第6話 強くなるために -リーシャ-

「はぁ…どうしよう…」


私は真琴様と離れて数日で直ぐに困り果てていた。

この国には奴隷という存在が無く、私一人でも普通に生活する事が可能ではあるけれど、強くなるために必要な事が全く分からない。

毎日弓の練習は欠かしていないし、今では的を外す事の方が珍しい程になった。爆発矢や貫通矢を使えば威力も増す。でも弓はあくまでも弓でしかない。


私は魔法も得意では無いし使えても強化や阻害魔法ばかり。

攻撃魔法を練習しようかと頑張ってみても合わない魔法は全く上手くいかない。


お金は真琴様に貰っているし生活は出来るけどこのままじゃ一生強くなんてなれない。でもどうしたら良いのか分からない…


そんな事を考え、毎日何か無いかと探し回ってはいるものの糸口さえ掴めずにいる。


「どうしよう…」


困り果てて外に設置されたベンチに座っていると、ある人物に声を掛けられた。


「君…」


「え?私ですか?」


「突然声を掛けてすまないね。私はニャルイ。と言う者でね…」


丸眼鏡を掛けて糸目。緑髪の男性龍人種だった。もちろん初対面…だと思う。


「確か毎日森の方で弓を練習している子だよね?」


「え?あ、はい。」


「やっぱり!」


奴隷としての性なのだろうか、私はこうして話しかけられると相手を疑ってしまう。それくらいで丁度いいのだと思うけれど、今の私はマコト様の奴隷であり仲間。下手な事をしてマコト様に迷惑が掛かるような事は出来ない。

慎重に物事を見極めなきゃ。


疑いの目を向ける私にその人は馴れ馴れしく近付いてくる。私は基本的に他人を信用しない。というか出来ない。信用して痛い目を見てきたから。


「いやぁ!ずっと気になっていたんだよ!あんなに正確に的を射るなんて本当に凄いよ!」


「…ありがとうございます…」


「私の知り合いにも弓を使う人が居るんだけどその人も凄くてね!私も練習したんだけど的にさえ当らない!

この国じゃ弓を使う人があまり多くないけど、あれを使えるのは本当に尊敬するよ!」


「いえ…」


「あ、ごめんごめん!興奮し過ぎてしまったね。

ついつい力が入ってしまったよ。

君は…奴隷なのかい?」


「…はい。」


あまりにも不躾ぶしつけな質問に戸惑うが事実だし否定はしない。


「君の様な優秀な人を奴隷にするなんて南の人達は本当にどうかしてるよ。」


「……」


「かと言って私に何ができる訳でも無いんだけど………そうだ!良かったら私達の街に来てみないか?!」


「??」


「私はこの街に用事があって来ているだけで住んではいないんだよ。この街の東にあるペントルスという街に住んでいるんだ。どうかな?」


ハッキリ言ってこれが私を誘拐したりする手の者であったならセンスが無い。そんな簡単に一人の女性が着いていくと本気で思っているのだろうか?

話の繋がりも全くわからず、いきなり違う街に誘うなんて怪しさしかない。


「なんでそのペントルスという街に私が?」


「私達の住む街はあまり大きくは無いんだけど、皆昔色々とあった人達ばかりでね。ここより少しは居心地も良いかと思ってさ。

あれ?これじゃ私が君をさらおうとしている様に見えるかな?」


「私を攫おうとしているのですか?」


「ととととんでもない!!そんな事しないよ!」


「そうなんですか?」


「もちろんさ!本当に君の弓が凄いと思ったから…その…笑って欲しかっただけなんだ。」


「笑って…?」


「あんなにも凄い矢を放てる君がいつも暗い顔をしていたから…」


つまりこの人は私が生活上で何か嫌な事を他人からされていてそんな顔をしていたのだと勘違いしているらしい。


「あの…私は別に嫌な事をされたりしているわけではありませんよ?

悩み事があるだけですから。」


「悩み事?」


「私の尊敬するある人が、強くなる為に鍛錬をしてこい。と仰ったのですが、どうしたら良いのか全くわからず。」


なんでこの時、彼にこんな話をしたのか自分でも不思議だった。初めて会った人にこんな事を言われても普通は流されるだけ。話しながら私自身そう思っていた。

でも結果的にこの事がその後の行動を決める事に繋がった。


「それなら私達の街に来るといい!」


「え?」


「さっき話した僕の知り合いの弓が上手い人!その人に話をしてみると良いよ!」


「助言を頼む…という事ですか?」


「助言…が聞けるかは分からないけど、多分力になってくれると思うよ。」


「……」


見ず知らずのよく分からない奴隷エルフが目の前に現れ、弓のことについて助言を求められたとしても、困る。

私なら困るしお引き取り願うくらいしか出来ない。


「あー。その人は私の古くからの知り合いでね。私が紹介すれば多分聞き入れて…くれるはず?」


「なんで疑問文なんですか?」


「あははー…」


この人は多分いつも言葉が足りていない。自分の中で話を端折ってしまうのだろう。

それに古い知り合いと言うのに疑問文というのは…


でも、私にはあまり選択肢は無かった。

そもそも行き詰まっていたのだし、もし嘘だったとしても今の私なら逃げるくらいは出来るはず。

そう思って彼の言う事に付き合ってみることにした。

早速後日ニャルイさんの言っていたペントルスという街におもむいてみる。


言っていた様にあまり大きな街では無く、のんびりとした空気が、初めて訪れた私にも分かるくらい街中に流れていた。


子供達のはしゃぐ声、鼻歌を歌いながら洗濯物を干す女性。

椅子に座って日を浴びる老夫婦。

こんな所に弓を使う様な殺伐とした人がいるとは思えなかった。


「やぁリーシャさん!!」


あの後ニャルイさんに自己紹介だけして、後日伺うかがむねをお伝えしてあったので、街に入ると直ぐにニャルイさんが駆け付けてくれた。


「こんにちは。」


「待ってたよ!アキリシカさんの所に行く前に街を案内するね!」


「お願いします。」


アキリシカさんというのはニャルイさんが言っていた弓使いの人の事。詳しく聞いてはいないけど、怖い人では無いらしい。


「宿はここを使うと良いよ!それでこっちは…」


ニャルイさんは街で必要になる店を一通り教えてくれた。なんでここまでしてくれるのか正直よく分からないけど、確かにここの人達は私の枷やエルフという事はあまり気にしていない様子だった。

龍人種以外の種族が居る事自体に驚く人は多かったけど、嫌な目で見てくる人は一人もいない。


「さて!それじゃ一通り紹介も済んだことだしアキリシカさんの所に行こうか!」


「はい。」


ニャルイさんに着いていくと街の外れに建つ小さな一軒家に連れて行かれた。

庭にいくつかの花が咲き始めていて太陽の光を浴び、風に吹かれ揺れている。

家の裏手に大きな木が一本生えていて、周りには家が見当たらない。まるで隠れて建っている様でここだけ街の中でも一層時間の流れが遅い様に感じた。

木造の小さな家の扉をニャルイさんがノックする。


コンコン


「……はい。」


中から聞こえてきたのは澄んだ女性の声。


「アキリシカさん。ニャルイだよ。入っていいかな?」


「……どうぞ。」


ニャルイさんはその声を聞くと扉を開く。開けてくれるのを待たないのかと疑問に思ったけれど、その答えは直ぐに分かった。


「今日はお客さんを連れて来たんだ。」


「どちら様ですか?」


そう言って小さな丸テーブルに持っていたカップを起き、こちらを向いたアキリシカさんは、長めの黒髪を頭の後ろで纏め、凄く綺麗な肌をした綺麗な龍人種の女性だった。

そして何故ニャルイさんが勝手に扉を開けたのか…それはアキリシカさんは両瞼りょうまぶたを閉じている事から分かった。

恐らく両目の視力が無い。


「リーシャさんというエルフの女性だよ。弓を凄く上手に使う人だったから声を掛けたんだ。」


「……はぁ。ニャルイさんはいつも言葉足らずですね。」


「あれ?そうだった?」


「私の所に連れて来た理由もリーシャさん本人の事もほとんど分かりませんよ?」


「あー…ははは…」


「笑って誤魔化してもダメです。気をつけてください。」


「面目ない…」


「リーシャさん…でしたね。私はアキリシカと申します。この様に盲目の半人前ですが、どうぞよろしくお願いしますね。」


「いえ。こちらこそよろしくお願いします。」


手を差し出してきたので私は咄嗟にその手を握り返した。


チャラ…


その時私の腕に着いた枷から伸びた鎖が鳴る。真琴様に切ってもらって短くしてもらったのだけれど音はどうしても鳴ってしまう。


「あなたは…」


「はい。奴隷です。」


「……不思議な方…ですね、」


「え?」


「貴方のその言葉には恥も後悔も恨みも全くありません。奴隷である事にほこりすら感じている…」


「声だけで分かるのですか?」


「人の声というのは色々な事を教えてくれます。それこそ表情よりも多くの事を。」


「……はい。私の主人であるマコト様は誰よりも素晴らしいお方ですから。」


「……そうですか。きっと本当に素晴らしいお方なのですね。」


「??」


「貴方の声には優しさと強さを感じます。多くの嫌な事を経験した人特有の重みも。そんな方が仕えていて嬉しいと感じる方なのですから。」


「…はい。」


「それで…何故ここに?」


「…突然のお話で申し訳ありませんが…

その主人であるマコト様が強くなる為に自分達で鍛錬しろと言われました。

しかし、どうしたら良いのか全く検討も付かず悩んでいた折に、ニャルイさんからアキリシカさん事を聞きまして。」


「ふふふ、大丈夫ですよ。ニャルイさんとは古い付き合いですからよく分かっています。

ニャルイさんが突然話し掛けてきて無理矢理ここへ連れてきたのでしょう?」


「なっ?!私は無理矢理連れてきてなどいないよ?!」


「街で困っている女性に声を掛けて、ここまで連れてくる事を無理矢理と言うのですよ。」


「うっ…」


「アキリシカさん。ここに来る事は私が決めた事です。ですから…」


「リーシャさんは本当に優しいですね。」


「そんな事は…」


「ニャルイさんは困った人を見てはこの街に連れてきてしまうので皆呆れているのですよ。たまには誰かが叱りつけてあげないといけないのです。」


「アキリシカさんそれは無いよー…」


「ですけど、ここに来て助かった人の方が多いというのも事実ですから。あまり責めないであげてくださいね。」


「責めたりしないですよ。」


「ふふふ。

あ、私ったら。お茶も出さずにごめんなさい。」


気が付いた様に立ち上がりお茶を用意してくれるアキリシカさん。本当に目が見えないのかと思う程テキパキとお茶を用意する様子に驚いてしまう。


「どうぞ。」


「ありがとうございます。

凄く良い香りのお茶ですね?」


「ふふふ。ここの庭に咲いている花を使ったお茶なんですよ。」


「ほっとする様な凄く優しい香りです。」


「よかったです。ニャルイさんに出してもただ飲むだけで何も言ってくれないから不味いのかと思っていました。」


「私は不味いなんて一言も言ってないよ?!」


「何も言ってくれないのは出した本人に不安を与える事が分からないニャルイさんはダメダメですね。」


「うっ……」


どうやらニャルイさんにとってアキリシカさんは抗えない存在らしい。

何かにつけては叱られている様子が見て取れる。


「さて。それでは本題に入りましょうか。」


「はい。」


「リーシャさんは…強くなりたい。という事ですか?」


「はい。マコト様をお守りする盾となりたいのです。ですが、私の特技と言えば弓くらいのもの。魔法を使って多少は上手く射ることが出来るようになりましたが、それだけではとてもお守りするなんて言えませんので…」


「……リーシャさんはとても優しい方だと思います。そのマコト様という方と共にいなければ強くなる必要も無いはずです。

離れた所からでもお助けする事は出来ます。間接的ではありますが。それを選ばない理由は何故ですか?」


「……私はマコト様に何度も命を救われて頂きました。本当に何度も。マコト様がいなければ既に私は死んでいたでしょう。」


「……」


「奴隷である私を救い仲間として接してくれるマコト様に私は私自身の全てを捧げています。

もしマコト様が盾となり死ねと仰るのであれば私は迷うこと無く盾となり死ぬ覚悟を決めています。その様な事は絶対に仰らない方ですが…

それくらいの覚悟は既にしています。ですが、もし傍に居られないとなれば私は盾になる事も叶わないという事になってしまいます…もしそれでマコト様に何かあれば私は自分を許せません。

そうならない為に私はマコト様の傍にいたいのです。」


「……」


「……そして何より……」


「??」


「単純に傍にいたいのです。奴隷である私には分不相応ぶんふそうおうの願いかもしれませんが…」


「そんな事は決してありませんよ。私はその方を知りませんが、きっとマコト様も同じ事を言うと思います。」


「…ありがとうございます。」


「……リーシャさん。」


「はい?」


「私で良ければ弓を教えて差し上げたいのですが、どうでしょうか?」


「良いのですか?!」


「はい。」


「あ、ありがとうございます!!」


「私の弓の腕を見ていないのに何故その様に喜ぶのですか?」


「アキリシカさんの手は弓を握る為の手ですから。」


握手をした時に分かった。

弓を使う人特有の掌の硬さ。一体どれ程の弓を射ることでそんな手になるのか分からない。


「ふふふ。

今回ばかりはニャルイさんを責められそうに無いですね。リーシャさんに会えて私は幸せです。」


「え?」


「アキリシカさんはこの国で最強の弓使いです。」


「え?!」


「もし星龍としての地位を求めたら特星龍の座を射止めるとまで言われている人なんですよ。」


「そ、そんなお方なのですか?!」


「ニャルイさん。憶測でものを言ってはいけませんよ。」


「事実ですから。

ですが、残念ながらこの国ではあまり弓は人気がありません。なのでアキリシカさんの弓術きゅうじゅつの後継者が見つからずこのまま消え去るのみと思っていたのです。

そこへリーシャさんが現れてくれた。」


「そ、そんな大役私が?!」


「リーシャさんだから…ですよ。種族も性別も地位も関係ありません。私の技を悪用しない方に教えたかったのです。

その点リーシャさんは問題ありませんから。」


「確かに悪用するつもりはありませんが…」


「ふふふ。それで十分ですよ。」


「良いのでしょうか…?」


「はい。」


「それでは…よろしくお願いします。」


「こちらこそ。」


「じゃあ私はそろそろ行かせてもらうよ。」


「ありがとうございました!」


「いえいえ。それよりアキリシカさんには気をつけてね?

怒ると怖いから。」


「ニャルイさん?」


「おっと!じゃまた今度ねー!」


逃げる様に出ていったニャルイさん。溜息を吐いて首を振るアキリシカさん。いつもの事らしい。


「それで…私は…?」


「そうですね。まずは私の技術をお見せしますね。」


「お願いします。」


「ではこちらへどうぞ。」


アキリシカさんと家の裏手へと回る。

大きな木の下にアキリシカさんが立ち、弓を持つ。

凄くシンプルな弓で飾り気は一切無い。


「それでは始めましょう。」


「はい。」


「リーシャさん。矢を私に向かって射って下さい。」


「…え?!」


「大丈夫ですから。」


軽く微笑むアキリシカさん。その距離は3メートル程。普通に射ったとしてもこの距離では避ける事は絶対に出来ない。反応して体を動かすより早く矢が届いてしまうから。

そんな距離で矢を放てと言われても…

言い換えてしまえば殺せと言われている様なもの。


でも、なんとなくこの人には私の矢は当たらないと感じた。


言われた通りに私は弓を構える。

両目を閉じて自然に立っているアキリシカさん。その顔目掛けて矢を放つ。


全てが良く見えていた。私の手から離れた矢が真っ直ぐとアキリシカさんへと向かっていく。火の尾を携えて飛んでいく矢。

しかし、その矢はアキリシカさんに届くことは無かった。


私が矢を放った瞬間にアキリシカさんも矢を構え放った。その矢は寸分の狂いもなく私の放った矢の先端を捉え撃ち落とす。


「そ、そんな…」


「終わり…ですか?」


「い、行きます!!」


私は魔法も使って色々な角度から何本も矢を射った。

最初こそ曲がる矢に驚いた顔を見せてくれたけど、ただそれだけの事だった。曲げようが何をしようがアキリシカさんに矢が届く事は無く、全てを撃ち落とされてしまった。

矢を握ってから放つまでが速すぎる。普通は狙いを定めたりと時間があるものなのに、その時間が無い。

矢を握ったと思ったら次の瞬間には既に矢が放たれている。しかも狙いを外す事が無い。


「す、凄過ぎます…」


「ふふふ。面白い矢を放つのですね。曲がる矢は初めて見ました。」


「初めて見たのに全てを撃ち落としたんですか?」


「真っ直ぐ飛ぼうと、曲がって飛ぼうと、あまり関係はありませんから。」


嫌味なんかでは無く本当にアキリシカさんには関係が無いのだと理解出来た。

あまりにも完成された弓術に私は言葉を失ってしまった。


「どうですか?私に教わっても損は無いでしょうか?」


「損なんて!!アキリシカさんに教われる事を嬉しく思います!」


「それは良かったです。」


「でも…一体どうやって?」


「見るのですよ。」


「見る…?」


「えぇ。」


アキリシカさんからは出てこないはずの言葉が聞こえた。


「そうですね……ではまずはそこから始めましょうか。」


「はい…?」


アキリシカさんから渡されたのは厚手の黒い布。


「それで目隠しをして下さい。」


「…はい。」


「その状態でこれからずっと過ごします。寝泊まりは私の家で構いませんから。」


「こ、この状態で…」


「はい。いついかなる時もそれを外す事を禁止します。」


「……分かりました。」


「まずはその状態で普通の生活を送れるようになりましょう。」


そう言ってスタスタと家の中へと入っていってしまうアキリシカさん。

私は生まれて初めてという恐怖を知る事になった。

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