第3話 龍脈山の女王
俺は考えついた事を皆に話してみる。
「結局グラントスライムを倒す方法を簡単に考えると、グラントスライムの核を限定した位置に留める方法を考えるか、どこに移動しても関係ないくらいの広範囲攻撃をするか、もしくはスライムの反応速度より速い攻撃を放つか。この3つに
「留めるのは難しい。範囲攻撃、もしくは速い攻撃のどっちか。」
「シャルの言う通りだ。ただ、魔力を使いたくない俺達としては範囲攻撃より速い攻撃が必要だろ?」
「でもそんなにスピードの出る攻撃は魔力を使う。」
「だから少し工夫するんだ。」
「工夫?」
「あぁ。ちょっとさっきの所まで戻るぞ。」
俺は健だけ連れてグラントスライムの粘液を初めて見つけた広い空間に戻る。
「早くしねぇとあいつ動いちまうぞ?」
「分かってる。これを取りに来ただけだから。」
「これって…鍾乳石?そんなもんどうすんだ?」
「鍾乳石ってのは
「まぁ確かに溶けないかもしれないが、そんなもんで殴るのか?」
「いや。殴らない。飛ばす。」
「飛ばす?」
「土魔法で石の筒を作って、その中に水を入れてこいつをセットする。」
「まさか簡易的な大砲を作るってことか?」
「正解。水ってのは気化すると体積が約1700倍くらいになるはずだ。中に入れた水を俺の火魔法で瞬時に蒸発させると…」
「まぁ耐えられる奴なんていないだろうな。」
「だろ?」
「危ない魔法考えやがって…」
「別に世に出す訳じゃ無いから良いだろ?原理も内緒にしとくし。ほら行くぞ。」
「はいよー。」
健といくつかの鍾乳石を折って持っていく。
鍾乳石の形を魔法で整え大砲の弾の様な形にした物を用意する。
「そんなものどうするの?」
「石の筒を作ってそこから撃ち出す。」
「そんな事出来るの?」
「まぁ一発目を見れば分かるはずだ。一発で仕留められたらそれでいいんだがそう甘くはないと思う。動き出したら
「はいよ。早めに決めてくれよ。」
「皆は射線上に出ないでくれよ。」
「分かった。」
「よし。」
俺は足元にある石の形状を変化させて片方閉じた筒を地面から生えるように作る。これはライラーの仕事に近いから魔力はそれ程要らない。
そこに水魔法で水を入れ、加工した鍾乳石をセットする。
核のある場所を狙って……点火!!
ボンッ!!
想像以上に大きな音と共に発射された鍾乳石はベースグラントスライムの体を一瞬にして貫き、奥の壁に当たる。
鍾乳石が壁に完全に根本まで刺さっている。
威力は十分だが、筒の強度と狙いが悪かったらしく、筒は粉々になりグラントスライムの核には当たらなかった。
「行くぞ!」
「す、凄い威力…」
「体に穴を開けたくなければ射線上に出るなよ!」
「何があってもその前にだけは立ちません!」
ベースグラントスライムのポッカリと空いた穴は瞬時にして閉じ、俺達の事を認識した事で動き出す。
ぐにゃぐにゃと体を伸縮させて
「気を付けろ!飛んでくる粘液にも触れるなよ!」
アシッドグラントスライムであれば壁や床の石をもある程度溶かす為煙が出る。
石灰石は酸には簡単に溶けるからだ。しかしこいつの粘液は全く溶かさない。つまりベチャリと粘液が着くだけ、知識が無ければ臭い粘液のグラントスライム。という認識にしかならないだろう。
だが人の肉体等を溶かす事においては酸よりも塩基の方が怖かったりする。危険視しにくいという意味を含めればアシッドグラントスライムより余程危険な存在だろう。
存在自体が確認されていない種となると恐らくは希少種の類だ。まさか俺達がそんなモンスターを引き当てるとは…
「もう一度行くぞ!」
「おぉ!」
ボンッ!!
今度は筒が壊れる事は無かったが狙いが甘い。核を
「次こそ頼むぞ!そろそろこの場所もヤバい!」
「分かってる!」
ベースグラントスライムが暴れ回ったせいでそこら中が粘液だらけ。臭いも酷い。だがコツは掴めた。
しかし危険を感じたのか核を絶え間なく動かしている。
「くそ!狙いが!」
「波紋!!」
健の放った一閃を本能的に避けたベースグラントスライム。そのおかげで核の移動先が限定された。
「行くぞ!」
ボンッ!!
3回目にしてようやく核を捉えた。
核を半分破壊されたベースグラントスライムはブルブルと体を震わせ、突然粘度が無くなったかのようにプルプルの体がべしゃりと地面に流れていく。
その辺は普通のスライムと変わらない様だ。
ただ死んでもその体の特性が変化する訳では無いため空間の中を凄い臭いが充満する。
「ゴホッゴホッ!行くぞ!」
俺は全員を先に進ませ、出口の壁を変形させて
「最後まで厄介な奴だったな…」
「凄い臭いです…」
「蒸気も体に悪いからここで洗っていこう。」
全員服ごと体を水魔法で洗浄する。こういうところは本当に便利だ。水分そのものを操るから引き剥がせば一瞬で乾くし。
「あんな奴二度と戦いたくねぇぞ…」
「俺もだよ…」
「ん?なんか急に寒くなったな?」
「外からの空気が流れ込んできてるみたいだな。」
「こんな
「マコト。気をつけて。」
「え?」
「この先に凄い強いモンスターがいる。」
「マジかよ…次から次へと…」
「魔力を見る限り多分Sランクのモンスター。」
「Sランク?それって災害レベルのモンスターだよな?」
「うん。天災級のドラゴンとかがSランク。因みに私の血を受け継いだ最上級吸血鬼の5人もSランクのモンスターとして認定されてる。」
「あー。そういやモンスター扱いだっけ。シャル見てると忘れそうになるな。」
「血は飲まなくても犬歯が長いのは一緒だから私も多分Sランクのモンスター扱い。」
「シャルをモンスター扱いなんかした奴は俺達がぶん殴ってやるから安心しろ。」
「……うん。ありがと。」
「そんな事よりこの先にいる奴の話をしないかぁ?」
「ゴホン。そうだな。そのSランクモンスターってのはドラゴンか何かか?」
「ドラゴンとは違うみたい。ドラゴンの魔力はすぐ分かる。」
「へぇ。どんな奴かわからんけど今までで一番強いモンスターって事だよな…」
「私達なら大丈夫ですよ。」
「ですね。負ける気がしません。」
「マコトがいれば楽勝。」
「はは。なら行きますかね。」
「はい!」
暗闇を進んでいくと風の音と赤い光が見えてくる。
どうやら外に出られそうだ。
光の元まで辿り着くと氷柱が垂れ下がった小さな出口となっていた。
「これは…山の反対側に出たみたいだな。」
風は反対側にいた時より穏やかだ。夕日が地平線の先から一帯を照らし、雪がオレンジ色に染まっている。
麓までが一望でき、広大な森が続いている。山のこちら側の木々は既に葉をつけているらしく青々とした森がずっと先まで続いている。
「この山は万年雪なのか?」
「溶けない。ずっと白い。」
「それより…何もいないぞ?」
見る限りシャルの言っていた驚異になるモンスターは見当たらない。というか小動物一匹すら視界の中には映らない。
見えるのは雪と氷と森。聞こえるのは風の音だけ。
「いる。」
シャルが指を指した先に真っ白な何かが立っている。
「人…?」
「見た目は人。でもあれはモンスター。危険なモンスター。」
シャルは真っ赤な瞳をその何かに向けて離そうとしない。
俺も凝視してやっと分かった。真っ白なワンピースの様な服を着て、真っ白で長く真っ直ぐな髪の女性だ。
風が吹き抜ける度に髪がヒラヒラと
眼下に広がる森を見ているのだろうか、ピクリともせずにじっとしている。
俺の頭の中に浮かんだたった一つ、その存在を表す言葉は、雪女。
それ以外の言葉を知らなかった。そして恐らくそれは当たっているはずだ。
「あいつはこの山に住むモンスター。龍脈山の女王。名前は付いてない。」
「シャルは知ってたのか?」
「随分昔に一度だけ会った事がある。というより見た事がある。」
「直接
「うん。」
「逃がしてくれるかねぇ…」
俺がシャルからもう一度雪女に目をやると、その視線に気付いているぞ。とでも言いたげにそのままの体勢で頭だけをこちらへ向ける。
ゾクリと体が反応する。あまりにも異様な姿。真後ろを向く顔。そして、その顔は満面の笑み。
真っ黒な瞳と真っ赤な唇。そして真っ白な肌は間違いなく人では無い何かのものだった。
今度は首をそのままに体がこちらへ向く。
そしてゆっくりとこちらへサクサクと雪を素足で踏みながら近付いてくる。3メートル程に達した時、足を止めて口を開く。
「あなた……強そうね……」
風が吹き抜け、届くはずの無い小さな
「強いかは分からないが…それがどうしたんだ?」
「ふふふ………ふふふふふふふふふふふふふ」
顔がカクカクと揺れ笑い続ける女。壊れた人形と喋っている気分だ。
健が刀へと手を向ける。
「ダメよ。」
パキパキッ!
雪女がフッと息を吹き掛けると、途端に健の服が凍りつく。
「嘘だろ…」
驚きと畏怖の混じった様な声が健の口から漏れ出している。健だけでなく俺を含めたこの場にいる皆が同じ感想を持っていた。
魔法陣も何も無い。速すぎる魔法の行使と威力。ハッキリ言って上級精霊と同等かそれ以上の強さ。
Sランクのモンスターってのはこんなヤバい奴らばっかりなのか…
確かにこれはAランクの冒険者では全く歯が立たないだろう。
「……あなた……抜け落ちてるわね……」
満面の笑みが消えて俺に向かって呟く。
何について言っているかは直ぐに分かった。恐らく俺の魔力の事だろう。
「今それを集めてる最中でね…」
「そう……残念ね……」
酷く残念そうな顔をした雪女は俺達との間の雪を見つめて黙ってしまう。
生きた心地がしない。いつ戦闘が始まるのか、そもそも始まるのか?黙って通らせて貰えないだろうか…
そんな平和な考えを打ち破る言葉を雪女は呟いた。
「まぁ……良いかしら……美味しそうだし……」
来る。そう思った時には既に魔法を発動されていた。
ビュオッと風が雪女から吹き出し、雪女を中心として扇状に氷の刃が現れる。地面を這うように雪を掻き分けて飛んでくる氷の刃。
バキッ!
咄嗟に作り出したクリスタルシールドに当たり氷の刃は砕け散るが、クリスタルシールドもまた砕け散った。
「真琴様のクリスタルシールドを?!」
「ありゃSランクなんてもんじゃねぇ!更に上の存在だぞ!」
モンスターのランクは魔法の順位と同じくAランクでは倒せないモンスターを全てSランクとしている。
つまり一言にSランクと言っても強さはピンキリ。
そしてこの雪女はSランクの中でも強い部類のモンスターらしい。
「出し惜しみなんかしてたら瞬殺される!全力で行くぞ!!」
「はい!!」
全員の顔に焦りがあっただろう。俺も焦りがあった上に死を覚悟するレベル。
それでもとにかく皆を守りたい一心だった。
「ローズガーデン!!」
「サンダーバード!!」
凛とシャルが高火力の魔法を放つ。
雪の上に走るバラの
「ふふふふふ」
バキンッ!
雪女は不敵な笑みを浮かべながら、片手を軽く振る。それだけで雪女の前に巨大な氷塊が出現し、その全てを受け止める。
そしてその氷塊が粉々に砕け、その欠片が凛とシャルの魔法を完全に消滅させる。
「そんな…」
「強い…」
その欠片はそのまま凛とシャルを飲み込み、2人の体は傷だらけになり宙を舞う。
「凛!シャル!!」
「…くっ…私は大丈夫…」
シャルは怪我が治るから大丈夫らしいが…凛は雪の上に倒れて動かない。
「二ノ型!四刀連斬!!」
「牙突!!」
健とプリネラが雪女へと接近する。
ガキンッ!
雪女は二人の刃を一枚の氷のシールドで防いでしまう。傷すらも付かないそのシールドはそのまま二人の体ごと薙ぎ払う。
「ぐぁっ!」
「うっ!!」
激しく吹き飛んだ二人はゴロゴロと雪の上を転がり続け数メートル移動した後にやっと止まる。
二人も完全に動けなくなってしまった。
ヒュン!
リーシャの放った貫通矢が雪女に向かって飛んでいく。
それを見もしないでフワリと素手で掴み取る雪女、お返しとでも言いたげに作り出した小さな氷の
「っ!!」
リーシャの前に飛び出たシャルの心臓を貫き、それでも止められなかった礫がリーシャの腹に直撃する。
シャル
俺はその一部始終を動く事もせず見ていた。
反応出来た場面もあったかもしれない。でも、凛が動かなくなった時点で俺の抑え込んできた感情が噴き出し、それを抑えきれずにいた。
「あ、あぁ……」
情けない声と溢れ出てくる黒い何か。
「ふふふふふふふふふふふ」
相変わらず俺を見てカタカタと笑う雪女。その顔を見て遂に俺の中の何かがブツリと切れた。
それと同時に俺の意識は完全に失われ、暗闇へと消えた。
「………うっ……」
「目が覚めましたか?!」
「………その声は……凛……か?」
「はい!私です!凛です!良かった…良かった……」
少し前に同じ様な言葉を凛から聞いた気がする。
そんなことを思っていると花の様な良い香りと頭を包み込む心地よい暖かさがやってきた。
凛が俺の頭を抱え込んでいるらしい。
「あてててて…」
「も、申し訳ありません!大丈夫ですか?!」
心地よい暖かさが離れ、自分が横になっていることにやっと気付いた。
開ききらない
雪の上ではなく森の中の様だが…
「あ、あぁ…体中が痛いけど…皆無事だったのか…?」
「はい…真琴様のお陰でなんとか無事でした。」
「俺の…?」
「覚えてないの?」
俺の横に正座して座る凛の横からヒョコっと顔を出すシャル。
「シャルも無事だったか。良かった。」
「私はあの程度じゃ死なない。心臓を貫かれたから少し動けなかっただけ。」
「そうか…それより何があったんだ?」
「マコトが暴走した。」
「え?」
「シャルさん?!」
「ちゃんと伝えないと。黙っておいても良くない。」
「分かっていますが、今でなくても…」
「暴走…?」
なんとなくではあるが…俺の中にあったものが溢れ出した所までは覚えている。
だが、その後の事は全く思い出す事が出来ない…
「詳しく聞かせてくれ。」
「……はい。」
一瞬、
「…………っ!!」
体中に受けた傷が痛む。少し気を失っていた…?
真琴様は?!
私は気を取り戻し体を起こす。雪の冷たい触感が掌に伝わりってくる。
「うあ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ!!!!」
真琴様の声。酷く苦しそうで悲しい声。顔を向けると真琴様の体の周囲を取り巻くように大量の魔力が渦巻いている。
私は魔力を見る魔法なんて使ってはいない。真琴様から出ている魔力が濃過ぎて可視化できる程になっているから見えているだけ。
「ま…まこと……さま……」
叫び止めるために走り寄りたいのに、体に力が入らなくて立ち上がる事も出来ない。
暴走している事は明らか。私達が…私が止めると約束したのに…
「く…うぅ……」
なんとか体を動かそうと必死になっていると、真琴様から出ていた魔力が次第に集まり、一つの塊になる。
魔法陣が一瞬現れると真琴様より一回り大きな炎が人の形となる。
いつもの美しい魔法とは違い、乱暴でありながら強い魔法。
炎は人の形に収束すると赤から青、そして白へと色を変える。
その白い炎は徐々に明確な形となり、二本の角が生えた鬼。しかも鎧を着て刀を持った侍の鬼となり真琴様の前に立っている。
手には白く光る長い白炎の刀。周囲に積もっていたはずの雪は見る見るうちに溶けきり、そして雪解け水は瞬時に蒸発し上空へと舞い上がる。
私達が日本へと向かう前に一度だけ見た事のある魔法。
火魔法、
炎鬼の大きさは人より一回り大きいくらいなのに、そのサイズの中に今の真琴様の持つほぼ全ての魔力が詰まっている。
「ふふふふふふふふひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
気色の悪い笑い声と共に白い女は今までで最も強力な氷の魔法を真琴様に向かって放った。
両手を前に上げて作り出しのは10メートルはある様な氷塊。全く傷すらも付けることが出来なかった強度の氷の塊が真琴様に飛来する。
すると前にいた炎鬼が刀を振り上げる。
たったそれだけの動作で氷塊は真っ二つに割れ、切り口から白い炎が上がり氷塊全てを飲み込んでしまう。
氷が燃えるという異常な光景に言葉を失ってしまう。
炎鬼は言葉を発する事は無い。あくまでも魔法でありあれは真琴様が創造したもの。でもまるで本当の鬼が現れたかのような威圧感を感じてしまう。
「ひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
白い女の顔は既に見る影もない程に変わり果てモンスターそのものになっている。
再度白い女が魔力を込めると女の周りに氷で出来た大蛇が出現する。まるで生きているかのような大蛇は白い女を中心にとぐろを巻き、その顔は炎鬼の方へと向いている。
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