げる。
鬼かよ…
「ぐおぉぉぉ!!!」
再開して数秒で始まった稽古は、俺の意識が飛ぶまで続けられた。
「うっ……」
「起きたか。」
目が覚めると板張りの道場の床に寝ていた。
「くそっ。少しはやれるかと思ってたんだがな…」
「まぁ随分マシにはなってんぞ。ただ私を楽しませるにはまだまだ足りねぇな。」
「ちっ…」
バキッ!
訳の分からない強い衝撃が頭に走る。どうやらキーカさんが煙管で俺の頭を殴ったらしい。
「いてぇな?!」
「師匠に向かって舌打ちなんざするからだ。」
「くー!!」
「そんで?真琴達はどうした?」
「あぁ。その事なんだがな。少し聞いて欲しい。」
「どうせ誰も来ねぇんだ。いくらでも聞いてやるよ。」
俺は真琴様達と別れて鍛錬をする経緯について話した。
「んだよ。マコトの奴。先に逢いに来てからでも良いだろうに。薄情な奴だ。」
「真琴様には真琴様の考えがあったんだろ。多分今はまだ会うべきじゃないって思ったんだ。」
「そんなもん知らん。私はマコトに逢いたかった。」
「なんで年上の女性は皆真琴様には甘いんだ?キーカさんもそうだろ?」
「マコトは特別だ。理由なんて私も分からん。」
「はぁ…まぁいいけどよ。」
「んで?ケンはここで鍛錬するってことか?」
「……あぁ。昔の続きを頼みたい。強くならなきゃならない。」
「………強くならなきゃならない…ねぇ。」
「二度と負けられねぇんだ。次は無い。
俺が真琴様の隣にいる唯一の方法なんだ…頼む。」
「ったく。そんな顔すんな。ちゃんと稽古付けてやるから。」
「本当か?!」
「あぁ。だが、今度は最後までしっかり教えるからな。途中で逃げ出したりしたら追いかけて殺しに行くぞ。」
「分かってる。」
「そんなら良い。本当はプリネラの奴も虐めてやりたかったが…あいつの戦い方は私の剣術とは正反対だからな。」
「本人も分かってるからここにいないんだろ?」
「あいつの怯える顔は見てて面白いんだがな!」
「鬼め…」
「あ?なんか言ったか?」
「なにも。」
「そんじゃさっさと始めるか。」
「今からか?」
「当たり前だ。十分休んだろ。」
「気絶してただけなんだが…」
「それを休憩って言うんだよ。」
そんな怖い休憩嫌なんですけど…とは言えなかった。
それからは地獄の毎日が始まった。
初めにやらされたのはとにかく体力の増強と剣術の為の筋力増加。
筋力増加と言えど普通の筋トレでは無い。剣を、俺の場合は刀だが、それを振るために必要な筋肉のみを延々と鍛え続けるのだ。ほかの筋肉が発達してしまうと、寧ろ枷となってしまうためである。
少しでも怠けたりするとあの大剣が飛んでくる。
それだけならまだ良い。食事の時も風呂の時も、寝る時でさえ気を抜くと本気で死ぬレベルの打撃が顔面に打ち下ろされる。
そんな生活から始まるのだ。地獄と言わずしてなんと言おう。
ただ人間不思議な事にそんな生活にさえ数ヶ月もすれば慣れてくる。
「ふんっ!ふんっ!」
「大分良くなってきたな。」
「そうか?変わった気がしないが…」
「それ。」
不意に振り下ろされる大剣。それを刀で滑らせる。
初日は吹き飛ばされた攻撃が今回は吹き飛ばされず綺麗に流す事が出来た。
「お、おぉ…」
「くっくっくっ…やっぱりケンは良い。鍛えがいがある。」
「その目…怖いんだが…」
「なぁに。今日から今までの鍛錬にちょっと立ち稽古を追加するだけだ。」
「立ち稽古…って……」
「私の剣術は教えてやるが、考えても身につかん。実戦の中で体感することで初めて理解出来るものだ。」
「実戦って…」
「それ。行くぞ。死んでくれるなよ。」
「マジかよ…」
それからは気絶する毎日が続いた。
今までの鍛錬に加えてキーカさんとの立ち稽古。という名の虐め。
吹き飛ばされて気絶。吹き飛ばされて気絶を繰り返す。
しかも気絶したら直ぐに水を掛けられ起こされる。何より恐ろしいのはキーカさんが唯一使える特殊な魔法だった。
治癒魔法。簡単に言えば魔法で怪我を治せるのだ。
つまり、骨が折れようが、筋肉が切れようが、即座に回復され、また大剣が振り下ろされるのだ。
それを笑いながら行うキーカさんを見て恐怖に感じない人はいないだろう。
それでも、俺は強くなる必要がある。
いくら死に目を見たとしても、その経験が真琴様を守る事に繋がるのであれば、俺は決して手を抜かない。
そして、季節が変わり俺達が別れた冬の終わりが再度訪れた頃、俺は自身の目標として決めていた事を遂に成し遂げられそうなところまで成長した。
その目標は、キーカさんを相手に一合取る。それだけだ。
言葉にしてみれば簡単に思えるかもしれないが、それを成すまでに一年が掛かった。
「……」
「………」
最初はキーカさんは構えなど取らなかった。
それ程までに俺とキーカさんの差は開いていたのだ。だが、数ヶ月前からキーカさんは構えを取るようになった。
あの大剣を片手で構え、半身にする星龍剣術の基本的な構え。
そして俺もその構えを真似て構えている。
「はぁ!!」
俺が前に足を出してキーカさんの懐に潜り込もうとする。
それを横薙ぎの一閃で払い除けるキーカさん。片腕であの大剣を俺の刀と同じ速さで振れるとかほんと異常だ。
その大剣を下に潜り込む様にして避け、キーカさんの首元に切っ先を向ける。
その攻撃に対してキーカさんは膝を上げて顎を蹴りあげに来る。
刀を持っていない方の手でキーカさんの膝をブロックするが体を持っていかれる。宙返りの形で後ろに着地した俺の目の前に大剣の切っ先が突き出される。
それを紙一重で躱し前に出ようとする俺の側面から避けた筈の大剣が刃の向きを変えて襲ってくる。
星龍剣術、
突きから全方位に対して攻撃を変化させる剣技。生半可な筋力で行うと腕の筋肉が弾け飛ぶ程の負荷が掛かる。
その剣戟を刀で滑らせる様に上へと逸らせる。
ギチギチと関節が軋むがそれだけだ。
大剣が通り過ぎた後、俺は突きを放つ。
星龍剣術、
星龍剣術は剛と柔を必要とする技に別れる。
龍牙は剛、龍弧は柔に分類される技だ。
どちらも基礎が無ければ到底振れない技だが、なんとか体得した。
龍弧は曲線的な突き技である為攻撃の位置を見定める事が難しい。その特性を利用してもう一つの技を組み合わせた。俺が日本にいた時に体得した三ノ型。流華線。花弁が舞うような剣戟を繰り出す技だ。
この二つを組み合わせる事で龍弧は更にその軌道を読みづらくなる。弧の動きではなく波の様な動きになるからだ。名付けるのであれば、龍華線。だろうか。
驚いた顔をしたキーカさん。今日初めて見せたのだから当たり前だ。
その一撃をキーカさんはニヤリと笑い首を横に向けて避ける。
これを避けるとか本当にこの人は異常だ。
そして俺の突きに合わせた反撃が訪れる。
斜め下から振り上げられる強烈な一撃。
いつもならばここで終わり。俺は吹き飛ばされてまた気絶する所だ。
だが、今回は違う。
俺は下から振り上げられる一撃に合わせ、抜刀しながらの四ノ型、朧月を繰り出す。
小波を用いて剣戟を躱し攻撃を当てるカウンターだ。全体的な能力が底上げされ、全ての技のキレが増した俺の朧月はそれまでのものとは全く違う物になっていた。
本来であれば抜刀の勢いが必要なこの技だが、今の俺なら抜刀した状態でも使える。
キーカさんの大剣が振り上げられた。しかし俺は既にそこにはいなかった。キーカさんの背後へと回り込んだのだ。
一合。取った。
「………ほぉ。」
「やった…のか…?」
「まさか私が一合取られるなんてな。しかも一年かそこら教えただけの奴に。」
「やった…やったぜ!」
「正直大したもんだ。私が教えられる事はこれで無くなったな。」
「本当か?!」
「技も全て叩き込んだんだ。後は自分で考えて強くなるしか無い。」
「………」
「なんだ?嬉しくないのか?」
「あ、ありがとうございました!!」
「おぅ?!いきなり大声だすんじゃねぇよ!」
ガンッ!
拳を頭に受けて星が散る。
「私の教えに着いてこられる奴は健くらいだと思ってたが、本当に耐えきるとはな。」
「地獄だったけどな。」
「強くなれただろ?」
「…あぁ。本当に感謝してるよ。」
「ふん。だったら次に来る時はもっと強くなって私を本気で楽しませてみな。」
「うすっ!!」
「ほれ。」
「なんだこれ?」
「免許皆伝の証だ。取っときな。」
キーカさんが手渡してくれたのは、いつもキーカさんが咥えている煙管と同じデザインの煙管だった。
横には星の彫り込みがしてある。
「星……良いのか?」
「特星龍の私が認めたんだ。良いに決まってんだろ。」
「……ありがとう。」
「さてと。終わったのは良いがこっからどうすんだ?」
「もう一つの目標を片付けたら真琴様と合流してここに連れてくるつもりだ。」
「おぉ!やっと会えるのか!」
「真琴様の事だから今頃皆を待ってるはずだ。直ぐに戻ってくるさ。」
「待ち遠しいな!早く連れてこい!」
「分かったから焦らせるなっての!」
「ほらほら早くしろ!」
「分かった分かった!じゃあ行ってくる。」
「おぅ!」
キーカさんに見送られ…というか追い出されて俺は龍脈山に向かう。Aランクモンスターの単独討伐。
はっきり言って自信しか無かった。何せAランクモンスターより強くて怖い人と毎日立ち稽古していたのだから。
龍脈山を登り雪がそろそろ見えてくる頃、お目当てのモンスターに出会う事が出来た。
ミノタウロス。前に一度戦ったモンスターだ。
以前は苦労して、しかも真琴様の力を借りてやっと倒せた相手。攻撃力も防御力も高い。
「悪いが俺の踏み台になってもらうぞ。」
「グオォォォオ!!」
怒声にも聞こえる叫び声を放ち大きな岩を片手にズンズンと俺の方へと向かってくるミノタウロス。
普通ならばこの光景に絶望し涙を流すものなのだろう。
だが、ミノタウロスの力を
手に持った大岩を大きく振り被り、振り下ろす動作がゆっくりに見える。そしてその威力も今の俺にはよく分かる。
俺の脳天に振り下ろされた大岩は俺の頭を砕く事は無かった。
「グォ?!」
こんなモンスターでも驚く事があるらしい。
渾身の一撃を片手で受け止め平然としている人間を見た事が無いのだろう。
残念だが俺がその初めてで最後の人間だ。
バコッ!
軽く握っただけで粉々になった大岩。それを見て
逃がす気はもちろん無い。
ブンッ!
単純に刀を横薙ぎに軽く振っただけだった。今まであれ程斬りにくかったミノタウロスの骨肉がいとも簡単に切断された。
首を無くしたミノタウロスはその場に倒れ、死に至った。
「………よし。」
自身の成長を感じ、俺は拳を握った。
これで俺も真琴様の横にいる資格を持てたと感じられた。
真琴様の居場所は既に知っている。居場所だけは教えてくれていたし、それぞれの目標が達成されたら真琴様の元に集まるということになっている。俺はその場所に向かって歩き出す。
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